海へ行こう(上の二)

「は、はいぃぃ!!」

「てめぇ、何で今日は来なかった? ああ?」


詰め寄ってくる中学生ぐらいの男性──基、『シェリエ』のオーナー兼料理長の結弦ゆづるさんだ。と言うか、怒ってる理由ってそれ? 店長をちら、と見る。そうすると目を瞑り腕を組んで考えるポーズをしだした。


「あ。やべ」


うーん? また気のせいかな、やべ、って聞こえた気がしたん───いいや、聞き間違いじゃない。確実に聞こえたぞ、店長、何してくれてるんだ。


「いや、そのですね、今日は新人が入ったから俺はそれに着いてて」

「言い訳無用! てめぇはキッチン担当だろうがぁぁ!!」


腹に強烈なストレートをくらった。俺は地面に腹を抑えるながら膝を着いた。いてぇ、美空程じゃないが、全身に響く痛さが来る。


「おい、七海ななみ! こいつ今日、サボったから明日扱き使うぞ!」

「あー、ゆづくん。その、ごめん、連絡遅れた!」


てへぺろしながら手を合わせて謝る店長。基、七海さん。結弦さんは真面目でふざけた事を嫌う、だから今の七海さんみたいに謝るとガチキレを起こす。はずなのだが………


「そうか、なっちゃんのドジなら許す。旭、殴って悪かったな」


そう、この人は、言わなくても分かるだろうけど、七海さんに”超“ が付く程甘いんだ、まぁ、だから仕方がないと思うけど、他の人に対する接する態度をもう少し、どうにかしてほしい。


「いえ、大丈夫です」

「で、新人とやらはもう大丈夫だろ。旭、明日は厨房入れ」


どうやら確定事項らしい。まぁ、俺もそっちの方が良いから、はい、と返事しておくけど。


「はい。アルシェ、がんば」

「………今日は一緒に帰りましょうか。怖がりな旭君」

「ッ!? 俺は怖がりじゃねー!!」

「ふーん。お化け屋敷でびくびくしてたのに?」


こ、こいつ………こんな所で何て事を言うんだ!? あぁ、七海さんと結弦さん、周り居た先輩達までにやにやしてたり、バレてないと思ってるのかこっそり笑ってる人も居るし。


「あ、あさ、ぶっ! よ、よよ夜が怖いのに何時もすまんな! 遅く………ぶっ!」


必死に笑いを堪えている結弦さん。おいゴラ、覚えておけよ、今は耐えてやるが、お前らの恥ずかしい出来事を知った時にはそれを弄り倒してやるからな。くっ、アルシェェェェ!! お前は絶対に許さんからな!


羞恥心が耐え切れなくなった後、俺は多分、顔を真っ赤にして店を出て行ったと思う。


***


「でさぁ、お前マジでなんなの?」


帰り道、横に居るアルシェに言葉を振った。少し喧嘩口調で。


「なんなのですか。別に何も」


つん、とつれない態度で言う。本当に何もないかの様だ。


「………じゃあ、もう俺と関わらないでくれ」

「え」


アルシェは驚愕の顔を浮かばせる。ん? 何で、驚いてるんだ? 俺はもうこいつと関わりたくない、それはこいつも同じじゃないのか? 


俺はこいつと居るだけで苛々する、いや、苛々だけじゃないな、何時あの事がばらされるかヒヤヒヤもしている。こいつと居て良い事なんて一つもないから、”関わりたくない“ と言ったのだが、何故、驚く?


「う、煩い!!」

「え?」


アルシェは大声を上げて言う。今度はそれに俺が驚いた。


「いいですか? 貴方は私に逆らえない! 関わるなと言う話じゃなくて! 貴方は私のしもべなんですから側に居て言う事を聞くのが道理でしょ!」


円らな翡翠色の瞳で睨んで言ってくる。駄目だ、顔立ちが可愛いから気迫が無くて全然怖くないのだが、俺は言葉に押されて後退りしてしまった。


「わ、分かったから、落ち着け」

「!? わ、分かれば良いんです! では、さようなら!」

「え、あぁ」


これ以上、話す事もないので、アルシェが帰って行くのは止めなかった。でも、思考に疑問が残る────何故、あいつは関わるなって言っただけなのにあんなにも怒るんだ?


「いや、無いな」


一つ思い付いたが、それは無いと首を横に振り、また考えようと今は頭から離しておく。

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