一章:夏休み編──海での一時

海へ行こう(上の一)

教室内はザワついている。まぁ、今日から夏休みになると言えば誰しもが歓喜に満ちるだろう。かくいう俺も、期末で合格点は取れて、小遣いは下がるより上がったし、バイトは日給から時給の喫茶店の店員に変えて、いや、これは関係ないか。何時海に行くかって話も着々に進んでるしな。今年の夏休みは楽しくなりそうだ。


***


夏休みに入り、二週間が経った。遊びに行く日はまだまだ先で、俺はバイトをして、たまに陽愛の買い物やらに付き合う───変わらない日々を送っている。だが、一つだけ変わった事があった。俺が新しいバイト先に勤めて一週間後事………。


「今日からもう一人入る事になった、アルシェちゃんよ! 皆宜しくね!」

「皆さん、アルシェ=ディースです! 今日から宜しくお願いします!」

黒髪を後ろで束ねてる女性──この『シェリエ』、何時もハイテンションな店長が今日は更にハイテンションだと思ったら、何でこいつがここに居るんだよ、アルシェ………。いや、今の店長の言葉から行くと、ここで働くんのか。何で?

白色一色のドレスシャツ、ほんと何もない地味な服だ、下は男性はブラウン色のロングパンツ、女性は色は同じでシフォンススカートだ。あ、俺はキッチン担当だからコックコートを着ている。たまにベレー帽を被ってる人も居るが、そこは好き好きだ。だから、被ってない人も居れば被ってる一人も居る。アルシェは被ってる方だな。そんなアルシェを見た男性の諸君は歓喜───いや、それを通り越して悟りを開いてる奴まで居るか。女性の人達もきゃきゃと『可愛い!』とか言って喜んでは居る。俺は、嫌だ。こいつと何故、長期の休みまでになって一緒に居ないといけないんだ。はぁ、入って一週間だけど辞めようかな。


「旭さんも、ここでバイトしてたんですね!」


ふいにアルシェから話し掛けられた。


「………まぁ、うん」


止めろ、お前と知り合いってバレると妬む奴らが出るから! もう、既に殺気が混じった視線を多数感じるが、無視だ。店長は腕を組み、うーん、と唸りながら口を尖らせている。少しすると腕を組むの止めて、口を緩ませて笑みを向けてきた。嫌な予感がする。そんな予感がするからなのか寒気がした。


「じゃあ、宗治君、アルシェちゃんに教えてあげてね!」

「はあ?………………店長、待って下さい。俺は入って一週間ですよ?」


嫌な予感は的中。よし、店長が考えた後に笑みを向けてくる時は全て嫌な事だと覚えたぞ。てか、マジで可笑しい。入って一週間でそれもキッチン担当だぞ、俺は。まぁ、たまに人手が足りない時はホールに出る時もあるけど、それでもまだ新人だ。何を考えてんだ、この店長は……。


「でも、宗治君はもうやる事覚えたでしょ?」

「まぁ、そうですけど…」


ここに来て、キッチンは勿論の事、ホールの仕事も全部と言う訳にはいかないが、必要な事は全て覚えたつもりだ。これを勉強に生かしたいが、何故か勉強になると物覚えが一気に悪くなるんだよなぁ。何でだろ?


「じゃあ、お願いね! アルシェちゃんも知り合いの方が良いでしょ?」

「え。あ、はい、そうですね」


おい、待てゴラ、お前が頷くと絶対に拒否が出来ない空気になるじゃないか。店長、今からでも良いから、後ろで灰になりかけてる先輩達にしてあげて!?




「では、改めて宜しくお願いします!」

「………気持ち悪」

「はあ? あなた、私に………もう! 酷いですよ! いきなり気持ち悪とか!」


いや、だって、気持ち悪いんだろ、こいつの本性は何度か見て、人前でころ、と替えるのも見ている。だけどな、本性を見たらこの偽った人柄が気持ち悪く見えてしまうんだ。


「まぁ、いいや、本当に忙しいが大丈夫か?」


これだけは確認しないといけない。まぁ、どうせ知らないだろうから、大丈夫とか言うんだろうな。


「はい! 大丈夫ですよ!」


満面の笑みで答えるアルシェ。うん、分かってた。俺はこの店の忙しいさを知っている。だが敢えてそれは言わない。意地悪とか思うだろうが、言っても意味ないし、ドアの向こう側の光景を目の当たりにして自覚しろ。それしか言えない。まぁ、それも言わないが。


「行くぞ」


俺は一言声を掛けて、ドアを開ける。その先は店員達、基、先輩方が端から端まで鳴り止まない注文に追われている。客もそんなのお構い無しに呼び鈴を鳴らしている。『シェリエ』ここいらで一番人気のある喫茶店だ。他の県からもお客さんが来るからここは何時も活気だっている。目当てはここのケーキ全般だ。どれも旨い。その中で一番人気なのはやはり、パンケーキだな。これはマジで旨かった。あの、ふわふわ感がなんとも────後、ここ以外に店舗が無いため、更にお客さんが来るって訳だ。店長達はここ以外に店舗を増やす気はないらしい。まぁ、その理由は追々話すとしてそろそろ出ないと怒られる。


アルシェを見る、口を開けて唖然としていた。まぁ、そうだろうな、でもそれに構ってられない。今出てる五人の先輩+店長、合計六人でも手が回っていないんだ。そんな時間はない。


「おい、行くぞ」

また最後に一言だけ声を掛けて俺は先に行く。

「………………え。あ、はい!」


「店員さんまだですか!!」

「あ、ただいまお持ちします!」


「これ違う、私が頼んだのはケーキセットのBよ!」

「もう申し訳ありません! ただいま持って来ます!!」


アルシェはてんやわんやな感じにホールを走り回っている。俺も品を運んだり、注文を受けたりしに行ってるので手助けが出来ない状態にある。俺も最初はそうだった、誰も教えて───教える暇がないから自力で覚えた。だから、五日で全部出来る様になったんだ。じゃないと何時までも足手まといになってしまう。だから、アルシェにもそのやり方をする、もし着いて来れないなら、まぁ、そこまでだなって。


***


「む、無理………」

「お疲れ様~、どう? アルシェちゃん出来るかな?」

「はい! 大丈夫ですよ!………………多分」

「そっか~! なら………そうだね、宗治君とシフト合わせておくね」


ん? 気のせいか、またしても聞き捨てられない言葉が聞こえて来たんだが………いや、気のせいじゃない。



ふざけんじゃねぇぇぇぇぇ!!!


そう、心で叫び上がった。


「店長、俺、辞めたいです」

「はっはっは。アルシェちゃんお願いね~!」


悉く無視をされた。うん、人手が足りなくて覚えたばかりの奴を辞めさせる程、甘くないって事か。


そんな時、ホールからキッチンに続くドアが勢い良く、ばん、と音を立てて開いた。そこから出てきたのは、コックコートを着た中学生────いや、それを本人に言ったら確実に殺される。目つきが鋭く、黒色の髪は伸び放題になっている。顔立ちは整ってる方だ。あぁ、怒ってる。何に怒ってるか分からないが、確実に殺すという殺気に満ちた視線を俺は受けている。


「あさひぃぃぃぃ!!!」

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