第5話守りたいもの

 ★姫野城視点


 鬼瓦先生と村上くんの勝負は止める間もなく始まってしまった。


 基本的な正眼の構えの鬼瓦先生に対して、村上くんは下段の構えだ。その構えは、まるで長年剣道をやってきたかのように堂にいっている。


「三枝くん、村上くんの剣道経験年数は?」


 偶然近くに立っていた三枝くんに声を掛けると、三枝くんは驚きながらも答えてくれた。


「ぼ、僕は中学からの友達だけど、き、聞いたことないよ。ヒロミチが剣道をしていたなんて。」


 三枝くんがこの状況で嘘をつくことはメリットがないので本当に聞いたことがないのだろう。


「けど、今日のヒロミチは本当におかしいよ・・・。」


 そう呟く三枝くんに、私は深く頷くことで同意を示した。


 ★


 俺の名は鬼瓦権蔵、章陽高の体育教師で剣道部の顧問をやっている。子供の頃から御歳38までずっと剣道をやって来た。


 だからこそ分かる。目の前にいる相手には勝てないということが。


「どうしました鬼瓦先生?」


 こんな圧倒的な実力差を感じたのは初めての経験だった。それもたかが15、6の相手にだ。

 一見隙だらけに見える村上の構えだが、どこに打ち込んでもいなされ打ち返されるイメージしか湧かない。


「先生、あなたの剣は技に溺れ力に溺れ私利私欲に溺れた剣です。・・・あなたにとって剣とは何なのですか?」


 村上から言葉が発せられる度に尋常ではない圧が発せられる。


「黙れっ!」


 そう怒鳴る事でしか俺は返答できなかった。


「嘆かわしい・・・。」


 村上はそう呟くとほんの一瞬だけ俺から目を反らした。


(ここだ!)


「きぇえええ!!」


 自分でも過去に無い渾身の一撃を放てた・・・。だが、その渾身の一撃も難なくいなされてしまう。


(誘われたっ!?)


 そう思った瞬間、面、小手、胴とほぼ同時に打ち込まれたのだ。


 ★楠環視点


 しんと、剣道場が静まり返る。それは数秒いや数十秒かもしれない。その後、どわっと剣道場が沸いた。


「ほ、本当に勝っちまったぞ!!」


「ちょっ、今日の村上ヤバくない?」


「ひ、ヒロミチ・・・。その、僕のためにありがとう。」


 皆が村上くんに集まって行くのを私は呆然と眺めていた。


「か、勝っちゃった・・・。」


 本当に今日の村上くんはどうしたのだろう。そして隣でへたりこみ、ハァハァと荒い息を吐きながら赤い顔で村上くんを見つめる遠山先生は一体どうしてしまったのだろう?


 皆からもみくちゃにされている村上くんは、頬を赤くして照れていた。その時だけ村上くんがいつもの村上くんに見えたのは私だけなのかな?


 ★遠山撫子視点


 私は幼少の頃から剣道をやってきた。父が私を連れ剣道場に行った事は、今でも忘れることはない。


 剣道場は普段物静かで優しい父が、猛々しく変わる場所だった。私はそんな父に憧れ剣道を始めたのだ。


 いつか私は父にこう聞いたことがあった。何故剣道をしているのか?

 すると父は照れくさそうにこう言ったのだ。


「守るため、かな?」


 その時の私は幼く父の言葉が理解できなかった。父は一体何を守るために剣道をしていたのだろう。その答えを追い求め私は剣道を続けた。


 中学、高校と剣道を続けたがある日突然父が還らぬ人となった。それからは竹刀を握ることも少なくなった。そして父が何を守りたかったのかもわからないままだ。


「何故だっ!?」


 彼に破れた鬼瓦が錯乱したように叫び立ち上がり、彼を睨みつける。


「あなたの守りたいものが、薄っぺらなものだからですよ。」


 鬼瓦と私はその言葉に目を見開いた。


「僕はこう思うのです。剣とは確かに相手を傷つける危険な武器です。ですが使う者の心構えで、その意味は変わるのだと。ならば僕は守るために使おう、とそう思います。」


「・・・君は何を守るの?」


 気付けば私は彼に質問していた。


「そうですね・・・。僕の周りの大事な人達、かな?」


 いつの間にか涙が頬を伝っていた。おそらく父も同じだったのだろう。私や母を、何かから守れるように剣道をしていたのかもしれない。


「・・・遠山先生。」


 突然泣き始めた私に彼は驚いたあと、優しい微笑みを浮かべた。その微笑みに私がまたしても心奪われてしまったのは、言うまでもないだろう。











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