第4話無の境地
僕の名前は三枝正宗。
僕には村上ヒロミチという中学時代からの友達がいる。どういう訳か、今日のヒロミチは様子がおかしい。
廊下で会った瞬間、なんと言えば分かりやすいか・・・。そう!オーラだ!一瞬だけどヒロミチから巨大なオーラが見えた気がしたんだ。
おかしいのはそれだけではない。教室に入った瞬間、いつもの光景が待っていた。楠さんの椅子を猿山が占領している光景を。
またか、と僕は思った。けれど僕にとってはそこまで悪い事ではない。何故ならそのことでヒロミチは、楠さんを自らの椅子に座らせ僕のところまで来るのだから。
僕が女だったら間違いなく惚れていると思う。
けれど今日は様子が違った。いつも危険からのらりくらりと逃げるヒロミチだが、今日はあの猿山を注意しだしたのだ!
大きな声でヒロミチを威嚇する猿山を、ヒロミチは友達の僕でさえあまり見たことのない満面の笑みを浮かべ見ていたのだ。
その数秒後、猿山が突然倒れた。しかもお漏らしまでしてだ。一体何が起こったのだろうか?ヒロミチが何かをしたのだろうか?
疑問に思う僕の側に向かってくるヒロミチに、ちょっぴり恐怖を抱いたのはここだけの秘密だ。
★
朝こそ阿鼻叫喚の渦となった我がクラスだが、現在は順調に授業が進んでいた。
「あー、次の授業は剣道かぁ。」
俺の隣で深いため息をつくのは正宗だ。入学してまだ3回目の授業だが、なまじガタイが良いため指導員の鬼瓦に目をつけられ嫌気が差しているのだろう。
それに鬼瓦は我が校のアイドル、姫野城さんにも目をつけているようだ。教員のくせに生徒に手を出そうとは・・・。
★
私の名は遠山撫子、30歳独身の体育教員だ。突然だが、私は今日、運命の出会いをした。
それは1年2組の授業の時だ。1年2組といえばボクシング部の猿山、そして数万年に一人と持て囃されている美少女、姫野城姫乃がいるクラスだ。
だが、今の私にはその二人の事など些末なことだった。
「・・・無の境地。」
剣道場に張り詰めた空気。その中でただ一人だけが、ごく自然体で立っている。
皆もよく心技体という言葉を聞くだろう。その全てを極めた剣道家は、今の彼のようにまるで大樹のように無我に至るという。
彼に相対するのは鬼瓦だ。彼は確かに剣道の腕前は確かなのだが、技に溺れ力に溺れ心をなくしている。
その証拠に、三枝というガタイは良いが気弱な生徒を相手に乱取りし、姫野城にアピールしているふしがある。
一度嗜めた事はあったが、私の腕前を見下している鬼瓦は言うことを聞かなかった。
打ち込む隙を見いだせずにいる鬼瓦は、ぐるぐると彼の周りをまわっていたが、とうとうしびれを切らして打ち込んだ。
「きぇえええ!」
鬼瓦の本能がそうさせたのか、気迫が籠った会心の一撃だ。だが、その会心の一撃は彼によって難なくいなされてしまう。
それだけではない。パンパンパンとほぼ同時に何かが弾けたような音がし、その後鬼瓦が崩れ落ちたのだ。
その瞬間、私の心までも打ち抜かれた。トクンと高鳴る鼓動、上気する身体、久しく感じなかった恋におちた瞬間だった。
★
やはり今日の村上くんはどこかおかしい。
それは剣道の授業中のことだ。いつものようにペアを組む相手のいない私は遠山先生とペアを組んでいた。遠山先生は綺麗で優しく、何で結婚できないのか不思議でしょうがない。
「おらぁ!誰か俺と組む奴はいないのかっ!」
私の疑問は、突然の大声ですぐに消えていく。あの鬼瓦先生は声も体も太くて嫌いだ。それに何かと姫野城さんにアピールしているのも鬱陶しい。
大体この展開で、三枝くんが無理やりに鬼瓦先生のペアとなるのだけど、今日は違った。
「僕がやります。」
なんと村上くんが立候補したのだ。
「ほう・・・。いい度胸だ。」
鬼瓦先生と村上くんでは、10㎝ほどの身長差があり体重もかなりの差があるだろう。
「鬼瓦先生・・・、1つ勝負しませんか?」
しかも立候補しただけでなく村上くんは鬼瓦先生に勝負を挑んだのだ。これには他の皆もざわめき出した。
「ハハハッ!なめられたもんだなぉ、おい!」
「そうですね・・・、僕が勝ったらある特定の女子に対してのアピールで、三枝くんをダシにするのは止めてもらいます。とても気持ち悪いので・・・。」
こともあろうに挑発のおまけ付きだ、今日の村上くんは本当におかしい。
ああ、鬼瓦先生の額に分かりやすいほどの青筋が!
「上等だ・・・。」
唐突な出来事に、遠山先生も止めるタイミングを失ったようだ。
さらに村上くんの挑発は続く。
「面なしでいいですかね?視界が遮られて煩わしいので・・・。」
ああ、さらに鬼瓦先生の青筋が増えていく。
「クソガキが・・・!」
誰が見ても分かりやすい程に怒り狂う鬼瓦先生。対象的に涼しい顔で準備を終えた村上くん。
「では、始めましょうか?」
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