5.秘密と死
11.「亀裂」
喰らい…喰らって…只々喰らう。
獲物を貪(むさぼ)り喰う姿は本能に従い、食に没頭する「獣」。
その姿は醜悪(しゅうあく)で、おぞましく…酷く恐ろしいものであったが…美しくもあった。
「獣」は何のために喰らうのか…喰らう事で真に求めるものとは何なのか…。
その理由も、その真意も…誰にも分からない。
だが、その姿から分かるモノを唯一つ、挙げるとすれば…。
「獣」は…ただ「―‥―‥―‥―」だけなのだ。
—————‥‥—————
「‥‥!」
身体中に電流が流れ、男は目を覚ます。アラームによって流れた微弱な電流は即座に身体を覚醒させ、男の眠気を一瞬で吹き飛ばす。
…アラームの掛け方を知っていたが、それがどんな物かは分からなかった事から、心臓が止まるような思いで灰原 熾凛(さかり)は「神様ゲーム」二日目の朝を迎えた。
時刻は七時。
天気は昨日と同様に快晴を迎える。
ロールスクリーンを上げるとリビングには陽が差し込み、窓を開けると微かに香る花の匂いが室内の空気と入れ替わりで入り込んできた。
「‥‥ふぅ…。」
軽く深呼吸し体内の空気を入れ替え、バスルームで顔を洗った後に軽く歯磨きを行う。昨日の晩、蒼との食事を終えた後で彼女に「歯磨き」という行為について教わっていた事もあり、灰原は早速行動に移していた。
「…さて…」
無事に歯磨きを終えたところで灰原は早歩きでキッチンへ向かう。
「‥‥これか…」
冷蔵庫から料理の入った容器を二つ取り出し、電子レンジに投入する。
昨晩作ったカレーと白米を蒼が朝食用に取り分けてくれたおかげで、灰原は手早く朝食を迎える事が出来たのである。
「…いただきます」
合掌し、食事の挨拶をした後に灰原は朝食を食べ始める。
昨晩よりも重厚な旨味へと昇華したカレーライスに思わず頬を緩ませながらも、食を進める手は止まらない。時間をおいて熟成されたルーは昨日の物よりも濃さを増したことで旨味が凝縮され、自然と食を促進させていたのである。
「時間を置くことで旨味が増す…」というのは、調理をした事が無い灰原にとっても魅力的な響きであった。
―――――いつか料理を覚えたら…。
色々と試したいところだが…そのためにも再び彼女に協力を仰(あお)がなければならない。
「今日会った時にでも頼んでみようか…」と頭の片隅で思いながら灰原は合掌し、
「ごちそうさま」
食事を終えた灰原はキッチンへ向かい、食器を片付け始める。
「…こうか…」
慣れない手つきで灰原は食器を洗い始める。
…食洗器を使えば楽をすることも出来たかもしれないが、機械に頼りすぎると自分の技術が向上しなくなる。もちろん、初めは拙いかもしれないが、毎日繰り返せば…いずれはマシなものとなるだろう。
——————その時までに自分が生きていればの話だが…。
初日で死にかけた自身の苦い記録を思い出しながら、灰原は洗った食器を拭き、元の位置に片づけたところで自室に戻ろうとする…
「‥‥先にこれを拭かないとな…」
…だが、水浸しになってしまったキッチンを見て、灰原は溜め息をつく。
スプーンの泡を落とそうと水栓を上げた結果、この惨状となってしまったのである。
————次回からは…もっと慎重に水栓を上げるとしよう…。
水浸しのキッチンを布巾で拭きながら、灰原は失敗から一つ学ぶ。
「‥‥よし。」
着替えが完了し、玄関先の姿見を確認する。
一人で制服が着られるか…正直なところ不安ではあったが、何とかリボンも結ぶことが出来た。
昨日の最上や梶原のようにブレザーの着方に変化をつけようか…少し悩んだが、時間がそれほど残されてはいなかったため、灰原は昨日と同じ格好で玄関の扉に手を掛ける。
「…誰も…いないな…」
魚眼レンズで扉の奥を確認した後、ゆっくりと扉を開く。
初めて蒼と出会った時のように誰かに怪我を負わせてしまうのはマズい…と、対策を思案した結果、今後は確認をしてから扉を開ける事にしたのだ。
ガチャリ‥‥
扉が閉まると同時に自動的に扉の鍵がロックされる。
自動的に鍵が閉まる仕組みのようだが、入るときには鍵を開ける作業は必要ない。おそらく部屋主の持つ〈生徒手帳〉の有無か、部屋の所持者であれば自由に出入りが出来る…という設計なのだろう。
————部屋の機器もそうだが…何とも生活に便利な空間が整っているものだ…
昨日触れた様々な機器や校内にある施設を思い出し、改めて灰原は実感する。
『‥‥生徒諸君には可能な限り楽しい学校生活を送って頂きたい…。』
…チュートリアルでそう言い残していた例の人物…。
「神様ゲーム」を作った通称「神」なる存在に与(くみ)している事から、仮に「協力者」とでも命名するならば「協力者」は今、どこにいるのだろうか…。
————塩崎やクラウン…教師陣との関係性は…?
————それとも‥‥「協力者」は教師陣の誰かなのだろうか…?
「神様ゲーム」の重要な人物である「協力者」に対し、灰原は数々の疑問を打ち立てるが、やがて知識欲による熱は冷めていく。
…圧倒的な情報不足と知識の未発達。
この二つを攻略しなければ、到底この疑問は解決されそうにない。そのためにも灰原が出来る事は、あらゆる事象を観察し他の知識や技術を己の糧とすることに徹するのみ…。
そのためには〈ゲーグナー〉との戦いに生き残り、時間を掛けて情報を得ていくしかないのだが…やはり、自身の戦闘能力の向上は必須条件となる…。
————何か、戦闘経験を得られるようなものがあればよいのだが‥‥。
そう思案し始めてから数分後。
初日に塩崎が言っていた「シミュレーション演習」という言葉を灰原が思い出した時であった。
ガチャリ‥‥
扉が開くと、金色がかった長い茶髪が特徴的の人物が姿を現す。
美しい色合いに加え、動きに合わせてサラリ…と揺れる滑らかな髪質に目を奪われそうになる…が、灰原は何とか平常心を取り戻し彼女の方へと身体を向ける。
「あ、熾凛。おはよう」
「…? おは‥よう、蒼。」
—————食事の時と同様のものか…。
「挨拶」という習慣が付いていない灰原にとって、言葉を繰り返すことが最も早く身に付く方法であった。
知らない言葉、知らない風習…そういった「未知」に対し、灰原は「真似る」ことで何とか「未知」を己のものとしよう…という癖が付き始めていたのである。
「…あ、これが朝、人に出会った時に言う「挨拶」ね。」
‥‥だが、彼女はそれを許さなかった。
言葉を扱う上では「真似」ではなく、きちんと言葉の意味を理解して「ならう」ようにする。
…無自覚ながらに彼女はそのように灰原を諭してきた。
その理由は彼女にとって、言葉の価値が灰原のものとは異なるためか———いや、正確には自分の持つ言葉の価値が彼女の領域に至っていないためであろう…。
灰原は改めて「自分」について理解する。
〈記憶〉が無いという事は自分の歩んだ〈人生〉が分からない…という事。
〈人生〉が分からないという事は「知識」も「経験」も「価値観」も無く、簡潔に述べるのならば〈自分という人間〉が、どういう人物であるのかも分からない…という事になる。
…故に「自分」は「未熟」なのだ。
…自己も知らず、他も知らず…何もない空白の存在。
…ただ、周囲を観察し、考察し、学習するだけの存在に他ならない…。
そんな〈灰原 熾凛〉という人間の習性を彼女が理解しているのかは分からないが、空虚な男が他を真似るだけの存在に落ちぶれていないのは…紛れもなく彼女のおかげであった。
『「いただきます」は「礼儀と感謝を持って、これから命を頂く」…という事。
「ごちそうさま」は「頂いた命を大事にして生きていく」…という事。
…もちろん、人によって意味は異なってくるのかもしれないけれど、私はそういう意味の言葉だと思ってる。
それに…まだ熾凛には分からない事かもしれないけれど、私たち「人」っていうのはね。何かの命を食べて、力にして、生きていくんだよ…』
昨晩、拭き終わった食器を片付けている時に彼女はそう言っていた。
人によって言葉の意味が異なる…という事に少し疑問を抱いたが、思い当たる節はある。
【願望(ねがい)】
それは人によって概念や価値が大きく異なってくるものだが、この世界で生きていく上での支柱となるものであり、灰原自身もそれに当てはまる。
…つまり、一つの「言葉」に対し、個々で違った意味や概念があるとしても「言葉」というものには内在的に秘めている共通の「理念」というものが存在するのだ。
「…ありがとう、蒼。それと…おはよう。」
「うん! おはよう! それじゃあ…行きましょうか…!」
「ふふん」と軽く自慢気な笑みを浮かべ、彼女は階段の方へと向かい始めたので灰原もその後を追う。
「‥‥そういえば、朝食もありがとう。美味しかったよ。」
「どういたしまして。今日も何か作ってあげるから楽しみにしてて…!」
「本当か…それは楽しみだ。ところで蒼、一つ頼みがあるんだが…」
「ん、なぁに?」
「実はだな…」
————・・・————
—————今日は一体、どんな事が待ち受けているのだろうか…。
澄みきった青い空、暖かな日差し、階下に広がる桃色の森林…そして、目の前にいる彼女。
それらを希望に満ちた目で見つめ、灰原は期待に胸を膨らませる。
この世界では大変な事は多いが、それを乗り越えた時の達成感や喜びを自分は知っている。
————だから、きっと大丈夫だろう。
…この時、男は本気でそのように考えていた。
昨日の戦いから戻った時に見た生徒達が談笑しあう風景、仲間と語り合う喜びや幸福感を知った自分ならば、きっとどんなことがあっても乗り越えられると…。
‥‥しかし、この日の出来事が男に大きな影響を与える…など、一体誰が予想できただろうか。
心身を犯すほどに燃え滾(たぎ)る「怒り」の渦に飲み込まれ、人の「死」に触れた男は何を思い、何を得たのか————。
空虚な男にとって大きな転機ともなった「神様ゲーム」の二日目が始まったのであった。
————・・・————
階段で〈エントランス〉まで下ると、幾人かの生徒達が会話を交わす光景が広がる。時刻が集合時間の九時前であったため、すでに大半の生徒達が各教室へと移動したのだろう。
…しかし、そんな状況からか…ひと際目立つ外見の二人はすぐに目についた。
一人は緋色のリーゼントとボンタンが特徴的な男、灰原達と同じAクラスの最上(もがみ) 秀昇(ひでたか)。
もう一人は筋骨隆々の肉体を持ち、変わった剃り込みがある頭に腰に巻き付けたブレザー…と全体的に威圧的な容姿を持つBクラスの梶原(かじわら) 宗助であった。
「…にしても、最上さん。昨日の戦闘…マジ半端なかったっすね。」
「…そうだな。俺は戦力にならなかったけど…お前のおかげで何とか無事に乗り越えれたよ…カジ。」
「何を言ってるんですか。
最上さん、昨日は素手だけで奴らと渡り合ってたじゃないっすか。
俺…マジで感動したんすよ。」
「…まぁ、俺の武器だと戦闘では役立たねぇしな。
それに素手といっても、お前のそれには到底敵わねぇよ。」
昨日に見たであろう…最上の勇猛果敢な姿をシャドウボクシングで表現する梶原に対し、最上は苦笑いを浮かべながら冷静に指摘する。
…どうやら、二人は昨日の戦闘で同じ場所に配属されていたようだ。
二人の会話を聞いていた灰原はそのように推測する。
さらには、名の呼び方に変化が見られることや【ML】争奪戦を終えた時よりも深まった二人の雰囲気からも二人の親睦の深さが充分にうかがえた…。
「それに…昨日の最上さんが何人助けたと思ってんすか? 十人すよ! 十・人!」
「…いや、俺に出来る事をしただけだっての…」
言葉では否定しているが、まんざらでもない様子を見せる最上は、顔を背けながら額を指でなぞる。
————最上自身、褒められる事への耐性がそれほど高くはないのかもしれない…。
…などと二人の会話の様子を灰原が観察していると、顔を背けていた最上と目が合った。
「おはよう、二人とも。」
「よう、来たな熾凛(さかり)。元気か?」
「あぁ…体調に問題はない。二人とも教室には行かないのか?」
〈エントランス〉にある時計を指しながら、灰原は二人にそう伝えると、
「…おっ、もうそんな時間か。」
…と、なぜか腕を見る仕草をした後、最上はソファに腰掛ける梶原の肩をバシッ…と軽く手を当てる。
「‥‥。じゃあ、一緒に行くか!」
少しだけ梶原の眼を見つめたかと思えば、最上は灰原達へと視線を移して陽気に声を掛けると、返事も聞かずに入口へと向かい始める。
「…ま…待ってくれ、最上…! 行こう、蒼。」
「え、ええ…!」
後ろを気にせず突き進む最上の後を灰原、蒼は慌ただしく追いかける。
「‥‥」
その背に視線を送り続けること数秒。大男は重い腰を上げ、男の後を追い始める。
だが、その歩みは見るからに重々しく、大男がそれに気付いているのかは…定かではない——。
‥‥キーンコーンカーンコーン‥‥
やはり…というべきか。
何となく予想はついていたが、あの男は時間通りに現れない。
しばらくすると、キュッ…キュッ…と忙(せわ)しないスニーカーの摩擦音が徐々に大きくなり、ガラッ…と一気に教室の引き戸が開け放たれる。
「…うっし。セーフだな…」
時刻は九時十分。
開始を告げるチャイムから、すでに十分が経過していた。
走って来るあたり…塩崎にも悪い気を感じている節はあるようだが、「それならば早く来れば良いだろうに…」と、つい灰原は思ってしまう。
「…じゃあ、これから授業を始めるぞ。今日の授業は…」
そして、特に詫びを入れる事もなく…塩崎は黒板へと向き、チョークで何かを書き始める。
清々しさすら感じる切り替えの早さに灰原は小さく鼻息を漏らし、その背中越しに書かれているのであろう端麗な文字を思い浮かべながら授業へと意識を集中させる。
「‥‥こいつについてだ。」
振り向きざまに胸ポケットの「指示棒」をパキパキ…と伸ばしながら抜き出し、黒板に表記された今授業の題目を指し示す。
それは「神様ゲーム」で生きる中で重要となる知識の一つであった事から、題目を見た途端に灰原は万物を事細かに掌握しようとする…「観察」の態勢へと移行していた。
『ゲーグナ―』
黒板に表記された「それ」は異世界からの侵略者であり、
【どこから、どうやって、何のために…この世界にやって来るのか…】
…など、基本的な情報から詳細な情報まで…不明な点が多く「謎」に包まれている存在である。
「…じゃあ、ここからは分かりやすいように映像を見ながら説明していくからな。」
「…まあ、俺が描いてもいいんだけどよ…」と小さく独り言を言いながら塩崎が「指示棒」を軽く振るうと、教室内の灯(あか)りが暗転し黒板に一体の〈ゲーグナー〉が映し出される。
…黒く虚ろな目をした「それ」は灰原が初めて遭遇した球体〈ゲーグナー〉であった。
「…うっし。じゃあ、今から説明していくからな。
必要な奴はノート‥‥は無いんだったな。とりあえず、しっかり聞くように…」
そういって、塩崎は説明を始める。
「ノート」という単語が少し気になったが、灰原は全神経を集中させて塩崎の話に意識を傾ける事にした。
「…まずは、この黒い球体の〈ゲーグナー〉。名称は「ヌル」。
全ての〈ゲーグナー〉の祖として象徴される「ヌル」は攻撃力・防御力共に低いが、宙に浮いているため、逃げに徹されると面倒な奴だ。昨日戦った奴なら分かると思うけどな…」
黒い球体型の〈ゲーグナ―〉「ヌル」。
灰原が【ML(マテリアル)】の「竹刀」を振るっただけで絶命するほど防御力が低く、攻撃力もそれほどない。灰原が実際に攻撃を受けたわけではないが、噛み付いた対象の肉を喰い千切るほど顎の力が無い事は昨日の進藤の姿を見て、せいぜい制服を引き千切る程度のものだと推測していた。
「ただ〈ゲーグナー〉の中では「ヌル」が最も注意すべき存在…って事だけは覚えておけよ。」
「…?」
『物量こそは多いが、攻防共に低く最弱の〈ゲーグナー〉』…というのが球体〈ゲーグナー〉…「ヌル」に対する灰原の見解であったが、塩崎の言葉を受け「昨日の戦闘では知り得なかった情報がまだあるのか…?」と灰原が首を傾げていると、
「…理由は後で説明してやる。」
…まるで自分に向けて言ったような塩崎の言葉から、灰原は疑問に対する考察を一度留(とど)める。
「…次はこいつだ。人型のロボッ…〈ゲーグナー〉。名称は「アインス」。
左右のどちらかに付いたデカい大筒と硬い装甲が特徴的な奴だな。
基本的な攻撃は砲撃が主だが、稀に肉弾戦で対応する場合もある。
近くに別個体の「アインス」がいれば通信をとり合い連携を図る事もあるなど…知性を兼ね備えた〈ゲーグナー〉だ。」
—————なるほど。あれはそういう経緯があったのか…。
灰原は撃たれた腹部に手を当てながら、昨日戦った二体の「アインス」を思い出す。
‥‥〈第一校舎〉のト字路の中間。壁際にまで後退していた「アインス」に対し、灰原は上段からの「大剣」の一撃を叩き込もうとしていた場面で左側の死角…詳細には「保健室」や「職員室」のある方向から放たれた砲撃によって灰原は撃たれた。
…つまり、壁際まで退いた「アインス」は囮で灰原はまんまと誘い込まれた…という事になる。
————まさにしてやられた…という事か。
灰原は小さく溜め息をつき、「アインス」に関する情報を脳内で反復させる。
…硬い装甲と地面を滑るような機動力を持ち、近距離・遠距離で攻撃可能なうえ、仲間と連携を取る事が出来る…「知性」を併(あわ)せ持った〈ゲーグナー〉「アインス」…。
塩崎の説明と昨日の戦闘から「アインス」の戦闘能力を鑑(かんが)みると、「アインス」が〈ゲーグナー〉の中でも強敵に思えるのは灰原の気のせいではない。
「…まぁ、特徴を並べてみると強敵なんだが…弱点はある。」
—————弱点…?
塩崎の言葉に灰原の頭は疑問の渦に飲み込まれ始める。
昨日の戦闘を事細かく思い出すが、弱点らしい弱点は見当たらない。硬い装甲によって灰原の剣は弾かれ、「アインス」の連携によって死にかけもした。
考える事が出来る…「知性」を持つという事がこれほどまでに脅威となる事を灰原は身を持って実感した昨日の戦闘であったが「アインス」の弱点らしいものは灰原の「観察」で発見できなかった…。
「…〈ゲーグナー〉は何で動いていると思う?」
唐突に塩崎が質問を投げかける。その質問に答える生徒は誰一人としてクラス内にはいないが、その質問に対する解答を灰原は知っていた。
「‥‥命。」
そう小さく呟いた灰原に塩崎が一度だけ視線を送ると、少しだけニヤリ…と笑みを浮かべて自らの問いに答える。
「…そう「命」。つまりは生命力だ。
〈ゲーグナー〉は一つの生命力を糧に活動しているんだが「力」ってのは無限じゃねぇ。
補給が無ければ有限の「力」はやがて尽きるもんだ…。
「ヌル」はそれを理解しているのか…「力」を維持するために攻撃力・防御力は低く、逆に「アインス」は「力」を使って体の装甲を強化し、自らの「力」を燃焼させて砲撃を撃っている。
…ここまで言えば分かんだろうが「力」が減れば、そんだけ装甲分に回していた「力」が減って防御力が落ちる。
これは砲撃のみに関わらず、行動すれば「力」を消費して防御力が落ちる事から「アインス」は長期戦には弱い…ってわけだ。」
「‥そうなのか…」
灰原は再び落胆する。
あの時の灰原には体力と気力が残っていなかった事から、勝負を焦って短期戦に臨んだが、どうやらそれは「アインス」に対して最悪手であったようだ…。
だが、そんな灰原とは対照的に、「アインス」について一発で説明できた事に「うんうん…」と満足げに頷く塩崎は映像が切り替わると同時に最後の〈ゲーグナー〉の説明を始める。
「…最後はこいつだ。無形の〈ゲーグナー〉…名称は「ツヴァイ」。
攻撃手段は斬撃のみで普段の動きは鈍い…というよりも殆ど無いが、攻防時の速度だけが異様に速い。「ヌル」、「アインス」とはまた違った特性を持つ〈ゲーグナー〉だ。」
映像に映し出された〈ゲーグナー〉は他の二体と比べると、また一風変わった形をしていた。
中心に拳ほどの大きさで瑠璃色の球体がはめ込まれたひし形の分厚い装甲。
更には、それをU字型の装甲が挟み込むような形で覆っており、瑠璃色の球体は隠れてしまっている。
それらを「本体」とするならば、本体の周囲で浮遊している四本の装甲はスコップの先を伸ばしたような形状を模っており、微妙に歪曲した両刃の剣が本体を守る役割を果たしていた。
「…さっきも言ったが「ツヴァイ」は「ヌル」や「アインス」と違って動きがほぼ無い。どちらかといえば近づいてくる対象を自動的に攻撃するようなタイプで、ある一定の距離に入った対象に素早く攻撃を仕掛け、時には防御する。
動きが極度に少ないから「アインス」みたいな制限が無ぇが、「力」の大半を瑠璃色の【核】を守る事に費やしているから、四肢…いや、四枚の装甲を破壊すれば攻撃手段は無くなる。
だから倒し方としては、装甲を全て剥いで【核】を割るか…。
装甲をブチ抜いて、直接【核】を狙うか…の二択だな。」
未だ見たことのない無形の〈ゲーグナー〉「ツヴァイ」。
昨日、「保健室」で片腕を落とされた生徒を見かけたが、おそらく斬撃を仕掛けてくるという「ツヴァイ」の攻撃によるものだろう…と灰原は推測を立て、再び塩崎の説明を脳内で反復し始めると、先程放置していた問題について塩崎が語り始める。
「…で、最後に「ヌル」についての追加事項だ。
さっき、俺が言ったこと覚えてるか…?」
そう言って、塩崎が「指示棒」を振るうと、映像が再び「ヌル」を映し出す。
「…攻撃・防御共に最低の最弱〈ゲーグナー〉「ヌル」。そいつを〈ゲーグナー〉の中で最重要視させる「ヌル」固有の特性。それは…」
「指示棒」を振るうと、映像に一つの文字が浮かび上がる。
【貪食(どんしょく)行為】
「…これが「ヌル」を重要視させる要因の一つだ。
どんな特性か…一言でいえば「ヌル」が他の〈ゲーグナー〉を捕食する行為だ。」
「…???」
—————〈ゲーグナー〉を捕食…。
あの黒い球体の姿を思い浮かべながら、灰原はその姿を想像する。
—————衣服を引き千切る程度の力しか持たない「ヌル」が、どうやって他の〈ゲーグナー〉を喰らうというのか…。
どう考えても、その【貪食行為】を行う「ヌル」の姿が思い描けない事に灰原が顔を歪ませていると、やや質の悪い音声が流れ始める。
「…!」
気づけば、新たな映像が投影されていた。
校舎の廊下に沈む「アインス」と、その付近を漂う「ヌル」。
すでに力尽きているのか…「アインス」は眠ったように動かず、目の役割を果たす歪曲した半透明の装甲からは光が失われており、まるで仲間の死を弔(とむら)っているかのように「ヌル」は「アインス」の頭部を見つめていた…。
‥‥が、次の瞬間であった。
「※■‥‥▽▲※※※…!!!!!」
「ヌル」の白く虚ろな目が血のように濃い赤色に染まり、顎が裂けんばかりに大きく口を開き「アインス」の頭部を一口で噛み千切ったのである。
…噛み千切り、咀嚼し、飲み込む…
バキッ…バキッ…と「アインス」の肉体を貪り喰うように…その工程を繰り返す「ヌル」が「アインス」特有の大筒までも喰らい終えた途端、その黒い球体に変化が生じる。
黒い球体は収縮と膨張を繰り返し、徐々に大きく…歪な形へと変形していく。
…胴体、手足、尻尾…と体の部位が体を突き破るように生え、肉体を構築し始めること数秒。
肉体の完成と共に体表からは「アインス」特有の白い装甲が現れ始め、身体の大半を装甲で覆い終わると「それ」は天に向かって産声(うぶごえ)を轟かせる。
「■■■■ッッ——————————!!!!!」
「ヌル」でも「アインス」でもない…一匹の「獣」が誕生したのである…。
「…はっ…」
映像が途切れ、灰原は現実に引き戻される。
最弱の「ヌル」が「アインス」を喰らい、別個体へと変貌を遂げる映像は呼吸すら忘れるほど衝撃的なものであったのだ。
「‥‥映像でも見た通り「ヌル」の【貪食行為】は何の前触れもなく起こる。
条件もタイミングも分からない上に「ヌル」の数は多く【貪食行為】を行う確率は高い…」
塩崎が「指示棒」を振るうと、先程と同じ映像が流れ「ヌル」が別個体への変貌を遂げた場面で映像は一時停止する。
「…【貪食行為】によって生まれた個体は総じて「亜種体」と呼ばれ、その能力は元になった〈ゲーグナー〉がベースになるが、その性能は段違いのもんになる…」
そこで、一度説明を止めた塩崎の顔が固くなる。
頬にうっすらと浮かぶ皺と二重瞼の影が濃くなると同時に塩崎は静かに…はっきりと述べる。
「…正直に言えば、今のお前らが戦えば大半が死ぬ。単体なら即死するレベルといっても良い。だから、もし〈亜種体〉と遭遇した際は防御と回避に徹して、隙をみて逃げろ。いいな?」
塩崎は生徒全員の眼を睨みつけながら、念入りにそう忠告する。
…脅しではないことは塩崎の眼を見ればわかる。
普段は気の抜けた目をしているが、本気で何かを諭す時…塩崎の眼には熱が籠っているのだ。
昨日の〈ゲーグナー〉襲来の際に見た塩崎の真剣な表情を思い出しながら、灰原は塩崎の忠告を心に留めておくことにした。
「‥‥次いで【貪食行為】の際に起こる「ヌル」の特性についてだが…」
そう言って再び塩崎が「指示棒」を振るうと、「ヌル」が【貪食行為】を開始する場面で映像が一時停止する。
「…「亜種体」ってのは、大きく分けると『本能』系(タイプ)か『理性』系(タイプ)の二種類に分かれる。
それらの系統によっては「亜種体」の能力や戦闘の傾向、対策などが全く違(ちげ)ぇから「亜種体」を相手取る時には必ず初めに【どの系統に当たるのか?】を判別する必要がある。
…そこで注目するのは、目の色だ。
映像では『赤』だが、この【貪食行為】時に変化する「ヌル」の目は『赤』か『青』のどちらか片方に変わる。目の色は変化する「亜種体」の系統を表し、映像の個体を例に挙げるなら…『赤』の目を持つ「ヌル」は『本能』系に当たる。
『本能』系の〈亜種体〉は高い運動機能と獰猛(どうもう)な性格を持ち、接近戦に特化したものが多い。更には生命の危険を感じると能力が飛躍的に上昇することがあるため、最後まで気が抜けない敵になるな。
『青』の目を持つ『理性』系の〈亜種体〉は高知能と変わった特殊能力を持ち、学習能力が異様に高い事から成長速度が速く、長期戦になると厄介な敵になる…」
「‥‥。」
『赤』が戦闘特化の『本能』系。
『青』が知能を駆使する『理性』系。
対極に分かれた二つの系統を持つ「亜種体」は初めに系統の判断を付けなければ対処法は大きく異なってくる。
‥戦闘特化の『本能』系であれば純粋な力勝負で苦労する事から、他の生徒との連携や何か策を弄(ろう)する必要があるほか、生命の危機に発生する能力の向上にも注意しなければならない。
…『理性』系であれば成長速度が速い事から素早い対応が求められるが、高い知能と個々の持つ特殊能力によって攻略は難航すると考えられる…。
「…この二種類の〈亜種体〉に共通するのが、他の〈ゲーグナー〉を捕食することで身体の再生を図る『回復』と自身の強化を試みる『強化』の二つ。
どちらも「捕食」という行為によるものだが、捕食の限界値や捕食に対する『回復』と『強化』の還元度は個体別に分かれる。
簡単に言ってみれば、早食いで大食らいの「亜種体」ほど注意が必要って感じだ。」
「ま…今戦う事はないと思うけどな…」と独り言を呟きながら説明を終える。
映像が途切れ、灯りが徐々に明るくなると塩崎が咳き込み始める。
「…ごほっ、ごほっ」
流石の塩崎も話し疲れたのか…どこからか取り出したペットボトルの水を口に含み始めていた。
「‥‥‥。」
その様子を眺めながら灰原は塩崎の説明を脳内で再び反復させていた。
「ヌル」、「アインス」、「ツヴァイ」。
為す術無く敗れた「アインス」の弱点。
そして、未だ戦ったことのない「ツヴァイ」の能力や対処法を知れた事は灰原にとって大きな恩恵であった。
更には「ヌル」の持つ特性【貪食行為】によって生まれる〈亜種体〉に関しては非常に興味を引く要素が数多く存在した。
———「ヌル」はなぜ食すのか…?
————なぜ、「ヌル」だけが【貪食行為】を行うのか…?
その他にも「あの個体を食べたらどうなるのか…」と想像を膨らませるが、塩崎の説明の中で灰原が求めていた解答を得られる事は無かった。
「どこから〈ゲーグナー〉は生まれるのだろうか‥‥。」
ゴクッ…ゴクッ…と塩崎が水を飲み込む音だけが教室に響く…。
「…こほん。
じゃあ、お次は【Rs(ランクスキル)】Lv(レベル)の上げ方についての説明だ。
早速だが、お前ら‥‥〈生徒手帳〉を出せ。」
…〈ゲーグナー〉の授業から小休憩を挟んだ二限目。
開口一番にそう言い放った塩崎の言葉に昨日のトラウマを思い出したのか…ビクッと背筋を張った最上の背中を見つめ、灰原は胸ポケットから〈生徒手帳〉を取り出す。
「まず、初めに【Rk(ランク)】を見てみろ。
初めは「1」だった【Rk】も〈ゲーグナー〉との戦闘を経たことで上がっているはずだ。」
「‥‥!」
「神様ゲーム」本来の目的は【Rk】「100」を目指すこと。
自らの【願望】や【ML(マテリアル)】、【Rs】…と別の事ばかりに気を取られ、灰原は【Rk】の事を完全に忘れていた…。
「‥‥「7」…?」
急いで〈ステータス〉に目を通すと、【Rk】の項目には「7」と表記されていた。
昨日見た【Rk】「1」と比べ、大きく上昇した【Rk】に初めは驚いたものの、自分の努力が目に見える形で証明される…という事に段々誇らしさを感じ始め、灰原は頬を緩ませていた…。
—————昨日戦った「ヌル」の大群による経験値が特に多かっただろうか‥‥。
灰原は左腹部をさすりながら昨日の「ヌル」の大群を思い出す。
…〈第一校舎〉と〈第二校舎〉を繋いでいる渡り廊下を覆いつくす黒い壁。
その正体は数え切れぬほどの「ヌル」が集まっていたものであったが、その原因が何であったのかは結局のところ不明のままである…。
—————あれは何が原因だったのだろうか…。
昨日見た光景に疑問を感じ始めた直後、後ろに座っていた人物の声が灰原の背中を衝く。
「…ふーん。熾凛は「7」か…」
「…そういう蒼はどうなんだ?」
「一日に二度も心臓が止まるような思いをするとは…」と驚きを押し隠すように灰原は冷静を装って〈生徒手帳〉を覗き見て来た彼女にそう尋ねると、途端に腕を組み顎を少しだけ上げた後「ふふーん」と自慢気な笑みを浮かべて彼女は返事をする。
「…私は「8」よ。」
「…むっ…」
悔しいが…納得のいく数値ではあった。
灰原、雨崎、志村の三人でも削り切れなかった「ヌル」の壁を彼女は一人で削り切り、灰原が全く太刀打ちできなかった二体の「アインス」を倒してしまったのだ。むしろ、当然の結果ともいえる…。
「…次に【Rk】の隣にある【Rp(ランクポイント)】を見てみろ。
【Rp】っていうのは【Rs】を上昇させるために必要な対価で、
【Rk】を「1」上げる度(たび)に【Rp】も「1」貯まり、貯まった【Rp】を使って【Rs】を強化することが出来る…」
説明をしながらコンコンッ…とチョークで文字を書きなぐり、再び塩崎がこちらに振り返ると、
『 【Rk】上昇=【Rp】上昇→【Rs】強化 』
…と、いつの間にか黒板には端麗な文字が表記されていた。
————…きれいだな…。
昨日と同様、何とも綺麗な文字を素早く書き上げる塩崎に灰原は感心しつつ、〈生徒手帳〉に視線を落とすと【Rs】「剣SS」の表記の横に青文字で『5』の数字が浮かび上がっていた。
「…?」
よく分からない表記に灰原が困惑していると、塩崎が説明を再開する。
「…【ML】や【Rs】によって必要な【Rp】ってのは大きく異なってくる。
【Rk】の獲得と同時に【Rp】を入手したことで【Rs】Lvの上昇に必要な【Rp】が〈生徒手帳〉に表記されているはずだ‥‥。」
そう言って塩崎は教卓の裏から椅子を取り出し、座り込んだかと思えば唐突に身体をほぐし始める。
—————本人的にも立ちながら説明を続けるのは疲れるのだろう…。
そんな塩崎の様子を見ていた為か…塩崎に倣って灰原も少しだけ身体をほぐした後、深呼吸をして仕切り直す。
「…まぁ、後の事は聞くよりも実際にやってみた方が早(は)えぇな。
今から時間を取ってやるから、〈生徒手帳〉に触れて【Rs(ランクスキル)】Lv(レベル)を上げてみろ。【Rs】を強化した後でも【Rp(ランクポイント)】を元に戻す事が出来るから【Rs】を複数持ってる奴は実戦を通して【Rp】の再振り分けをしてみてもいい。
…それと言い忘れていたが、【Rs】の上限は「Lv:10」だ。
複数持ちの奴は逆算して、そこから目標を立ててみるのも良いかもな…」
そういって、塩崎は再びペットボトルの水を口に含み始める。
————なるほど…そういう事か…。
灰原の持つ【Rs】「剣SS」は【Rs】Lvの上昇に『5』の【Rp】が必要…という事なのだろう。つまり、【Rk】「50」を迎えた時に【Rs】が「Lv:10」になる計算になる。
—————これで少しは強くなれるだろうか…。
…綿密に創り上げた「両手剣」の一刀は「アインス」の装甲に防がれ、砕け散った刀身が灰原の頭をよぎる。
自らの力の無さを思い知った昨日の苦い経験を思い出しながら灰原は不安そうな面持ちで〈生徒手帳〉にある【Rs】の表記に触れると…
『【Rs】が「Lv:2」に上昇しました。』
「…!!」
この短い時間に三度、心臓が止まりそうになる。突然、脳内に流れ込んできたクラウンの声は幸か不幸か…灰原の不安をどこかに飛ばしてくれた…。
【Rs】Lvは無事に上昇したが、身体に変化は見られない。
【Rs】Lvの上昇は【Rs】の質を高め、想像したものを現実に創造する際の還元度を上昇させるもの…だと塩崎は言っていた。
「きっと戦闘を迎えた時に分かるはずだ…」と、未だに実感が持てないまま暇を持て余した灰原は周囲の生徒を観察していた。
…〈生徒手帳〉に幾度か触れる者。
…複数持ちなのか、【Rp】の振り分けに悩む者。
…すでに【Rp】の振り分けを終えたのか、机に突っ伏して居眠りをする者。
…灰原と同じように静かに周囲を見渡す者。
…近くの生徒と話し合う者。
様々な生徒を観察する中で降って湧いたような素朴な疑問が灰原の頭に思い浮かぶ。
————同じクラスだというのに…未だに互いの名前も知らないのだな…。
…そう思ってはみたものの、今は「神様ゲーム」が始まって二日目の朝。
昨日はチュートリアルと【ML(マテリアル)】探しに加えて〈ゲーグナー〉の襲来もあったのだから、時間的に厳しく、仕方のない事なのかもしれない…と素朴な疑問に対する妥当な解答を見つけた途端、背後に座る人物の声が再び灰原の背中を衝く。
「…ねぇ、熾凛。私の【Rs】強化できないんだけど…。」
そう言って、彼女は【Rs】の項目を指さしながら、自らの〈生徒手帳〉を灰原の前で開いて見せる。【Rs】の横に表記されているのは赤文字の『10』という表記があった。
「‥む…どうやら必要な【Rp】が足りていないようだ。
蒼の場合だと、【Rk】「10」になれば【Rs】Lvを上げられるようだな…。」
「…『10』って事は…ちょうど【Rk】「100」でLv上限になるんだ…」
「あぁ。そういうことになるな…。」
彼女の持つ【Rs】「EXTRA(エクストラ)」。
それは自由自在に操作できる【ML】の「御神札(おふだ)」に「雷」、「癒し」、「障壁」…といった、あらゆる因子を加えることで攻撃・防御・回復…と戦闘面だけではなく、仲間の支援すらも同時に行える…まさに最強の【Rs】ともいえる。
僅かな弱点を上げるとするならば…付与する因子を単一にするほどに性能は増す一方、因子の振り分けが多いほど性能は落ちる。また「御神札」を遠距離に飛ばすほど自身の攻守が薄くなる…といった不利点もあるが、持ち主である蒼の裁量次第で十分に改善できる問題である。
…そんな彼女の【Rs】のLv上げに必要な【Rp】が多量である事には頷けるのだが、目標である【Rk】「100」を迎えた時点に【Rs】Lvが上限になる…というのは何とも陰(かげ)りを感じてしまう。
「神様ゲーム」の終着点が【Rk】「100」を目指す事であり、その終着点を「迎える前」ではなく「迎えた時」に彼女の【Rs】Lvが上限を迎える…という事に灰原は少しだけ違和感を覚えたのだ…。
キーンコーンカーンコーン…
不意に授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「お、もうそんな時間か。」と塩崎が右手首に視線を落とす素振りを見せるが、途中で動きを止めて生徒達の方へと視線を戻す。
「…うっし。じゃあ、これから二時間の昼休憩だ。休憩後は昨日やれなかった「シミュレーター演習」を行うから、しっかり飯食って来いよ…。」
「じゃあ解散。」と言い残して、そそくさと塩崎は教室を後にする。
塩崎が教室の引き戸を締めるのと同時に生徒達は緊張を解き、
ある者は教室を後にして…ある者は他の生徒のところに向かう…など各々で行動を始めていた。
「…ふぅ…。」
授業が終わったことで灰原も緊張を解き、身体をほぐすために伸びをする。
「…ねぇ、熾凛(さかり)。これからどうしようか。」
「…む…。そうだな…」
授業の後半から続いていた腹部の空白感。
「昼食を取るように…」と言っていた塩崎の事もあり、正直のところ今すぐにでも昼食を食べたい気分であった。
だが、そのためにも一度自室に戻るか…昨日蒼が言っていた「マンション」にある〈飲食スペース〉…なる所まで向かわなければならない…。
—————どうしたものか…。
どちらにせよ…一度「マンション」に戻るしかないのだが、少しだけ面倒にも感じてしまう。
そんな時に前方向から聞き覚えのある声が灰原に話しかけてきた。
「…なぁ、二人共。良かったら一緒に飯食いに行かねぇか。」
声を掛けてきたのは最上であった。
何とも人当たりの良い明るい笑顔を浮かべて灰原達を食事に誘う最上の背後には、志村と雨崎、更には進藤も控えており、蒼と目が合った雨崎が小さく手を振っていた。
「あぁ。俺は構わないが…蒼はどうだ。」
「うん。私も大丈夫。」
「よし。じゃあ決まりだな。何でも…ここの三階に「食堂」があるらしいんだよ。
まぁ、実際に見たわけじゃねぇが…他の奴が話してるのを聞いてな…」
「そうなのか…!」
昨日の時点では校舎内の探索はあまり進んでいなかったため、校舎内においてはまだ知らない部分が多い。
【ML】探しでも…〈ゲーグナー〉襲来の際も…このAクラスの教室がある二階よりも上の階に向かう事が初めて出会った事から灰原は秘かに心を躍らせる。
…ぐぅうう…
————決して、早く食事をしたいからではない…断じてない…。
灰原は早歩きで最上の跡へと続く。
「おっす! お疲れ様です! 最上さん!」
最上に続いて教室を出た途端、廊下に膝を突いていた筋肉質の大男が最上に向かって大きな声で挨拶をする。廊下に響き渡るほどの大声に雨崎は驚き、反射的に蒼の背中に隠れてしまっていた。
「‥‥おう、お疲れさん。カジ…次からはもう少しボリューム下げような。」
「わかりました! 最上さん!」
耳を掻きながら挨拶を返し、冷静に注意する最上。それに対し、大声で返事を返す梶原…。
————出会った当初とは大きく変わったのだな‥‥。
【ML】「竹刀」を賭け、梶原と戦った【ML】争奪戦での出来事を思い出しながら灰原は二人を眺めていると、
「…!」
「…?」
…少しだけ梶原と視線が合ったように思えたが、咄嗟に視線を外されてしまった。
意図的に視線を外したようにも思える梶原の行動に灰原は少しだけ不安を覚え始めると、最上が思わぬ行動に出る。
「…おし! カジ。お前も来い!」
おもむろに膝を突いていた梶原の頭を掴み、無理やり引っ張り出したのである。
「痛たたたっ!! ちょ…最上さん…待ってくださいよ…!」
「…最上。それは…かなり痛そうだぞ…」
あまりの悲鳴に思わず灰原は最上に言葉を掛けるが、
「安心しろ。加減はしてある…」
そう言って梶原の頭を掴んだまま、最上は三階へと向かい始めてしまう…。
「…大丈夫なのだろうか…」
「…まぁ‥意味もなく酷い事はしない奴だから…何か意味があるんだろうな。」
灰原は自分の頭に手を当てながら、苦痛に涙を浮かべ始める梶原を見守るなか、いつの間にか隣に立っていた志村が声を掛けてきた。
「…そう…なのか…」
志村にそう言われたものの、最上の真意は全く理解できなかった。
「梶原に視線を外された事が何か関係しているのだろうか…」と考えみるが、そこから回答へ繋がるような筋道が見えず、灰原の思考は一時停止する。
「熾凛、とりあえず二人を追いましょう。
「食堂」に向かうことに変わりはないんだからさ。」
「そうですね。最上君を信じましょうよ、灰原さん。」
そう言って、蒼と雨崎は二人の跡へと続く。
————…確かに最上の真意がどうであれ、「食堂」に向かう事に変わりはない…。
昨日の【ML】争奪戦で自分と蒼を助けてくれた最上の姿を思い出し、灰原も二人の跡を追いかけることにした…。
快晴を迎えた「神様ゲーム」二日目の昼。
青々と済んだ空には一片(いっぺん)の雲も無く、今日(こんにち)も爽やかな天気が予想される。
薄桃色の花を咲かせた木々が校外を覆い、陽の薫りを含んだ暖かな風が花弁(はなびら)と共に校内を吹き抜け、グラウンドからは静かに砂塵を巻き上げる。
風に舞う花びらに砂塵が絡みつくと重みに耐えかねた花弁は吸い込まれるように焦げ茶色の大地へと落ちていったが、土にまみれた一枚の花弁が誰かの目に留まる事は無い。
ピシリ‥‥
…ましてや清い空に引かれた一筋の線など…誰の目にも留まらないであろうに…
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