7.「〈ゲーグナー〉 Ⅱ 」



 黒く宙を漂っていた「それ」は、ひどく虚ろな目をしたものだった。

体の形は球体。黒い外皮は特別潤っているわけでも、異様に乾いているわけでもなく、適度な潤いを保っており、その頭部には円錐台の形をした一対の角(?)のようなものが生えている。

球体の左右に浮いたマイクのような形状の手には、指の役割を果たしているのか…三つの玉がスピーカー部分に軽く触れる程度に浮いており、体の全長は、ちょうど人の頭と同じぐらいの大きさであった。


…その異様な見た目の中でも、特徴的なものが剥き出しになっている凸凹(でこぼこ)の歯。まるでジッパーで噛み合わせたような歯は、その両端のどちらかにジッパーの引き手がないか…と探してしまうが、ただジグザグの模様が刻まれているだけであった。


「…あ…。」


気付いた時には「それ」と目が合っていた。

黒い体に反し、その空虚で白い目は、見ていて引き込まれそうになるほど、空白感と謎の〈魅力〉を秘めていた…。




 一同が「それ」と出会ってから数秒後…。

灰原が空白感のある白い目に得体の知れない〈何か〉を感じ始めた頃、「それ」は内に秘めた攻撃性を吐き散らかすように…その凸凹の歯牙を向けて灰原へと迫ってきた。


「◆□◇■※※※…!」


言葉にならない甲高い奇声を上げ、桃色の口内が見えるくらいに大きく開けた口は、確実に獲物の首を捉え、その凸凹の歯牙で噛み千切る。


「‥‥!」




‥‥が、その前に隊列の先頭にいた灰原は【ML(マテリアル)】である「竹刀」を振るっていた。



————あ…これはまずい。



頭は冷静であったはずの灰原であったが、通常よりも早く脈打つ心臓の鼓動に誘発されたのか…焦って初手の攻撃を誤る、というミスを犯してしまった。



…【ML】たる「竹刀」から武器を創造することを忘れていたのである。



攻撃のタイミングや打ち所は完璧であったが、切れる刀身を持たない打撃武器と切れる刀身を持つ斬撃武器では、その殺傷能力は天と地ほどの差がある。


————第一…【Rs】の確認もしていないのではなかったか…。


…【ML】を手にしたことで気が緩んでいたのか。

…それとも灰原の想像以上に疲労と緊張がピークに来ていたのか…。


 可能性を挙げると、いくらでも思いつきそうなものだが、浅はかであったのは事実だ。備えも無しに…自分にどんな武器があるのかも確認せずに戦闘に入ったのは、実に愚行であった。



 「竹刀」が黒い外皮に食い込んだ途端、「竹刀」から伝わってきたグニッ…とした感触は「それ」が適度な弾力と内にある核のような硬さを有している事を灰原に直感させる。


覚えのあるその感触は灰原にとっては、なんとも…不快極まるものであった。


「…※※※…」


灰原によって「竹刀」を打ち込まれた「それ」は、悲鳴にも似た奇声を上げ、体が壁へと激突する。その後、飛んで行った体を求めるように宙に置いて行かれた二本の腕が追尾するが、体に辿り着く前に力尽きたのか…ぽとり…と墜落してしまう。


墜落した腕を見た後、灰原は「それ」の行方を視線で追うが、すでに壁に激突した体は動かなくなっていた。


「…え…。」



 この程度なのか…と灰原は内心感じてしまっていた。


異世界からの侵入者、『未知』の敵…と、あれだけ恐れていた〈ゲーグナー〉が壁への激突があったにせよ、…「竹刀」の一撃のみで命尽きてしまったのだ。

創造した何かしらの「武器」であればいざ知らず、【ML】である「竹刀」で弾いただけで倒せてしまう…というのは、何とも拍子抜けであった。


「…確認してみよう。」


〈ゲーグナー〉に関しての情報がないことや、あまりにも簡単すぎる結果に不安を覚えた灰原が班の全員に提案すると、一同も灰原と同じようなことを考えていたのか…承諾してくれた。


動かなくなった黒い球体を全員で確認する。

球体の〈ゲーグナー〉は、まるで充電が切れた機械のように白い目の光が消え、身体と同じような黒色に染まっていた。球体の左右に浮いていた腕も完全に力を失い、廊下に転がっている。



〈ゲーグナー〉は見事に沈黙していたのである。


出会った直後から〈ゲーグナー〉の「観察」を開始していた灰原であったが、呆気なく決着がついてしまったこともあり、得られた情報はかなり少ない。


あの浮遊する身体と腕…浮かぶ力の正体は何だったのかは〈ゲーグナー〉の死体を観察しても分からない…。


「よく見ると…可愛いもんだな。」


動かなくなった〈ゲーグナー〉を全員で囲んで見守っていると、茶髪の男子生徒の一人が口を開く。


背丈は灰原よりも若干高く、最上と同様にブレザーの腹部のホックは止めず、襟を少しだけ曲げて襟先を体の正面に向けていた。


「…ふーん。

壁の破損は無いから、そんなに硬いわけでも重いわけでもないのか…。」


そのパーマの入った明るめの茶髪を指先で軽く捻(ねじ)じらせながら、〈ゲーグナー〉の傍にしゃがみ込み、周囲の情報から分析し始めた男子生徒は、教室で最上と灰原が別れる直前に会話を交わしていた二人の内の一人であった。


「?」


「可愛い」と言った彼の言語表現に灰原は疑問を打ち立てたが、すぐに切り捨てる。


この茶髪の男子生徒が「可愛い」というのならば、彼にとって、この〈ゲーグナー〉は「可愛い」と呼べるほどに危険性を持ち合わせてはいない…ということなのだろう。


「この〈ゲーグナー〉はどうしたら良いだろう?」


全員の眼を見ながら灰原は質問を投げかける。


灰原個人としては、直に触れて観察を続けていたい…という欲求もあったが、自分だけの判断で班の行動を決めるのは自分勝手な考えであると感じ、頼りの蒼を含めた四人の意見を求めたのである。


「「「「‥‥。」」」」


一瞬の間が開いた後、深緑の髪を三つ編みに編み込んだメガネの女子生徒がひっそりと手を挙げて、第一声を上げる。


まるで服に着せられているというのか…蒼よりも頭一つ分小さい彼女の身長は、この班の中ではあまりに背が低く感じるために、灰原も気づくのが一瞬遅れてしまった…。



…よく見れば、彼女も茶髪の男子生徒と同様、最上と会話をしていた女子生徒であった。



「‥‥そうですね。私はそっとしておくべきだと思います‥‥。」


「…もう動かなさそうだしな。置いていこう。」


彼女の言葉を皮切りに、茶髪の男子生徒も灰原の問いかけに答えてくれた。


「僕も…あまり触らない方が良いと思います。」


初めに組んでいた隊列の後列にいた黒髪の男子生徒も返事を返す。


頭頂のクセ毛と丸みを帯びた髪型に細い目、きちんと整えられた服装‥‥と、それといった特徴は見られなかったが、灰原はどこかで一度…見かけたような既視感を感じ、若干動揺するが、よく見れば灰原の前の席に座っていた男子生徒であった…。


「うん。私もそのままにした方が…。」


最後に蒼もそう返答を返すが、その声から灰原は彼女の意識が、どこか別の所に向いているようにも感じた。


四人の意見としては〈ゲーグナー〉の強弱は関係なく、『未知』の物体に触れる…干渉する…という行為を極力したくないのだろう。

班の大半が「置いていく」という意見を出したために黒い球体の亡骸を置いて、一同は再び探索を開始する。


「‥‥。」


紅葵(もみぎ) 蒼だけが動かなくなってしまった〈ゲーグナー〉を最後まで見つめていた…。





—————〈ゲーグナー〉とは一体何なのだろう…?


異世界から来た侵略者、『未知』の存在…〈ゲーグナー〉。

その情報しか持たずに生徒たちは戦いに臨んでいったが、明らかに情報量が足りなすぎる。この〈第一校舎〉の黒い外壁から伝わった頑丈な造りからは「何かを守っている」ような匂いを感じるが、「何を」⇄「何から」守っているのか‥‥という重要な点を塩崎、そして塩崎に憑依(?)していた人物(?)も…「学校」側は何も教えてはくれなかった。


まず、今の段階でわかることは「何から」=〈ゲーグナー〉…ということだろう。

だが、生徒側にとって肝心な「何を」については何も分からない。

情報がそれほど重要なのか…それとも学校側だけに留めておける代物なのかは分からないが、「何か」を守るための戦いならば、自然と納得もできる。

しかし、目的も聞かず、ただ一方的に〈ゲーグナー〉を殺してしまうことに罪悪感はない…といえば、嘘になってしまう…。



灰原は手に残ったあの不快な感触を解きほぐすように掌を開け閉めする。



〈ゲーグナー〉に「竹刀」を打ち込んだ時に伝わった感触は、梶原 宗助との戦いで「レイピア」を彼の足に刺し込んだ時のものと通じるものがあった。


事実を言えば、感触は全く異なる。

だが、両者ともに拭い難い罪悪感が絡みつく。

ましてや、〈ゲーグナー〉に至っては、すでに命すら奪ってしまっているのだから、罪悪感の比でいえば、梶原への罪悪感よりも…こちらの方が罪悪感の比は多い。


———理由は不明。だが、倒さなくてはならない‥‥。


明確ではない——「とりあえず」という頭文字が付く灰原の『願望』では、この罪悪感を打ち消すには軽すぎるのか。

それとも「ゲーム」という言葉が自分以外の生徒の罪悪感を薄めさせているのか…。


————とにかく今は、学校側に従う以外の選択肢は無さそうだ。


灰原は罪悪感を無理やりにでも飲み込むために、別のことに意識を向ける事にした…。




 歩みを進めながら、さらに灰原は思考を巡らせる。

【Rk(ランク)】の説明の際、塩崎は「強い〈ゲーグナー〉を倒せば…」と言っていた。つまり、あの球体の〈ゲーグナー〉だけでなく、他の種類の〈ゲーグナー〉もいるということになる。もしくは、形は同じでも攻撃方法や耐久値が異なる…等、能力面での違いによるものもあるかもしれない…。


何より、塩崎が真剣な表情で「死ぬな」と言ったのだ。

きっと、今の自分達では対処できないほどの強さを持つ〈ゲーグナー〉と遭遇する可能性もあるのかもしれない…。

球体の〈ゲーグナー〉も単騎だったからこそ難無く倒せただけで、何十体もいれば倒すのは難しい事なのかもしれない…。


そう考えると、先程は単に運が良かっただけで安心するのはまだ早い…。



 

 ここまで灰原たちは〈第一校舎〉の二階にある「Aクラス」の教室から「マンション」方向にある「Cクラス」方面へと移動し、一階へ下ったのち、「マンション」とは真逆の方向へと向かっていた。


そして、現在。前方は上下階への移動手段であるエレベーターと階段、もう一方は〈第二校舎〉へ続く渡り廊下…という二方向に分かれたト字路の前に差し掛かる。

スタート地点である「Aクラス」の教室前から分散したB・Cクラスが、現在どこを探索しているのかも定かではなかったため、灰原達は一度「教室」へと戻ることを選択し、正面にあるエレベーター・階段方面へと歩を進める…。




—————‥‥だが。



「あれ」は黒い塊のように見えた。

視界の端に「あれ」が入った瞬間、灰原は反射的に横にいた蒼を手で遮り、多少強引ではあったが、倒れこむように身体を後ろに引いていた。


「きゃ…!」


「おいおい…」


「大丈夫ですか。」


突然、灰原が後方へと倒れこんだ影響で、三つ編みの女子生徒が茶髪の男子生徒にもたれる形で倒れ込んでしまい、黒髪の男子生徒が心配して声を掛けていた。


一方の蒼は、転倒する間際に灰原が彼女の背に手を添えていた事もあり、転倒だけは防げていた。


「蒼、大丈夫か。」


「うん。大丈夫…。」


蒼の状況を確認した後、後ろにいる三人の状況を確認しながら灰原は立ち上がる。


「皆、すまない…待って欲しい。」


灰原は小声で謝りながら倒れてしまった三つ編みの女子生徒の手を引き、怪我がないか確認をする。


「よかった。怪我はなさそうだな…。」


「あ…ありがとうございます…?」


「どうしたの…熾凛。」


灰原の行動に蒼を始めとした他の三人も不安な表情で灰原を見つめていた。


—————「あれ」をどう説明したものか‥‥。


卜字路に入った瞬間、ふと視界の端に映った〈第二校舎〉への渡り廊下にいた「あれ」の具体的な正体は、灰原にも分からなかったために説明に迷いが出る。



何か別のものと見間違えたわけではない。

だが、正体が分からない以上、「何か黒く蠢(うごめ)くものがいた」という曖昧な説明しか灰原には思いつかなかったのだ。


思考を巡らしながら、グラウンド側にある窓に目をやると、灰原たちの姿がうっすらと窓に反射して映っていた。


————これは…。


ふと閃いた灰原は窓へと視線を向けながら、ゆっくりと身体を反転させると「あれ」の全形が窓に薄く反射していた。実物よりも薄く見えにくい物ではあったが、ある程度「あれ」の実体が把握できるほどの反射率を有した窓であった事が幸いした…。


「あれを見てくれ…。」


窓に映った被写体を指差しながら、灰原は自身が見たものの正体を班の全員に知らせる。


「「「「‥‥‥‥。」」」」


一目見ただけでは「あれ」の正体に気づかなかったが、数秒ほど時間を置くと、塊の内側からはみ出た黒い欠片を発見すると、ようやく一同は「あれ」の正体に気が付く。


黒い欠片には二つの白い点…、僅かに飛び出ている一対の角のようなもの…。

黒い欠片から大元である「あれ」の正体に気づいた瞬間、灰原を除いた一同は顔色を曇らせる。


〈第二校舎〉へと続く渡り廊下を埋め尽くすほどの黒く巨大な塊…一同の視線の先にある「あれ」の正体は、数え切れぬほどの球体〈ゲーグナー〉によって構成された[壁]であった。






なぜ、渡り廊下にあのように集まっているのか…。

その理由は分からないが、〈ゲーグナー〉の集合体は球体の〈ゲーグナー〉によって構成されたものであったが…その異常な数と量が全員の表情を曇らせていたのである。


もちろん、正確に数えたわけではない。

だが、渡り廊下の先にあるはずの〈第二校舎〉の風景すら見通せないことから、その黒い塊…いや、黒く「分厚い壁」を構成する球体〈ゲーグナー〉の数が異常であることは明白であった。


 瓶詰めにでもされたように渡り廊下に密集する〈ゲーグナー〉に目立った動きはない。球体の〈ゲーグナー〉は耐久の面からみれば、「竹刀」の一撃で絶命するほど貧弱な〈ゲーグナー〉ではあったが‥‥。


『…攻撃力が異様に高かったら?』

『遠距離で攻撃できる個体もいるのではないか…』


「もしかしたら…」を挙げれば限りがない…だが、あの数を相手取るには準備も「情報」も足りないのは事実であった…。


「さっきの球体と同じタイプだが‥‥数が多すぎる。」


「‥‥どう…しましょう?」


眼鏡の女子生徒が不安げな表情で灰原に訊ねていた。だが、その視線は灰原に向けながらも、質問自体は班の全員に向けて訊ねているようにも感じる。


————どうするべきか。


女子生徒に訊ねられた灰原は頭を回転させ、その解答を模索する。


———初めての戦闘…経験値の少なさ‥‥「情報」の少なさ。


自身の事だけではなく、班全員の情報を頭に入れながら灰原は思考するが…やはり初めに浮かんだ選択肢へとループする。




「逃げる」か「戦う」‥‥選択肢を大きく分ければ、その二択しかない。




「逃げる」を選択した場合、ひとまず、応援を呼ぶのが一番妥当な案ではあるが、このト字路の先には進めない以上、後方にある階段まで戻るしかない。

他クラスの場所も正確には確認できていないこともあり、応援を呼ぶこと自体に時間を取られてしまう可能性もある。


————…では「戦う」場合はどうだろう。


[黒い壁]を構成する〈ゲーグナー〉の数量は、おそらく百体を軽く超える。

それに対し、こちらは五名。

単純な話ではあるが、物量が足りない。

物量を凌駕するほどの武器をこちらが有していれば、話は別だが…。


兎に角にも『情報』。


二択の内、どちらを選択するにせよ、灰原が求めるものは其れに尽きる。

だからこそ、灰原はそれを…要求を口にする。



「全員の『情報』が欲しい。」



…ト字路の陰で一同は円になって〈生徒手帳〉を取り出す。

〈ゲーグナー〉の壁は確かに脅威的だが、主だった動きは見られない事もあり、この場で【Rs】を確認する機会が出来たのは不幸中の幸いであった…。


各々の戦力、能力、得意分野…等、「教室」で班を組んだ時点で、最初にしなければならなかったことを、ようやく灰原達は行う。


お互いの【ML(マテリアル)】、【Rs(ランクスキル)】の把握と共有を目的とした「自己紹介」である…。






 初めて灰原は自身の【Rs】を確認する。

【ML】入手時は〈クラスメイト〉の表記の方に気が向いていたため、確認するのが随分と遅くなってしまった…。


『選択する【ML】によって、その数が限られる場合もある…』と塩崎は言っていた。灰原が【ML】を入手した際、電子音が【Rs】の解放を告げたことから、その数は分からないが…何らかの【Rs】が解放されていることは間違いない。


————最低でも二種類ほどあれば‥‥。


灰原は若干の期待を込めて、〈生徒手帳〉の【Rs】の欄を見る。



‥‥だが、淡い期待に反した灰原の【Rs】は想定外のものであった。


『…選んだ【ML】によって特性もある…ってのも「ゲーム」の醍醐味ってもんだろ。』


————あぁ‥‥これは「ゲーム」であったな…。 


やや溜め息交じりの吐息を天井に向けた後、再び自身の【Rs】を確認する。




【Rs】には「剣SS:Lv1」という表記しかなかったのである。






————「SS」とは何だ?


灰原の頭に最初に浮かんだ感想が謎の「SS」という表記であった。

フリガナなど…何も書かれていない大文字の「SS」の意味が灰原には全く分からない。


「剣SS」という名称から【Rs】は「剣」に関係する物…であることは明白であったが、裏を返せば「剣」しか創造できない…ということを意味する。


そして、【Rs】は一種類のみ。


この状況を打破するには必要な【Rs】ではあったが、この【Rs】単体では、あの物量に太刀打ちできない。


————「手段」は狭(せば)まってしまったが、ここにいるのは自分だけではない…。


そう思い直した灰原は、一番初めに自身の名と【ML】、【Rs】を班全体に共有することにした。



「遅くなってしまったが、俺の名前は灰原 熾凛(さかり)だ。

【ML】は「竹刀」。【Rs】は「剣SS(エスエス)」…というらしいが、おそらく「剣」に関するものだろう…力足りないと思うが、よろしく頼む。」


一礼して自身の自己紹介を終えた灰原に眼鏡の女子生徒が拍手を送ろうとしていたが、隣にいた茶髪の男子生徒がそれを止めていた。

「しーっ…」と、指を口に当てていたことから、音で〈ゲーグナー〉に感づかれるのを恐れたのだろう…。


「すみません…」と彼女は小さく謝っていた。


「俺は志村(しむら) 功(いさお)。

【ML】は「子帚」。【Rs】は「ブーメラン」「ナイフ」。よろしくな。

‥‥で、こっちの眼鏡の三つ編みが…雨崎だ。」


茶髪の男子生徒、志村が自己紹介を軽く済ませると、ついでに眼鏡の女子生徒の紹介をしてくれた。「志村さん…。」とやや恥ずかしそうに顔を俯ける彼女、雨崎と志村はそれなりに仲の良い関係性であるらしい。


「えぇっと‥‥「Aクラス」の雨崎(うざき) 真波(まなみ)…です。

【ML】は「ランドセル」で【Rs】は「アンドロイド」‥‥というものです。

まだ…使ったことはありません。

お役に立てるか分かりませんが、よろしくお願いします。」


〈生徒手帳〉を開き、台本のように確認しながら、彼女は自己紹介を丁寧に終える。緊張か、不安なのかは分からないが、どこか自信の無さ…のようなものを灰原は感じた。


「よろしくね、雨崎ちゃん。」


軽く手を振りながら蒼は雨崎に声を掛ける。

雨崎が唯一の女子生徒だったからなのか…優しく笑みを浮かべて手を振る彼女自身もどこか嬉しさを隠しきれてはいない。


「は…はい!」


一瞬、何かに驚いた様子を見せたが、手を振られた雨崎は少し照れながらも手を振り返していた。


「私は紅葵(もみぎ) 蒼。

【ML】は…この「御神札(おふだ)」ね。【Rs】は「EXTRA(エクストラ)」…って言うんだけど、多分色々できるんだと思う。主に後方支援…って感じかな。」


自身の【ML】を見せながら彼女は自分の【Rs】について説明する。

「武道場」で彼女が【ML】を認証した後、上った掃除道具入れから降りるために「創造」したこともあり、それなりに自分の【Rs】について知っている事が多いようだ。


そして、最後に黒髪の男子生徒が自己紹介をする。


「じゃあ、最後になってしまいましたが…僕の名前は進藤(しんどう) 岳人(がくと)です。【ML】は「机」、【Rs】は「盾」と「ハンマー」です。

皆さん、よろしくお願いします。」


灰原よりも深々とキレの良い礼をした後、進藤は視線を軽く窓に向けて安全確認を行う。いまさらになって気が付いたのだが、彼は[黒い壁]の存在を知ってからというもの、数秒おきに窓を確認してくれていたようだ。





 他人の【Rs】を聞き、初めに思ったことだが、「個人」による【Rs】の違いがあまりにも複雑すぎる。

基本的には個々の持つ【創造/想像(イメージ)】力によって、【Rs】は大きく異なる…と塩崎は言っていた。たしか…「【ML】の持つ特性も関係する」とも言っていたが、【Rs】とは何とも個人差の大きい武器であるものだと、灰原は改めて実感する。


特に【ML】と使い手の持つ【創造/想像(イメージ)】力の〈関係性〉が【Rs】の大きな鍵となっているということである。


そう思うと、蒼の言っていた「直感的な選び方」は【Rs】の仕組みに適した選び方であったといえる。


—————やはり彼女はすごい人物なのだ…。


改めて、灰原は尊敬の眼差しを彼女に向ける。

しかし、彼女は灰原の視線には気づかず、俯(うつむ)くように自身の【ML】を見つめながら、「‥‥と…。」と何かを小さく呟いていた。彼女自身が気付いているのかは分からないが、その手は微かに震えていた。


「‥‥‥。」


声を掛けるべきか迷ったが、時間もそれほど残されてはいない。非常にわかりづらいが、数秒ごとに監視を続けていた進藤によれば、[黒い壁]はゆっくりと…着実にこちらへと向かいつつある…とのことらしい。




灰原は思考をまとめるが、やはり【Rs】の不明な雨崎と蒼の能力は気になってしまう。


—————「アンドロイド」に「EXTRA」…さっぱり分からない。


【Rs】の名称は、その能力に沿ったものだろうが、灰原の「剣SS」、志村の「ブーメラン」や進藤の「盾」…といった単純な名称と大きく異なるのは、使い手である彼女たちと【ML】の〈関係性〉によるものか…はたまた【ML】本来の特性によるものか…。


—————何にせよ。ここまでの戦力があるのならば、選択肢はどちらを選んでも良い。



先兵である「剣」があり、中距離・近距離の攻撃ができる「ナイフ」、守りの「盾」に、後方支援可能な「EXTRA」‥‥。


「アンドロイド」がどのような能力を秘めていようと、すでに十分な戦力が揃っている。


各々の自己紹介により、灰原だけではなく、結果的には全員が互いの戦力を把握できた。


「戦う」か「逃げる」か———どちらを選択するか…決を採らなくてはならない。


「それで…どうしましょう。灰原さん?」


やけに落ち着いた様子で進藤は灰原に尋ねるが、すでにその体勢は戦いに赴ける形となっている。進藤は「戦う」派のようだ。


「まぁ、やるだけやってみようや。」


立ち上がりながら、腕を伸ばし始めた志村。


「…私…頑張ります。」


「自信はないですが…」と付け足しながらも覚悟を決め、眼鏡を持ち上げる雨崎。


「‥‥。」


ただ一人、蒼だけは何かを深く考え込んでいる様子ではあったが、同じように彼女も立ち上がったことから、「戦う」ことを選択したようだ。


「あぁ。戦おう。」



疑問は多い。

【ML】、【Rs】、〈ゲーグナー〉‥‥そして、この「神様ゲーム」。

知っているようで全く知らない。特に記憶のない灰原には『未知』の多い世界だ。




だから…この戦いを乗り越え、時が来たら‥‥塩崎を質問攻めにするとしよう…。




 灰原達は【ML】を現出させ、戦闘準備に入る。

陣形としては、前衛が灰原。中衛が雨崎、志村、進藤。後衛が蒼となっている。

近接攻撃ができる灰原を中心に攻め入り、やや前衛よりに配置した雨崎と中距離攻撃が可能な志村が灰原の補助を行う。


「盾」を持つ進藤は後衛寄りに配置することで、後方支援のできる蒼の守り役と討ち損ねた〈ゲーグナー〉を処理する…という防御と攻撃を兼ねた難しい役をやってもらうことになるのだが…進藤本人は顔色一つ変えずに承諾してくれた。


一方で班の全員で決めたこの陣形に対し、未だ【Rs】を使用したことのない雨崎は心配そうな様子であった。


「可能な限り討ち漏らしが無いよう努力はするが…後ろには志村も進藤も蒼もいる。だから……頑張っていこう。」


「は…はい。」


弱弱しく答える雨崎。

その後、ややぎこちない空気が二人の間に一度流れた直後、居た堪れなくなった灰原が咄嗟に助け舟を求めるような視線を志村に送ると、察しが良いのか…志村はすぐさま雨崎に言葉をかけてくれた。



「なーに一人で戦うつもりでいるんだよ。お前の後ろには三人も控えてんだ。

きつかったら無理せず後退すればいいだけの話だろう。」


髪型を崩さない程度の力加減で彼女の頭を撫でながら、そう声を掛ける志村に「や…やめてくださいよ‥。」と少し笑みを浮かべて雨崎は志村の手を持ち上げる。



—————こういった部分は‥‥経験不足が目に見えてしまうな…。



志村と雨崎。

二人が出会って経た数時間の差もあるかもしれないが、


「こういった時にどうすれば良いのか…」

「なんと声を掛ければ良いのか…」


といった…人の心理にあわせた行動や言葉がすぐ出る‥‥というのは、灰原にとっては実に羨むべき技術であった。


「皆さん、そろそろ行きましょう。

これ以上詰められたら、こちらの間合いが取り辛くなってしまいますから…。」


ト字路の陰から「黒い壁」を監視していた進藤が催促する。

何か武術に関するものでもやっていたのか…妙に戦闘慣れしているような動きと落ち着きの良さは見ていて感心するものであった。


「了解した。全員、【Rs】を準備しておこう。」


全員が軽く頷くのを確認すると、灰原は目を閉じ、自分の世界に入る。



————————・・・


梶原 宗助との戦闘記憶を再起動し、灰原は再び脳内に連想図を浮上させる。

感覚を呼び起こすように段階的に【創造/想像(イメージ)】力を組み立て、【Rs】に込める概念を強化していく。


【ML】の「竹刀」でも倒せた球体〈ゲーグナー〉だが、油断はできない。

先程の浮かび上がった数々の仮定…「もしかしたら」が万に一つ当たっていた場合、その負荷は班全体に重く圧し掛かる結果となってしまうからだ。



甘く見る…妥協する‥‥。

「手を抜く」ことだけは決してしてはいけないことだ。

戦闘においても、この「世界」で生きていく上でも——「全力」でなければならない。



唯一の武器である【観察・考察・学習】だけは、決して錆付かせてはいけないのだ。


…本来の〈灰原 熾凛〉が戻った時に、これは決して必要なものとなるはずだから——。




梶原戦で創造した「レイピア」は軽く、確かに扱いやすいが、今回の戦闘においてはある程度の刀身(リーチ)が求められると同時に、確実に一撃で倒せる武器が必要なのだ。


———故に…刀身は「レイピア」よりもやや重く、長く…。


今回、あの塩崎の「レイピア」にある美しい見た目は求められない。

梶原戦では、視線誘導のために塩崎の「美しいレイピア」を模倣したが、今回の戦闘において、「半透明」の刃は後方にいる志村や雨崎の迷惑になる可能性もあるからだ。


———そして…刀身は「有色」…だが‥‥。


あの時の「レイピア」は塩崎のものを模倣したが、今回求められる「剣」には模倣するべく本物(オリジナル)の記憶が無い…。

 




灰原の「創造」に必要なものは、【創造/想像(イメージ)】力を組み立て、反復することで脳内に固定化された『構成概念』と、それらを自身の脳内から外界へと顕現させるために被せるべく『皮』の二つ。


『構成概念』は現実的であることから記憶の情報、実物を元に想像する事もあるが、基本的には灰原の【創造/想像】力が生み出すものであり、その根源は自身の内側から生まれ出るものである。これだけならば、記憶のない灰原でも十分に対応可能な領域ではある。



だが、固定化した『構成概念』を外界に顕現させるべく『皮』は大きく異なる。



本来、灰原の「創造」は【記憶のない灰原】独自の「創造」であるが故に、他の生徒よりも複雑かつ困難な工程を踏んでいると思われるが、灰原が意識的に行っている工程は、他の生徒が無意識に出来るほど当たり前のものなのだ。


『記憶があり、知識があり、体験があり、感覚がある。』


その差が「創造」には大きく表れている。


『皮』…つまりは固定化した『剣』という『構成概念』を外界へと顕現させ、「剣」と定めるためには、本物(オリジナル)の記憶が必要不可欠なのである…。



そして、灰原には固定化した『構成概念』に被せるべく、『皮』の記憶が無かった。



〈全行程を一時停止。半日分の記憶を再生。〉


半日分の記憶を辿る…駆ける。


———「剣」を構成するのは持ち手である「柄」と「刀身」…。


「柄」は塩崎の「レイピア」を参考すれば、何とか模倣はできる。

だが、「刀身」に関しては…。


————どこだ。どこだ、どこだ…。


記憶を再生する。

〈マイルーム〉を一通り見回った際、キッチンにあった包丁は確認したが、ご丁寧に刀身は専用のケースに入っていたため持ち手の柄しか確認していない…。


————次に見たのは…塩崎の「レイピア」…そして、【ML】探しが始まって…。



その直後、記憶に光が差す。



【ML】探し。

その時、「グラウンド」で初めて見た【ML】争奪戦、初めての「創造」。

黒髪の男子生徒と紅い髪を持つ女子生徒の戦いで男子生徒が見せた「ナイフ」———。


遠くから見ていたために持ち手である「柄」は分からなかったが、「刀身」の光沢、色は覚えている。実際に近くで見たわけではないため、若干頼りないが他に頼りとなる元となる『皮』はない…。



・・・———————



…準備が整ったところで灰原は目を開く。


「いこう。」


灰原は固定化した『構成概念』を反復しながらも全員に合図を送り、曲がり角を抜けると[黒い壁]へと駆けていく。



[黒い壁]まで残り十メートル‥‥


接近するごとに[黒い壁]はその存在感を強めていく。

壁を構成する球体〈ゲーグナー〉の蠢きが鮮明に見え始めると、灰原の鼓動はドクンッ、ドクンッ…とペースを上げ始めた。


「ふぅー‥‥。」


精神集中と雑念を吐き出すために灰原は体内にある全ての息を吐き出し、ゆっくりと空気を吸い込むと、血液の循環を強く感じる。


[黒い壁]まで残り五メートル‥‥


「すぅ‥‥。」


血液の循環を感じながら、灰原は身体がはち切れんばかりに大量の空気を取り込み、脳内に固定化した『構成概念』に継(つ)ぎ接(は)ぎだらけの『皮』を被せ、想像の『剣』から形ある「剣」を創造する。




[黒い壁]まで…三…二…一…



想像の『剣』はこの手に———。

半日の記憶しか持たない男が「観察」し、僅かばかりの記憶を頼りに作り上げた継ぎ接ぎだらけの「剣」は…今ここに顕現する。



「‥‥!」


灰原が振りかぶると同時に【ML】である「竹刀」の内側から、【創造/想像】の「剣」が殻を破るように…その姿を現した。


 灰色の刀身、半透明の柄、両刃の剣。

「レイピア」というには、あまりにも大きく、太い…。

両刃で灰色の剣(つるぎ)は「両手剣」と呼ばれるものであった—————。




 [黒い壁]まで‥‥0メートル。

灰原は「両手剣」を振りぬき、[黒い壁]に切り口を入れる。


「■◇□※※※※…!」


[黒い壁]…〈ゲーグナー〉にとっては思わぬ奇襲であったために、声にならない悲鳴が何重にも飛び交ってきた。


 灰原は振りぬいた「両手剣」を見つめると、被せた『皮』が継ぎ接ぎであったためか、灰色の刀身の色が半透明の柄に漏れ出たような…柄を侵食するような色合いではあったが…存外にも悪くはない。


しかし、[黒い壁]は侵入者を敵と見なし、四方八方から容赦なく灰原へと襲い掛かってくる。


「…!」


無傷でこの壁を抜けられるほど、灰原も甘く見てはいない。

敵は大群、こちらは少数であることは承知の上で「戦う」選択をしたのだ。

だから、攻撃を受ける事は覚悟していた。


「□◆—————っ!」


可能な限り〈ゲーグナー〉を切りつけた後、灰原は受け身に入る。


————敵の攻撃力を知る良い機会‥‥とでも思うとしよう。


球体の歯牙が灰原を襲いかかる…———…が、予想していた痛みは来ない。



腕のような数本の何かがそれを阻み、〈ゲーグナー〉に拳を振るっていたのである。


「◆□※※※※——っ!」


恐ろしい悲鳴が聞こえた後、灰原が反射的に閉じた目を開くと、周囲にいた〈ゲーグナー〉が一掃され、代わりに機械仕掛けの腕(かいな)が数本、灰原を守るように覆っていた。


————新たな〈ゲーグナー〉なのか…?


初めに灰原は周囲の警戒を高める。

このような【Rs】を持った者はここにはいない…と、そう思い込んでいたためである。


だが、機械仕掛けの腕は灰原の後方から伸びており、その発生源は雨崎 真波であった。


「だ…大丈夫ですか。」


正確には彼女の背負っている「ランドセル」の中から機械仕掛けの腕が飛び出していた。初めて見た【Rs】に雨崎自身が一番驚いている様子であったが、ここまでの戦闘能力を秘めたものとは誰も予想していなかっただろう。


「‥‥ありがとう。助かったよ。」


一瞬、呆気に取られてしまったが、お礼を伝えた後、灰原は[黒い壁]へと駆けていく。


————これは雨崎を中衛に置いて正解であったか…。


あの機械仕掛けの腕がどこまで伸びるのかは分からないが、彼女の【Rs】:「アンドロイド」は、中距離の攻撃範囲で数本の腕で任意の敵に攻撃し、味方の防御も可能という…自由自在な【Rs】であることは確かであった。


後方への不安が薄れたこともあり、灰原は[黒い壁]にのみ意識を集中させる。


—————より早く、より「切れ味」を‥‥。


重さを足して創造した「両手剣」の性質を変化させていく。

実際に使ってみてわかったことだが、「剣」というものは刃と振る力を全く同じ方向に向なければ切ることは難しい。


威力は増したが、重くしたことで制御が難しくなった「両手剣」。

その「重さ」と「威力」を重視した「両手剣」を「切れ味」と「軽さ」を重視する方面へと【創造/想像(イメージ)】力を転換させたのだ。


可能かどうかはわからなかったが、さすがは【Rs】:「剣SS」。

「SS」の意味は全く分からないが、「剣」の創造しかできない【Rs】は逆を言えば、「剣」の創造に関しては他の追随を許さない【Rs】…。



—————かもしれない。そう考えた方が少しは前向きに戦える…。



「切れ味」と「軽さ」を重視した創造の転換が完了すると、攻撃に不必要な部分は結晶化して空気中へと消えていき、灰原の「両手剣」は進化を遂げる。



それは一度「両手剣」を振るったことで実感できた。

今まで〈ゲーグナー〉を切りつけるだけであった灰原の「両手剣」は〈ゲーグナー〉の両断を可能としたのである。


「‥‥…!」


 その時の灰原が思った事は残酷めいたものであり、その根源たるものは「好奇心」であるため、一概にも褒められるものでも、責められるものでもない。


だが、不覚にも「〈ゲーグナー〉の中身がどうなっているのか…。」と灰原は初めて〈ゲーグナー〉を見た時から気になっていた〈ゲーグナー〉の持つ浮力の根源を知る機会に面したことで理性よりも好奇心の方が勝ってしまったのだ。


「‥‥」


それでも、灰原の望みはかなわず、両断された瞬間に〈ゲーグナー〉の命は尽き、その体内も目と同様に真っ黒に染まっていたのである。


————そうか…。


浮力の正体は分からぬまま、灰原は再び戦闘に集中することにした。





 前衛の灰原、中衛の雨崎を中心に[黒い壁]を削っていくなか、中衛の志村は【Rs】で「ナイフ」や「ブーメラン」を可能な限り複製し、投擲で灰原の届かない天井や左右にいる〈ゲーグナー〉を倒していく。


【Rs】の性能なのか…創造物をある程度まで「複製」できる【Rs】もあるようだ。


そして、正確に〈ゲーグナー〉を狙う「ナイフ」と「ブーメラン」は、使い手である志村が器用なのか…誤射は一切なく、的確に〈ゲーグナー〉に攻撃を加えていっている。


彼の人生の中で投擲に関する経験があったことは間違いないような…手慣れた動きであった。

 


 その志村の後方に控える進藤と蒼。

進藤は創造した「大盾」を展開しながら、安定感のある巧みな動きで〈ゲーグナー〉を弾き、蒼の防御と〈ゲーグナー〉の除去の両方を補っていた。

特に足運びが卓越しており、蒼との一定の距離感を保ちながら防御と攻撃の両方を行っているところから、身体に染み込んだ鍛錬の結晶のようなものを感じられる。


「‥‥っ。」


しかし、雨崎、志村、進藤が個々の力を発揮している中、紅葵 蒼は困惑した様子を見せる。



「御神札」を十枚ほどに複製するが、攻撃に転じることができないのか…遠隔操作で操れる「御神札」を全て防御に使い、進藤のように弾くだけで主だった攻撃は見られない。


【Rs】:「EXTRA」の能力は未だ判明していないため、攻撃手段がないのかもしれないが、ただ一つ言えることは雨崎の「アンドロイド」よりも広範囲で応用の利く能力である事は確かであった。


—————頑張ってくれ。


そう胸の内で思いながら「両手剣」を振るい、灰原は駆ける。



位置的には渡り廊下の中腹。

まだ、[黒い壁]の先は見えないが、だいぶ[黒い壁]も削れてきた。雨崎の支援もあり、完全に攻撃のみに没頭する事が出来た灰原は[黒い壁]に深く潜り、一気に畳みかける。


このまま攻撃を維持し続けられれば、勝利は確実。あとは時間の問題だけであった。



そのはずだった…———




「‥‥‥っ!!」


確信はなかった。

気が付けば、灰原は身体の全筋肉を使い、後方へと逆走していたのである。


——————なぜ俺は……?


身体を後方へ向かわせた直後、灰原は自問自答する。

記憶も、知識も、経験も…何もない灰原であったが、直感が「何か」を感知したのだ。


そして、この時に灰原が感じたのは、背後から感じた冷たい熱線であった。


「えっ‥‥。」/「あぶね!」


雨崎の機械仕掛けの腕、志村の投擲を紙一重で避け、灰原は一気に加速する。

二人の驚きの声が聞こえたが、今の灰原には答える余裕がなく、最短ルートで二人の傍を通り過ぎる。



そして、最後の関門。

中衛後方に控える進藤と、その左右にいる〈ゲーグナー〉の存在を「観察」する。


—————彼ならば‥‥言葉は不要だ。


「灰原さん!?」


その時、灰原は初めて焦った様子の進藤を見た気がした。


左右にいる〈ゲーグナー〉———

それを弾こうとする進藤———

進路を塞がれながらも全速力で逆走してくる灰原———。



灰原は「観察」によって得た状況把握と進藤の心理予測を行う。


‥‥進藤からしてみれば、逆走してきた灰原に対し、進行方向にいる自身と左右の〈ゲーグナー〉は灰原にとっては邪魔になっている。


————であれば…。


彼の「人の良さ」と「身体能力」を信じ、灰原は一度だけ視線を送ると、


「‥‥了解。」


少しだけ笑みを浮かべながら、進藤は灰原の意図を読み取ってくれた。



しゃがみ込みながら、進藤は手に持っていた「大盾」を灰原の方面へと突き立て、瞬時に創造物の変換を開始する…。



二人が交差するまで残り五秒‥‥



————「創造」は誰が教えてくれた?


灰原は自身へ問いかける。

大きくまとめれば塩崎だが、実際の戦闘データで灰原に教えてくれたのは誰であったか。



…結晶化し、殻を砕き始めた長方形の「大盾」。

創造の変換が完了する前に進藤は「盾」の取っ手を両手で握り、呼吸を整える。



—————「グラウンド」で初めに見た【ML】争奪戦。


あの戦闘を見たことで得られた戦闘データは非常に価値のあるものであった。


「創造」だけではなく、「身体の動かし方」や牽制するときの武器の構え方、相手との距離感‥‥勝負は数十秒と短かったが、それでも数十秒の戦いで灰原が得られたものは今後の戦闘の基準となり得るほどの学びがある素晴らしい教材であった。


あの戦闘を見ていなければ、梶原との闘いで灰原が勝つ可能性は無かっただろう…。


二人が交差するまで残り二秒‥灰原が進藤に迫る。


「よいしょ…っと!」


独特の掛け声とともに進藤は取っ手を握る腕に力を籠め、左右の〈ゲーグナー〉へと向け、左右に浮かぶ二つの球体を弾き飛ばす。


弾き飛ばした衝撃で「盾」を覆う殻は弾け飛び、「グラウンド」のフェンスにも似た網目状の「大盾」二枚がその正体を現す。



—————何も心配はない…。むしろ、戦闘において、この中では彼に一番の信頼を置いているのだから…。



「グラウンド」で見たあの黒髪の男子生徒。

初めは遠目から見た記憶であったために曖昧であったが、その動きを見て確信した。


灰原に戦闘の基礎を示してくれた人物は‥‥進藤 岳人(がくと)であったのだ。



しゃがみ込む進藤、それを飛び越える灰原。

進藤の神懸かった戦闘技術とお互いの信頼関係が生んだ絶妙な動きは十秒の時を経て完結する。



…二人の身体は交差した。



「‥…熾凛?」


後衛にいる蒼は突然しゃがみ込んだ進藤と、飛び出してきた灰原に驚いていた。


前衛にいるはずの灰原が、こうして最後尾にいる自分の元まで駆けてきた理由が彼女には分からなかったからだ。


彼女の視点では、総じて見える「黒い壁」も残りわずかで、このまま向かってくる〈ゲーグナー〉を弾き続ければ、戦闘は終わるものだと考えていた。


けれども、灰原視点では大きく異なる。

前衛にいた灰原が感じた冷たい熱線。

それを発していたのは、巨大な銃口を蒼の頭部に向ける人型の「何か」であった。


…新種の〈ゲーグナー〉の出現である———————。


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