死刑 第二章

 せいひつなる一室にてみおえた。

 べつけんしてとんちんかんである。

 きようあいなる長岡拘置所は今日も拘留者のえんこえや死刑囚のこうこえいんしんとしているが卓子まえに鎮座して刑務官が手紙を読了した一般職員室はゆうすいとしていた。沈思黙考した刑務官はいまいちど手紙をりゆうらんする。さかきばらゆきゑはたしかに死刑囚だ。長岡拘置所に配属されるまえからTV報道で認識していた。いんの死刑囚が今更裁判をけつだというのだから再審をきゆうする手紙なのだろうか。二遍手紙を閲覧していると舎房じゆんかいをおえた同僚が一般職員室にってきた。〈なにんでんだ〉というので〈女区にさかきばらゆきゑっていう死刑囚がいるだろう八十一歳のさ今日舎房じゆんかいしてたら一郎さんあなたにがみごう致しましたおみくださいって手紙をわたされたんだ一応特別領置でうけとったんだけどんでみたらわけがわからなくてさあ〉とこたえた。同僚はいう。〈あれは認知症だよ刑訴法上認知症で心神喪失状態になれば死刑執行は免除されるけど法務省はあれが認知症だと診断されるまえに死刑執行させるとおもうよ人権団体はさかきばらの死刑に反対しはじめてるしおおごとになるまえに執行だなクリスマス直後二七日もありえる〉と。

 同僚は説明した。

 同僚は手紙をりゆうらんしたうえで逐次事実をでんしてゆく。さかきばらゆきゑとさかきばら一郎が長岡市内の零細鉄工所でかいこうしたのは真実だ。工場を株式会社にして文字さんだんのついたふたりが結婚して長男哲郎と長女典子を享受したのも間違いない。問題はでふたりが盟約したことだ。〈わたしたちのいずれかが認知症になったら健康なほうが相手をあやめましょうわたしたちの愛を永遠にするために〉と。ようにしていつだんらんの人生をおうしてゆくと哲郎も典子も自立してふたりにがなくなった。だんの一郎が認知症だと診断された。ゆきゑはきよしたうえでけつした。盟約をまもらなければならない。きゆうきようひやくがいるいじやくたる老婆がだんをあやめることはがいしゆういつしよくとはいかない。ゆきゑは一郎のする寝室に放火した。自宅がえんえんされてゆくと隣人が別宅の哲郎と典子に連絡したわけだ。一一九番も遅延してかつそうようの長男と長女はみずから火災現場にちんにゆうし父親をきゆうじゆつせんとした。三人焼死だ。裁判で判例主義から死刑判決がひようぼうされて長岡拘置所にきたわけだがいまでは自分自身が認知症となっている。

 同僚は手紙を読了した。

 しゆんじゆんし手紙を刑務官に返還した同僚は憂鬱うつぼつたるためいきをしていった。〈だんに類似したきみをだんだと錯覚したんだろう無論のことだが刑務官が死刑囚と――〉と。一般職員室の卓子上に設置された電話が内線をつたえた。先輩格の同僚がれんらくをうける。受話器をおいていわく〈処遇部長が庁舎会議室にきてくれってさこれはありうるよ〉と。同僚とともに庁舎会議室にってゆくと十二人の刑務官がさんそうしていた。主席から看守までしようしゆされている。理路整然と臚列した刑務官たちに処遇部長はいう。〈さかきばら死刑囚の死刑執行日が決定しました一二月二六日です〉と。えんそうした刑務官たちが緊張しかんじよとして呼吸する。処遇部長いわく〈刑場二階四名執行ぼたん三名地下室三名出入口警備二名連行担当以下はきようこう発表する〉と。つづけてそれぞれの担当者をひようぼうしてゆき〈執行ぼたんたかはた俊介刑務官――〉と刑務官の担当を発表した。同僚は地下室担当である。担当者発表がしゆうえんすると刑務官たちは退室する。同僚は刑務官にいう。〈二六日ときたかきみもいやな担当になったねこれで死刑囚はだんえるわけか〉と。

 仕事はおわった。

 かんなんしんの一日をけみして同僚をへきとうとし拘置所内の職員たちに挨拶をするとうつゆうとしてせきのアパートの自室に帰還した。自分に関係があるようでないようなニュースを報道しているTVをりゆうらんしながらカップらーめんらうとまた老婆の手紙を熟読する。かんどくで二十九年生きてきた刑務官は人生ではじめて女性から愛しているとでんされたのだ。〈一家殺害か〉とつぶやくと刑務官はのう片戀の相手にラブレターをごうせんとして購入しておいた便箋に返事をごうしはじめた。刑務官はえんざんが苦手だったのできつくつごうの文章を幾度もえつしてゆく。満足にさんじゆんできないままろうこんぱいで熟睡してしまった。翌日クリスマス当日にほうちやくした。長岡拘置所に出勤した刑務官は舎房じゆんかいを遂行しひるの時刻を閲すると各舎房へとショートケーキをさしいれしてしようようかつした。さかきばらゆきゑの舎房にケーキをさしいれるとともに〈弁護士から手紙がきてるぞ〉といいみずからのかんぼくした手紙を譲渡した。死刑囚の舎房には監視カメラと集音マイクが設置されているのでようけつしたわけだ。刑務官は沈黙して仕事をつづける。

 背後からこえめく。

〈一郎さんありがとう〉と。

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