第八話 死刑

死刑 第一章

 わたしはせきをおこす。

 これはさかきばらゆきゑのせきの物語だ。

〈前略一郎様 またおいできてうれしくぞんじあげます。わたくしはいま独居房とよばれる監獄のなかに幽閉されております。四畳半の監獄のなかにはあらいと洗面所および寝具しかございません。刑務官だとうそぶいているめつしやつが親族と弁護士との書簡の往還は容赦してくださいますのでように手紙をごうしている次第でございます。無論わたくしはいんの朝憲ぶんらんのやからをしんぴようしておりません。やつらはわたくしがあなたや家族をあやめたからちつきよせしめられているのだというのです。ろうぜきもいい加減にしてもらいたいではありませんか。刑務官だとけつする悪魔たちはわたくしが死刑囚だと錯覚しているようです。医療刑務所の精神科医だというかんけつのやからもおりましてわたくしはみずからあやめたあなたがまだ生きていると錯乱しているのだというではありませんか。もちろんわたくしはあの悪魔たちのうそ八百にたぶらかされるほどのじゃありません。証拠に一週間まえからあなたがわたくしのもとをおとずれるようになってくださったじゃありませんか。

 わたくしはおぼえております。

 えんおうちぎりをかわたしたあなたを忘却するはずございません。わたくしがもうろくしていない証拠にあなたとの人生をめいちようほうふつできるのです。わたくしたちはかんなんしんの時代に誕生致しました。あなたは大東亜戦争に出征されてわたくしは銃後のけんれいとして長岡空襲を超克したのです。ふくげきじようの時代が到来するとあなたはにいがたてつこうしよひんしつされました。時代はきようらんとうです。のうから認可された共産党の党員となったあなたはてつこうしよの上司からかつ視され長岡市内の工場ちゆうみつ地帯に有限会社を設立致しましたね。工員ふたりの零細てつこうしよございます。で御役所から給与税金かんれんの書類をへんさんしなければならなくなり事務員としてわたくしがちゆつちよくされたわけです。おわすれではないでしょう。ていゆうけつこうをしのいでゆくうちにわたくしたちは戀仲となってしよくてんをあげたのでした。きようこう長男哲郎と長女典子が誕生しました。なにゆゑでしょう。哲郎も典子もようくりの状態のわたくしをきゆうじゆつしてくれません。あなたがたよりなのです。

 わたくしも一遍は混乱しました。

 きんしつ相和す関係となったあなたとわたくしに哲郎と典子といういつだんらんあいあいえいきよけみしたのでございます。あなたの会社は株式会社となり従業員も十人になりました。あなたとわたくしがいくばくかのりよういくけみして霊肉もるいじやくとなってゆくと哲郎が会社を継承し典子も銀行員として自立致したのです。順風満帆なる人生をおうしゆんぷうたいとうとして鬼籍にはいれたらときゆうしました。自宅にてあなたの寝室から火災が発生しました。えんほうはいとしてほうひつかいじんに帰しましたが消防のかたがたのりくりよくきようしんもあり一家の露命はつなぎとめられまたいちから人生をやりなおそうとしたのです。からおかしくなりました。わたくしはなにゆゑか警察に逮捕され検事から起訴され裁判をうけることになったのです。無論でつちあげでしょうが裁判でわたくしはあなたと哲郎と典子をあやめたと証言したそうです。わたくしにはような記憶はございません。最愛のあなたや哲郎や典子をころすというたらは無論裁判でようなる重罪に首肯した記憶もないのです。

 わたくしは監獄にりました。

 ようにしていまにほうちやくするのですがあなたならしんぴようしてくださるとぞんじあげます。あなたとの人生の記憶もめいちようでしょう。わたくしはもうろくしていないのです。裁判の記録がねつぞうであることもせんめいされました。あなたが生きていらっしゃったからです。きつあなたは刑務官をけつする悪魔たちからわたくしをきゆうじゆつするがためにみずからも刑務官のふうぼうをして監獄にちんにゆうなさったのでしょう。無論あなたがわたくしをまだ愛しているという証拠です。わたくしがあなたを憎悪しころすこともありえないという証拠です。わたくしはあなたを愛しておりますしあなたもわたくしを愛してくださっているのです。天はわたくしたちを見離しはなさりませんでした。またわたくしにおいになってください。やがてわたくしをこの地獄絵図からとんざんさせてください。あなたにはあなたのけいかくがあるのかもしれません。わたくしはぎようぼうしつづけます。百折とうの精神であなたをしんぴようします。ふたりでこのにせものの監獄から脱出したらまた哲郎と典子と一緒にしあわせにくらしましょう。

 さかきばら一郎へ

 さかきばらゆきゑより〉

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