宗教 第四章

 たか高次はとうくつだった。

 百折とうのプロレスラーでありつづけた。

 さんがんたるビルから愛妻が墜落するとないに脱洗脳カルト協会の事務所にばくしんし一一九番をした。事務所からとんざんして一階に降下し愛妻の生滅を確認していると救急車がほうちやくする。愛妻とともに救急車に搭乗しくだんのそうごう病院にほうちやくすると造次てんぱいもなく手術が遂行されることになった。愛妻の手術中には手術室のせきの長椅子に鎮座していた。やがて手術室から医師が現前するとかんとして微笑しながら右肩をあいしていう。〈おくさんは胸椎損傷による下半身がみとめられますみずからの排尿はいせつもコントロールできないでしょう介護者によりはいせつぶつをかきださなければいけません〉と。つづけて〈あなたのかいふくも逆説的ながらせきてきでしたがそのうらではおくさんが毎日意識不明のあなたのはいせつをたすけていたんですよ〉と。けつした。真剣勝負だ。おれは絶対に勝つ。八百長なんて通用しねえ。おれはこの試合でノックアウトしてやる。ようにして愛妻の介護生活がらんしようしたが愛妻はひやくまんだんにうったえた。いわく〈尊師様ならなおしてくれますよろず教におねがいして〉と。

 だんしゆんじゆんした。

 へんぽんとしてせんざいいちぐうの機会ともみた。脱洗脳カルト協会にもれんらくしたところ〈で尊師様とやらがにせものだと気付けばなんとかなるかもしれません〉というのできんこん一番する。愛妻に〈わかったよ尊師様がせきをおこしてくれたらおれも信じるよ〉といってよろず教にとうきゆうした。翌週の月曜日からくだんの浄階のふうぼうの尊師とふたりの白装束の低級とうほうちやくとうはつじんする。六根清浄のおおはらいである。だんそうせきちんりゆうで愛妻の介護をつづけた。排尿はカテーテルで可能だがはいせつかんちようをしたのちにだんが愛妻のこうもんからはいせつぶつてつけつしなければならない。愛妻は〈せきがおこるまでの問題だから御免ね〉ときつきゆうじよとしはじめた。三週間とうはつづいたがごうもなおらない。尊師はいう。〈あと四週間の辛抱です神様はあなたにせきを――〉といったに愛妻はようそく阻止して〈だんはひもすがらよもすがらわたしを介護してるのにあなたたちはとうしてかえってゆくだけもう結構です〉としようじゆした。り〈あと四週間〉という尊師にたいして愛妻は〈野郎もうだまされないよかえれにせものあんたらこそ神様に罰せられろ〉と絶叫した。

 試合はきまった。

 にせ宗教を愛妻がひんせきしたことから一段落となった。試合は延長戦にってゆく。胸椎損傷の程度からして愛妻のリハビリテーションの具合はしつぷうもくをきわめた。排尿排便の介護をつづけ上軆の状態もつゆいささか治癒され両手を駆使しみずからの感覚で排尿排便ができるまでにいたった。下肢のはつづきくだんの微笑の医師から〈一生あるけないとおもってくださいただし絶対ではありませんあなたのような特例がありますからね〉といわれた。だんは本格的なるリハビリテーョンをはじめた。びようじよくの愛妻の両脚を交互に屈伸させることを一日十時間毎日つづける。うつゆうとして愛妻はいった。〈せきでもおこらないとなおらないよわたしはにせものの神様にもみはなされたんだから〉と。だんはいう。〈神様なんかいなくたって真実の愛があればせきはおこるんだよ〉と。憂鬱なるがんぼうで微笑しながら愛妻はいった。〈真実の愛だなんて出来レースのプロレスラーがよくいうね〉と。しゆんぷうたいとうとしてだんはこたえた。〈よしじゃあ今度のおれの中越プロレス復帰戦におまえを招待する本物のプロレスをみせてやるよ〉と。

 わたしはせきをおこさなかった。

 ほうはくたるアオーレ長岡の大型会場は興奮の坩るつぼとなっており今日の中越プロレス第四試合のらんしようぎようぼうしている。愛妻も車椅子でりゆうらんする。やがて「天国への階段」がめきリング上にたか高次がしようりつする。相手役のレスラーがなにゆゑかマイクを譲渡するとたか高次はする。〈こんかいの相手にザ・ニッポニアニッポンを指名するこれはガチの勝負だ八百長じゃねえ〉と。つづけて〈おまえらほんとうはプロレスなんてにせものだとおもってるだろう愛なんてにせものだとおもってるだろうおれが今日証明してやるプロレスも愛も真実だ〉と。相手役がリングから降下しザ・ニッポニアニッポンがとうはんする。ゴングが交響する。ふたりはほんとうに予定せずにとうじようした。両虎相闘えば勢いともに生きずの激闘のなかふたりはまみれになってゆく。最後にたか高次が得意技のムーンサルトプレスでテン・カウントをとったときには会場が歓声と拍手の爆音でしんとうした。勝った。感動した愛妻は車椅子からきつりつして拍手しそうそうろうろうとリングにむかう。だんは愛妻のてのひらをとりリングにとうはんさせる。

 ふたりは抱擁した。

たかせき〉という有名な一戦だ。

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