　檀（だん）那（な）は四苦八苦していた。

　状況は悪化するばかりだ。

　因（いん）陀（だ）羅（ら）網（もう）のインターネットで千（せん）状（じよう）萬（ばん）態（たい）の破壊的カルト宗教からの脱会体験記を瀏（りゆう）覧（らん）した。冀（き）望（ぼう）はあった。躬（み）自（みずか）らカルト宗教から脱会したという青年のブログから幾（いく）許（ばく）かのカルト宗教脱会組織のホームページにアクセスしてみた。組織がおしなべて標（ひよう）榜（ぼう）しているのは暴力沙汰になってはいけないということだ。ならば怎麼生（そもさん）脱会させればよいのか。明（めい）鬯（ちよう）たる情報を蒐（しゆう）集（しゆう）している爾（じ）時（じ）インターネット回線が截（せつ）断（だん）された。インターネット・プロバイダに聯（れん）絡（らく）すると愛妻がカルト宗教への御（お）布（ふ）施（せ）を隴（ろう）断（だん）するために解約したのだという。カルト宗教の情報を掌握することさえできない。爾（じ）時（じ）四（し）面（めん）楚（そ）歌（か）の檀（だん）那（な）の実家に擠（さい）輩（はい）が逢（ほう）着（ちやく）した。宿敵ザ・ニッポニアニッポンだ。鳥類のマスクを剥（はく）奪（だつ）すると臆病な顔（がん）貌（ぼう）で鞠（きつ）躬（きゆう）如（じよ）としている。いわく〈あの試合の罪悪感で面会にもいけなかったんだけど一旦中越プロレスを休養して全身痲（ま）痺（ひ）の治療法をさがしてたんですよ其（そ）処（こ）で今度は鷹（たか）田（だ）さんのおくさんが宗教に嵌まっちゃったっていうじゃないですか〉と。つづけて〈おれたちも贋（にせ）物（もの）の格闘技で糊（こ）口（こう）を凌（しの）いでますけどね贋（にせ）物（もの）の宗教ってのはもっと厄介ですよ〉と。

　道程がひらけた。

　這（しや）般（はん）の一（いち）伍（ご）一（いち）什（じゆう）を伝（でん）播（ぱ）されたザ・ニッポニアニッポンは独立不（ふ）羈（き）でカルト宗教脱会組織を渉猟し撥（はつ）乱（らん）反（はん）正（ぜい）の脱洗脳カルト協会に逢（ほう）着（ちやく）したという。恁（いん）麼（も）の協会は実際に八（や）百（お）万（よろず）教から十人已（い）上（じよう）の被害者を救（きゆう）恤（じゆつ）している。捲（けん）土（ど）重（ちよう）来（らい）の精神でザ・ニッポニアニッポンを信（しん）憑（ぴよう）し脱洗脳カルト協会の新潟県支部へと驀（ばく）進（しん）する。六階建てのビルの四階に位置する事務所にて神主の資格をもつ精神科医である代表が真摯に応答してくれた。いわく〈八（や）百（お）万（よろず）教というカルト教団は御（ご）存（ぞん）知（じ）のとおり神道系のカルトでして其（そ）処（こ）に量子力学も教義にとりいれているわけです量子論的に素粒子レベルでの相補性の収（しゆう）斂（れん）によって八（や）百（お）万（よろず）教の信徒だけは理想郷へむかう系統樹上の宇宙へアセンションするというのですが無論出（で）鱈（たら）目（め）です〉と。つづけて〈まずは教団に興味があるといって檀（だん）那（な）さんひとりで施設にむかいます其（そ）処（こ）でおくさんを嚮（きよう）導（どう）して此（こ）方（ちら）の協会が用意した面会室に這（は）入（い）りましょう最初はおくさんを興奮させないように檀（だん）那（な）さんが説得して無理ならば此（こ）方（ちら）の部屋からわたしたち協会員が援助にむかいますなによりも暴力的手法での脱会は目指しません〉といった。

　檀（だん）那（な）は祈（き）禱（とう）所へむかう。

　秋（しゆう）風（ふう）索（さく）漠（ばく）たる廃（はい）墟（きよ）を改築した祈（き）禱（とう）所には合宿所が設置されており現在愛妻は合宿所の一棟にいる。百戦錬磨の脱洗脳カルト協会会員である弁護士とともに祈（き）禱（とう）所に逢（ほう）着（ちやく）し〈鷹（たか）田（だ）恭子さんに逢（あ）わせてください〉という。つづけて弁護士が〈萬（まん）壱（いち）八（や）百（お）万（よろず）教が擯（ひん）斥（せき）する場合監禁罪で起訴します〉というので咄（とつ）咄（とつ）怪（かい）事（じ）たる顔（がん）貌（ぼう）で信徒が嚮（きよう）導（どう）していった。配管のむきだしになっている廃（はい）墟（きよ）の一室に逢（ほう）着（ちやく）すると白（はく）堊（あ）の壁面が赫（かく）奕（やく）としていた。五人の信徒が尊師の摂理をとくDVDを瀏（りゆう）覧（らん）している。四人は金剛不（ふ）壊（え）の顔（がん）貌（ぼう）でDVDを閲覧しつづけるが檀（だん）那（な）に勘付いた愛妻は〈尊師様おゆるしください〉と合掌して檀（だん）那（な）に肉薄してくる。いわく〈あなたも尊師様のDVDを御覧くださいあなたのいのちをすくってくれたんですよ〉と。檀（だん）那（な）はいう。〈恭子がおれをなおしてくれようと頑張ってくれたことは感謝しているでもいまいちそっちの宗教を理解できないんだはなしあうために一旦おれについてきてくれないか〉と。玉（たま）響（ゆら）踟（ち）蹰（ちゆう）した愛妻は〈あなたも此（こ）処（こ）に這（は）入（い）るおつもりがあればついてゆきます〉という。

　愛妻は靡（なび）いた。

　切（せつ）羽（ぱ）脛（はば）金（き）をいどんだ檀（だん）那（な）にとっては千（せん）載（ざい）一（いち）遇（ぐう）の機会だった。弁護士の車（しや）輌（りよう）に搭乗し脱洗脳カルト協会の設置されたビルに逢（ほう）着（ちやく）すると檀（だん）那（な）と愛妻だけで事務所に隣接する面会室に這（は）入（い）ってゆく。此（こ）処（こ）まで愛妻は蜿（えん）蜒（えん）と八（や）百（お）万（よろず）教の教義を説明していた。魁（かい）偉（い）なる卓子と四つのソファが設置された面会室にて愛妻は驀（まつ）地（しぐら）にひとつのソファに鎮座し亦（また）教義の説明をつづける。〈――だからすべての素粒子には神様がやどっているのでも素粒子様とおはなしができるのは祈（き）禱（とう）者だけ祈（き）禱（とう）者になればどんなねがいもかなえられるのあなたも仏教とか贋（にせ）宗教に洗脳されてないで這（は）入（い）ったほうがいいですよ〉と。檀（だん）那（な）は〈神様をしんじないわけじゃないよでもね本物の神様と贋（にせ）物（もの）の神様っていうのがいるんだ〉という。儵（しゆつ）忽（こつ）と激（げつ）昂（こう）した愛妻は〈じゃあみせてあげるわたしはこのビルや地面の素粒子ともおはなしができるから此（こ）処（こ）からとびおりたって無事なのそれをみたら這（は）入（い）ってくれるでしょう〉といってソファから外壁面のまどに疾駆して刹那も躊（ちゆう）躇（ちよ）せずにとびおりた。檀（だん）那（な）が壅（よう）塞（そく）阻止する間隙もなかった。