宗教 第二章

 愛妻は同級生に肉薄した。

 疑心暗鬼を生じてはいた。

 美辞麗句の電話に半信半疑であった愛妻は〈いきなり尊師様とやらにおいするのはこわいのですが〉とこたえたので同級生に〈もちろん最初はわたしたち低級のとうが御相談にあたります低級のとうが尊師からのことをおつたえすることになるます〉といわれ〈では総本山かいわいの喫茶店でおいしましょう〉とのことになった。愛妻は翌日午後零時にいんの喫茶店にまいしんすることとなる。しよくそうぜんたるへきすうの喫茶店にるとおうから一組の中年女性が卓子についておりちらに手招きした。卓子をはさんで鎮座するとほうじようなるにくたいの女性が〈あなたはだんさんにめいわくだから自分をころしてくれといわれたそうですねだんさんが死ぬのが一番迷惑だ絶対によくしてあげるからとおっしゃったそうですね〉という。黙識心通の言葉に〈尊師様が霊視されたのですか〉ときつきようするとそうのほうの女性が〈霊視どころではありません尊師は全知全能なのでつねに宇宙のすべてをっているんですわたしの主人も半身をなおしてもらったんですよ〉という。愛妻はけつした。〈どうか尊師様にだんの病気をおねがいします〉と。

 愛妻はぼうをもった。

 翌週の月曜日からとうはつじんせしめられた。さんがんたる病院内の患者や家族たちがきつきようして蛇蠍視するなか愛妻のきようどうにより黒袍白奴袴に冠という神道における浄階のふうぼうを誇示する尊師とふたりの白装束の低級とうさんぎようされる人物がちんにゆうしてきた。受付の看護師が〈ほかの患者様の御迷惑になるので〉とようそく阻止してもばくしんしてゆく。だんぎようする集中治療室にってゆき最初のとうがなされた。愛妻が見守るなか尊師ととうたちは祝詞をする。〈天照皇太神ののたまはく 人はすなわち天下の神物なり すべからくつかさどせいひつ心は則神明の本主たり 心神を傷ましむること莫れ これの故に 目に諸の不浄を見て 心に諸の不浄を見ず――〉という所謂いわゆる六根清浄のおおはらいである。愛妻はきんじやくやくとする。〈なんだかまぶたがうごいた気がする〉と。沈黙する尊師のかわりにとうがいう。〈これを一週間つづけたらご主人様はかいふくなさるでしょうまんいちでも一年つづけたら大丈夫です〉と。いんとうが二週間つづいた金曜日くだんの祝詞ののちにこつえんとしてだんそうぼうがひらいた。だんは〈なんなんだ〉といって愛妻のてのひらをにぎる。愛妻は慟哭する。

 だんは困惑した。

 たしかせきはおこった。にせものだろうとせきはおこったのだ。実際に二日後に上半身が自由になり三日後には車椅子生活がらんしようした。歓天喜地の愛妻は〈尊師様がね尊師様がね〉といいながら車椅子生活の介抱をしてくれる。やがいちれんたくしようの愛妻は病院をおとずれなくなった。かわりにおじたる両親がリハビリを担当することとなる。もうろくした父親が車椅子をおしてろうらんなる母親が事情をでんする。闘病生活のいちいちじゆうでんしていわく〈恭子さんはよろず教とかいう宗教にろうらくされてね出家するんだといってるの出家してとうになるんだってとうの修行料としてあんたたちの貯蓄をくずしてるみたいで〉と。いんの宗教をしただんは医師に穿せんさくした。医師いわく〈この病院内に患者様の容態をしつしている看護師がいるといううわさがありましてね患者様のかいふくの時宜をねらってとうさせてせきがおこったとおもわせるわけですたかさんの場合はたぶんに偶然もかんれんしているのでしょうけれどねくだんの看護師は様様な病院に所属してはような迷惑をかけて退職させられまたほかの病院にゆくということです〉と。

 だんかいふくした。

 きゆうきようひやくがいつゆいささかのけいれんがのこったが元来けんじんなるにくたいをもっていたので筋肉のるいじやくは寡少で百折とうのリハビリの結句まんさんとしながらもみずからの両脚で歩行できるまでにほうちやくした。しゆんぷうたいとうとして退院し両親のする実家に帰宅するとしゆうしようろうばいした。両親のちようあいしていた書画や連綿と継承されてきた仏壇が売却されかくりようとしていたのである。母親いわく〈恭子さんがね〉とのことだ。げつこうしただんはスマートフォンでよろず教の教団施設を検索しばくしんした。施設は総本山ととう所とがありとうの修行をするのはとう所である。はいきよを改築したとう所にちんにゆうし力業で信徒たちにじゆんすると愛妻はコンクリートむきだしの部屋で〈滝行〉として水攻めにあっていた。暴力沙汰まがいで滝行をようそく阻止せんとするが信徒たちにがんがらめにされる。四肢にけいれんがのこっているのでようげきできない。愛妻はほうこうする。〈わたしもだれか不幸なひとをたすけられるせきのひとになりたいの〉と。だんは信徒に緊縛されとう所からほうてきされた。

 だんけつした。

 人生をかけた試合がはじまった。

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