犠牲 第三章

 蜜月はつづいてゆく。

 結婚生活への憧憬がうつぼつとなる。

 結婚情報誌をりゆうらんして入籍から披露宴までの準備を遂行したふたりは造次てんぱいもなく婚姻届を提出せんとした。婚姻届をごうするためにせきの市役所にて書類を享受しなければならない。ふたりは女性の誕生日に婚姻届を提出できるように逆算して精緻にけいかくし市役所へむかう。二四時間三六五日受付けている市役所にて婚姻届の書類をきゆうすると無表情のまま微笑した中年女性が書類をくんせきしてくれた。えんぎよあやまりじゆつてきそくいんしたふたりは三通分の書類を渉猟してきびすをかえした。きんじやくやくたる女性が〈ストーカーもいなくなったしもうなにも問題ないね最強なかんじだね〉といって市役所かいわいはちがいしようようかつしてゆくとせんぱくの横断歩道にててきちよくした。信号機はれんに明滅している。おうに横断歩道をばつしようしていたさいはいついしようしたのかひとりの男子小学生が信号無視して横断歩道をばくしんしはじめた。〈あ〉といって女性は疾駆する。横断歩道の中央で小学生のランドセルを掌握した女性は〈あぶないよ〉といって背後にひっぱらんとした。刹那せんぱくを左折してきたしやりようが女性に猛襲する。

 女性は断末魔だ。

 きゆうじゆつされんとした小学生がどうこくするなかきゆうじゆつせんとした女性は衣服を襤ぼろぼろにして滅紫色に変色したまんしんそうきゆうきようひやくがいふくしている。しやりようせんかいしゆうしようろうばいした運転手が女性をせいさせんとするなか冷徹なるこいびとはもっともせきなる母校のだいがく病院にれんらくしていた。やがほうちやくした救急車に女性とこいびとは搭乗して病院にばくしんする。百戦錬磨の外科医師も〈移植外科ですね〉というので女性はだいがく病院の移植外科に搬送され集中治療室にちつきよせしめられる。集中治療室から威風堂堂と現前した医師はいった。〈心不全とろつこつてつけつによる肺気腫におちいっています心臓と肺臓の移植でもしなければたすかりません〉と。つづけて〈まんいち親族以外でだれかがいますぐ自殺でもしてくれなければですがね事情はうかがっておりますがまさか貴あなたが死ぬわけにもいかんでしょう〉と。とつとつかいなる医師のことばを傾聴してこいびとは絶句した。医師はまた集中治療室にってゆきこいびとはひとり長椅子に鎮座していた。〈死んでやる〉とつぶやく。〈皆川のためなら〉ともつぶやいたがなにもできない。

 わたしはせきをおこした。

 白銀の長椅子にそんきよするかたちで鎮座しながらこいびとはつぶやいていた。〈だれか死んでくれだれか死んでくれだれか死んでくれ――〉と。女性は心臓と肺臓の同時移植が必要だ。はや数時間の猶予もない。こいびとのねがいはあっけなくかなえられた。〈死んでくれ〉としようじゆしつづけるこいびとのまえを看護師がばくしんして集中治療室にちんにゆうする。ないにくだんの医師が治療室から現前してはいするかたちでとうしていたこいびとのかたをたたいた。いわく〈十五分前に二〇〇メートルさきの公園で健康保険証と遺書をポケットにいれた自殺者があらわれました我我は自殺者の遺志をくんでネットワークに優先的にレシピエントとしてひんしつされるように努力します〉と。とうもたげてこいびときよする。〈やっぱりだおれたちは神様にまもられてるんだ〉と。医師いわく自殺者は未遂による低酸素脳症で脳死状態となりへ搬送される予定だ。こいびとは元気はつらつとしてたいぎようぼうする。ないにストレッチャーでドナーが搬送されてきた。首もとに索状痕のある遺軆には見覚えがあった。こいびとは顔面そうはくほうふつとする。

 移植手術がけつされた。

 ストレッチャーで女性が手術室に搬送される医師はこいびとに遺書を譲渡した。いわく〈ドナーのもとは親族にはあかせませんがね貴あなたはまだ親族じゃないんでしょう内容からいってドナーの遺書は特別に貴あなたに譲渡します〉と。憂鬱うつぼつたるがんぼうこいびとが手術室かいわいの長椅子でぎようぼうしていると数時間後医師がろうこんぱいして現前した。いわく〈老骨にこたえますね手術は成功です〉と。また集中治療室に搬送された女性は五時間後にせいされた。きつきようしてべんしている女性に事故からのいちいちじゆうでんすると女性はいった。〈やっぱりあなたと結婚するためのせきだね〉と。つづけて〈こんなからだになっちゃったけど結婚できるかな〉と。こいびとはいう。〈結婚しなきゃならないんだ〉と。〈それがあいつの最後のねがいだから〉と。ぼうぜんしつしている女性にこいびとこうかんの遺書を譲渡した。ろんなるがんぼうで女性は遺書をりゆうらんしてゆく。かたわらの椅子に鎮座しこいびとは〈おれはだおれはだ〉ときよしている。こいびとは遺書を読了し宛名を凝視した。

 皆川恵子様へ

 城田孝助より


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