　最後のあさがきた。

　窓外は燦（さん）爛（らん）たる天気である。

　繁（はん）文（ぶん）縟（じよく）礼（れい）の作業のために疲（ひ）労（ろう）困（こん）憊（ぱい）していたふたりは予定より遅延して覚醒した。〈そのとき〉は大（お）凡（およそ）正午零時前後と考（こう）覈（かく）される。おそくはない。春（しゆん）風（ぷう）駘（たい）蕩（とう）と朝（あさ）餉（げ）を喰（く）らい準備を遂行すると威風堂堂として遯（とん）竄（ざん）していった。祖父が片腕で抱擁した遺影ともう片腕で掲（てい）撕（せい）した魁（かい）偉（い）なる紙袋および祖母が両手に掌握した毳（けば）毳（けば）しい紙袋がおもな荷物だ。ふたりが退室の手続きをするとロビーの職員は完（かん）爾（じ）として一（いち）揖（ゆう）しながら廼（ない）時（じ）に那（な）辺（へん）に電話をかけた様子だった。祖父はいう。〈時間がないようだね〉と。祖母はこたえる。〈鳥（ちよつ）渡（と）予定が狂っただけじゃない〉と。矢（や）張（は）りふたりが目的地へと邁（まい）進（しん）すると背後からくだんの職員が追（つい）蹤（しよう）してくる気配がある。ふたりは故意に道程を豹（ひよう）変（へん）させじぐざぐと界（かい）隈（わい）を逍（しよう）遥（よう）闊（かつ）歩（ぽ）しながら正午前に霞（かすみ）ヶ（が）関（せき）コモンゲートに逢（ほう）着（ちやく）した。幽（ゆう）邃（すい）たる歩道に鎮座すると祖父は紙袋を横（おう）臥（が）させて延長コード用の押し釦（ぼたん）と照明器具用のトグルスイッチを露呈させる。祖母は昨晩制作したプラモデルや玩具（おもちや）類を界（かい）隈（わい）に櫛（しつ）比（ぴ）させてから道路側に遺影をかかげた。路傍ではくだんの職員が電話している。

　時宜は到来した。

　大臣専用車（しや）輌（りよう）であるレクサスLS600h に搭乗して文部科学大臣が霞（かすみ）ヶ（が）関（せき）コモンゲートへと驀（ばく）進（しん）してくる。形骸化した午前中の科学技術啓（けい）蒙（もう）セミナーに出席したのち輓（ばん）近（きん）の学歴差別発言に関（かん）聯（れん）する記者会見のために文部科学省にむかっているのだ。漆黒の車内では燻（いぶし）銀（ぎん）の蓬（ほう）髪（はつ）たる運転手に愚痴をこぼしている。いわく〈つまらんセミナーじゃないか技術的特異点だの万物理論だの窮極集合だのあの聴衆の脳髄のレベルじゃ理解できんだろうわたしはわかるがね低学歴のノータリンどもにはあのおとうとさんのようにアニメでもみせておけばいいんだ洗脳できるしな〉と。老齢の運転手は鞠（きつ）躬（きゆう）如（じよ）として相（あい）鎚（づち）をうつ。〈午後からは亦（また）学歴差別発言について記者会見じゃないかわたしは陳謝抔（など）しないよわたしは間違ってなんか――〉爾（じ）時（じ）大臣は霞（かすみ）ヶ（が）関（せき）コモンゲートの界（かい）隈（わい）で電話をしている不審者を発見した。疑心暗鬼を生じて路傍を見（み）霽（はる）かすと不審者のさきに亦（また）ふたり不審者がいる。遺影をかかげた老婆と延長コードを掌握した老（ろう）爺（や）である。〈とめろ〉と大臣が絶叫をすると〈え〉と素（すつ）頓（とん）狂（きよう）に運転手はこたえる。

　すべてはおわった。

　巑（さん）岏（がん）たる霞（かすみ）ヶ（が）関（せき）コモンゲート入口界（かい）隈（わい）にて鎮座していた老（ろう）爺（や）はレクサスを瞥（べつ）見（けん）すると延長コードの釦（ぼたん）をおして安全装置を解除した。漆黒のレクサスが前方に驀（ばく）進（しん）する爾（じ）時（じ）に照明用のトグルスイッチをひねって起爆する。信管が反応すると起爆剤に着火され起爆剤の爆発の衝撃で本体が爆発する。旗（き）幟（し）鮮（せん）明（めい）たる爆発物である硝酸尿素が包（ほう）裹（か）された外殻が爆発すると外殻に湮（いん）滅（めつ）しておいた大量の〈くぎ〉が四方八方に翺（こう）翔（しよう）してゆく。爆発した硝酸尿素は刹那に界（かい）隈（わい）の祖父母の肉（にく）軆（たい）を蒼（そう）白（はく）の火（か）焔（えん）で灰（かい）燼（じん）に帰せしめ櫛（しつ）比（ぴ）させておいた玩具（おもちや）類を焼（しよう）燬（き）しつくした。同時に強化玻（がら）瓈（す）も震（しん）盪（とう）せしめる爆音を響（と）動（よ）めかせ透明無色の爆風を穹（きゆう）窿（りゆう）型の波紋状にぶつけてゆく。廼（ない）時（じ）に大量の琥（こ）珀（はく）色（いろ）の火（か）焔（えん）が衝撃波とともに波紋状にひろがってゆき黒褐色の煙霧を聳（しよう）立（りつ）せしめる。充分なる硝酸尿素は確保できなかったが攻撃用の〈くぎ〉の衝撃は甚大だったようだ。肝心要のレクサスは外殻が巨億の〈くぎ〉の衝撃で襤褸（ぼろ）襤褸（ぼろ）にされ窓玻（がら）瓈（す）も羅（ら）利（り）粉（こつ）灰（ぱい）にされた。衝撃波と火（か）焔（えん）の衝突が内部までふきとばしたことにより車（しや）輌（りよう）が片方の車輪を枢軸に転覆される。

　わたしは奇（き）蹟（せき）をおこした。

　燦（さん）爛（らん）たる正午前の事件に報道各局は造次顛（てん）沛（ぱい）もなく中継を発（はつ）軔（じん）した。正午零時のニュース番組のために報道陣が霞（かすみ）ヶ（が）関（せき）コモンゲートまえの事件現場に攢（さん）叢（そう）してくる。いわく〈今日午前十一時五十一分頃文部科学省の設置されている霞（かすみ）ヶ（が）関（せき）コモンゲートまえにて爆発がおきました　爆発発生時に道路を走行していた斉藤文部科学相の専用車（しや）輌（りよう）が爆発にまきこまれて顚（てん）倒（とう）したようです　文部科学相の安否は不明ですが御覧のとおり車（しや）輌（りよう）はいまだ炎上しており内部にとじこめられているという情報もあります　消防警察雙（そう）方（ほう）により事故処理と現場検証がおこなわれておりますが爆弾には大量の〈くぎ〉がふくまれていたらしく大臣専用車（しや）輌（りよう）も原型をとどめておりません　已（い）上（じよう）の状況から急（きゆう）遽（きよ）記者会見した事務次官は確信犯的過激派のテロではないかという見解をしめしております――〉澌（し）尽（じん）灰（かい）滅（めつ）した霞ヶ関コモンゲートまえにて現場検証がつづくなかひとりの鑑識が何（なに）某（がし）かを発見する。〈なんだこりゃ〉といって凝視すると罅（ひび）割（わ）れた外殻のなかの寫（しや）眞（しん）だった。