學問 第二章

 ふたりは東京へまいしんした。

 ふたりではなかったかもしれない。

 すがにひもすがらよもすがら前面にていせいしながら生活することはあたわなかったが就中なかんずく祖父は露呈された遺影をるいがいの脇腹に掌握しながらしようようかつしていった。ひつきよう孫息子が三人目の同伴者なのである。路傍のけんれいたちは疑心暗鬼を生じたそうぼうでふたりの老人をへいげいしていたが祖父も祖母もかんとして挨拶するくらいだった。れきろくたるバスに搭乗すると遺影を車窓にむけて会話する。祖父いわく〈文明ちゃんのかよってた幼稚園だよ〉や〈文明ちゃんがよくいったプラモデル店だよ〉うんぬんと。こんほうたる新潟駅にほうちやくするとかくしやくたる祖母が料金を計算して東京駅までの切符を購入する。はくの新幹線が到着すると祖父はまた遺影と会話する。〈文明ちゃん新幹線だよかっこいいねえ〉と。かいわいの利用者にかつ視されながらもふたりはろうふくれきとして車内に搭乗する。かいなる新幹線がせいひつとして発進するとまた車窓に遺影をむけて会話する。〈文明ちゃんいい景色だねえ〉と。〈文明ちゃんこれからいいところへゆくんだよ〉と。〈文明ちゃんたのしみだねえ〉と。

 りよはながい。

 きようこつの祖父とるいはいの祖母とのふたりだけでへきすうたる新潟からぼうばくたる東京までちようりようばつするのだ。えんえん長蛇たる上越新幹線東京ゆきのMaxとき320号では二時間程度は鎮座していなければならない。二時間着席しているのは偉丈夫の若者でも難儀である。ふたりの胸臆には情熱うつぼつたるところがあった。失敗はゆるされない。しようしやなる東京駅へほうちやくすると大宮ゆきの京浜東北線快速で秋葉原へとばくしんする。のう東京だいがくの学生寮でしていたふたりも秋葉原へむかうことははじめてであった。遺影をていせいした老人ふたりがかいわいの若者に〈プラモデルっていうのは何どこにあるんだい〉〈アニメの玩おもちやは何どこにあるのかな〉とじんもんしてしようようかつするのだ。およその若者はきつきゆうじよとしてとんざんしていったが様子を目撃した警察官らしい青年がきようどうしてくれた。〈ゲーマーズ〉〈とらのあな〉〈アニメイト〉〈タム・タム〉などばつしようしてアニメグッズやプラモデルを渉猟してゆく。ポスターやTシャツも購入し〈アニメの人物のブロマイドまであるのかね〉ときつきようしながらしゆうしゆうしていった。

 おみやげはそろった。

 警察官が〈あとゆきたいところはございませんか〉とかんとして尋問するので老人ふたりは〈すべてまわりました〉といっていちゆうした。警察官が〈ではおきをつけて〉といってへんとんざんしたので老人ふたりはりよをつづける。秋葉原内のコンビニエンスストアにてミネラルウォーターを数本購入するとまたかいわいの若者たちに尋問した。〈秋葉原に薬局はありますか〉と。いくばくかたずねあるくと秋葉原内にはなりの薬局が存在するらしくせきの薬局から順番に様子をうかがってみた。ひとつの薬局の薬剤師がしゆんなる雰囲気だったので会話する。〈硝酸と尿酸はありますか〉と。薬剤師が〈これは身分証明書と印鑑が必要ですね購入理由もお書きください〉というので祖父は健康保険証を提示し書類に〈エッチング用〉とごうして印鑑をおした。薬剤師は〈エッチングって銅版画ですかへんイラストレーターもおおいからたまにあるんですよ〉といいかんとして首肯する祖父に硝酸と尿酸のびんを譲渡した。

 ふたりは威風堂堂とでてゆく。

 新潟なまりの老人ふたりがとんざんすると薬局は平常どおり営業した。やがて店内に壮年の女性がってきて陳列棚をへいげいした。いわく〈にあった尿酸がなくなってるけど〉と。薬剤師はいう。〈今日エッチングにつかうっていうおじいちゃんとおばあちゃんが買っていきましたよどうかしましたか局長〉と。薬局長らしい女性はいう。〈エッチングに尿酸を〉と。〈硝酸と一緒に買っていったからそうでしょう〉と薬剤師がいうと薬局長はしゆつこつとしてげつこうした。いわく〈そんなわけないでしょうあんた硝酸と尿酸でなにができるかおぼえてないのだいがくでおそわらなかったの〉と。しんした薬局長は購入者の健康保険証のコピーをろうだんして警察にれんらくした。〈そうです硝酸と尿酸です多分なんらかのかたちで純水も購入しているはずです購入者は八十三歳の斉藤貴文という人物と同伴していた同年配の女性とおもわれます〉と。警察側はらいかいとしてこたえる。〈わかりましたとりあえず東京都内の潜伏可能な施設にれんらくします〉と。

 薬局長は通話をきった。

〈全部わたしの責任じゃない〉

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