第四話 學問

學問 第一章

 わたしはせきをおこす。

 これは斉藤文明のせきの物語だ。

 ゆうすいたるセレモニーホールの葬儀会場にてそうれんがもよおされておりひやつりようらんの祭壇の中央に無表情の少年の遺影が設置されている。会場をへいげいすると物故者の同級生といったふうぼうの参列者はしようで遺族たる祖父や祖母のろくしんけんぞくのほかいんもうだいがく関係者がさんそうされている。さいたる家族葬ではなくかいなる一般葬とされているのも経済的理由からだ。喪主たる祖父はかんとして微笑しながら弔辞を奉読している。いわく〈文明ちゃんいままでありがとうわたしたちの余生をたのしませてくれたのはきみだよきみのおとうさんもおかあさんも先立たれたからわたしたちにとって大事な家族だったんだ文明ちゃんはいろんなことをおしえてくれたねアニメがすきでいろんなアニメのことをおしえてくれたんだわたしたちがだいがくでまなべなかったことをたくさんまなばせてもらったよ〉と。

 そうれんつつがく遂行された。

 弔辞がしゆうえんするとめいちようたる弔電もなく焼香がらんしようする。えんえん長蛇たる焼香が完遂されると葬儀社の司会によって閉会が宣言された。きようこう出棺の儀式がはつじんして少年の遺軆は火葬場にてにふされることになる。基本的に数親等のろくしんけんぞくだけがのこるわけだ。だいがく関係者たちのなかからひとりきつきゆうじよとしてセレモニーホールからくりげる人物があった。げんたるふうぼうの壮年の男性がセレモニーホールの入口からとんざんせんとすると入口かいわいからカメラや録音機を掌握した報道関係者とおぼしき群衆がしようしゆしてくる。いわく〈大臣は遺族のだいがく関係者としての御出席ですよね〉〈大臣は喪主の一親等姻族とのうわさもありますが〉〈勉学につかれての自殺なのでしょうか〉〈事故死という報道もありますが〉〈お兄様は出席されていらっしゃいませんね〉〈お兄様がおとうとさんをあやめたという情報もありますが〉〈家系のほとんどが東大卒という環境で中卒のひきこもりである文明君に心理的負担はなかったのですか〉

 葬儀場入口はいんしんとなる。

 ふつぜんたるがんぼうで報道陣のはざばくしんとんざんせんとする壮年をひしめきあうようにして群衆はようそく阻止する。やくやく報道陣をひんせきしてしやりように搭乗するときよくてんせきの運転手にないに発進するように命令した。レクサスが発進せんとしたしやりよう前方にひとりの報道記者らしき男性がしようりつしてり大臣に質問する。いわく〈しんぶん赤旗のものですが文部科学大臣真摯におこたえください週刊誌報道によるとこんかいの物故者の縁戚にあたるらしい大臣は物故者の死因についていかにおかんがえでしょうかばんきんの政権によるゆとり教育の廃止とのかんれんなどについてもこうをおつたえください〉と。車輌の後部座席からしやがんを現前させた大臣はこたえる。〈物故者のお兄様は高学歴で社会に有用です実際にわが省庁の官僚としてちゆつちよくいたしましたがおとうとさんは中卒のひきこもりでしょう勉学にびんべんしなかったしよくざいとまではいわないが自己責任という言葉もありますゆとり教育うんぬんの問題以前にこつのためにきよくべんするこうのない人間には社会のきびしさをってもらう必要があります〉と。

 祖父母はTVをりゆうらんしている。

 しやはんの報道陣によるふんうんはあったもののきようこうつつがそうれんを完遂し帰宅後しばらくしてテレビ朝日のニュース番組を瞥見したらいんの文部科学大臣の発言が報道されていたのである。沈黙して閲覧していた祖父母は物故者の遺影を寝室にていせいして襤ぼろぼろとんはざぎようした。明滅している蛍光灯をけすとあんたんたる寝室のなかで祖父母は会話する。祖父いわく〈あの遺影はいけないねえ笑顔のしやしんが一枚もなかったなんてなあ〉と。祖母いわく〈卒業しやしんのひきのばしだからねえ〉と。祖父いわく〈あのころから人生はきびしかったんだろうなあ遺影のなかでもかなしんでちゃあ永遠にかなしむことになる〉と。祖母いわく〈やっぱりいくしかないねえ東京に〉と。あてどもない会話をつづけながら老体のふたりはにおちてゆく。実際にはゆめさえもみない。翌日れいめいに祖父が覚醒するとすでに祖母が三人分のあさの準備をしていた。遺影を食卓に遷移させて朝食をらう。しゆんぷうたいとうと食事をすますとふたりは遺影を掌握しながらしよくそうぜんたる木造の一軒家に施錠してでかけていった。

〈いい天気だね文明ちゃん〉

 ふたりのりよがはじまった。

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