供給は春
記録的な猛暑を誇る平成最後の夏、夜明け前に外に出た俺はそれを後悔した。暑い。夜は涼しくなる法則はどこへ行った?砂漠ですら夜は寒いというのに。ジョギングをするつもりだったけど、死にそうだからやめた。そのかわり歩くことにした。スポドリを持って、夜明けの町を歩く。
女性や子供なら絶対に歩くのを躊躇うような倉庫街。いや、男だって力の差によっては当たり前に犯罪被害に遭うから一概には言えないのだけど、とにかくなんかそんな感じで雰囲気のある倉庫街を、物珍しさで歩く。すでに作業の始まっている倉庫もいくつかあった。お勤めご苦労様です。
一つの倉庫の前で、赤い光が宙を舞っていた。人魂かと思ったら違った。煙草だ。積み上げられた段ボールにもたれて、一人の男が煙草を吸っている。彼は俺と目が合うと、にやりと笑って手招きした。
「おはようございます」
「今日は走ってないの?」
「え?」
俺は思わずその顔を見た。見覚えはないが、どうやら走ってる時に会っていたらしい。他がもれなく作業着なのに、彼だけスーツだった。
「今日は暑いからやめました。暑くないんですか?」
「暑い」
やっぱり。サラリーマンは大変だ。
「何時からいるんですか?」
「僕はついさっき」
「みんないつ朝ごはん食べてるんですかね」
「ここだけの話だけどね」
彼はぐっと声を低くした。「うちの社員はみんな霞を食って生きてるから、朝ごはんにそんな時間がかからないんだ」
「冗談でしょ?」
「冗談だよ」
彼は笑った。「だって霞ってそうそう出ないからね。そんなもんで生きてたらすぐ死んでしまうよ」
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