蛍ではなく蜂
古傷の痛む雨の日だった。でも買わなきゃいけないものがあったので私は外に出た。雨はしとしとと、強すぎず弱すぎず降っている。傷にさえ響かなければ良い雨だった。
必要なものを買って、商店街のアーチの下を、雨の音をふらふら歩く。普段なら素通りするような店が、今日に限ってよく目についた。
ふっと、古びた軒の店が目に入る。和菓子屋のような佇まいだ。ちょっと覗くと、琥珀糖のようなものが並んでいる。カウンターには誰もいない。無用心のような、無愛想のような。私は暖簾をくぐって、カウンター下のショーケースに近づいた。
和菓子屋ように見えたのは、鉱石だった。蛍石だったか、あの半透明に輝く石が、まるで菓子のように箱に収められて整然と並んでいる。
「まあ、いらっしゃい。フロオライトをお求めかしら?」
突然子供の声に問われて、私は驚いた。いつ間にか、カウンターに肘をついた少女が、眠たげにこちらを見ている。
「綺麗だなと思って」
「他のものがいいのね」
買う気がないことを見抜かれた。少女はませた仕草で肩をすくめると、パタパタと奥に駆けて行った。塩でも撒かれるだろうか。だが、それは杞憂に終わった。彼女が持ってきたのは、金色に輝く液体を満たした小瓶。
「甘いものが良かったのね。誤解させたお詫びにこれをあげるわ。蛍じゃなくて蜂だけど」
百花蜜、とレトロな書体で書かれた瓶だ。私が目を瞬かせているうちに、ショーケースの中身はいつのまにか琥珀に変わっていた。
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