第8話 病室にて
明日香が腕を離さないので、瞳は諦めて俺の反対側の腕にしがみついてくる。
俺は何故か瞳と明日香に連行される形で彩子の病室のドアの前に連れて来られた。
ケンパパはたぶん後ろで俺を睨んでるはずだ。
いよいよ彩子に対面するかと思うと緊張してきたけれど、明日香と瞳はお構いなしに俺を彩子のベッドへと連行した。
彩子はベッドに座って、窓から外の景色を眺めていた。
「おばあちゃん、健ちゃん、来てくれたよ」と瞳が言うと彩子は
「えっ!」
と言って、ゆっくり顔をこっちに向け、俺を見ると
「きゃっ!」
と言い、急いで布団に潜り込むと顔まで隠してしまった。
「お母さん、何、恥ずかしがってんの?」
と明日香が面白そうに彩子をからかう。
彩子は布団から目だけ出して俺を見た。
「やっと会えたね。彩子」と俺が言うと
「うん」とだけ言って、また布団で目を隠した。
俺は出来るだけ優しく
「彩子、顔見せて」 と、声にした。
彩子はイヤイヤをしながら
「私、おばあちゃんになっちゃたもん」と言った。
「それはお互い様だよ。俺も白髪のじいさんだ」と、言って布団を掴んでる左手を優しく握りしめた。
彩子はちょっとビクッとしたが、直ぐに握り返して、顔を半分出してくれた。
「体の具合はどう? 彩子」と俺が聞くと
「心臓がドキドキする」と彩子は答えた。
「おばあちゃん、それは手を握ってもらってるからじゃないの?」と瞳が笑顔で言った。
「お母さん、恋する乙女みたいだね」と明日香がまたからかう。
「だって健ちゃんが来てくれるなんて・・・」
彩子は泣き出した。
「彩子、会いたかったよ。多分ずっとずっと前からね。瞳が俺を探し出してくれたんだよ」と俺は瞳に感謝した。
「瞳ちゃん、良く探してくれたね。ありがとね。おばあちゃん、もう二度と健ちゃんに会えないと思ってた」と、彩子が言うと
「な〜んだ。私に聞いてくれたら、すぐ教えてあげたのに」と明日香が言った。
「えっ! 明日香は彩子と俺の事は知ってたのか?」と俺は驚いて聞いた。
「まあね。お母さんが大事にしてた写真見て気がついてた。お母さんの大事な人だって。私も本気で好きになりそうだったから、会いに行くの止めたんだ。ちょっとだけ遅かったけどね。あははっ!」と明日香は笑った。
(明日香は本当にキャラ変わった。俺が知らなかっただけなのかも知れないが)
「俺はびっくりしたよ。瞳が彩子の孫だなんて。それに明日香が彩子の子供だっだなんて信じられない」
「私もびっくりだよ。お母さんがおじさんと、こんなに仲良しだったなんて」
「何言ってるの。瞳もちゃっかり健太さんと仲良くなってるじゃない」
「なんか家族揃って健ちゃんに迷惑かけてるみたいね。ごめんなさい、健ちゃん」と彩子は謝った。
「ううん、彩子。びっくりしたけど、嬉しいよ。彩子の家族とは知らなかったのに、みんなと仲良くしてたんだからね」と、俺は笑顔で答えた。
後ろで除け者のようになってたケンパパが
「ボクモ ナカマニ イレテ クダサイ。ケンタサン バカリ ズルイネ。オナジ ケン ナノニ」と怒ってる。
「何言ってんの。あんたがケンて名前だったから結婚してあげたんじゃないの。じゃなきゃ結婚なんてしてあげてないよ!」と明日香が爆弾発言をした。
ケンパパは大きな口を開けたまま、ワナワナ震え出した。
「アスカサン ヒドイ デスネ。ガッデム デス」と言って、部屋から出て言った。
「おいおい、明日香。ちょっと可哀想じゃないか?」
「いいの、いいの。やっぱり健太さんの方が好きだもん」
「ダメだよーお母さん。お母さんはケンパパと仲良くしてて。おじさんはおばあちゃんと仲良くするんだから。ねーおばあちゃん」
「いいのよ、瞳ちゃん。みんな健ちゃんの事が大好きなんだってわかって、おばあちゃん、本当に嬉しいよ。おばあちゃん、生きててこんなに嬉しい日が来るなんて・・・」と、また彩子は泣き出す。
「いつまで経っても、彩子は泣き虫だな」と、俺ももらい泣きしそうになった。
瞳は当然泣いている。
明日香は?
笑ってやがる。
瞳と明日香は気を利かしたのか、俺と彩子を二人きりにしてくれた。
「健ちゃん、今日は来てくれて本当にありがとう」
と、彩子はあの頃のようにいたずらっぽい顔に戻っていた。
「いや、瞳を誉めてあげて。泣いて頼まれたからね。一生懸命だったよ」
俺は真剣な瞳の目を思い出した。
「瞳ちゃんは優しい子だから。自慢の孫ですよ」と、言って彩子は目を細めた。
「そうだね。あの頃の彩子に良く似てるよ。よく泣くし、よく笑う」
「私なんかよりずっと美人だけど、ウフフ」
俺と彩子の長い空白が徐々に埋まっていくような気がする。
「そうそう、魔法のドレッシングも作ってくれたよ」と俺が言うと
「あー懐かしい。サンドイッチとサラダ。私が初めて作ったお弁当」と彩子は懐かしそうだ。
二人は最初のデートの日を思い出す。
「うん、とっても美味しかった。今でも覚えてる。だから瞳が作ってぐれた時、泣きそうになった」
小春日和の気持ちの良い日だった。最初のデートの日、高原で食べたサンドイッチとサラダ
は無茶苦茶美味しかった。
そうだ、初めて彩子が好きだと言ってくれたのもあの日だった。
俺は気付くのが遅れて減点をもらったけど。
それから二人は思い出話が尽きなかった。
まるであの頃のように笑いあった。
ひとしきり話した後 少し沈黙、そして彩子は言った。
「健ちゃん。あの時はごめんなさい」と彩子はまた謝った。
「もう昔の事だろ。忘れたよ。俺が覚えてるのは彩子と過ごした楽しかった日々だけだ」
俺はその話はしたくなかった。
「いつまで経っても優しいのね。健ちゃん、結婚してるの?」
「瞳にも同じ事聞かれたけど、俺みたいな奴と結婚してくれる人はいないよ」
「私のせいかな?」と、彩子は小さな声で聞いた。
「ううん、彩子のせいじゃないよ。俺が馬鹿なだけ」と、答える。
彩子は少し哀しい顔をして
「健ちゃん、彩子、謝らなければいけない事があるの」と言った。
「あの時の事なら、もう忘れたよ」
「違うの。許してもらえないかも知れないけど・・・言わないと・・・」
彩子は覚悟した顔で話し出した。
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