第6話 明日香
俺は朝食を用意して、瞳の起きてくるのを待っていた。
朝の空気は涼やかで、確実に秋が近ずいているのを感じる。
レコードプレーヤーに
『Special to Me』-ボビー・コールドウェル-
のアルバムを置く。
瞳が階段を下りてくる気配がしたので、珈琲を煎れ始めた。
瞳は厨房にいる俺に気ずいて
「おはようございます。おじさん、早いですね」と、いつもの笑顔を見せてくれたので、俺も安心して
「ああ、おはよう!もうすぐ朝食出来るから、 早く顔洗っといで。」と、普段通りに言えた。
ホットサンドとポテトのオムレツ、サラダ(魔法のドレッシング付)に(お母さんの)珈琲。
いつもの海の見えるテーブルで瞳と向かいあって、朝食を食べた。瞳が心配そうに俺の顔を見る。
俺は微笑みながら
「さあ、おばあちゃんのお見舞いに行こうか?」と俺は言った。
「えっ! おじさん、良いの?」
「昨日一晩よく考えたら、俺もずーと彩子に会いたかったんだ。久しぶりに会えると思うと、ワクワクしてる。朝もずいぶん早く目が覚めた」と言うと
「良かった♪ おばあちゃんもきっと喜びます、ありがとう、おじさん」
瞳は満面笑みになった。
店のドアに『本日 臨時休業』の札をかけ、瞳のバイクをピックアップトラックの荷台に固定して、病院のある街まで走り出した。
およそ4時間の距離だ。
着くまでに彩子の事について瞳に色々聞いてみた。別れてから彩子の事は何も知らないから。
「彩子の病気はどう?」
「今も色々検査してるところで、まだ詳しくは分からないんです。おばあちゃん、1ヶ月前に急にお家で倒れちゃて、瞳が救急車呼んだんですよ」
「ふ〜ん、大変だったね」
「でも、今直ぐにどうこうって訳じゃないって、お医者が言ってました」
(それにしては長い入院だな)
と思ったが、瞳に心配させないように話題を変えた。
「お家は瞳と彩子と後誰がいるの?」
「今は2人だけです。5年前迄はお母さんもいましたけど・・・」
「じゃあ、彩子が入院したら寂しいね」
「はい、でも今はおじさんがいるから大丈夫です」
瞳がどういう意味で言ってるのか分からないので苦笑するしかない。
俺は続いて
「彩子の旦那さんはどんな人なの?」
と、一番気になってたが訊きにくかった事を聞いた。
「ごめんなさい。私、知らないんです。瞳が生まれた時はもういなかったし、おばあちゃんもお母さんも話してくれなかったんで」と少し悲しそうに言った。
「そうなんだ」
彩子は幸せだったのかな?
苦労したのかもしれない。
「おじさんは結婚してたんですか?」といきなり、瞳が聞いてきた。
「こんな男と一緒になってくれる物好きな人はいないよ」と言うと
「そんな事無いです。瞳で良かったらお嫁さんにして欲しいくらいです。」といたずらっぽく瞳が言う。
「ははは、ありがと。冗談でも嬉しいよ。でもおばあちゃんが許してくれないだろ。」
「あっ! そうだった。おじさんはおばあちゃんのもんだった」
「おいおい、俺は彩子のもんじゃないし、それに俺は振られたんだよ」
「えっ! おじさんが振ったんじゃないの?」と、驚いたように瞳が聞き返してきた。
「違うよ。確かにあの日はショックだったし、優しくはできなかった。辛いことも言ったかも知れない。でも別れるつもりはなかったよ。別れると言ったのは彩子からなんだ。俺は何度か戻ってきて欲しいと言ったが無駄だった。彩子の決心は固かった。待ってると言ったけど、待たないでとも言われたし。俺は怖くて、別れる事よりこれ以上嫌われる事の方が怖くてね。だからもう会ってはいけないんだと諦めてしまった。でも結局、今でも待ってしまってるんだけどね」と、正直に話した。
瞳は少し考えて
「お互い大好きなのに別れるって哀しいですね。でも、今でもそんなに想われてる、おばあちゃんが羨ましいな。瞳、ちょっと妬けちゃいます」と寂しそうに言った。
「瞳は彼はいないの?」と聞くと瞳は
「ははは、いる訳ないじゃ無いですか。私みたいな変な子に」と、あっけらかんと笑った。
「そうかな、俺は素直で可愛いと思うけど?」
「えへへへ、おじさんにそう思ってもらえたら嬉しいです」
病院の駐車場に車を止め、瞳に連れられ受付に行くと、後ろから
「瞳ちゃん、久しぶり!」と女性がいきなり瞳にバグしてきた。
「あっ! お母さん、帰って来てたの」と瞳が言った。
「お母さんって・・・?」俺はびっくりした。
(5年前に亡くなったんじゃ?)
「お母さんが入院したって、瞳もどっか行って帰って来ないって、敦士おじさんから連絡があったから5日前に帰って来ちゃた。」
俺は呆然としながらも、瞳のお母さんを見た。
「あっ、おじさん、紹介します。5年前に結婚してアメリカに行ったお母さんです。」
お母さんを見て、俺はさらにびっくりして
「明日香じゃないか?」と、俺は言った。
明日香も俺を見ると
「あっ!健太さんだー」と言って俺にもバグしてきた。
瞳は驚いて
「えーお母さんとおじさんは知り合い?」
「そうよ、お母さんの大好きだった人だもん。ねー健太さん」と明日香はいたずらぽく俺を見た。
「えー、おじさんはおばあちゃんの彼なのよ。おじさんはおばあちゃん一筋だって言ったのに」
瞳が怒ってる。俺は動揺してる。
その時、明日香の後ろから『くま』よりも大きな外国人が
「アスカ、ダイスキ テ ドユウ コトデスカ? ソノヒト ダレデスカ?」とたどたどしい日本語で明日香に言ってきた。
「焼きもち焼かない。健太さん、紹介します。私の旦那のケンパパです。」と明日香。
「よろしく。ケンパパさん」と俺は手を出すと、ケンパパは大きな手で握ってきた。かなり力を込めて。
「ケンパパも来てたんだ」と瞳が言うと、ケンパパは笑顔になって
「オオ、ヒトミ チャン ヒサシブリ アイタカツタヨ」とケンパパは瞳にバグした。
病院の受付で周りの注目を集め出したので、俺たちは場所を移動する。
(しかし、明日香が瞳のお母さんだったとは、俺は正直びっくりした。そうなると彩子の娘が明日香だと言う事だよな。頭が混乱してきた)
明日香は俺に腕を組んできて
「で、何で瞳と一緒に居るの? それにおばあちゃんの彼ってどういう事よ? 私がいるのに」と意味ありげに笑いながら、わざと言う。
俺は困って瞳の方を見るがまだちょっと怒ってる。ケンパパも不機嫌そうだ。
「お母さん、おじさんに触っちゃだめ」と瞳は明日香の腕を離そうとする。
ケンパパも
「ソウダ ソウダ 」と言う。
「何言ってるの、瞳。瞳に健太さんを紹介したのは、お母さんなの忘れたの?」と離されまいと更に腕に力を入れる。
「えっ?おじさんを紹介?」
瞳は思い出そうとしていた。必死に考えてる。
少しして
「あっ!思い出した。そうか、お母さんの珈琲だ。だからあの夜おじさん見た時、とっても懐かしい感じがしたんだ。あのお店も・・・何で思い出さなかったんだろ?」
「瞳はまだちっちゃかったからね。そういう事だから、私は健太さんにひっついても良いの」
「イミ ワカリマセン」とケンパパが突っ込む。
俺も意味が分からない。
明日香ってこんな子だったかな? 久しぶりに会えて嬉しいのは確かなんだけど、アメリカで暮らして性格変わったのかな?
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