第4話 ショッピングモール

 遅い朝食を食べた後、ピックアップトラックで瞳を連れて街に出る。


 秋晴れの海岸に沿って真っ直ぐ伸びる道は空いていた。海風が気持ち良い。


 車の中には


 『Hold Out』 ージャクソン・ブラウンー


 が流れている。


 瞳は助手席で無邪気にはしゃいでいた。買い物に行くのがよほど嬉しいらしい。


 その姿を横目で見ながら、俺も楽しい気持ちに満たされいた。


 街の中心を抜け、少し離れたショッピングモールの駐車場の入口に近い所に車を停める。


「おじさん、何買うんですか?」と、瞳はまた聞いてきた。


 俺は、それには答えずに


「瞳はいつまでバイト続けてくれるの?」と、聞いた。


「えーと、おじさんが瞳の事を嫌いになるまでかな?」と、冗談ぽく言う。


「こらこら、真面目に答えて」


 瞳はちょっと考えて


「まだ決めて無いです。でも今、すごく充実して楽しいし、しばらくお世話になってても良いですか?」と、不安そうに聞く。


「うん、居てくれるのはすごく助かるし、嬉しいんだ。だけど、瞳は人探ししてるって言ってたよね。それは大丈夫なの?」


 瞳は何か探るように俺の目を見つめていたが


「人探しは暫くお休みです。おじさん、それより早く買い物しましょ」

 と、話題を変えるように俺の腕を引っ張って入口に連れていく。



 平日の昼間にもかかわらず、ショッピングモールはかなり混んでいた。


 入口の案内板を確認して、まず日用品の店に行く。


 瞳に

「何か家で足りないものがあれば選んで良いよ。しばらく居てもらうんだから、要るものとか困ってる物とか、あるでしょ?」


「えっ? 瞳の物買ってくれる為に来たんですか?」


「ああ、俺は男だから、女の子の必要な物とか分かんないからね。遠慮しなくて良いから買っといで」


「ありがとう、おじさん♪」

 と、本当に瞳は嬉しそうに言った。


 この店で使えるカードを瞳に渡し、ベンチで待ってる事にした。


 俺は行き交う買い物客をぼんやりと眺めていた。


 家族連れや仲良さそうな恋人達、学生やサラリーマン。


 ひとりひとりにドラマがあり、そのドラマの中では誰もが主人公を演じている。


 出来得るならば、そのドラマが素敵なストーリーでハッピーエンドで終わる事を誰もが望んでいるだろう。だけど現実は厳しく、時には残酷なほど理不尽だ。


 幸せを手にしたと思っても、些細な出来事で全てを失う事もある。


 多分殆どの人が幸せと不幸を行き来して生きているのだろう。


 しかし、不幸だと思う中にも微かな幸せがあり、幸せの中にも不幸が静かに隙を伺っている。


 不幸と思う事も幸せだと思う事も人様々だ。


 そんな事を考えていた時、よちよち歩きの女の子が俺の足にしがみついた。


 母親が目を少し離した隙に歩き出したようだ。


「すいません」と気がついた母親が走って来た。


 俺はその子の頭を撫でてやる。


 女の子は俺に微笑むと、今度は母親に飛びついて行った。


 無邪気な姿は誰が見ても可愛い。


 あの子は今、幸せなんだろうな。


 果たして俺は今、幸せなんだろうか?



 その時、大きな紙袋を持って戻ってきた瞳は


「えヘヘヘ!おじさんもてますね」と、嬉しそうにからかう。後ろで瞳は見ていたようだ。


「ああ、ちっちゃな子にだけはね」と、苦笑しながら答えた。


 瞳は手にした紙袋を俺に見せながら


「ほら、おじさん、いっぱい買っちゃいました。お給料出たら返しますね」と言った。


「ううん、返さなくて良いよ。必要経費だから。それに良く働いてくれるご褒美だし」


「でも・・」と、言いかけた瞳を制して


「次は服を見に行こう。瞳、あんまり服持って来てないみたいだし」


 俺は瞳が数着をローテーションで着回ししてるのに気がついてた。


 旅の途中だから仕方ない。


「えーおじさん。なんか悪いです。そんなにしてもらっても、瞳、何にもお返し出来ないです」と、ちょっと悲しそうな顔をした。


 それでも強引に連れて行くと、遠慮しながらも、やっぱり嬉しそうで


「どっちが似合います?」とか、


「この色とこっちの色どっちが良いですか?」とか、お決まりの台詞を言ってくる。


(やっぱり女の子なんだな。)


 ようやくお気に入りが見つかり、上下2着ずつ買ってあげた。


「瞳、食事にしようか?」と聞くと


「はい、もうペコペコです」と、お腹を押さえながら微笑んだ。


 フードコートで、俺はハンバーグを、瞳はパスタを食べた。


 食べ終わると瞳は

「おじさん、どうしてこんなに優しくしてくれるんですか?」と聞いてきたが


「あれ? 何でだろ? 月が出てたからかも」って言うと


「えぇー、答えになってないですよ」と、瞳は小さく笑った。


 その後、有名チェーン店の珈琲を飲んだ時、

「やっぱり、おじさんの珈琲が一番美味しいですねっ」と、小声で言った。


「当たり前」と俺も小声で言うと、瞳は


「ふふふ」と、笑った。



 帰りの車でも、瞳は上機嫌で、俺に何曲も歌ってくれた。瞳の声はとてもきれいで、素直に心に入ってくる。


 夕日が海面に映り、真っ直ぐ車迄延びて、瞳の端正な横顔を茜色に染めていた。

(やっぱり綺麗な娘だな)

 と改めて思った。



 家に戻って書斎の椅子に座り、物思いにふける。


 不思議だ。瞳といると彼女といた頃の感覚が甦ってくる。ずーと忘れていた感覚。


 長い間、他のどの女性にも感じなかった。


 いや、一人だけいたか。でもほんの数日の出来事だった。


 勿論、瞳に恋してるのかと聞かれると

「まさか」と答える。


 よく考えれば孫と言っても可笑しくない年齢差だ。


 だいたい、そんな事考える事自体、瞳に失礼だしな。


 でも、こんな女性が現れるのを長く待ってた気もする。


 まあもう遅すぎるのだけれど。


 瞳に会ってから曖昧になってた、輪郭が鮮明に描かれいく。


 その度に喜びと哀しみが無遠慮に訪れる。


 寂しさに負けそうになり、写真立を見る。


 声に出した。


「彩子・・・」




 その時、部屋がノックされた。


「おじさん、まだ起きてます? 入って良いですか?」


「あぁ、良いよ。どうぞ」


 瞳が入ってきた。


 昼間買った服をさっそく着ていた。


「おじゃまします。へへへ、おじさんの部屋入るの初めて」


「うん、その服似合ってるよ。ますます可愛いくなった」


「ありがとう、おじさん。今日はお金いっぱい使わせてごめんなさい」とペコリと頭を下げた。


「明日からこき使うから、気にしないで良いよ」と、言うと


「は〜い。覚悟してます」と、瞳は笑顔で言った。


「それにしても本がいっぱい」


 入って直ぐの書斎には壁一面が書棚になっている。


「おじさん、本、好きなんですね」


「うん、元々本屋の息子だからね」


「そうなんだ。本屋さんかぁ〜。いいなぁ〜」


「瞳も本読むの?」


「えっと、主に漫画を・・・えへへ。でもおばあちゃんはいっぱい小説読んでました」


「じゃあ、俺とおばあちゃんとは話合うかもね」


「絶対合いますよ」と、瞳はキッパリと断言した。


 そして、瞳は机の上の写真立に気が付く。


 暫く見つめ続けた後、


「おじさん、この写真の人が、くまさんが言ってたおじさんの忘れられない彼女ですか?」

 と、瞳は今まで見た事のない真剣な眼差しで聞いてきた。


 俺は突然の瞳の問に困惑ってしまい


「そんな事まだ覚えてたの?」と、返事したが、瞳はそれには答えず


「おじさん、瞳の話し聞いてくれますか?」

 と、涙を溜めた目で俺を見つめていた。

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