金融の師だった男(元ネタ:バー・メッカ殺人事件より)

警察が学校に居るおバカこと尾場寛一の元を訪ねた。

「・・・それで一体オレに何の用だ?」

おバカは被疑者の名前を出した途端に

捜査員に対し、いつになくキツ目の態度を取ってる。

それというのもその捜査員がおバカに訊ねている事件の

被疑者とは彼がまだ本名の皆村良人だった頃、

彼に金融に関する知識と同時にお金に関する哲学を教えてくれた

いわば彼にとっては恩のある師匠ともいうべき男であったからだ。

捜査員はおバカにキツイ態度を取られて思わず、難儀した。

それを見かねた女子生徒の一人が

「ちょっと尾場くん。刑事さんに何て態度を取るのよッ!?」

「そうだぜ!失礼だと思わんのかッ!?」

それに対しおバカは

「働く以外お金の稼ぎ方を碌に知らんヤツは黙ってろ!

それにこのオレに対するそういう台詞は、

1000万円の20%を金融取引で捻出するだけの

実力を身に着けてから言えやッ!?」

普段、相手を半ば舐め切った感じの

悪ふざけとおチャラけに満ちた言動とは違った態度に

多くの面々はたじろいた。

それというのもおバカは日頃は、

お調子者でお気楽な態度をしては

居るがお金にまつわる物事になると、

まるで人が変わった様に辛辣な言い方や態度をやる所があった。

それというのもおバカの生い立ちとは常に貧困であるが故の

飢餓や病気による死と隣り合わせであったからだ。

それに誰も助けてくれず誰にも頼れないが故に、

自分にとってのお金の事情とは、日本の様な自国において

天然資源の鉱脈を自国内に持たず自国で需要を満たすに足る

だけの資源を賄えぬ性格の国家にとって資源の輸入が滞る事は

近代国家としての死である事情と同じで、びた一文たりとも

お金の入手が困難になる事は、末はホームレスとしての窮死か

刑事事件を起して投獄されて獄死か、

仮に刑期を終えて出獄したとしても

もうその時期に年齢的に中高年の我が身など

労働力としての需要など社会において皆無であるし、

所詮は貧窮の出身の自分など

この世の一体誰が隣人として自分と向き合う覚悟があるというのだ?

そう考えるとまだ若い今の内からこの世の仕組みを熟知し

金融に関する知識と金融商品を取引してそれからお金を得られる

方法と経験を積み上げ、常に投資した元手の差額を手にした方が

上記の様にホームレスとしての困窮や食い詰めて刑事事件を起して

投獄される破滅しかない転落人生よりは遥かにマシだという考えに

行き着くのも無理からぬ事である。

傍で聞いているゆうじとしても、この世が格差社会であり

貧ずる者は自己責任として社会から

切り捨てられる理不尽と無情に満ちた

世の中をこの世の誰も是正しようという

考えを持った者が何人たりとも

この世に現れぬ以上、若い時期から金融や経済を知るのを介して

金持ちになるだけの創意工夫と努力と経験を積み重ね

貧困から少しでも遠のくだけの実績を

しなければならぬのは重々承知だ。

幾ら若い時から優等生だのエリートだのと

大人たちから持上げられ様とも

自分の頭の思考力と判断力を用いて

お金を捻出するだけの能力を築かず生活費全般を

ただ職場からの給与に依存しているだけでは如何に、

最悪な末路しか無いという、人の一生としてイカンのであるのかを

毎日、テレビやラジオや新聞やネットのニュースにおいて

貧しさとなり食い詰めた果てに、お金にまつわる刑事事件を起して

逮捕され裁判で実刑判決を受けて滅んで行った者たちの顛末を

知らされるにつけ、常に危機感を新たにさせられるのだ。


「それで、その人が何をやったというのだ?

女の子のパンツをクンカクンカでもしたのか?」

「違うわ。そんな真似やるのは、この前、女子大生宅に

下着窃盗目的で不法侵入した件で逮捕してやった

佐々木ぐらいなモノだ。」

この刑事さんが言う被疑者というのは、

庄野昭夫という元証券会社の社員であり、現在共犯の者2名と共に

行方を追っているというのだ。ただ、おバカがこの件に関して

あまり協力的では無いのが、実はおバカがまだ現在の名前では無く

本名の皆村良人であった故郷の新潟県に住んでた小学生の頃、

当時、母親の資産運用の相談を受けていた時に、たまたま

新潟県に出張で来ていた庄野が皆村家を訪れ、加奈子に

資産運用のイロハを語っていた時代の事だ。

ある日、その加奈子が留守であったため、会社に帰ろうかと

思っていた際に、その家の子である良人に出会い

仲良くなった事に由来した。良人は庄野を「昭夫兄ちゃん」と慕い

庄野も良人の頭の良さと自分を慕う姿勢が気に入ったのか

「坊や」と親しみをこめて呼んだ。

その際に良人は庄野に

「僕はバイトしててお金なら結構貯めてるけど、

そのお金の活かす方法を知らないんだ。

昭夫兄ちゃん証券会社の人だよね?

証券会社ならお金の活かし方を

とっても良く知っているんじゃないかなと

思うんだよ?だから僕に貯めたお金の活かし方を教えてよ?」

このとき庄野は思った。こんな母子家庭でも金融や経済を覚えて

一日も早く自分の母親に楽をさせてやりたいと

思う子が居るものなんだなと。

もし世の中の貧しい家庭の子がこの子の様に、

金融や経済を通して経済面で自立し、

世の中に貢献出来る様になれば自分は証券会社の社員を

務めた甲斐もあると思えた。その時から庄野は良人に

金融や経済の何たるかを教えることから入り、最終的には

株取引や外為取引の基本までを教えたのだ。

良人も庄野の教えを僅かたりとも取りこぼす事無く学んで行った。

そして加奈子に合った資産運用の方法が決まり、会社から契約成立を

承認され、東京の本社へ戻る事が決まった日に庄野は良人に

別れ際にこう教えた。「金融取引とは何処よりも自分の実力と結果が

すべてを決める。例え社長でも他人と自分と市場経済に負ければ

うだつの上がらぬヤツとされるし、その逆で職場じゃ

うだつの上がらぬヤツでも自分にも他人にも勝ち、

市場経済を制すれば世の中の勝者のことわりだ。」

このとき以来、おバカにとってはその言葉は

何よりも重い事であった。

その庄野の件で何で捜査員がおバカの所に来たのかというと

彼の生い立ちを調べ上げてる過程で、このおバカの新潟市時代に

あった事に行き着いたからであった。それでおバカが

あまり協力的で無い姿勢をしているのもその彼が

おバカにとっては金融や経済の師でもあるからだ。

要するにおバカとしてはその庄野がどんな刑事事件を

しでかし、その理由で庄野を逮捕するのは勝手だが

もう彼との、かつての関係が遠い過去になってるこちらにまで

要らん事をしに来られては迷惑だというのだ。

そして捜査員が帰って行った後、多くの生徒たちは

おバカを非難する。終始無言を通したゆうじは

(アレでもアイツにとっちゃ、この世に正義というものが

存在しない以上、自分にお金を儲ける方法は職場づとめや

個人商店経営などのアナログ労働だけでは無いという真実を

同世代の誰よりも早く教えてくれた者だからな?

その彼を例え警察やマスコミでも恩のある人の事を

悪く言われるのが嫌で堪らないのも仕方は無かろう。)

その様に思えるし、ゆうじがおバカの立場でも

やはり良い気持ちはしないものだ。


おバカにとって、かつて自分の師と仰ぐその庄野昭夫は

今より数日前に東京は新橋にある、「聖地」と店名を持つ

バーで殺人事件をやらかしたのだ。

その事件の発端となったのは今より5日ほど前の事だ。

その日の午後9時を回った辺りだ。

1人の客が隣の同僚だった者と飲酒しながら談笑に耽ってたら

その客のウイスキーの水割りと客の肩口に、

一滴ずつ赤いモノが落ちて客の飲んでた

水割りを染め客の肩口を汚したからだ。

その男性客が不快な顔して天井を見上げると、

どす黒い血のシミが出来てそこから血がポトリポトリと

垂れ落ちて来たのが解った。

その客は思わず酔いが覚め、悲鳴を上げた。

このバーの2階に住んでいる者が

頼まれて押入れを開けてみたら、何とあろうことか

そこには血まみれの死体があった。

死体は両足を電気コードで縛られており、

鈍器で全身30ヶ所をメッタ打ちにされていた。

他にも刃物による刺し傷、紐で首を絞められた後など、

無惨な状況だった。店主と店員によると、

この男は店に時々来る客だと判った。

そして警察が通報を受けて駆けつけて、調べた所、

被害者は横浜市に住む証券会社のブローカーの

博田周夫(39歳)と判明した。事件当日、

証券を担保にして銀行から3700万円を引き出していたが、

この金は紛失していた。


この事件後、聖地に住みこみで働いていたボーイの

長藤清之(19歳)が1人、行方をくらませていた。

さらに長藤が、昼間に同店で常連客だった

庄野昭夫(27歳)という若い男と一緒にいるのを

見たという証言もあった。

また被害者の勤め先には後輩として働いていた男が欠勤しており、

この男の名前は「庄野」と言った。

まもなく長藤と庄野、庄野のマージャン仲間の

3人が指名手配される事になった。

その2日後に神奈川県藤沢市にある庄野の下宿先付近で、

博田の腕時計をしていた男が逮捕される。

この男は庄野のマージャン友達の相沢雅一郎(22歳)で

あることがわかった。彼は犯行に加わらず、

口止め料として腕時計と現金200万円を受け取っていた。


それから2日後に長藤が静岡市警に自首。

長藤は「新聞で見ると、庄野はあんなに沢山の金を手に入れたのに、

俺には3万円しか寄越さなかった」と愚痴を言っている。

警察は引き続き、主犯格の庄野を追った。

そして庄野の足取りと生い立ちを調べていた過程で

警察は庄野が証券会社の新潟支店に出張した時代に、

皆村家に出入りした事があったのを知り、

そこでおバカから彼の性格なり何なりを知ろうとして

結局は断られてしまったのが捜査開始から5日目の事だ。


それから10日後に京都にある旅館で、1人の男の服毒自殺をした。

顔が庄野と似ており、警察が庄野の実兄を呼んで確認して

もらったところ、どうやら間違いがないらしかった。

主犯の死亡により、事件解明は困難なものになると見られたが、

この自殺者はすぐに別人と判った。

しかし、この報道が庄野の逮捕につながる。


それから38日後に麻雀仲間の通報により、

京都・銀閣寺近くのアパートに潜伏していた庄野が逮捕された。

これだけ大々的に報道されたのにも関わらず、

庄野が結構、逃げ続けられた理由はメガネにあった。

庄野は近視で、普段はメガネをかけていた。

手配写真もメガネをかけたものだ。

だが彼はコンタクトレンズを用いていたばかりか

髪も伸びてたため手配写真とは印象が違っていた。

やがて東京に護送され都内の警視庁内で取り調べが始まった。

当初は「ただナット・ギルティ(無実)を主張するだけです」と英語交じりに語っていた庄野だったが、犯行を自供した。

犯行の動機は「義理のある人(恋人の母親)から預かった株券を無断で売却処分してしまった。その金を返したい一心でやった」というものでだった。被害者の博田とは、以前務めていた

証券会社の仕事で知り合ったという。

事件当日、「借金がしたい」と聖地に博多を呼び出し、

庄野が首を電気コードで絞め、

長藤が角棒でメッタ打ちにして殺害した。


庄野昭夫は大阪の弁護士の家庭に四男二女の末っ子として生まれた。

しかし、庄野がまだ生後5ヶ月の時に父親が急死し、

日本女子大卒の母親が女学校などで体操教師をして

6人の子どもを育て上げた。

長兄は傲慢ですぐ威張り散らす他人と協調できない性格で、

学校や地域の同世代の子供や家族に対しても暴力を振るった。

まだ幼かった庄野はそれを目の辺りにして、

心に「脅え」のようなものを背負うようになったという。

自殺、家出も考え、「大人は信用ならない」と思うようになった。


庄野の兄3人は皆一流大学に進んでいる。庄野も例外ではなく、

一浪して慶應大学経済学部に進学。翌年には次兄の購入した

藤沢市の家に母と姉と共に移り、庄野の学費も次兄が出した。

庄野はスラっとした、かなりハンサムな男で、

どこか外国映画の一流の若手大物俳優を思わせる。

捜査の過程で刑事たちが水商売の女性たちに彼について尋ねても、

評判はえらく良かった。実際、庄野は

女には不自由していなかったが、

藤沢のダンスホールで出会った

体操教師・A子(当時19歳)には夢中になった。

「体操の先生」は母親と同じ職業である。

この美男美女カップルはやがて肉体関係を持ち、

結婚を約束する仲になっていた。しかし、この出会いにより、

それまで地味だった彼の学生生活は乱れ始めた。

庄野の母親はA子に「あなたが昭夫を堕落させた」と言い、

結婚に反対した。

A子は魅力的な女性だったが、奔放な性格だったのか、

10月頃、庄野は「あいつは誰とでも寝る女だ」と友人から聞かされた。その友人自身もA子と関係を持ったという。

これに庄野はひどくショックを受ける。

部屋に塞ぎこみ、自殺も考えた。

A子とは11月頃に縁りを戻したのだが、彼女への疑いは残った。

やがて彼女との関係は破綻した。


庄野は慶大を卒業すると、証券に入社。

ここは元々第1志望ではなかった。

大手自動車会社から内定をもらっていたのだが、

卒業間際に肺浸潤が見つかり取り消されていたのだ。

不本意だったこの証券会社では、

学生時代に覚えた賭け麻雀の癖がなかなか抜けず、

入社から2年4ヶ月で、

人の株券・預り金を使いこんで解雇された。


やがて裁判で、庄野は死刑判決を受けた。

それから彼は獄中で小説を執筆し、

その作品は新人賞候補にもなっている。

それが採用され、映画やドラマの原作になるのは

彼の刑死から2年後である。


おバカは星空を眺めながら思っていた。

かつて自分に金融を介して、残酷な現実と

戦い勝ち続けて自分や自分を信じる者や頼ってくる者を

守れる事の大事さを教えてくれた庄野をあのような

犯罪者にしてしまったのは、やはりそもそもの原因を

作った長兄と、淫乱ビッチで彼との関係を自ら台無しにした

交際相手にあったのだと思った。

(結局、昭夫兄ちゃんの気持ちを皆して

踏みにじり続けてしまったんだな。)

幾らどんなに出来のいい者に育てても、肝心の世の中の人々が

それを活かせない暗愚では無意味だったのだと。

そう思うにつけ、おバカは逆に世の中に対して

こう言ってやりたいと思った。

「何がこのオレさまの事を苗字をもじっておバカだ。

テメーが優等生だ何だと育てた者を犯罪者にした

アンタら世間の方がオレを超えるおバカじゃねーか。」

おバカの目には師匠を転落させた人々と、

師匠を正義面して死刑判決を下し、勝利者ぶってた事に対する

怒りと反感の涙が溢れてきた。

(今に見てろよ。オレはアンタらに正義面して裁かれるなんて

やらねえよ。アンタら世間が名医でも治せねえ

おバカである限り、昭夫兄ちゃんの様に、

傲慢な世間に正義面して殺されてなるもんかッ!!)

そう心の中で叫びながらおバカは、

今の世の中を牛耳っているフェミニストどもに対する

反感を新たにするのであった。




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