誰も居ない繁華街のビルの少年

ここは、とある地方都市の繁華街の中にある

うらぶれた4階建てはあろうかという、古いビル。

その建築年数は、造られてから少なくても40年以上と見た。

それだけあって外見は長年の雨風や小規模の地震の経験で

灰色のコンクリートの外壁はシミやひび割れが目立ち、

中を見ても薄暗く、内壁を見ても床や天上や階段と手すり、

かつてはテナントが入ってた頃の数々の部屋といい

如何にも昭和の雰囲気が漂う感じがする。


そこは、かつてそれなりに賑わっていたのを示すかの様に

喫茶店の看板や、居酒屋の和風な畳のスペース。

中華料理屋だった事を思い出させる赤いカウンターや椅子。

脂ぎった厨房や客席のテーブルや椅子。それと昭和の頃を

思わせる画面がブラウン管の小さい箱型のテレビ。

そして各店内のトイレも和式の便器ではあるが

閉店後は何の手入れもされていないのかその

元は白い陶器だった便器は、如何にも汚れ黄ばんでている。

もはやこのビルは誰もおらず、やがていつか来る再開発によって

解体のときを迎えるのみだろう。否、誰も居ないというのは不適切だ。

何故なら、そのビルの一角に隠れ潜んでるかの様に

暮している少年が居たからだ。その管理人室と思われる部屋だけが

電気も水道も通っている。そしてその部屋に一人の少年が居る。

その名は星井陽一郎ほしいよういちろうである。


この一見、背が低く童顔で

多くの女性をして母性本能をくすぐりそうな見た目の男の子は

何故かこの不似合いな廃墟になりかけのビルの管理人室に

住んでいるのか?実は、最近まで叔父夫婦の元に居たのであった。

それというのも彼の両親は彼が幼少期(といっても彼が小学3年生のときだが)に

高速道路での後ろからの

煽り運転が原因で事故を起こし、亡くなられたのだ。

幸い、遺産が結構あり保険金も下りた。

だが、それを叔父夫婦が横領を企てていたのだ。

幸いご両親も叔父夫婦の事はあまり信用してなかったのか

遺産の一部を現金化したモノや高額の保険金分だけは

彼個人の口座に移してあったため

彼としては無一文の素寒貧すかんぴんにならずに居られた。

このビルにしても元は彼の父親の知り合いが所有していたモノだ。

その所有者も彼の叔父夫婦が元々、自堕落な夫婦である事は知ってた上に

叔父夫婦が彼のご両親が事故死して以降、彼のご両親の高額の遺産で

放蕩ほうとう生活を始めたばかりか彼の口座を盗ろうとし出したのを

彼から聞かされ、自分が景気の問題で運営が行き詰まり

運営権を放棄する事になったこのビルを義務教育が

終わるまでの間の自宅代わりにしていいよと貸与してくれた。


彼としてはその後、叔父夫婦が金の無心に来たのを追い払った。

ときには預金通帳を探して不在のときにビルのあちこちを荒らし

通りがかった警官に不法侵入と窃盗の現行犯で逮捕までされた。

とうとうビルのオーナーも激怒し、陽一郎としても

目先の大金をモノにして遊び暮す事しか考えてない

この叔父夫婦に対する心も冷めた。

そして裁判で実刑判決が下り収監されたのを機に、

この住み慣れた故郷の地方都市から離れる事にしたのであった。


無論、この預金通帳にしてもビルのオーナーが叔父夫婦が

過去にこのビルに不法侵入した際の罰金代わりに取り上げ

陽一郎に手渡したのだ。ちなみに彼はそれまで物乞い状態に

追いやられた為、一時期は苗字をもじって"欲しいよう"という

あだ名がつけられる事もあった。

それ以降、彼のこのあだ名で呼ばれる事になる。

そこでビルのオーナーはこの地を離れるに

当たってメインバンクに口座を作り、元の地方銀行の口座を

解約させてくれた。そしてビルを売却するに当たり

その売却して得たお金の一部を口座に入金してくれた。

この金額も加えた合計額だけでも少なくとも

将来、大学に入り社会人生活を迎えるまでお金に関する不安は無くなった。

そして、このビルを後にするのを迎えた朝に

陽一郎はこのビルを見上げて、わずか数年とはいえ

お世話になったという感慨深い思いになった。

そして学校へ行って、先生やクラスのみんなとのお別れの挨拶を済ませ

ふたたびビルの前に戻ってきた。もう既に管財人か何かと思われる

スーツ姿の大人たちが入っており、彼ら以外は

もう誰もこのビルに立ち入ることは出来なくなった。

そしてタクシーに乗り駅に向かった。

「もう、この街とはお別れなんだね。」

駅に辿り着いた陽一郎は、思い出深い駅前を振り返る。


みどりの窓口で名古屋行きの便の切符を買い

ホームに行くと名古屋行きの特急が入って来た。

その列車に乗ると、彼を乗せた特急は発車した。

そして段々と加速して行き、名古屋へと向かった。

名古屋に着くと駅内のトイレで用便を済まし

飲食店で軽く食事を済ますと、新幹線に乗るための

改札口近くの窓口で東京行きの切符を買い

改札を通り新幹線のホームに着く。

しばらくすると東京行きの、のぞみ号がホームに来た。

それに乗ると発車を告げるコールがホームに鳴った

やがて新幹線はホームを離れ加速した。

流石に日本一の快速鉄道とされるだけあって、

停車状態から最高速度に達するまでのレスポンスには思わず目を見張る。

もうこれからは、自分ひとりで何とかしないといけない。

そう思うと不安を何とか勇気を出して振り払う。

そして彼を乗せた東京行きの新幹線は疾風のごとく駆け抜けて行った。



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