凶弾に倒れる(元ネタ:厚真猟銃事件より)

ある山の中の山林。

そこでは作業服姿にヘルメットを頭に被った男性たちが

ある者はチェンソーで木を切り倒して小分けにし、

ある者はそのチェンソーで小分けに切り出された木を

下にあるブルドーザーをはじめとする大型重機の許まで引きずり。

ある者はその重機を使って切り出された木を

大型ダンプカーに乗せている。

この日はというと、山の持ち主から委託された林業会社が

早朝から山林内にある鬱そうとした雑木ざつぼく間伐かんばつしていた。

流石に年が明けてからまだ2ヶ月目になったばかりの

肌寒い時期の作業だけあって各作業員の口から出る息は

非常に白く、労働で出る汗が気化している様に身体からは

オーラの様な白い湯気みたいなのが出てくる。

その従業員たちの中のこの男はというと、口にこそ出さぬものの

半ばこの仕事を辞めたがっているらしい。

それというのもこの男は、この仕事に就いたのは

厳格な彼の父親が彼に対し他の兄弟や従兄弟らがもう既に

婚姻契約を結びそれらの子供らはもう思春期に達しているのに

お前は何だという感じで叱責し、その凡庸ぼんようさを叩き直すために

知り合いを介してこの会社に強引に就職させたのだ。

彼としては、願わくばこの場で何らかの事件なり事故なり

発生して作業が中止になり、これを口実に辞めてやろうと

ブルドーザーを操作しながら思っていた。

次の瞬間、その考えが思わぬ形で叶ってしまった。

それというのも作業していた時に、凄まじい音が鳴ったからだ。

まるで山林内で起った雷鳴であるかの様だ。

その音を聞いた従業員のひとりが

「危ない!」

と叫んだ。その直後に同僚の男性が、約200メートル離れた

道路の路肩にライフル銃を両手に持った怪しい二人組みを見た。

その二人組みは、すぐ様に青色のRV車に乗って急発進させ逃走し

市街地とは違う方角に走り去った。


そしてすぐ、現場監督は作業員のみんなを集めて点呼した。

「みんな揃ったか?」

現場監督が問う。

「伊藤のヤツが居ないぞ?」

「何?伊藤が?」

監督は伊藤を怪訝した。彼によれば

伊藤は元々、この仕事にあまりやる気が無く

雇った二年前から度々、仕事をサボるために

山林内の何処かに雲隠れする事が目立った。

そこで彼が大型特殊免許を持っているのを利用して

彼を監視するのも兼ねて重機オペレーターに回したのである。

だがそれでもこの伊藤という男は、隙を狙っては

雲隠れを試みる常習犯で、この社内では要注意人物となっておる。

恐らくこの男は、今回の発生したトラブルに便乗して

何処かに逃げ隠れでもしているのだろうと思い、

作業員の全員に命じて探し出そうとした。

すると作業員のひとりが悲鳴混じりに叫んだ。

「おい!誰か来てくれッ!伊藤がッ!?」

監督はじめ全員が呼ぶ声の方向に走り出した。

すると彼ら全員はその探し出している伊藤という男が

思わぬ状態で発見されたのだ。

「い、伊藤・・・・・・!?」

「何て事だ・・・・。」

その伊藤がブルドーザーの中で

胸から血を出し口元からも血が垂れている姿でグッタリしていた。

どうやら銃弾が胸に当たっていたのだ。

この伊藤という男は、元々嫌で仕方なかったこのキツイ仕事を

銃弾で胸を打ち抜かれて死ぬ事によって、辞められるのが叶ったのだ。


やがて警察が来て実況見分が始まった。

各自から得た情報で、これは不審者による射殺事件として

捜査する事になった様だ。

そしてその事は伊藤の家にも伝わってくる。

その日は伊藤の給与で兄弟と従兄弟を集めて

宴会する予定だったが、会社と警察から

伊藤が撃たれて死んだという報告を聞かされ

皆々、顔色を失って愕然とした。母親は大いに泣き崩れた。

特に父親は、

「孝之・・・何処までも運の無い親不孝者だ。」

と涙をこらえながら不肖ふしょうの息子をなじった。

やがて後日に葬式が行われた。


そしてその家族を嘲笑うかのように事件は未解決のままとなっている。

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