稀代の悪女に兄を殺された少年(元ネタ:新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件より)

昼下がりの公園でゆうじの許に、とある同級生が訪れていた。

そいつの名前は御調孝彦みつぎたかひこという。

彼は何やらいつもと違って、様子がおかしい。

ゆうじは彼と話しをしていた。

彼はどうも、義姉に対する憎悪を口にしてるみたいだ。

ゆうじが知る限り彼は、元々異性にはあまりいい思い出が無かったのか

女性不信気味なのは知ってはいたが、特に我侭な女や

勝気な女や高飛車な女、男性に対し殊更経済的な負担を要する女とか

気紛れで男を振り回す性格の女とかに対しては、

殊更に嫌悪をあからさまに向けるのだ。


その彼がこうもここまで義姉に毒づくのを見て、ゆうじは

これは尋常では無いと思った。それから館に戻り

そして夜を迎えると執務室に、

メイド長のマリエルがやって来た。

「ゆうじさま。昼下がりの公園で何やら不穏当な事があったそうですが?」

それを聞いてゆうじは返答した。

「やはりお前らの知る所となったか?実は御調の事なんだが。」

「それはネリーから聞きました。

その方は何か事情をお抱えの様子ですけど何かあったのですか?

ゆうじさまに対し殊の外、言いたい事を述べられた様子ですが。」

それを聞くと、もはや誤魔化しても仕方ないと観念したのか

ゆうじは前置きしてからあった事を語り始めた。

「実は、アイツには歳の離れた兄夫婦がいるんだ。

ただ、妻の方にどうも問題があるみたいだ。」

「義理のお姉さんの方にですか?」

「ああ。詳しくはおバカとステラとネリーに内偵をして貰っているが、

その兄と義姉との間に何かがあったらしい。」

「何かが?」

「うん。」

それから翌日。同じ頃にゆうじはマリエルと同じ執務室で会話する。

「何か、とんでもない事が判明されたのですか?」

「ああ。我ながら何とも訳アリな女であったらしい。

俺が彼の立場でも不信感をこじらせるのも無理は無いだろう。」

ゆうじをしてそう言わしめたというのも

御調孝彦の兄雅彦の妻で孝彦にとっては義姉にあたる、女がそれであったのだ。

彼女の名は御調沙織、旧姓は川野沙織という。


内偵させた三者によると、彼女はというと元は厳格な父親の元で育ったという。

幼少期からその理想的な女性像を要求され、

そのため幼年期からの習い事から進む大学に到るまで

やりたい事は軒並み、父親が決めつけがちであったらしい。

それで母親はというと父親とは真逆に娘に非常に甘く、

既に中学の時から、ブランド品を買い与えたという。

この父母のそれぞれ相反するやり方で彼女は

いびつな育ち方をしてしまったという。


そして彼女が26歳のときに自分にとって二歳年下の

孝彦の兄と出会ってしまった。

しかも出会って半年程度で結婚したという。

このときの孝彦の兄雅彦の毎月の手取りは平均18万であった。

孝彦は義弟として彼女の立ち振る舞いがどうしても気に食わず

この結婚は上手くは行かないと懸念していた。


当初、上手く行ってたかのような二人であったが実は

愛憎の入り混じっていた。


雅彦の収入ではいささか難儀していた生活の中、沙織は懐妊したという。

「それは好い事ですが、それの何処が良くなかったのですか?」

「実はな。こういうセレブ志向のある女性にありがちなのだが」

裕福な家ほど、結婚率が何で小さくなりがちな理由のひとつに

そういう家庭の若い男女が苦労ばかり多くて社会から報われない親を

見て来たため、世の中の犠牲など真っ平ゴメンだという考えに

陥ったのだろう。結婚しても父母である以前に男女である事を

優先しがちな者が増えてきたのだ。ましてやセレブに対する渇望が

人一倍強い沙織が夫が薄給がちな中で、子を産んで育てる苦労に

明け暮れるだけの生活が彼女としては俄かにも堪え難いらしい。


それで産んで欲しいという雅彦に対し彼女はというと

「たかが月18万ぽっちで子供抱えて、何をどうやっていけるのよ!

理想ばかり語らないで、もっと増やす努力してよ!このへタレの甲斐性なし!」

と怒って、さっさと堕胎だたいしてしまったという。

それをゆうじから聞いたマリエルは

同じ女性としてその沙織の身勝手さに幻滅した。


その後、雅彦は転職し努力の甲斐もあって収入は破格の上がり方をしたが

それに比例して争いの頻度も増えてしまった。

最初はただの言い争い程度であったものの、

次第に彼女のそのあまりの言い草に対し流石にキレてしまったのか

夫が手を上げてしまいがちになった。

ついには沙織は顔を叩かれた際に鼻を骨折してしまった。


その沙織に頼れるあてなど無く

DV被害者専用シェルターで過ごしていた時期もあった。

その後数ヶ月ほど経ち、離婚のための話し合いのために

沙織は家に戻っていたという。


それから数日ほどして、ゆうじはおバカと

ステラから恐るべき事を知らされた。

遂に懸念した事が発生してしまったというのだ。

事の起こりは、雅彦と沙織の

二人の溝が深く広い隔たりが出来て、

もう事実上の関係破綻を成していた時期に

沙織は雅彦のメールを見てしまう。

その内容を読むにつれ、沙織は怒りと殺意に全身を震わせた。

彼女の言い分としては、自分は貧乏な新婚時代から

夫である雅彦を支えてきた。

叩かれてもひたすら堪えて来た。

夫の月収がやっと千万単位に及んで、ようやく

この世の素敵な楽園の住人のごとき暮らしが出来る。

そう思っていた矢先に、夫の雅彦が自分の知らぬ所で

愛人を作り、自分とは袂を分かつなどを企ている。


「自分だけ幸せを掴もうとするなんて納得が行かない!」


夫の雅彦から離婚の話が出た際の

提示された慰謝料の金額は3800万円という。

自分は叩かれて鼻を折られ、

他に女を作られ自分の人生とは一体何だったのか。

彼女からすればこの上なく頭に来る事であり

殺意がピークになるのも無理からぬ事である。


ある日、雅彦が朝帰りしてきた午前3時の事。

雅彦は当然、その疲れからか寝ている。

中身の入った未開封のワインボトルを手に

沙織は眠っている雅彦の脳天とか即頭部とかいった

頭蓋骨の中でも打たれ弱い部分を重点的に力強く叩いた。


問答無用とばかりに何度も雅彦の頭部をひたすらに叩く。

その叩き様は、まるで親の仇であるかの様だ。


「・・・な、何故に・・・?」


それが雅彦の最後の言葉となった。

雅彦を殺した後、ホームセンターで沙織は

遺体を解体するのに必要な道具一式を買い込み

そして遺体を自分の持ち歩きやすい重さと

一見、精肉店で買ったお肉と見間違えるサイズに解体した。

そして解体した遺体を捨てるために

数日に分けて街のあちこちを放浪し、

ある部分は街のゴミステーションに、ある部分は

野良犬がたむろしているとされる誰も住んでない

古い民家の庭に、頭部は公園の茂みの中に、

残った部分は生ゴミと共にそれぞれ捨てた。

無論、この時点で警察は元より街の誰も知らない。

この時この事態を知っているのは、

おバカとステラとネリーとそれから報告を受けたゆうじと

そのゆうじの口から事実を知らされたマリエルだけだ。

警察がそれを知るのは更にそれから数日後だ。


この事件が表面化した発端は、雅彦が

一週間以上経っても出勤して来ないのを

不審に思った会社の人間と、雅彦の愛人だった。

特に雅彦の愛人は警察に対し雅彦との関係が半ば

形骸化した沙織が怪しいと睨み、沙織の事を

積極的に調べて欲しいと懇願した。

その甲斐もあって警察は沙織の事を徹底的に調べた結果、

遂に沙織を殺人と死体損壊と死体遺棄で逮捕したのである。


やがて裁判になるのだがその際に彼女は


「今まで窓から見る街の風景はずっと雲って見えていたのです。

それが旦那を殺した朝は非常にこの世がきらめき

とてもかがやいているのです。」

父親には人格を壊され、旦那には人生を蹂躙された。


などと言い張る沙織である。

同情した人も中には居たであろう。


だがこれは彼女が自分は被害者であると思わせるための

巧みな言い回しである。

実は彼女は極度の虚言癖がある。


それというのも彼女は中学生時代から見栄っ張りで

プライドが高く、その上に猜疑心がとても強く

周囲からは好かれて無かったという。

同世代を見下す対象にし、

自分にとって利益になる者とだけ付き合いをした。

自分に利益をもたらさぬ者や自分にとって

利用価値の無くなった者は容赦なく縁を切り見放したという。


大学は父親の決めた大学に進む条件として

毎月50万円の仕送りを得ていた。

大学生で50万では足りなくなったのか、

彼女はソープで働いたり、知り合ったお金に非常に余裕のある

男とは愛人契約し、お小遣いと家賃22万円を得ていた。

愛人が家賃の面倒を見ながら

沙織は雅彦との結婚生活をしていたのだ。


裁判において、お互いの浮気相手が証人として証言するという

極めて異例の裁判となった。


沙織は同世代の女性と比較して非常に多額のお金を得ていた。

だがそれはすべて彼女の見栄と面子のために使われたのである。


「常に1ランクの女を目指す。それ以外はダメ!」


金が無くなれば、窃盗をやらかしてでも

高価な服やブランド品を手にする。

彼女は一部上場の最大手に勤めているかの様な事を

周囲に吹聴していたが実際は派遣で一年未満ほど

働いてたぐらいである。


雅彦と沙織の喧嘩の仲裁に訪れた友人は

裁判でこう語っていた。


デザイナーズマンションの部屋はかなり雑然としており

その中で、体育座りして沙織に怒鳴られている雅彦が居た。

雅彦は震えていた。

沙織は非常に高価なネグリジェのような服を着て

仁王立ちになっていたという。


どう見ても沙織がDVされている様には見えない。

沙織は暴力を振るわれ理不尽な仕打ちを受けている

悲惨な女を演じていたのだが、実際は真逆であった。


相手に手を出させるために巧みに相手を怒らせ、

自分を被害者にさせるという高度かつ高等なテクニックを

用いていたのである。


かつて小学生時代のおバカも顔負けの策略家ぶりである。

雅彦の怒りを巧妙にコントロールしていたのである。

実の父親にもそうだったのである。


「私は小さい頃から父親に虐待されてきた」

などと世間にのたまうが、

「アンタの言う事を聞く代わりに多額のお金を送れや」

と自分の利益になる様にコントロールしていたのだ。

雅彦は弟の孝彦が懸念していたとおり

沙織の餌食にされてしまったのだ。


彼女の異常性に気づき逃れようとした矢先に殺されてしまった。


沙織は雅彦が浮気した事に激怒したのでは無い。

自分より格下の者が自分に対し舐めた真似された事に

プライドが傷つき、それを払拭するために殺したのである。


犯罪者から嘘つきや粗暴で野蛮なヤツまで性格の悪い者ほど

自分が逆の立場になると激昂するものである。


彼女は裁判で結局、懲役15年を言い渡されるのだが

その際の彼女は謝罪はおろか反省もしてないし、

この世でたった一人残された雅彦の弟の孝彦に対しても

「自分ひとりで生けて行ける様にしてあげたんだから

弟として姉でもある私に感謝してよね?」

な感じで半ば侮蔑した言い方に終始するのみだった。

この事で大いに傷ついた孝彦は、裁判後の翌日に

ゆうじと最後に会ったのを最後に蒸発し行方知れずとなった。


ゆうじは彼が何処かでグレたりせずに自分の幸せを勝ち取って

貰いたいと切望し、マリエルも彼の今後をうれいる一方で

同じ女性として沙織に対し、怒りと軽蔑を禁じえなかった。

沙織のような心無い女ひとりのために、

世の女性が折角、社会に進出したのが台無しになるなど

あってはならないと思うのであった。









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