大罪人としての死、そして新たなる生への旅立ち。

ここは、とある拘置所。

その日、ある男の死刑が執行されようという。

そこの係官がドアを開けるなり、横柄な口調で

薄汚れた感じな灰色の服を着ている男に言う。

「オイ、470番。お前の死刑執行の時間だ。さっさと立て。」

「ふん!」

番号で呼ばれた男は不貞腐れた返事をすると、

面倒臭そうに立ち上がり、部屋を出て通路を歩く。

この男は年齢からして御歳おんとし29歳の様だ。

今でこそ、ここでは番号で呼ばれているが本当の名前はある。

その名は住井覚すみいさとるという。その覚が何で

今にも死刑が執行されるための廊下を歩いているのかというと、

この男は、実はとある事件を起したのだ。

その事件とは今より8年も前の事だ。

だが、その前にこの住井覚の生い立ちから語りたい。

彼はフリーの記者の父、金融会社の秘書の母をしている

一家4人の次男として生まれた。

中学生までは家庭に波風は立たなかった。

ところが彼が高校に上がって三年生になり卒業目前において

兄が20歳の若さで急死したのが転落の始まりだ。

次いで父親が、とある県議員を不倫の清算をしくじって

不倫相手を殺害した件と産廃業者との癒着の件で

強請ったために議員が知り合いを介して依頼した

暴力団関係者によって口封じのバラバラ殺人の被害者になり

残った母親も不倫していた相手の社長と懇ろになり

息子の覚は、邪魔になったのか見捨てたのである。


それが原因でヤサグレた覚は、何処の職場へ行っても

些細な事で大喧嘩し、酷いときには上司や先輩社員による

パワハラを口実に完全に叩きのめして解雇されるなどして

長続きしない。一番続いたのが給油所勤務が7ヶ月という。

こんな体たらくだから食い詰め状態になるのも当然。

そして、とうとう自らの命運を決定的にした事件を

21歳になった8年前で起こした。

その発端は、旅館に住み込みの雑役を拒否され

少しでも当面の食べ物とお金を得たい。

そんな思いを抱えたまま、町はずれの農家に来た。

彼はそこの農家に事情を説明し、住み込みの仕事を懇願した。

だがその農家の夫婦は断った上に、彼に暴行を加え殴打し

ありったけの罵声と侮蔑用語を浴びせた上で

田畑の肥料としていた糞便を浴びせた。

これに激怒した覚は夫婦を完全にボコボコにした。

だがその際に打ち所が悪かったのか、夫婦は死んでしまった。

彼はこの後、その家の浴室で身体を洗い、

盗んだ服に着替え、その家にあった現金と

質屋に換金できるモノを奪って、駅の近くの質屋で

モノを換金し西日本に逃げたが、追ってきた捜査員によって

身柄を拘束され裁判で死刑判決を受けた。

その後、控訴したが完全に棄却され数年ほど経った今に至るのである。


そして絞首台の隣にある部屋に連れてこられると

教誨師きょうかいしとされる初老の男性が覚に話しかける。

「本日、貴方は刑に処される事になりました。

貴方はどうしてこういう事になったのか自覚していますか?」

「・・・ああ。」

「最後に何か言葉はありますか?」

教誨師は覚に問う。

「俺は、今までムカつく相手を殴ったり殺したりした事に関して

後悔はしてねえよ。俺を不幸にした事に対する

世の中が支払うべき当然の高い代償と思えよ。ただ、それだけだ。」

そう言うと、覚は頭から布の袋を被せられた上で絞首台への階段を登る。

そして首に縄が引っ掛けられる。やがて絞首台の足元が開かれて

覚は宙ぶらりんとなった。彼の命運はここで尽きた。

これで住井覚に対する刑の執行は終了した。


意識を失った覚に何処からか、声が聞こえる。

「・・・覚、住井覚よ。」

覚は暗闇の中、目覚める。

「だ、誰なんだ?俺はもう死んだはずなんだが?」

暗闇の中から声が聞こえる。

「ふふふ。キミは自分は死んだと思ってるのかね?」

「ああ。この通り、絞められた首がまだ痛いし

何よりも絞められた瞬間の苦しさがまだ続いてるんだ。」

覚はその様に言った。

「ん?待てよ?そもそも俺は確か死んだよな?

あの絞首台で縄を首に引っ掛け、あの後に

足元がいきなり開いて首に衝撃がかかった瞬間は

覚えていると思うんだが?」

「キミは死んだかと思うかどうかは、

目を覚まして見ると判る事だ。」

「それはどういう事だ?」

「やがてすぐに判る。それにキミは今までとは

全く違う姿として蘇る事を知るだろう。」

暗闇から聞えて来る声はそう言うと更に最後に言う。

「キミはあの刑死を以って、もうかつての住井覚では無い。

これからはそうだな?清丸忠彦きよまるただひことでも名乗るといい。

そしてその生まれ変わった姿と新たな名前と共に、

これから主に仕え、それから逃れる訳には行かぬ一生とするがいい。」

そうして暗闇からは何も聞えなくなった。


そして目が覚めると、

自分は廃墟と化した廃ホテルで横たえているのに気づく。

「よぉ、お目覚めかい?」

直ぐ傍で少年が話しかける。

「お、お前は誰なんだ?」

「オレか?オレの名は尾場寛一おばかんいち

昨日付けで名前がそれになったのさ。

まあ、もっともオレはあちこちで悪さばっかりしてるから

苗字をもじっておバカと呼ばれてるけどな?

そういうアンタはどういう名前なんだい?」

おバカの問いに対し

「俺は清丸忠彦。まあ、もっとも元は住井覚だったんだが。

そういやココは何処なんだ?何やら、廃墟の建物みたいだが?」

「ああ。ここはオレにとっちゃ当面の雨風しのぐ場所だったがな?」

忠彦は起き上がると少しひび割れている鏡面台に向かい鏡を見る。

するとそこに映ったのは、かつて住井覚であったとされる

三十路前の男の姿は無い。大柄でゴツイ体格をしただけの

れっきとした10代の少年の姿がある。

「こ、これが俺・・・?」

「どうやらお前もある意味、俺と同じみたいだな?」

「どういう事なんだ?」

「アンタ、元はおイタか何かやらかして死刑囚として死んだんだろ?

そして一度死んで蘇ったのさ。一度死んで蘇ったという意味では

オレもお前と同じさ。まあ、もっともオレの場合は

長年のおイタが祟って、激おこぷんぷん丸になった

街のみんなから小学校卒業と同時に自宅も何も取り上げられて

街から出て行けと言われて列車に乗るため駅に行ったらホームで

変なオジサンに刺されちまったんだけどな?」

おバカは、ケラケラと笑う。

それを聞いた忠彦は、思わず唖然とする。

お互い、一度は死んだ身という重々しい経験をしているのに

この男はさも逆に笑い飛ばして、気分を晴らしているのだ。

こういう豪胆に、構えて余裕あり気にならないと

精神的に押しつぶされてしまうのだろう。


この男は、これまでの生い立ちを悲観するどころか

むしろ普通の人生で普段からの退屈を晴らすための

祭典の主役にでもなったかの様に、はしゃいでるみたいだ。

そう思うと忠彦は、このときこう考えた。

もう自分は過去にには戻れないし、過去の自分を知る者にとっては

自分はあまりいい思い出の無い人間だ。

もうこれから自分は、まったく新しい存在として生きるんだ。

そう思うと、この生まれ変わった姿も悪くは無い。


「お前、他に行く所無いのか?」

「ああ、そうだな。他に行く当ては特に無いな。」

「なら、オレと一緒に行くかい?オレは訳あって、現在は

旭日楼きょくじつろう』っていう豪邸に住んでる。

オレ一人じゃ手に余る。そこでオレの右腕というべき男が欲しい。

お前さえ良ければオレの右腕として豪邸に住んでくれないか?」

このとき忠彦は思った。豪邸暮らしだと?

自分のこれまでの生い立ちからすれば、まったく異世界での環境の様だ。

豪邸というからには、少なくともかつての家とは違いさぞ裕福な生活だろう。

自分はそこの住人としての暮らしが待っているんだ。

そこでの暮らしを満喫出来るのなら、この際何でもいい。

ヤバイ仕事のひとつやふたつなど、かつて死刑囚にまで身を落とし

そして葬り去られた我が身にとっては何の抵抗も無い。

もう割り切ろう。今更、善人面したって始まらない。

そう思った忠彦は、おバカの後について歩き出した。







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