20話  クールの経験

 ニャカエラ山を後方に、草原や川を抜け走り続けること1時間。

 すっかり辺りが暗くなり、月明かりを頼りに移動していたベアとクールは、前方に巨大な渓谷を目の前にしていた。


 渓谷沿いには街が作られており、灯りが点々と輝いている。

 渓谷の幅は1キロを超えており、谷底からは微かに川が流れる音がしていた。


 二人は遂に、ハンブルブレイブに到着したのである。


「ここがハンブルブレイブか……。デカい街だな」

 ベアは目をキョロキョロさせながら渓谷を見渡す。


「ここはまだ城下町だ。ここを南に行くと城がある。そこがこの街の中心部だ。……ノゼ様は人々がごった返す城下町で情報収集をやられている」


「あれを見るんだ」

 クールは暗闇の中、渓谷の中央を指さした。


「夜だから見えにくいが渓谷には第1から3までの巨大な橋がある。東と西に分断された渓谷を結ぶもので、我々が今いる東側は主に畑や牧場、そして倉庫が多くある。西側は主に居住地区だ」


「ふーん、じゃあ私達は西側で活動するわけだな」


「ああそうだ。この先に橋を渡るための門がある。そこを通関するぞ」


 二人はゴツゴツした岩場を抜け、門へと続く道を歩いていった。


 なんだかドキドキするな!まさか勇者の街に来ることになるんて!

 ベアは高鳴る鼓動を抑えられずにいた。


 ドキドキ

 スタスタ


 ベアは忙しくしていた。


 門へと続く道を歩くこと10分程。

 そこには高さ20メートルを超える大きな門がそびえ立っていた。


「大きい門だなー!」


「渓谷を結ぶ門はハンブルブレイブにとって必要不可欠だ。そのため、守りは厳重に行われている。我らはあくまでと旅人だ。変な真似はするなよ」


 ベアは「はいはい」とやる気のない返事をし、そびえ立つ門を興味津々で見ていた。

 噂には聞いていたけど、でかいなー!こんな高くて頑丈な門があるなんて!

 ベアはピクニック気分であった。


「おーい、夜分にすまんが通関を頼む!」

 クールが門の上に向かって叫ぶ。

 門の上では灯火がゆらりと揺れるが、


「……」


 返事がなかった。


「おかしいな……。いつもなら誰兵士が出てくるというのに」


「みんなトイレなんじゃない?」


 お前じゃないんだから、そんな馬鹿なことあるか……

 呆れ顔をするも、クールの心の声はベアに届かない。


  その後もクールが不思議に思っていると、突如、門の上で誰かの声が発せられた。


「た、助け…ぎゃーー!」

 明らかに異常事態であった。


「お、おい今の……」


 ベアは振り向きクールに異常事態を知らせようとする。


 ビュッ!


 しかしその時には既に、クールは遥か上空に向かって飛んでいた。


 ヒュオオオー!

 門を軽々超える跳躍は、闇をも切り裂き、高々と突き進む。


「ん、あれは……?」

 クールは上空から門の様子を察知。


 そこには黒い皮の鎧を纏った敵がクールを見ていた。


「あれは……竜族の兵士か!?」


「……」


 お互いに姿を確認し、敵同士であることを把握する。


 ブーーン!!

 相手の出方を見ていたクールは、敵の速攻を許すのであった。

 敵は両手をクールに向け、呪文を唱え始める。

 すると赤い光が敵の手に集まり、そこから龍の形をした火炎が放たれた。


 ボボボボボゥ!!

 轟音とともに、火炎は真っ直ぐにクールめがけて飛翔する。


「あの形状、やはり龍族か!」

 クールは飛んでくる火炎を片手で払いのけ、人差し指を敵に向けた。


 炎と氷か……

 クールはくすっと笑う。


「お互い相対する相性だな……。だが残念。俺はお前より遥かに強い炎使いを知っているし、戦い方も知っている!」


 ガチィーーーン!!

 巨大な門全体を氷が覆う。


 ガガガガ

 そしてさらに分厚い氷の壁が敵を覆った。


「な、何が起こってるんだ!?」

 状況を把握できていないベアであったが、

 クールの攻撃だよな!? すげー!


 クールの圧倒的な魔力を前に、どこか安心していた。


「その氷は……永遠に溶けない特性の氷だ。私が解除しない限りな……」


「……!!  っ!  ……!」


 氷の内部からは微かに敵の声が聞こえるが、とても聞き取ることはできない。


 ボウッ!

 すると敵を覆う氷が微かに赤い光を纏った。


 クールはその様子を見てまた笑うのであった。


「敵の奇襲……、そして相対する魔力の氷。……炎使いは考えることが苦手で行動派が多いのも欠点だよな……」


 パンパン!

 クールはメガネをくいっとあげて、服についた埃を払う。


「お前はその氷を溶かそうとしている。しかしそれは完全なる悪手だ。炎は燃える時に酸素が必要だろう?  そんな密閉された空間で炎を使うとすぐに……」


 バタッ……!

 氷内部から敵の倒れる振動が僅かに伝わった。


 全く、炎使いは……。


 クールは敵に背を向けて指を「パチン」と鳴らし氷を解除する。


「強すぎる対抗心……、ショートテンパー。それがお前たちの弱点だ」


「……」


 敵は酸欠状態で気を失っており、クールの忠告は寝耳に水であった。


「おーい!  クール!  大丈夫か!?」


 氷が解除された門の階段をベアが上がってくる。


「お、おい、そいつ龍族じゃないか……?」

  敵を見たベアが驚く。


「まず間違いないだろう。末端の戦闘員だと思うが……なぜこんな所に」


「戦闘員!?  こいつ、ハンブルブレイブを襲おうとしていたのかよ!?」


「いや恐らく情報収集であろう。先ほど確認したが、門番達には幻術がかけられていた。門番達は夢でうなされているだけだ」


「そっか……」

 ベアはほっと安心した表情を浮かべる。


「それで……こいつどうする??」

 ベアは恐る恐る敵に近づき顔を見ようとするが、

 男だよな……?

 敵はマスクを被っているためあまり良く見えなかった。


「そうだな……」

 クールはコツコツと音を立てて敵に近づき、その男を眺める。

「末端の戦闘員とはいえ、龍族の魔力は非常に危険だ……」

 

 ズズズズ


 クールの魔力が禍々しい殺気を含み始める。


「お、おい!  何も殺すことないだろう!  ……やめろ!!」

 ベアが敵の前に立ち、両手を広げる。


 しかしクールの魔力は決して揺らがず、ただ敵を殲滅する覚悟に満ちていた。


「……」


だが、ベアを数秒見た後その強大な魔力は揺らぎだした。


「……ふーっ。そう言うと思った。ノゼ様もそう言うだろうな……」

 クールの殺気が収まっていく。


 良かった……

 安心するベアであった。


 そしてクールはベアは手でちょいちょいと払い、敵を肩に担いだ。


「こいつからはまだ聞きたいことかあるしな。城に幽閉することにしよう」


 ベアは「へへ」っと笑い、クールについていくのであった。



 渓谷の東西を繋ぐ橋は巨石がいくつも組まれており、少しの振動では微動だにしない作りであった。


 暗闇のためか、渓谷の底を見ることはできず「ヒョオオ」という風の音だけが聞こえている。


「すごい橋だな……。こんなに大きな橋、初めて見たぞ」


ベアはおっかなびっくりに橋の下を見る。


「100年かけて建築した桁橋であり、ハンブルブレイブの強さと技術力の高さを象徴している。有事の際はこの橋で戦闘を繰り広げることもあったそうだ」


「歴史ある橋なんだな……おりゃ!」

 そう言うとベアは足でバンバンと橋を打ち付け、安全を確かめるように進む。


「何やってんだか……」

クールはベアに構うことなく橋を渡って行った。


 新天地での新手の出現、度重なる出来事を一つ一つ噛み砕き、理解しようとするベアをクールは怒ることなく、ちらちら後ろを確認しながら進む。


 しかし、その決心も長くは続かず、ベアの移動速度があまりにも遅いため我慢できず「早くしろ!  置いていくぞ!」と喝を入れるクールであった。

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