19話 力の集約

そこにいたのはクールであった。


 魔王第一で行動している男が、魔王と別行動をし、ベアのことを気にかけている。

 ベアにとっては信じられない出来事であった。


「遅い! 予定より数時間遅れているではいか!?」

 先程までの安堵の表情は消え、厳しい目つきになる。


 辺りはすっかり暗くなっており、これからの移動は危険を伴う。

 クールは眼鏡をクイッあげるのであった。


「なんでクールがここにいるの!? ノゼは!?」


「ノゼ様はもうハンブルブレイブに着いておられる。急ぎの竜族の件だが……王がまだ不在でな。数日後に帰還するらしく、その時まで待っておられるのだ。その間、本来の目的である潜入操作を行なっている。勇者候補とも既に接触している」


「そうなのか……。もう作戦は始まっているんだな。それでクールは何故ここに??」


「わ、私は別に……、理由など特にない! ノゼ様から自由時間を貰ってな。それでニャカエラ山を拝みに来ただけだ! この山には屈指の主がいるらしいしな! それを探しに来ただけだ!」


 何時間待ってるんだろう。心配してくれてたんだ。

 ベアは思わず笑みをこぼした。


「はは、ありがとう! 心配かけちゃったな……!クール、優しいところあるじゃん」


「ち、違うぞ! 私はただな! お前に何かあったらノゼ様が悲しむと思ってただな! 全ては魔……、ノゼ様のためだ!」


 クールはそう言うとスタスタ歩いていく。歩き方はぎこちなく、珍しく綺麗に整った頭をポリポリ掻いていた。


「お、おいちょっと待ってよ! こっちはフラフラなんだよ」

 もう一歩も歩けない。ベアの目が必死に訴える。


「何を登山くらいで弱気なことを言っているんだ……」


 クールは振り向くことなく歩を進める。「まったく」という文句がぶつぶつ聞こえる。


 しかし、クールはすぐに何か違和感を感じる。そしてベアをじっと眺めるのであった。


「お前……、闘気の門が開いてるな」


「闘気の門……?」


「ああ、少しだけだがな。それに、纏っている魔力の質が前とは違っている……」

 突然の凝視。ベアは少し恥ずかしそうにしてた。


 娘の魔力のレベルが上がっているのか?

 クールはベアの急激なレベルアップを見抜いていた。


「あ、うん! 登山中にちょっと強い奴と闘ってね! それで経験値が増えたのかも」


「ああ、そうか。それで魔力の質が上がったのか。だが……闘気の門はそれだけじゃ開かないはず……」


「だから闘気の門って何なんだ?」

ベアは不思議そうに首をかしげる。


「闘気の門とは我々魔族が使う言葉で、覚醒した状態を指す。格闘の天才が死闘を繰り広げ、膨大な経験値を闘いの中で獲得、そして死の恐怖を克服した時に覚醒するのだ。闘気の門が開いている最中は感覚が研ぎ澄まされ、実力以上の力が発揮される」


「すげー!! パワーアップした状態ってことだな!?」


 ベアは自分に格闘の才能があったこと、そして天才がようやく入れる領域に少しではあるが足を踏み入れたことに歓喜していた。


「そういうことだ……。だがこの領域到達できるのは達人級の者のみ。とてもとてもお前が開けるとは……信じ難いな」


「だから! 前から言ってたじゃん! 私にだって才能はあるんだよ!」


 ベアそう言って、拳を構えてシャドーボクシングを始めた。

 シュシュッ!

 すると、


 ボトッ!


 ベアのバッグから短刀がポロリと落ちた。


「お、お前、それは!!」


「あ、あ、これは……」


  ベアが慌てて短刀をバッグにしまおうとするが、クールの手が先にするりと伸びる。


「アルガデリア! お前これどうしたんだ!?」


「いや、これはたまたま拾ったもので……。これがなくても登山はできてたんだけどな! だから、あの……」

 先ほどまでの威風堂々とした覇気はなくなり、ベアはたじたじとする。


「お前、盗んだのか!? いやそれは不可能……厳重に保管されているはずだ」


「お、おい何のことを言っているんだよ!?」

 ベアはグイグイとクールに詰め寄った。


「事の重大さを理解していないようだな……。この短刀は本来、ハンブルブレイブの城内に保管してある物だ」


「な!?」


  ベアは目を丸くし、開いた口をパクパク動かした。


「そ、そんなはずはないぞ! この短刀は頂上で拾ったものだ!」


「拾っただと……?」

 クールは短刀を上下左右様々な角度から眺める。

 やはり本物だ。何が起きている?

 クールの頭の中はクエスチョンで一杯であった。


「なぜ短刀がここに……」

 クールは短刀をビュッとベアに突きつけた。


「この短刀はな……強さや成長を求める者の所に集まると言われている。短刀の威力はさることながら、戦闘中には使い手の力を最大限に引き出してくれる。敵の戦力が強ければ強い程、技の威力が上がるとまで言われているのだ」


「あ!?」

 ベアは先ほどの天を割いた攻撃を思い返す。


「それゆえ、権力者にとっては大変な脅威とされているのだ。一国の民がこの短刀を持ったらどうなる? 国に反感を持っていたら? クーデーターどころの話ではない。……それは強者による殺戮と化すのだ。そうやって滅びた国も過去にあるのだ」


 ベアは短刀の恐ろしさを知り、思わず目を背けてしまった。


 しかしクールはそんなベアに近づき、短刀の刃を指でかるく掴み、持ち手をベアに向ける。


「お前が持て。責任を持ってハンブルブレイブまで預かっておけ」


「え!? そんなの私……背負いきれないよ!」


 クールは何も言わず、ベアの目をじっと見る。

 この旅には各々の責任があるはずだ

 ベアはクールにそう言われた気がした。



「わ、分かったよ! ハンブルブレイブはすぐそこだろ!? そこまで私が持っていくよ!」


 ベアは短刀を持ち、慎重に刃を鞘に納めた。


「もたもたするな」

 そうこうしている内に、クールは180度回転し、スタスタと歩いていく。


「あ、待ってよ! 置いてくなー!」


 ダッダッ!

クールはより一層、歩を早め、にやっと笑いながら走る。


「くそー! 舐めやがってー! 今すぐに追いついてやるからな!」

 短刀をバッグにしまい、ベアが猛スピードで走りだした。先程までの疲れは何処へやら。

 疲れを感じさせない走りであった。


「お、来たな……」

クールは着かず離れずの距離を保つように草原を走り抜ける。


「バースクウィーン、アルガデリア、そして魔王軍……。この娘には……不思議と『力』が集まる」


 危うい女だ


 ベアを脅威と感じる一方で、何故か笑みを浮かべる。

 クールはなぜ自分が嬉しい気持ちになっているのか、理解しようとはしなかった。

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