18話 危機と救世

 煙はかき消され、ここで初めてベアは敵を目視する。


 体長は5メートル優にを超え、左右の手をは大きな鎌になっており、その腕には大熊にも匹敵する程の筋肉が備わっていた。

 昆虫で例えるならば、それは巨大なカマキリのような化け物である。

 細長い顔であるが、その口は裂けるように大きい。


「こ、こんな化け物がいるのか!?」

 ベアはじりじりと後退するが、この場から逃亡するのは到底無理と感じていた。


 ザッ、ザッ、ザッ!


 やがて二体は互いに歩み寄り、鋭い鎌を器用に使って相手の体に滑らせる。


 スゥー、スゥー


 先ほどの攻撃とは打って変わり、その鎌は愛情に満ち溢れていた。


「へー、あんたら夫婦なのか……」

 ベアも二体の求愛行動を間近で目撃し、先程までの危機感が薄れ、一連の動作を愛おしく眺めていた。

 種族が違えど、そこには生き物の原点があった。

 なんだが癒されるな

 ベアの心が少しばかり安らぐ。しかし、すぐに


 ジュゴー!シュゴー!


 コミュニケーションを終えた二体は荒々しい息を吐き出し、ベアの前に立ち塞がった。

 その釜は攻撃モードになっており、異様な殺気を放ってる。


「それでも侵入者は許してくれないよな……」

 決して縄張りを荒らしに来た訳ではない。言葉を交わすことができれば、どんなに良いか。ベアは途方に暮れてた。


 そして追い討ちをかけるがごとく、ベアの背後は断崖絶壁となっていた。


 ヒュオォーー!

 絶壁から冷たい風が吹き荒れる。


 くそ、せめてバースクウィーンがあれば……!

 鉄壁の守り。この場において最も重要なことであった。

 ベアは投げ出された荷物をちらっと見るが、とても手に取れる距離ではなかった。


「もう、くそ!」

 思わず声にでるベアであった。

 こんなことなら肌身離さず持っているべきだった!

 ベアは登山中の紛失を防ぐために、バースクウィーンをバッグの中に入れていたのである。

 悔やんでも悔やみきれないな。ベアは拳を握りしめ、歯をぐっと噛んだ。



 さっきの攻撃を防げなかったことを考えると……恐らくバースクウィーンは身につけていなければ効果がない!


 ザッ!ザッ!


 ベアがバースクウィーンの特性を理解し始めるも、敵は着実に間合いを詰めて来ていた。


「特級の敵が二体に、後ろは絶壁……」

 ベアは泣き崩れそうになるのを、震える足で必死に耐えていた。

 そして、到底勝てないであろう強敵を前にベアは覚悟を決めていた。


「まいった……こりゃ。ゲームオーバーだな。ノゼ、クール、私はここでリタイヤだ……」

 ベアが目を閉じる。


 もっとノゼと話したかったな……


 死ぬ間際の最期の思いであった。ベアの頬には、惜敗の涙がつたう。


 シュゴーー!


 無論、敵は容赦なく、そして残虐にベアを攻撃をする。


 ギギィーー!!


 これまで以上に金属音がこだまする。

 人一人の生命を終わらせるには十分な威力であった。


「バイバイ、みんな」

 ベアは両手を広げ、戦士らしく立派に死のうとしていた。


 しかし、その時


 ヒュッ!……ピシャ!


  金属音は一瞬でかき消され、代わりに何かが軋む音が広場に轟く。


 ピシッピシ!


「え……?」

 恐る恐る目を開けたベアが見た物は、一本の短刀であった。


 なんだ……? 飛んできたのか?


 不思議に思うベアは、まじまじとその短刀を凝視する。

 短刀は銀で出来ていたが、柄や刃先は黒くなりうっすらと銀色見える程度であった。

 使い古された短刀。

 一見すると小汚い短刀であるが、柄や刃先には紋章が刻みこまれており、そこから絶対的な力が放たれている。


「え!?」

 記憶を辿っていたベアの全身に衝撃が走る。


「こ、これは……まさか!」

 唾を飲み込み、自身を落ち着かせるベア。


「知ってる、知ってるぞ! 資料室の本で見たことがある!」


 ベアは興奮しながら、ゆっくりと短刀を拾いあげた。


 バカな、なんであれがここに!

 ベアの手が震える。


「修練の短刀 アルガデリア!!」


 混乱する一方のベア。

 しかし、まだ生きている、そして敵に対峙するための武器を手に入れたことに歓喜していた。


 こ、こいつを使うしかない!


 ベアは短刀を敵に向け、うっすらと笑うのであった。


「おい! 夫婦モンスター! 道を開けろ!」


 短刀のカウンターを受けた鎌の先端は欠けており、所々にヒビが入っていた。


「ギイィーー!」

 それでも敵は引こうとはしなかった。

 負傷した釜を下げ、もう片一方の釜をベアに構える。再度攻撃体制に入ったのであった。


 まじかよ……

 ベアはそんな敵の根性を見直していた。


「この程度じゃ引いてくれないか。お前も修羅場を乗り越えてきた強敵だもんな……」

 そう言って、ベアは不慣れな手つきで短刀を構える。


 ベアは普段、武器を使うことはなく専ら魔法か体術に徹していた。

 それは女性用の武器が少なく、とても振り回すことができない物が多かったのと同時に、武器を使うことに対して躊躇いがあったことに起因している。

 戦闘は己の身体を活かす場所であると信じていたベアにとって、武器を使うことはその武士道に反する行為であった。


「今回は……特別だ。お前達が強すぎる。許してくれな」


 どんな攻撃が発現するか分からない!ゆっくりだ!


 ベアは短刀を軽く振るうのであった。


 ドサッ!


「え、なに!?」


 その初撃に音はなく、ただ敵の釜が綺麗に半分に切断され、地面に落ちた。


 そして、その後遅れるように


 ズバッ!!!


 あたりに風切り音が轟く。


 ベアが振るった斬撃は相手の釜をめがけて発射され、その後大きくそれて大空へと向かった。


 ギィーーーン!


 ゴゴゴゴゴ!


 先程まで分厚い雲で覆われていた上空が裂け、そこから沈みかけた夕日の光が差した。


 お、おいおい…!


「この短刀は……天をも割るのか!」


 ベアは驚愕し、短刀をじっと眺める。 黒く変色したはずの短刀だったが、刃から薄い青色の光が発せられていた。


 やばすぎる。

 ベアは天井天下を支配しうる力を短刀から感じていた。


 キシャーー!


 戦力差を瞬時に感知した怪物は回れ右をし、半ば逃げるようにどすどす歩き始める。


 帰っていくのか!?


 怪物はしきりにベアを気にし、警戒しながら立ち去るのであった。


「勝った……」


 ドサッ!


 ベアはホッと一息し、その場に座り込む。

 強敵との遭遇、そして突如現れた短刀に頭が追いつかず、しばらく動くことができなかった。


「はは、お前のおかけだよ……。アルカデリア」

 感謝の言葉を述べたベアは、短刀を布で巻きバッグにしまう。


 そして地面に落ちている釜を拾い上げロープで背中にくくりつけた。


「へへ。思わぬ拾い物が二つも……!」


 広場から、登山道へ悠々と歩いて向かう。ベアの足取りは軽かった。


 今のベアにとって、なぜ短刀が落ちていたのか、あの強敵は何だったのかなどの疑問はどうでも良かった。

 無理難題とされていたニャカエラ山の登頂に成功した。その喜びに満ち溢れていた。


「この山を越えれば、ハンブルブレイブはすぐそこだ!」


 ベアは山を超スピードで駆け下りる。




 ニャカエラ山の麓の入り口は二箇所あり、東側と西側を繋ぐために設けられていた。


 標高が高く凶暴な獣とも遭遇するため、登山者にとってこの入り口は死の門とも呼ばれていた。


 そんな死の門を介することなく、一人の男がその門にもたれかかっていた。


「ふん、やっと来たか」

 そして駆け足で下山してきたベアを見るやいなや、その男は安堵の表情を浮かべる。


 うん? 門に誰かいるな……。え?


「え!? クール!? 何でここに!?」


 予想外の男の出現に驚愕しながらも、ベアはバックの中にある短刀をさらに奥へとしまった。

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