17話 討伐と遭遇

瞬間、突如姿を消した賊。

 賊が元いた場所には、雷のような、小さい電気が拡散おりバチバチと音を鳴らす。


「やれやれ……、お前達と話すのは無理そうだな」

 ノゼは慌てることなく、「ふー」とため息をついた。


 賊が消え、ノゼに速攻を仕掛けるこの間、わずかコンマ数秒の出来事であった。

 しかし、賊は確かにノゼの声を聞いていた。


「少し痛い目に合ってもらうぞ」


 カヂーーン!


 ノゼの前方に凄まじい衝撃が走り、何かがガラスにぶつかったような音があたりにこだまする。


 サラサラと砂埃が舞う中、賊のシルエットが浮かび上がった。

「ぐぬぬぬ」

 賊は相応のダメージを負ったらしく、膝を地面についていた。


「な、なんだ…… 何が起きた!?」

 何が起きたか皆目見当もつかない賊は、混乱状態であった。しかし、


 おお、防衛本能か? なかなかやるな

 ノゼは賊の強さを垣間見た。


 賊の体はダメージを負いつつも、しっかりと、自然に強烈なパンチをノゼに繰り出そうとしていた。


 しかし、またしても、


 ガチーーン!


 賊の拳は見えないガラスのような物に跳ね返される。

 賊の拳からは血が滴り落ちていた。


「な、なんだー!? くそ! こんなもの!」


 ガンガン!


 壁に攻撃するも傷一つつかない。


 この魔法は一体……こいつ何者なんだ!?

 賊はノゼの圧倒的な力に疑問を抱く。


「無駄だ……。貴様ごときにその壁は壊せない」

 勝利を確信しつつも、ノゼは魔力を弱めることはなかった。

 その理由をノゼはこう語る。

「敵が分からない……情報がなく未知数……それはお互い様だ」


 ノゼに死角はなかった。百選練磨の経験がノゼに「油断するな」と語りかけたのである。


 そしてノゼは左手を前にだし、ゆっくりと何かを握る動作をする。


 ズズズ


 すると賊を覆う四方の壁が徐々に迫っていく。

 壁はゆっくりだが、勢いを落とさず確実に賊を追い詰める。


「おい! だせーー!」

 ガンガン!

 先ほどのまでの余裕は消え、敵は必死に抗おうとする。


「エンド・キューブ。お主ではその魔法は決して破れん……相手が悪かったな」

 ノゼの一騎当千を誇る魔力がさらに上がる。


「く、くそが……!」

 この頃になると、賊は脱出を諦め始める。


「ふー、もうやめだ……」

 そしてやがて静かに手を止めた。


 ようやく大人しくなったか。よし……。

 ノゼも左を下ろし、賊を完全に拘束するも、僅かではあるが壁を広げ賊に猶予を与えた。

 会話の時間である。


「お主達の……竜族の目的は何なんだ? 先の洞窟の街を破壊した理由は?」


 この男には勝てない

 痛感した賊は、その重たい口を開く。

「……宣戦布告ですよ。これから竜族の復讐が始まります……人間どもに対するね。その強さを見る限り、あなたは人間ではないでしょうから、関係ないことです」


「……人間への復讐か。かつて竜族と人間は竜の谷、つまり現在のハンブルブレイブにて平和に共生していたと聞くが……悪い噂はよく聞いていた。そのことが関係しているのか?」


「噂ですって!? 奴等が何をしたか知らないのですか!? ……奴等は我々竜族を裏切り伝説の武器を強奪し、竜族を迫害したんですよ!?」


「伝説の武器……?」

 魔王がその単語に反応した。


「そうだ! 伝説の武器は信者の加護を受けた武器であり、竜族のために作られた物だ! それを奴等は……」


 ズズズッ!


「な、なんだ!? おい! やめなさい!」


 敵を囲っていた壁が急速に動き、敵を押し潰そうとする。


「伝説の武器が竜族のためにあると……? お主、そう申したのか?」


「ぐ……! そ、そうだ! あの武器を集め、人間どもを根絶やしにす……つ、潰れる!」


「あの武器は信者達の加護を受け、破壊の神に愛でられた者が持つに相応しい……分からないのか?」


「ぐ、ぎゃあーー!」

 透明の壁が敵を残酷に潰そうとする。


「つまりだ……。あの武器はこの私に与えられた物!! 他の者が使うことは絶対に許さん!」


 ズズズッ!


 そして魔王は右手で術を解き、先程まで壁を出現させていた左手を敵に向ける。


「立ち去れ! 愚か者!」


 ズズズドーーン!!


 けたたましい音とともに敵が爆発する。

 その威力は強力であり、周囲の木々を押し倒し、地面には巨大なクレーターを作り上げた。


 彼方に吹き飛ばされる賊であったが、その生命は絶たれず、ただ驚異的な速度で飛ばされていた。

「く、くそーー! 貴様! 覚えていろー!」


 ノゼはパンパンと服をはらう。

「どこぞの奴を覚えているほど暇ではない」

 ノゼはそう言い残し何事もなかったようにそこを立ち去った。







「じゃあ行ってくるねー!」

 手厚い歓迎を受けたベアが、お世話になった村人に手を振る。


「行ってらっしゃいませー! 旅のご武運をお祈りしております!」

 村人が総出でベアを見送っている。


「あー、昨日のハーブチキンの照り焼き美味しかったな。もう一泊くらいしようかな……」

 昨日の夕食を思い出したベアは一瞬、歩を緩めるが朝露がきらめく景色を見て、「よーし、行くぞ!」と気合いを入れるのであった。


「まずはニャカエラ山だな! 8合目あたりで一泊して早朝に一気に駆け下りるぞ!」


 すぐそこに見える大山、ニャカエラ山を目指し走り出す。

 栄養のある食事と十分な睡眠を取ることに成功したベアは、自分の体をとても軽く感じていた。

 いつもより速いスピードで走り、草原を走り抜ける。



 一方その頃、ベアを歓迎した村人達は後片付けをするため各自家に帰るところであった。

「なあ、さっきのお方……大丈夫か。ニャカエラ山の主に遭遇しなければいいが……」

 大柄な男がぼそっと呟く。


「ああ、俺も心配してたんだが……まあ平気だろう。魔王軍の者だぞ。強いに決まってるさ」

 別の男が頷きながら返答する。


「それに……山の主に遭遇することは滅多にないしな。他の地域では伝説の生き物とされてるらしいぞ」


「そうか……そうだな!伝説の生き物だよな。特級の怪物だもんな。俺のじいちゃんの世代だよ、最後の目撃情報は」


「ああ、そういうことだ! よし、片付け始めるぞ! 昨日のあの人、村中の食べ物を食い漁ってたからな。ぐちゃぐちゃだよ」

 その日、村人達はベアの後片付けに追われるのであった。




 朝日が昇り、一日が本格的に始まった頃、ベアはニャカエラ山の麓に到着していた。

 標高7000メートルを超える大山の頂きは雲に覆われ、全体像を拝むことはできない。

 風の抜ける音は猛獣のうめき声にも聞こえ、凍えるような冷気が山を周回していた。


「おいおい、こんな険しい山なのかよ。3日? いや5日はかかるぞ……」

 ベアは登頂に必要であろう日数を瞬時に予測するとともに、その日数に不安を感じていた。


 思った以上に大変そうだぞ。

 ベアの防衛本能が体の細胞を引き締める。


 登山道の入り口は石積みの門から始まっており、傾斜はかなり急であった。


 まだ余力があるベアは登山道を大股でぴょんぴょんと登り始める。


「うぅ、風が……うあ、思ったより強いな」

 風が前後左右に吹き荒れ、ベアの行く手を阻む。


「よーし!」

 ベアは腰を落とし、低い体勢で前進することにした。

「この体勢なら風の影響は少ないぞ!」

 環境に適応する。ベアの強みが最大限に活かされ始めていた。



 その後もベアはグイグイと進み、正午には五合目に到達していた。

 驚異的なスピードでの登頂に、ベア自身も驚いていた。


「はあ、はあ、すごいな。もう五合目だ。ちょっとこの辺で休憩しよう……」

 登頂開始から休むことなく登ってきたベアは少し開けた登山道を探し、休憩を取る。


「ふー、あと半分だな! いいペースだぞ!」


 魔王城での生活やこの旅での決心が、ベアを確実に強くしていた、


「この調子なら2日で登頂できる!私、強くなってるぞ! はは!」


 ベア自身も自分の成長を自覚しており、喜びを感じていた。


 その後、ベアは数分の休憩を取った後にすぐに立ち上がり、登山を再開する。

 歩幅は先ほどよりもさらに大きくなり、速度を増していった。


 そして太陽が傾いてきた頃、遂にベアは頂上を目にとらえる。


 よし! あともう少し、もう少しだぞ! 私にだってできるんだ! 魔族の幹部クラスにたって負けない!


 自分の成長、そして登頂への喜び。ベアは今までにない充実感で満たされていた。


 今なら何でもできる。

 そう思わせるには十分な経験であった。


 そして登頂までの最後の一歩を踏みだす。

 頂上は広場のようになっており、そこでは登山者が休憩できる作りになっていた。


 ああ、やっと休める


 登頂を前に気が緩み、安心するベア。


 しかしその瞬間、ベアは全身に激しい悪寒を感じた。


 な、何かやばい!!


 先ほどまでの意気込みは、簡単に薙ぎ払われ、ベアは登ってきた階段に向かって飛び帰える。


 キィー、スパッ!


 金属音が山々をこだまする。


「な、何が起きたんだ……」


 恐る恐る顔を上げたベアは目の前の光景に驚愕した。


「山肌が……切られた!?」


 攻撃はベアに当たることなく近辺の山に直撃し、高さ2000メートルを超えるであろう山の頂上付近から麓まで、何かに切られた跡が仰々しく残っていた。


「この敵、やばすぎる!」


 即座にベアは手荷物を確認する。

 到底敵わない相手を前に、ベアは正攻法で勝つことを諦めた。

 長引き、日が暮れれば、ベアは圧倒的に不利になる。

 時間との勝負であった。


「今の手持ちは……煙玉と発行弾か……」

 強敵と闘うにはあまりにも頼りない手持ちである。


 しかし、他に手段がないベアは考えることをやめ、勢いで行動する他なかった。


「行くしかない!」


 ダッ!

 ベアは頂上に向かって再度走りだした。


 そして頂上の広場着くやいないや、


「うわぁーーー!!」


 大声を上げ、発行弾を地面に叩きつけ、手持ちの煙玉を全て辺りにぶちまけた。


 煙と閃光が頂上を覆う。

 ベアも敵も、お互いに目視することはできなくなった。

 しかし、そんな一寸先も見えない中、ベアだけは目指すべき方向を理解していた。


「あの沈みかけの太陽の方角が! 進むべき下山道!」


 太陽の位置をあらかじめ確認し、進むべき方向を把握していたベアにとって、視界が悪いという環境はさほど影響しなかった。


「あともう少し……」


 ベアは広場を猛スピードで抜ける。

 敵のシルエットを確認することもなく、悠々と駆け抜けていた。


 そして実際に、ベアは下山道まであと数歩のところまで来ていた。

 限りある手持ちの道具を生かし、見事、この困難を切り抜けようとしていた。


 煙が晴れると同時に、下山道までの視界が開ける。


 逃げ切れた!


 ベアがそう確信した時……目の前の下山道から大きい影が現れる。


 ギギキィィーッ!!


 鋼の弓を引くような音が鳴り響く。

 煙幕の中、ベアは明らかな殺意を感じることができた。


「こ、これは、さっきの! まずい、避け……」


 スパッ!


 斬撃はベアの太ももをかすめ、遥か上空へと消えた。

 辛うじて回避したベアであったが、その勢いで荷物が下山道に投げ出される。


「……なんだよ。もう一匹いるのかよ……はは、まいった……」


 先の斬撃は煙をかき消し、敵の姿を露わにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る