九.ハローワークと居酒屋
〈職業斡旋所〉
俺とムセンは職業斡旋所へたどり着いた。おぉ、賑わってるな。まるでハローワークのような人混みだ、とても面倒になってきた。
俺は人混みと待ち時間と勧誘が世界一嫌いなんだ。
「ようこそ職業斡旋所へ。身分証はお持ちでございますか?」
「神官さんから頂いた紹介状でいいんですかね? はい、これです」
ムセンが美人受付嬢に紹介状を渡す。
「……異界の方でしたか、【イシハラ・ナツイ】様。【ムセン・アイコム】様……はい、確かに確認致しました。王からの命により異界の方々は最優先で丁重にもてなす様に言付かっております。こちらの別室へどうぞ、ご案内致します」
「あ、はい。イシハラさん行きましょう」
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〈貴賓室〉
「よぉくいらっしゃぁいました、わたぁしはここぉを取り仕切る【グランマ・グランマ】よぉ。今日はよろぉしくねぇ」
なんか派手なばぁさんが出てきた。イライラする喋り方だが別段悪い人間ではなさそうだ。
「大神官様からの紹介状があるなぁらぁ『職業鑑定』は必要なさぁそぅねぇ。紹介状見させてもらわねぇ。……………へぇ、イシハラ君は天職の警備兵なのねぇ。凄いわねぇ、ムセンちゃんは適職の神官ね。よかったじゃない、神官は見習い時こそきついけど上にあがれば高給取りよぉ」
「いえ……私は別に神官になるつもりは……」
「あらそう? じゃあまずはイシハラ君だけどぉ……警備には試験と鍛練が必要になってくるわよ。詳しくはここに行けば話してくれるけど……正直あまりお薦めはしないわね」
「何故ですか?」
ムセンがばぁさんに質問をする。こいつも警備兵でもやるつもりか?
ばぁさんに渡された一枚の紙には『警備兵試験場』と書かれた文字と地図みたいなのが書いてある。
「警備兵は今人手不足だからぁ正直試験をクリアすれば適職や天職無しで村人でもなる事ができる敷居の低さが有名なんだけどねぇ……その割には軍隊みたいな過酷な修練が待っているしその割に給金も低いわ上にのぼっても警備兵というだけで軽んじて見られるわ所謂奴隷職として有名なのよぉ……だから誰もなりたがらないで人手不足に陥るっていう悪循環に陥っているのよねぇ……」
なんだ地球の警備員とあまり変わらないな。
「そうっすか」
「イシハラ君は色々な資格を持っているみたいだから他の職業でも紹介してあげられるわよぉ? こっちの方が給金も弾むし先を考えるならいいと思うわぁ」
「ちっす、メンディーなんで警備兵でいいと思いまっス、うっす」
「イシハラさん……何ですかその受け答え……適当にも程がありますよ……もう少し考えて決めましょうよ……」
辞めたくなったら他を探せばいいだけだ。
「そう……じゃあエントリーしておくわねぇ。警備兵試験は三日間の予定で泊まりこみだからぁ手ぶらで行っても構わないし、荷物の持ち込みも可能よぉ。それで貴女はどうするのぉ?」
「……私ですか……………イシハラさん、私も一緒に受けても宜しいでしょうか?」
何で俺に聞くんだ。好きにすればいいだろうに。
「じゃあっ私もエントリーお願いします!」
「わかったわぁ、正直女の子に警備兵はお薦めしないけどねぇ……まぁ彼と一緒なら大丈夫かしらねぇ」
「? そうですね、イシハラさんは警備の天職ですから。はい! お願いします!」
「それで試験とやらの日付はいつなんだ? できるなら早い方がいい、餓死してしまうからな」
「ちょうど明日が第二期の募集ね、年に五回くらいしかやってないのよぉ。タイミングが良かったわねぇ」
ちょうど良いな。しかし試験とやらに合格しないと明日から宿無しになってしまう。
まぁそれはその時考えるか、これ以上色々考えるとまた腹が減る。
「じゃあエントリーしといたからぁこのエントリーカードを明日持っていってねぇ、頑張るのよぉ」
俺達は数字の書かれたカードを渡された。手際が良いばぁさんだ。
じゃあ帰るとするか。
用を終えた俺は足早に早足ですぐにその場を去った。
「あっ、待ってくださいイシハラさっ……速いっ! 何でそんなに歩くの速いんですかっ!?」
時間を無駄にするのは嫌いなんだ。もうこんな辛気くさい場所にいる必要はない。
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それから俺はまた街を見て回った。目的は個人経営っぽい店を探す事だ。この世界の企業事情は知らないが、ハローワークや広告に求人を載せるには金がかかる。地球ではそれを避ける為に店自体に貼り紙だけをして人を募っている店もある、それを探すため。そういう店、飲食店には多いが住み込みで働く事ができる場所もあるのだ。
最悪文無しに宿無しなった場合に備えてそういった場所のアタリをつけておかなきゃな。
「イ……イシハラさん……歩くの速すぎですよぉ……な、何を探してるんですか……何で息一つ切らしてないんですか……」
ムセンはずっと俺についてきて息切れをしている。まだたかだか三時間ほど歩いただけで何疲れてるんだこいつ。
とりあえず予想通りに二、三軒ほどの貼り紙求人をしてる店を見つけた。
「さて、帰るとしよう。腹減ったから何か食って帰ろう」
「……イシハラさん……お腹減ったしか言ってなくないですか……? どれだけお腹すくんですか……でもあまり高いお店はやめましょうね?」
俺を勝手に腹ペコキャラにするんじゃない。
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【地球時間19:15】
<異世界居酒屋【枕カバー】>
とりあえず俺はアタリをつけた店の一つの飲食店に入ってみた。
何か『異世界居酒屋』とか書いてあったけどどういう事だ? 本来ならこの世界が『異世界』なのに『異世界』にある『異世界居酒屋』という事はこの店主は『異世界』人でそこで経営する『異世界』風の『異世界居酒屋』なのか『異世界』にあるから『異世界居酒屋』なのか。
俺はイライラしてきたので思考をミュートにした。
「イシハラさん、昨日もそうでしたけど……その何か複雑な事を考えているようで全く中身の無い事を考えているような顔は何なんですか」
「………だ、大丈夫ですか!? な、何か言ってください! どうしちゃったんですかっイシハラさん!?」
おっと。
思考をミュートにしていたから空白の時間が出来てしまった。知らない間に目の前には注文した樽型の容器に入った酒が置いてあった。
「私……あまりお酒は飲まないんですが……これは甘くておいしいです」
「十六とか言ってなかったか?」
「え? 年ですか? 16ですけど……あ、もしかして飲酒年齢ですか? 私の世界では15から飲めますよ。この世界でも……ほら、おしながきに15歳からって書いてありました」
そうなのか。国によっては違うのは知ってたけどまさか異世界でも違うとは。ムセンは酒を更に一口飲んだ。
「…………イシハラさぁん……もっと私に色々教えてかまってくださいよー、不安なんですーわーたーしー」
何いきなり酔ってるんだこいつ。まだ料理も何もでてきてないのに早すぎるだろう。酒弱いんなら飲まなきゃいいのに。
「貴方は……なにかこう……ふしぎな空気感をもっているひとでぇ……ついつい頼ってしまいますぅ……だから……なにかついていきたくなっちゃうんですぅ……お願いですから……わたしにもう少しきょうみ持ってくださぃよぉ……ぐすっ……」
何か泣き出した。面倒くさっ。これだから酔っ払いは。とりあえず無視して心をミュートにしよう。
これは耳からの情報を得ながら、脳には流さず思考を一時シャットアウトして疲れから逃れる技だ。面倒くさい相手にはこれに限る。
「……なぁ、あそこの席の変な格好した異界人カップル……ありゃあどういう状況だ?」
「ん?……何か女の子が男に泣きながらまとわりついて男が無の表情になってるあれか?…………関わらないでおこう。異界人だし……どう見ても変人だよありゃあ……」
「ついていきたいんですからぁ……置いていかないでくださいよぉ、イシハラさぁん。きいてくれてますかぁー?……ぐすっ……ふぇぇぇ……」
周りがざわめいている。ムセンが抱きついてくる。絡まってくる。
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