応援コメント

結婚の限界 ~リターンズ~」への応援コメント

  • まだ続きがあるのに、ここまでで一言。

    私も気持ち的には、寸分違わず書かれてる通りの極限まで行きました。
    ある程度の年齢の方の孤独死や自殺の話に、いちいち他人事と思えず、自分の将来の姿と重ねては落ち込んでいました。身内でもないのに。

    苦節何年も婚活してたのも、そのせいです。
    飯田さんは、今から気づいてるので大丈夫だと思うのですが、私は結構なトシまで、むしろ自分の人生を諦めていたので、将来のために積極的に意識的に行動することもなく、気づいたら…上記の極限状態になってたわけで、時すでに遅しくらいの感じで婚活も時間かかりました。

    うまく言えませんが…
    さびしい未来にならないようにパートナーを求める、ということは、全然悪くない、ふつうのことです。でも、いるからと言って必ずしも惨めにならないというわけじゃないってのも、その通りかもしれません。
    でも、なんなら、自分の人生はパートナーがいないさびしいものだったと振り返る人生よりも、パートナーがいたけど結局惨めなことになっちゃったなぁと振り返る人生の方が100倍いいと、私は思いました。

    つまり、一人だったけどそれなりに幸せだったと思える人生を送る自信というか、頑張って幸せなつもりで居続けられる自信がなかったのかもしれません。だって、そういう人間なのでしょうがないです。
    一人で生きながら「一点の曇りもなく幸せ」と心底は思えないだろう自分の性分を自覚するに至ってしまったということです。単純な話、実はパートナーのいる人生が理想だったんだ、と遅ればせながら気づいたと言ってもいいかも。

    人それぞれ適齢期は違いますが、堂々とパートナーを求め、どん欲に突き進んでほしいと思います!

    あれ、一言じゃなかったですね。熱くなってすみません(笑)。

    作者からの返信

    結論から言うと、パートナーを求めるのは、もう止めちゃいました。

    昔から、人間には『振り幅』があるな、と感じていました。
    根本の部分は変わらずとも、他人に対する態度が丸くなったり、険しくなったり、色んなものにハマったり、信じたり、常に変化します。いま優しい恋人が子どもが生まれてから冷たくなったり、夫婦仲がいいと思っていた伴侶に突然離婚を切り出されたり……相手が変化せずとも、私自身が変わることで、そのような行動に出る可能性もあります。つまり、『将来の幸せ』の根拠にするにあたって、他人はあまりにも頼りないと思うのです。

    『パートナーとの幸せな未来』を求めて出会いを繰り返すのは、正直苦痛でした。しかもよくよく考えればその『幸せな未来』自体、大分不確実なものです(個人の感想です)。今の私にとって、『幸せな未来』のために街コンに行くのは、大金を当てるために宝くじを買うのと同じことに感じられるのです。「こんなに大変なのに、徒労に終わるかもしれない」そう思いながらあれを続けるのはもう、私にはできませんでした。

    今はとにかく、自分の力で、短期的な努力→幸せ(達成感)のサイクルを回すように頑張っています。エロ小説は書けば少しは売れますし、ブログや漫画は今は全く金になっていませんが、感想がもらえたらそれはそれは嬉しいです。
    だから今は、たまきさんのような方が、私の幸せの重要な1パーツなんです。