第3話 海堂順子の秘密の事情聴取
「……どちら様ですか?」
都内の某国立医大のキャンパスのカフェで、青年が座っていると、いきなり黒ずくめローブを着て黒いハンチング某を被った、占い師のような女が座り込んできた。
「ゴメンナサイ、紫外線対策なのよネェ。冬だからって油断は禁物なのヨォ」
まさしく海堂順子その人は、警察手帳を見せつけて来た。
「アナタ、殺された望月蘭さんの恋人の、梅沢孝弘さんよネェ。あたくし警視庁の刑事の海堂順子と申しマスノ。十分ほどお時間いただけるかしらァ?」
「はい……そうですが」
「もしかしてぇ、アナタ、俳優の梅沢義治さんのご家族かしらァ?」
「え、なんで兄をご存じで……?」
「それは機密事項だから言えないワァごめんなさァィ。あたくしの大ファンの松重豊さんって、本名だから、劇団上がりの俳優さんって芸名使わないのかなァって、思ったのよネェ」
「はぁ……」
梅沢孝弘は、黒のメッシュヘアにハーフリムの眼鏡を掛けている。やせ型で背が低い。肩幅は狭く、なで肩のようだ。
「アナタのそのモテ黒子可愛いわネェ」
「え、あ、はぁ……」
ハーフリムの眼鏡に、小さいほくろが隠れていた。
「マァ雑談はこの程度にしまして、アナタ蘭さんの死をいつ知ったのカシラ?」
「……警察から連絡がありまして……その……まぁ、怒りでちょっと数日間荒れました。家のもの片っ端から壊して、兄とも喧嘩しましたし……今では、兄は僕の一番の理解者なんですけれど……」
「ふうん。もう少しお聞かせ願えるカシラ?」
すると孝弘は目を急に血走らせて歯を食いしばり、
「ごめんなさい……蘭は、お嬢様育ちで、痴漢にあったことがあって男性恐怖症になったんです。でも、彼女の内心では、どこかでそれを克服しなきゃって葛藤もあったみたいで……。初めて彼女と会ったのは僕が精神科のインターンで、あ、僕精神科志望なんですけど、彼女がたまたま精神科救急のバイトしてたんですね。勇気ふりしぼって精神科なんて現場に飛び込んだんでしょうけどね。それで彼女が意を決して僕に話しかけてくれたんです。そしたら、堰を切ったように次から次へと自分のこと話してくれて、それで、付き合おうってことになって……本当に……幸せでした。いつも彼女、僕に言うんです、孝弘くんと一緒にいると、本当に楽しい、って……男性恐怖症の彼女がですよ? それなのに、あいつらは、そんな彼女の弱みを逆手にとって……」
「ラブラブですネェ~。けど、それ以上話すとまた暴れかねないのでその辺で。最後に、ひとつだけ。あ、コレ、あたくしの大好きなドラマのセリフなんですよネェ~。今度あなたのお宅に遊びに行っても、よろしいカシラ?」
「それは困りますよ……」
「どうして?」
「えっ……いや……まぁ、いらしていただいても構いませんが、日程を組みませんか?」
「ホウ! それは嬉しいですネェ~」
「二月の十五日はどうですか?」
「ボウリングに行く予定があって二百点が取れそうな予感がするのでお断りネ」
「では十八日は」
「深海生物の水族館に行こうと思いますの」
「……では二十五日」
「うん、それならイイデスワ。それではお手数ですが、あたくし健忘症ですのでこのメモに日付と住所を書いて頂けません?」
海堂はペンを渡し、孝弘は日付と自宅の住所を書いた。
「そうですか、では僕は実習がありますのでこれで」
「マッタネ~☆」
挙動不審になりながら、逃げるように孝弘は去って行った。
……………………
「はぁ……まぁ、ご苦労様です」
「ゴクロウサマは目下の人に使う言葉ヨ!」
「……すいません、お疲れ様です。しかし、収穫ゼロじゃないですか」
「ナニヨ万年巡査部長。ちょっとはお勉強なさいナ。そもそもあたくしが追っている犯人が誰か知ってるの?」
「いや、知ってるわけないでしょう……」
はー、と海堂は肩でため息をつき、
「女よ。目撃情報で、麻布十番の中華料理店で二人が食事をしているという情報があったのヨォ。そしてその直後に加藤は死んだ」
「ほう。だとすれば?」
海堂は今井紀の頭を小突いた。
「なにするんですか」
「バッカネェ。そっから山まで移動するつったら何が一番捜査線上に浮上すんのヨォ?」
「あ! そうか、車か!」
海堂は再び牛丼にがっつき、一気に平らげた。
「タイヤ痕から、その車が梅沢家のものであると鑑識が嗅ぎつけるのも時間の問題ネェ。マァまだ鑑識はそこまで動いてないみたいだからあたくしの推理だけドォ?」
「梅沢家とその女が結びついていると、何故推理したんです?」
海堂は湯呑にお茶を注いで一気飲みし、
「十五日、十八日、二十五日は梅沢の兄がオフの日なのヨ。実はあたくし、事前に梅沢のマネージャーとホテルに行ったのネェ」
「は、ハァ? なにしてんすかあなた! そんなの違法捜査じゃないですか!」
「あたくしのやり方に口を出したら二〇〇〇回殺すわヨォ。さ、食った食った。お勘定払ってやるから帰りなさい」
こうして、二人は牛丼を平らげ、駅までタクシーに乗って別れ、帰路についた。
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