元自衛官、異世界に赴任する を応募用に書き直したもの
旗本蔵屋敷
応募用に書き直したもの
異世界なんて、そんなものは嘘っぱちだ。
ネットが発達し、今ではパソコンのみならず携帯電話でもサイトを閲覧することが出来る。
現代社会において、パソコンないし携帯電話を持たぬ人の方が珍しく、全ての人がネットに繋がっていると言える現代社会。
かつては個人サイト等を運営し、そこでイラストや小説を公表する物だった。
しかし今では小説だろうと、イラストだろうとアカウント登録さえすれば面倒な管理をする必要がなくなった。
文明やら社会だのに乾杯である。
そして小説投稿サイト等を見れば、今では溢れかえる異世界物。
すでに飽食どころか傷食気味なほどまでに溢れかえっているので、多くは語らずとも理解してもらえると思う。
一次創作、二次創作、一般商業誌、同人誌……。
そこらには夢があった、理想が有った、憧憬が描かれていた。
現実とは違う世界、違う環境。
どれほどまでに現実染みて描かれたとしても、それらは創作でしかないのだ。
ただ、皆に「くだらね~」と唾を吐き捨てたいわけじゃない。
空想や夢物語が現実になった事例は幾らでもある。
人は空に自由を見出した、そして何時しか空を飛ぶようになった。
人はさらに空の向こうを目指し、今では成層圏をも脱してしまった。
じゃあ、異世界と言う空想もいつかは実在を確認する事ができるかもしれない。
それくらいの夢を見る事は許されるだろう。
だが、あえて言う。
異世界なんて、そんなものは嘘っぱちだ。
携帯電話を必死に覗き込んでも俺たちは画面の向こうの世界へと行けない。
独りぼっちの部屋の中で、現実逃避をするように異世界に現実逃避をしても、現実の自分の境遇が改善される訳でもない。
ニートがいきなり勇者になることも、ただの学生が英雄になることも無い。
ニートは明日も仕事の無い日を迎え、学生は眠気を引きずりながら学校に向かう。
だから、異世界は現時点において……ただの現実逃避先でしかない。
そう言う意味で、俺は嘘っぱちだと思っている。
……そう、思っていたんだ。
「年齢は二十八歳。職は……えっと、無職でございますか。それも、五年も」
俺にとって、死後の世界とは無だと思っている。
意識が断絶し、天国も地獄も無く、ただの情報と化すものだと思っていた。
しかし、しかしだ。
現実には、俺は椅子に腰掛けて目の前に居る人ではない相手を前に素性を読み上げられていた。
もし俺が死んだと錯覚して、この場に運び込まれた後に蘇生処置を受けたと言うのなら納得する。
発作を起して周囲に誰も居ない秋の夕暮れ時、脈も鼓動も呼吸も止まったままに苦しんで倒れた。
その後、通り掛かった相手がここに運び込んで、何かしらの目的で蘇生させたと。
……そこまで考えて、馬鹿げた考えだと否定した。
周囲を観察した所、別に照明が有る訳でもないのに周囲は明るいし、窓も出入り口も見当たらないのだ。
そして目の前の……可愛い、コスプレかと見まがってしまうような少女が個人情報の多くを知っている事で、変に否定も出来ないのだから。
「ここまで読み上げた中で、間違っている箇所は御座いますでしょうか?」
少女の透き通るような声が鼓膜を揺らす。
その刺激を受けて、戸惑いと共に緊張と共に臆病さが隠せなくなる。
「自分の事は、概ねその通りであってる、かな」
「そうですか。なら良かったです」
言葉の通りに、彼女は安心したのだろう。
その背中だか肩甲骨だかから伸びている、天使のような白い羽根が少しばかり動いた。
普段なら「良く出来たコスプレだな」と呑気に思っただろうが、チラリと目を動かすと画面も無いのに映像が映し出されている。
そこには外出していた俺が野ざらしにくたばっていて、誰かが通報したのか救急車がやって来るのを音声としても聞くことが出来た。
救急隊員がすぐさま蘇生法を試みるが、俺が息を吹き返す様子は無い。
直ぐに病院へと搬送されていき、その映像は公園を映し出すのみとなった。
「ご愁傷様でした」
「あぁ、いや、その……。ありがとう、ございます?」
自分と相手の年齢差、相手の可愛さと自分の醜さ、対人経験の少なさからハキハキと喋る事ができない。
戸惑うように感謝してしまってから、相手はクスリと笑った。
「有難うと言うのも変な話ですけれども、むしろ私たちは貴方様にお詫びをしなければなりません」
「お詫び、って?」
「亡くなったにも関わらず何故ここで私のような新米女神がお相手している事や、これからお願いする事柄にも関わるからです」
「──……、」
「貴方様は確認していただいたように、生を全うされました。本来であればその魂を悪行や善行に応じて浄化して、空っぽにしてから再利用するのが決まりとなっています」
「本来であれば、って事は。自分は、そうじゃないと?」
「はい、残念ながら。人口が増大してしまった事で、魂の浄化と新たに生まれた生命に転換する作業が間に合ってないんです。そこで、二つの選択肢が与えられます。一つ、順番が来るまでの何十年もの間、魂のみで待機していただく。あるいは──」
「或いは?」
「私が管理を任されている世界で、第二の生を送るかです」
そう言って彼女が両手を広げると、それに呼応するかのように数々の映像が中空に映し出された。
映像の中には多くの人々が映し出されていて、国が違うのか昼夜などはバラバラだ。
馬車の荷台に荷物を積み込む若者が居る。
鉄製の防具と槍を手にした兵士が、門の守りをしているのが見える。
帳の下りた時間帯に、木で出来た杯に口をつけながら上機嫌に喋るオッサンたちが居る。
熱の冷めぬ鉄をハンマーで叩き、煤だらけの顔に汗を滲ませている人が見える。
見たことも無い生き物を相手に、刀を帯びた侍のような人が斬りかかって真っ二つにしている。
暗い部屋の中、大きな三角帽子を被った女性が何かの実験をしているのが見える。
そして──若い人達が、杖を手に魔法……らしいものを発動する光景も見えた。
「私の管理を任された世界は、貴方様の生きていた世界に近いけれどもちょっと違う場所で御座いますよ。剣と魔法の世界、魔王がかつて存在していた──少しだけ、平和になった世界です」
「け、けどさ。こんな……もう三十近いし、片足引きずった身体で異世界に行っても──」
そう、少しばかり──ほんの少しばかり心が揺れた。
だが直ぐに自分がどのような人物なのかを思い出して否定する。
二十八歳。肥満体質で片足を昔の事故で満足に動かすことが出来ない。
年齢的にも肉体的にも異世界に行った所で──辛い目に会うだけだ。
だから否定した、なんなら拒絶さえしようとした。
しかし彼女は人差し指を立てて自身の唇に添える。
片目を閉ざしてそうして見せた様は、とてもじゃないが可愛いと言うしかない。
「勿論、此方の不手際での事ですから出来る限りの事はします。若返らせる事も、特別な能力を得る事も、それこそどこかの立派なお屋敷の赤子として生まれる事だって出来ます」
「い、いや。若返ることが出来るのなら、そっちの方が──」
「では、そのように」
目を閉じて下さいと言われ、言われた通りにした。
真っ暗な目蓋の裏を見つめていると、次第に頭の中が明瞭になるのを感じる。
アルコール漬けだった脳からアルコールが無くなったかのような錯覚すら覚えた。
「はい、もう目を開けられても宜しいですよ。鏡をどうぞ」
そう言われて彼女が差し出した鏡を見ると、そこには二十八歳の俺は存在しなかった。
遠い昔……そう、まだ「あの頃が一番だった」と思える時期の外見をしている。
手を見つめると変に震えたりしていない、それどころか腹回りの脂肪や二重顎、故障している片足も痛みを訴えなくなっていた。
「十九歳……貴方様の全盛期と思われる時まで若返らせました。他には何か注文はありますか?」
「それじゃあ、魔法、とか……」
「はい、それではあの世界における魔法の適正を最大にまでしておきましょう」
「持ち物、とか」
「では必要と思うものを言って頂ければ旅立つまでに──あるいは、旅立ってからも幾らか準備いたします」
「──使い魔、的な物が欲しいな、とか」
「それに関してはすぐさま準備は出来ませんが、必ず貴方様に合う方を見つけると約束します」
なんて……なんて優遇。
異世界に行く連中はチート能力ばかりでずるいと思ったけれども、当事者になれるのならそんな考えは直ぐに引っ込む。
様々な注文をした、それに対して彼女は応じられる範囲で叶えてみせる。
そうやって幾らか注文をしていると、不意に恐ろしくなってしまった。
「他には、何か御座いますか?」
「あ、いや。その……とりあえずは良いかな、って。なんだか、怖くなっちゃって──」
「怖い、とは?」
「今この瞬間が、夢じゃないかって思うと。幸せを味わっていたら、気がつくと現実に帰っていて──実は何も変わってなかったとか、そう言う落ち」
そう言うと、彼女は微笑んでみせる。
新米女神だと言っていたが、それは嘘なんじゃないかと思う。
少なくともその微笑で安心できる自分が居るのだから。
「夢じゃ有りませんよ。私と貴方様がいま会話しているのも、こうやって関係を持っていることも事実です。もし夢だって言うのなら、その頬を叩いちゃいますよ?」
俺は降参や無抵抗を示すように両手を軽く上げる。
本当にそうされたら、多分敬語や丁寧語で話すようになってしまう。
「とりあえず、私の方では必要とされる事は全て行いました。不備等無いか確認できていますか?」
「そう、だね……とりあえず、今の所は」
魔法を使えるようにしてもらった、魔法について直ぐに学べる魔導書を貰った。
それとは別に、まるでゲームのようなシステムを利用できるようにして貰っている。
視覚情報として直接映し出しているかのように、視界に様々なウィンドウや情報が映し出される。
アイテム欄を選択すると、その中には俺が注文した様々な物が入っているのを確認できた。
指でタッチするように操作し、取り出すと何も無い空間に突如としてそれらが現れる。
重量、個数、空間等と言った様々なものを無視していた。
「アイテム欄の中に存在するものは時間の影響を受けないようになっています。ですので、温かいものや冷たいものをそのまま保管出来ますし、食べ物等が腐敗することも有りません」
「──有難う。ここまでしてもらって。その、なんと言って良いか……」
異世界なんて嘘っぱちだ、そう思っていた時期が俺にも有りました。
しかし、悪魔の証明と同じで確認してしまった以上は否定する事は出来ない。
好意に甘えたのだから感謝すると、彼女はやはり笑みを浮かべる。
「いえ、大した事は。それでは、次はどこに行くかを選んで──」
そこまで聞いて、彼女が突如として遠のいていくのを感じた。
夢から覚めるような感覚にヒヤリとしたが、これは目覚めとは違う。
フリーフォール、自由落下しているのだと認識すると最早新米女神の姿すら認識できなくなる。
ただ落下しているのだと言う感覚と共に、加速していく速度に意識が追いつかなくなってゆく。
最後の最後、誰かの──女性の声が聞こえた。
そこからの意識は、俺には無い。
~ ☆ ~
……人は、自分が現実に即していないと認識する事は多くない。
むしろ「現実の方がおかしい」と声高々に叫ぶことの方が多い。
それと同じように、俺は「異世界?」と疑問を抱く事になる。
「──……、」
自分の知らない天井──と言う表現も、もう使い古されているだろう。
しかし、自分の知っている病院の天井や、自宅の天井とは違い反応が鈍ってしまう。
パチパチと何かが爆ぜる音、乾いた紙を捲るような音に気がついてそちらをゆっくりと見る。
すると、そこには一人の少女が居て、少しばかり呆然としてしまった。
当然知っている相手ではないし、それ以前に……自身に何が起きているのか理解出来ない。
長い事一人だったせいで、こういう時どうして良いか分からない。
ただ、身体を動かすと尻が痛んでつい声を上げてしまう。
当然、身じろぎした上に声を出せば気付かれるに決まっている。
彼女が読んでいた本を閉ざし、暖炉前の椅子から立ち上がるとこちらを見た。
「良かった。いきなり倒れてるんだもの、どうして良いか困ってたところ」
そう言って彼女はベッドで横たわる自分の所にまでやってくる。
焦り、戸惑い、ビビる。
彼女がいきなり下目蓋を指で引っ張ったり、額に手を重ねてきたからだ。
それから逃れようと彼女の手をやんわりと押し退ける。
その時の自分の腕を見て、オッサン間近の肉体ではない事は確認した。
「あぁ、や、その……君は?」
「相手に名を尋ねる時、まず自らが名を捧げよって言葉を知らないの?」
「いや、その──」
幾ら外面だけ整えたとしても、中身は二十八の駄目なオッサン間近の引きこもりだ。
異世界物の無職だのニートだの引き篭もりの連中って、何故上手くやれるのか分からなくなる。
戸惑っていると少女が「まあ良いわ」と、姿勢を正した。
その時に少しばかり紫色を帯びたブロンドヘアーが靡く。
表情こそ今の所変わりはしないが、感情的では無いか──或いは真面目なんだろうなと思った。
「ミラノ。ミラノ・デューク・フォン・デルブルグ。デルブルグ家の長女よ」
彼女がその名を名乗る時、まるでそれら全てが誇りであるかのように口にしていた。
それに飲まれてしまい、自分は逆に名乗るのを躊躇ってしまう。
名を口にしようとして、その言葉を飲み込んでしまった。
「ほら、貴方も名乗りなさいよ」
「いや、その……名前、が。思い、出せなくて」
口にしてから、ン番煎じのネタだろうかと思ってしまった。
しかしだ、言ってから直ぐに悪くない言い訳だったのではと思えてくる。
理由として、この世界の事をアバウトにしか理解していないからだ。
その二に、金を持っていても金の価値や流通、物価を知らないから大変苦労するから。
利己的な判断ではあるけれども、記憶が無いということにしてこの世界の事を教えてもらおうと思ったのだ。
「名前が?」
「その……ここが、自分の暮らしていた場所とは違うのは分かるんだけど──何も、分からないんだ」
「──参ったなあ。召喚の時に何か間違えたのかも……」
下手な言い訳を並べていると、彼女は眉を顰めて考え込んでしまった。
だが待って欲しい。
今彼女は『召喚』とか、そんなワードを口にしていなかっただろうか?
「その、質問……良いかな?」
「ん~? なに?」
「召喚って、何?」
「召喚は召喚。かつてこの世界を魔王が支配しようとした時に、英雄達が動物や竜等を使役した時の魔法。その事も分からないの? 教会に行かない人だとしても、庶民でも知ってる事なんだけど」
「や、なんか……ゴメン」
なんだか落胆させたような、或いは失望させたような感じだ。
ズキリと、心が痛んだ。
直ぐに暗雲が胸中を支配しかけるが、直ぐに頭を振って「昔とは違う」と意識を切り替える。
初対面の相手に鬱々とした所で、決して好意的には思われないと──それだけは知っているから。
「ここがどこか、聞いてもいいかな?」
「──マクスウェル魔法学園、と言っても判らないでしょ」
「それら含めて、全部教えてもらってもいいかな。その……何も分からないと不安でさ」
「その前に、貴方の名前と貴方の事を聞きたいんだけど──名前は、決めるしか無さそう」
「……ゴメン」
「謝らないの。何か覚えてない? 名前に連なりそうなものとか」
そう振られて、自分の名前も破棄することにした。
決して忌むような名前ではないが、その名前を彼女のように胸を張って名乗れるような生き方をしてこなかった。
だから、全てを新しくすると言う意味を込めて──首を横に振る。
「──なにも、無いよ」
「じゃあ、私が決めてあげる。けど、その前に一つ聞いても良い?」
「ど、うぞ?」
「記憶が無いのは仕方が無いとして。英雄──いえ、英霊だったりはしない?」
なんだその携帯アプリにもなったようなゲームに出てくるワードは。
怪訝に思っていると、彼女は直ぐに「ま、そんな訳無いか」と質問を取りやめた。
「英霊がこんな若かったり細かったりしないものね」
「その……英霊ってのは、召喚と何か繋がってる?」
「それは後で教えてあげる。けど、そうね……」
彼女は腕を組んで暖炉の前で考え込みながら往復をしている。
そして難しい顔をして此方を見た。
「クライン、とか──」
「──なんだか立派過ぎてやだなあ」
「立派過ぎてヤダってどういう意味? なら、何か案はあるの?」
「──……、」
数秒考え込んだ。
立派な名前が幾らか思いつくけれども、それに見合うヒトになれるかも考えてしまう。
立派過ぎる名前に負けた生き様や境遇を晒した場合、再び名前に押し潰される事になる。
「や……」
「や?」
「やくも、とか」
脳裏に古事記だの、漫画や小説作品だの、弾幕シューティングだのが思い浮かぶ。
一蹴されるだろうかと思ったが、彼女は少しばかり考え込んで頷いて見せた。
「英霊の方々の名前を一文字ずつ取った、って事ね」
「あ、そうなんだ」
「武技に優れ、多くの魔物を倒したヤハウェ。魔法を細かく用いる事で敵に休む暇を与えずに味方に勝利を与えてきたクロムウェル。兵の指揮と鼓舞に優れていて人望もあったモンテリオールの三名。中々に良い名前じゃない? ただ、私達にとって馴染みのある響きじゃないけど」
ヤバイ。別にそんな意図は一切無かったのに、いつの間にか肖って名前を考えたみたいになってる。
武技に優れてる? 魔法の扱いに長けている? 人望厚く兵の指揮が上手だった?
トリプル役満でぶっ飛び確定である。
既に胃袋が痛い、これだけは昔も今も変わらないと言う事か……。
「ただ、そんな名前をしている以上は立派な使い魔になって貰わないといけないわね。名前も分からない、自分の事も曖昧な使い魔とか父さまや周囲に見せられないもの。良かったわね、
明日と明後日が休みで」
「あ~、えっと……はい?」
なんだか、さらに胃袋を痛めてしまいそうな情報が投げ込まれてきた。
少しばかり考え込み、一つずつ訊ねる。
「使い魔? 誰が?」
「貴方が」
「周囲に? 何で?」
「だってここ学園寮だもの。これからは貴方に色々な雑務をやらせるから、そのつもりで。言葉遣いだとか、礼儀作法だとかを欠く事の無いようにしなさい。じゃ無いと、私だけじゃなくて父さま、果てには公爵家であるデルブルグ家に泥を塗ることになるんだから」
――異世界なんて、やっぱ嘘っぱちだ。
彼女に鏡を見るようにと言われ、片目が赤く変色している。
しかも魔法による契約の証らしく、目の奥に何かの模様が見える。
使い魔、つまりは使役されてしまったらしい。
主従契約がなされているので命令をすると逆らえなくなるとか、そういった説明もされた。
片目だけ色が違うとか嫌なんですけどと呟くと、どうやらこの使い魔の証は引っ込めることも出来るらしい。
髪の色と同じようなダークブラウンに戻り、少しばかり安心する。
片目の色が違うとか、恥ずかしくて人前を歩けない。
「私が主人である以上、ちゃんとしていれば保護はしてあげる。呼び出した相手をそもそも送り返せないし、それでも良いのなら出て行って当ても無く彷徨ってみる?」
「それ、選択肢があるようで全く無いような……。けど、はあ……分かったよ。何も分からないし、どこなのかも分からないのに放り出されても困るし──仕方が無い」
……少しばかり、今この瞬間にも俺の転生を担当した新米女神が語り掛けてくれるのでは無いかと期待した。
しかし、残念な事にそんな事は起こらなかった。
完全に不手際とか落ち度とか、或いはセキュリティーの穴を突かれてるのだが、怒っても暴れても現実は変わらない。
溜息混じりにそう言うと、彼女は使い魔になると答えた事に満足のいく返事として受け取ったようだった。
「何が出来るかとか、何か覚えてる事を話して」
「え、どうして?」
「何をさせるか、何が出来るか分からないとどう扱って良いかわからないでしょ? それに、何も分からないのと少し理解があるのは教育するにしても大分違うもの。色々考えなきゃいけないし、不必要な事に時間を割きたくないから」
「あぁ、なるほど。けど、どういう事が聞きたいのか……」
「何が出来るか、何をしていたか聞いてもいい?」
――彼女としては悪意の無い、主人としての素朴な問いでしかなかっただろう。
しかし、此方としては孤独と停滞の中に居た無職だった事を想起させられて辛い。
片足を事故で壊していたからとか、そう言うのも多分言い訳にしかならない。
事務作業だとか、近距離でのバイトなどを探すことだって出来たはずだ。
けれども──五年。
そう、職を退いてから五年もの年月が経つと、外に出られなくなる。
何が出来るかと言うよりも、何も出来ないと言う事ばかりを思い出してしまう、気持ちが沈む。
「何が出来るか……分からないんだ」
それは問いでもあり、答えでもある。
何が出来るのか自分でも分からないくらいに家に篭っていた。
何が出来るのかを他人に評価して欲しかったと言う甘え。
もしかしたら評価されていたかも知れない、けれども──自分に出来る事、学んできた事は一切役に立つものでは無いと思えたのだ。
その答えに彼女は「そう」と短く答えただけだった。
彼女の反応に安心するやら、或いは悲しくなるやら複雑だ。
しかし、それらを含めて──これからの頑張りに賭けるしかない。
少なくとも、来てしまった以上は、もう引っ込みがつかないのだから。
「家族は?」
「弟と、妹が一人ずつ。妹は既に結婚して──まだ年半ばくらいの赤ん坊が居るくらいかな」
「弟と妹、と。ご両親は?」
「──死んだよ。五年前に」
まだ、傷は癒えずに瘡蓋だけが張り付いている事柄を明かした。
自分を長男として、弟と妹の居る五人家族だった。
だったと言うのは、文字通りの意味だ。
弟は就職して家を出て行き、父親は仕事の都合で母親と妹を連れて海外に赴任していった。
自分がまだ働いていて、昇進の為に頑張っている最中に日本へと戻ってきたのだ。
妹はその時出産間際で急遽来られなくなり、両親のみが来る……そのはずだった。
しかし……届いた連絡は、家に来る途中に事故で死んだというものだった。
気がつけば片足を壊し、仕事を辞め、家に引き篭もっていた。
本当なら葬儀をしなきゃいけないのに、入院等をしている間に弟が全て済ませてくれた。
そして弟と妹は両親の遺産を、哀れむように残していってくれた。
遺産を食い潰すように死んだように生き、アルコールに溺れた。
結果、買い物帰りに発作で倒れて死んだのだから名前をくれた親に顔向けできない。
「……ごめんなさい」
「いや、良いよ。五年も経って、引きずってる事の方がおかしいんだし」
そう答えはしたが、胸が苦しい事は変わらない。
ひくつく喉へと唾を送り込み、無理矢理に落ち着こうとする。
目論見はなんとか上手く行き、情緒不安定になる事は無かった。
「字は読める? 書いたりとか」
「見て見ないことには何とも……」
「そうね……さっき私が読んでいたこの本、どんな内容か言える?」
彼女は先ほど読んでいた本を手渡してくる。
見たことの無い文字で、見慣れた英語やスペイン語、それどころか日本語ですらない。
しかし、目の前で注釈するようにそれらの文章に日本語と英語が綴られる。
どうやらシステムが自動翻訳してくれているらしく、女神に与えられた恩恵に早速助けられているようだ。
「えっと……。使い魔の種類と、接し方?」
「字は読めるみたいだけど、書ける?」
「や、書くのは、ちょっと……」
何語だよと言いたくなる文字を見て直ぐに首を横に振った。
読もうと思えば翻訳されるが、書きたい事を翻訳してどう書けばよいかをアシストまではしてくれないようである。
しかし、彼女にとっては字が読めると言うだけでも大分マシなようである。
「良かった。字も読めなかったらどうしようかと思った」
「そんな人はそうそう居ないんじゃないかな」
「何言ってるの? 字が読める人ってそんなに多くは無いんだけど、農作業や狩りをするような人で字が読める人ってのは居ないの。と言う事は、貴方は字が読めるような育ちか家に居たと言う事かもね」
「まあ、確かに父親は立派だったけど……」
「どんな仕事をしてたの?」
「国の……外交に、携わる事」
俺がそう言うと、なんだか彼女は驚いていたようだった。
しかし、外交とは言え役割は自国民の保護や通商に当る部門だ。
それでも──立派な父親だった。
立派な父親に対して、母親は結婚していなければ検事になる予定の人物だ。
外交官として様々な国を飛び回っていたときに出会い、そして結婚したのだと言う。
立派な父親と聡明な母親、賢い弟と人付き合いの得意な妹──。
そんな四人の中で、長男でありながら、俺だけが駄作だった。
「え、うそ。どうしようかしら……」
「言っておくと、別に凄くないからね? 自分は仕事してない訳だし」
「けど──」
「爵位とか、そう言うのは無いから」
彼女とのやり取りで、何と無くこの世界の時代レベルが分かってきた。
国王だの貴族だのが存在し、その上で宗教が絶大な権力を持っている時代だと。
聞きかじった感じだとかつて魔王が居て、それを倒した英霊達を讃えるような物が宗教と化しているらしい。
それらを加味し、自分の発言が「やんごとなき家の人」として捉えられてしまったようだ。
だが、それは否定しておく。
父親がどのような地位や身分、職にあったとしても子に受け継がれる事は無い。
それこそ、個人営業という”遺産”でも無い限りは。
「えっと、そうだなぁ……。父親の仕事は立派だったけど、それは当代限りのものだから──って言えば、伝わるかな?」
「そうなの? 変わった国ね。変わってると言えば、服装も格好も変だけど」
「はは……」
死んだ時の服装を体型に合わせて調節してくれたが、それでもベッドで寝るような格好では無い事は確かだ。
首にはヘッドホンをかけているし、そもそも──彼女が着ているローブだのシャツだのを見ると高そうだなあと思ってしまう。
それから少しだけ違和感を覚えて、ポケットなどを探ってしまう。
するとポケットなどに入っていた自分の持ち物が一切無くなっているのが分かり、落ち着こうと胸を押さえて深呼吸をすれば首からぶら下がっていた代物が無いのに気付く。
「あっ、あの、さ。持ち物とか……なかった? 服に入れてたんだけど、なくて──」
「それなら全部あっちの机の上。悪いけど召喚した相手が人だってのは前例の無い事だし、善良である保障も言う事を聞いてくれる保障も無かったから取り上げてたけど」
「出来れば返して欲しいな~、なんて……。ダメ、かな?」
「何に使うものかを説明してくれて、それが私に危害を加えるものじゃなければ良いけど。嘘をついても無駄だからね? 嘘をつくなと命じれば全部分かっちゃうんだから」
「嘘はつかないよ……」
そう言って、ベッドからゆっくりと抜け出した。
傍にあった靴に足を入れてから、立ち上がる事に幾らか怯えてしまう。
故障していた足が、実は痛むんじゃないかとか──そんな懸念だ。
しかし「よっこいしょ」と立ち上がると、一切の痛み無しに足が動かせた。
安堵して、暖炉前の机にまで向かうと「待って」と呼び止められる。
「ん、なに?」
「『主として命ずる。主に危害を加えることあたわず、主に偽りを言う事ならず』」
なんで今更そんな事を言うのだろうかと思ったけれども、それが多分主従契約を結んだ上での『命令』なのだろう。
拘束力のあるものなのだろうと思いながら、わざわざ孫悟空のように逆らって痛い目にあおうとは思わなかった。
「これは、携帯電話。片手に収まる道具で、本当は……同じものを持っている相手とどんなに離れていても会話を交わすことが出来るもの、だったんだ」
「だった?」
「使うのに許可が要るんだ。だから、今じゃただの情報を幾らか蓄積したものでしかないけど」
携帯会社が無いのでそもそも通話が出来ないし、通話できたとしても相手がこの世界に居ない。
それらを説明するのは面倒なので、若干解釈を買えて説明する。
嘘ではない、捉え方や認識の仕方は人それぞれだ。
そして──幸いな事に、自分はそういった意味で誤魔化したり、嘘をついたりするのが得意だ。
他にも顔色を窺うのにコールドリーディングだのといった、目の動きや仕草などを踏まえて相手がどんな反応を示しているのかを読み取る事も多少は出来る。
顔色を窺ってばかりだったから、自然と技能のように習得してしまっただけの話だが。
「で、さらに小さいこれは登録しておいた音楽を──この首から提げているものと接続すると、ここから音が出て聞く事が出来るんだ」
「音楽、ね。高尚な趣味だと思うけど」
「自分が居た場所では音楽って身近なもので、貴族のれ……方々だけが聞くような物じゃなかったんだ。庶民でも聞く事が出来る安価なもので、奏でられた物を時間や場所を問わずにその時のままに、何度でも聞く事が出来る……。良い物だよ」
そう言いながら操作すると、問題なく動く事も確認できた。
ゲームのOSTを突っ込んだり、それこそ動画サイトにある歌や、アニメ、洋楽、邦楽、歴史に名を連ねるもの、英語、スペイン語、日本語と幅広く入っている。
そんな風に携帯電話とウォークマン、の説明を終えると最後に無機質な物が残される。
それを手にして、どう説明しようか迷ったが──言う事にした。
「それは?」
「これは……自分の事を証明してくれるものだよ」
「なら名前とか、そう言うのもあるんじゃない?」
「ここにあるのは、ただの番号なんだ。たとえ死んでも、この番号とかから誰なのかを判別できるような……そう言う、代物」
「なんて言うもの?」
「認識番号……認番って呼ばれるものだよ」
自分の最盛期、自分の人生の中で最も輝いていただろう時期のものだ。
勿論オリジナルではなく、それを模して外部で発注して作らせたものだ。
それでも精巧で、本物と何ら変わらない……。
「人が番号で管理されてるの?」
「いや、これは……兵士の──時の物。自分が、生きていて一番……意味のあったと思う、物」
「──……、」
「まあ、無いよりは有った方が一番安心するんだ。自分が元々何処に所属していたか、何をしてきたかを──思い出せるからね。もし……もし、死んでも、少なくとも皆からして見れば小さなこれが、無意味なんかじゃ無かったって思わせ──」
そこまで言って、急に彼女に頬を叩かれた。
痛み──よりも、何故そうなったのか理解できずに呆然としてしまう。
すると彼女は幾らか痛ましい表情で、此方を睨んでいた。
「死ぬとか、無意味とか──言うな!」
「──……、」
先ほどまで順調のようであったやり取りが、ここで一気にダメになったのを感じた。
何か──彼女の逆鱗に触れるようなことを言ったのだろう。
いや、彼女が口にした言葉から「死」と「無意味・無価値」という事に反応した事は分かった。
俺が硬直していると、彼女は髪を掻き揚げていらだった様子を見せる。
大きな溜息を吐くと、幾らか落ち着いたようであった。
「──ごめん。けど、次からは気をつけなさい」
「あ、いや、その……。ごめん──」
「ちょっと、昔のことを思い出してイライラしちゃっただけだから。こんなの、ただの八つ当たりだった」
そう言って詫びる姿は、とてもじゃないけれども偏見に満ちた公爵家──貴族の子だとは思えなかった。
貴族と言うのは偉いから、特別だから、あるいは神に選ばれたからと庶民を見下す。
召喚された自分は最下層の人間で、彼女はこの世界において家柄や血筋のしっかりした人間だから、偉そうにしていても違和感は無いのだ。
少しばかり評価を改めると、彼女は息を吐いて気持ちを切り替えたようである。
「──待遇に関して話をしてもいい?」
「うん、本題だね」
「後で使い魔として申請をしておくから、食事もこの学園における滞在も私の名によって保障されることになるけど、この意味が分かる?」
「名や家に恥ずべき事をしない、立派な従者になる事とそう在ろうとする事。つまりは、庇護下で有ると共に一員である事を自覚せよ、って事で良いのかな」
「頭は悪く無さそうね……。けど、その通り。ただ、私達と同じように生活できるとは思わないこと。寝食だけじゃなくて立場的にも貴方は私達と同じにはならない。今私が貴方にしているような優しさは、この部屋から出たらなくなると思いなさい」
「──了解」
使い魔という、強制と束縛から「最下層スタート乙」とか思ったが、主人は悪く無さそうだ。
少なくともこの場に置いて、色々と世話を焼いてくれているし、上に立つものとしての責任を果たそうとしてくれている。
可愛い上に人格者である事に感謝するしかない。
「食事は私達が口にするものとは同じに出来ない、部屋に居てもさっきまで使っていたあの温かい寝床で寝る事は出来ない、学園の準備した湯浴み場を使う事は出来ない。それを肝に銘じておきなさい」
そう言われて、まだ何とかなるだろうとか思ってしまった。
少なくとも雪の降る富士山で、蛸壺の中不味い缶詰を食べるよりはマシだろう。
暴風と雨の中、吹きざらしになりながら背嚢を背負って一時間の仮眠を取るよりはマシだ。
連続行動で、一週間近く入浴すら出来ずに泥と汗と漏らした小便の匂いを放つよりはマシだ。
それらを踏まえて「大丈夫」と答えると、流石に驚かれたようであった。
「……私の言った言葉の意味が理解できてる? 残飯を食べて、床で寝て、井戸水を自分でくみ上げてそれで身体を洗えと言ってるんだけど」
「それよりもっときつい事があったし、その代わりに──色々教えてくれる上に庇護してもらえると考えれば安い取引かなって思うんだけど、ダメかな?」
「人としての誇りは無いの? 少なくとも立派な父親や家名に背くとか、そう言うことは考えないの?」
「兵士になったら、そんな待遇も境遇も当たり前だよ」
そう答えると、彼女は納得したようだが、何か不満の色が隠せていない。
多分、先ほど八つ当たりと称した何かに繋がるものがあるのだろう。
彼女は暫く言葉も無しに此方を見ていたが、直ぐに諦めたようだ。
「それじゃあ、申請を出しにいかないと。一度教師から取調べとか有るかも知れないけど、今と同じように素直に答える事。あぁ、そうだった。『命を全て取り払う』」
そう言ってから彼女はなにやら忙しそうに、様々な書類らしいものを引き出しなどから取り出していく。
多分それらが書類なのだろうなと思いながら、彼女が部屋を出る直前に此方を見るまで呑気にしていたら──。
「私が戻ってくるまでに部屋、片付けておいて。戻ったら寝床も使うから宜しく」
そんな事を言いつけられて、さあ困ったぞ。
質問をする前に彼女はさっさと出て行ってしまうし、どこに何をしまえば良いのか分からない。
主人である彼女が居なくなってから静かに部屋の中を見回して、それなりに散らかっているなと知った。
クローゼットは開け放たれているし、その傍には綺麗な服一式が籠に畳んで置かれている。
壁際の勉強机の上は開け放たれた本や様々な紙切れが散らかっているし、ベッドはさっきまで俺が使っていた。
それらを見て、若干嘆息しながら「仕方が無いか」と受け入れた。
少なくとも理不尽な部屋長や、野営天幕の長が居る訳じゃない。
こういった事はなれているし多少は経験済みだから、即座にやってしまうことにした。
暫くして部屋が綺麗に整えられると、主人である少女が戻ってくる。
一瞬不動の姿勢を取るべきだろうかと考えてしまったが、彼女が目を丸くしているのを見て凍る。
「これ、やったの?」
「あ、う……。どこか、不味かった──でしょうか?」
「とりあえず作業は続けてて」
そう言って彼女は部屋の中を全て点検する。
一番時間をかけて点検していたのはクローゼットで、もしかすると下着に何かしたのかを疑われているのかも知れない。
そして彼女が点検を終えたらしく、頷いているのが見えた。
「ねえ、机の上に有る物は隅に退けただけなのはなんで?」
「課題とか学習のものだと思って、それが途中なのか終わってるのか判断つかないから」
「──気が利くのね。そういった事にも理解があるとは思わなかった」
まあ、中身は三十間近のオッサンですから。
それに、一応下っ端から部屋長まで全て経験してきてるし、ある程度は分かってる──つもりだ。
先輩が酔って帰って来て部屋の中でゲロを吐けば下が掃除する。
偉い人が視察や点検をする時に上が休みで外出している場合、下が部屋の中を綺麗にする。
勿論目先の事柄だけをやってもダメで、後で「あれが無い、これが無い」と言う事にならないようにしなければならない。
この部屋に関して幸いだと言えるのは、ポリッシャーをかけないですむ事くらいだろうか?
「あとは、お茶を淹れてくれていたら私としては嬉しかったかも」
「その……お茶を、どうやって?」
「──そっか、魔法がつかえないもんね。今貴方が手にしている硝子製品を使うの」
そう言って彼女は俺の片付けていた机の上に有る、まるで実験道具と思えるようなビーカーだの三脚台だのを使う。
何をするのだろうかと見ていると、彼女はローブの中から杖を出す。
「『宙に住まう精よ、生命の恵みをここに』」
そう彼女が言うと、杖の先で徐々に水の球体が生み出されていく。
重力に囚われず、まるで宇宙空間の水滴のように蠢く液体を、彼女は直ぐにビーカーに捉えた。
そのビーカーを三脚台の上に置くと、再び杖を振るう。
「『浄化の炎よ、全てを焼き尽くす焔をここに』」
今度は杖の先から火が現れた。
彼女は杖を三脚台の下で固定し、ビーカーにその火を当て始めると杖から手を離す。
「壁掛け棚に茶葉とか杯とかあるから、それを取って」
「了解」
「と、こういった風に魔法を使ってお茶が飲めるの。ただ、多くの人はこれを邪道だとか、神聖なる魔法の無駄使いだって嫌うんだけど」
そう言いながら彼女は取り出した茶葉やカップなどを受け取ると、慣れた手つきで準備をした。
準備の途中で「もう一人分も出しなさい」と言われ、一瞬その言葉の意味が分からなかった。
だが、その言葉が彼女だけじゃなく自分の分もお茶を出してくれる事なのだと理解して、直ぐにそのようにした。
「魔法って不思議なもので、庶民と違って私達だけが行使できるものなの。けどね、この学園に近隣諸国の人がやって来て、扱い方とかを学ばないと使い方所か、使えるかどうかも分からないままに一生を終える。魔法は英霊の子孫である私達に与えられた特権だとか、英霊に魔法を与えた神の恵みを私達が授かっていると言う見方もあるんだけど、私はそうじゃないと思う。魔法は魔法、家柄や血筋とは別のものだから。――ただ、表では誰も刺激しない事。私が何を言っても、それを漏らす事も禁止」
「それは、命じないの?」
「何でもかんでも主従契約で束縛したら意味が無いでしょ。私は貴方にこうしろと言った、貴方はそれに出来る限り応じる。引き締まっていても、気が緩んでもそれが出来ているかは分からないじゃない?」
そう言って、彼女は”俺の意志”とやらに委ねると口にした。
そう望むのであれば、それを求めるのであれば──可能な限りそうしようと、自分は……俺は、思った。
■数日のご主人様
記憶の無い一人の人間を召喚してしまった。
それが英霊なのかどうかで周囲は持ちきりで、私は可能な限りそれを否定しては見せたけれども実際に公の場に出さなければ皆納得しないだろう。
ただ、見立てによると全くの愚者と言う事は無さそうに見える。
分別を弁え、無知である事を自覚し、どちらかと言えば従順なほうである。
自ら「異性と同じ部屋で寝るのは良くないんじゃないかな」等と口にした点も評価できる。
けれども──見覚えのある、むしろ今でも忘れる事のできない”誰か”に似ているせいで戸惑ってしまう。
主従であり相手は下僕で、学の無い庶民と変わらないと──意識しようとはした。
なのに、その姿が、その声が、その困った時に見せる苦笑が、仕草が……全てが、私の過去に触れていく。
本当なら命令して色々と束縛しようとさえ思ったけれども、出来なかった。
休日である土の日と無の日を使って、最低限教えられる事は教えてきたつもりだ。
学園の事、学園における日常、日々の学業や、私の国に着いても教えた。
ただ、驚いたのは「宗教に着いて教えて欲しい」と聞いてきた事だ。
彼は何も知らない、分からないと言いつつ「英霊」や「神」が絡んでいると推測していたのだ。
聞いてみたら、国で多少の教育は受けてきたと言う。
この国では通用しない言語や文字での事で、通用しないだろうと自分でも言っていた。
試しに算術をやらせてみたら、単純なものであれば即座に答えを導き出して見せた。
父親が外交を司る人だったと言っていたので、多分そのおかげ何だと思う。
少し楽しくなって、無の日に魔法を見せることにした。
魔法には基礎の四系統と、上級の二系統、扱える物が限りなく無に近い伝説の一系統を教えた。
その上で、魔法とはこういうものだと──軽い気持ちで見せてみたのだ。
私は、そうする事で畏敬の念を抱いたりしてくれるかもしれないと、僅かに考えたのは否めない。
けれども──彼はそんな私の考えを綺麗に無視してしまった。
「杖が無くても魔法が出来るんだなぁ……」
そんな呑気な事を言いながら、魔法を使っていた。
魔法が使えるとは聞いていないし、本人も初めてだという。
けれども、杖を使わずに──詠唱も無視して彼はただ言葉を口にして魔法を使っていた。
杖とは魔法を使う時に、魔力を適正に扱う為の道具。
詠唱とは行使する魔法の規模や意図を指示する物。
杖が無ければ魔力を数倍多く消費してしまう、詠唱しなければ事故を起しかねない。
学園に着てから数年、その事を学び続けてきた──その筈だった。
なのに、基礎の四系統を難なく使ったのを見て私は止める様に言ってしまった。
……少しばかり、学年だけじゃなく、学園で優秀だと言われている自分が恥ずかしくなってしまう。
魔法が使える、昔兵士──だったような事は口にしている。
英霊では無いにしても拾い物だと思ってしまうが、こんな時に限って家族にどう説明しようか悩んでしまう。
父さまも、妹も……きっと見たら驚くだろう。
妹は体調が優れない時期で、会わせたら身体に障るかもしれない。
「おい、ミラノ」
無の日、使い魔を教師に見せに行った後、聞きなれた声に呼び止められた。
焔の様な髪をした男子生徒で、同じ学年であり──同じ国の公爵家の一人。
家の付き合いがあるので無碍にも出来ず、かといって関わるのは少し気が引ける相手。
「なに?」
「風の噂で聞いたのでな。どうやら人を召喚したと聞いたが……それは本当か?」
「本当だけど、別に英霊でも何でもないただの人よ。人柄は悪くないし、教養も有るみたいだけど何も知らないの。名前さえ分からない状態だったんだから」
変に隠し立てすると、後で「聞いていないぞ!」と言われかねないので素直に白状する。
この男……アルバート・デューク・フォン・ヴァレリオは、そういった意味では三男らしさを見せている。
父親と卒業した二人の兄繋がりで入学してから──そして、学園で行われる武術において優れている事から尚更不要なほどに褒め称えられている。
周囲は家柄を含めて、おこぼれに預かろうとしているのが見えているけれども、本人はそのことに気がついていない。
そして私は、主席である事に拘るからそういった人すら居ない。
「そうか。英霊を召喚したとあれば、我も誇らしかったが」
「はいはい。けど残念、そんな簡単に行く訳が無いでしょ」
「して、どのような人物だ? 雄雄しき戦士か、主を支える執事か」
「さあ? 本人は兵士だったみたいだけど、体つきは貴方の父や兄と比べると貧弱だったけど。今の所従順で命令しなくても従ってくれるし、単純に傍仕えが出来たと思える感じかしらね」
実際、兵士と言うにはあまり精悍では無い。
目の前のアルバートと比べれば似たり寄ったりと言った感じだし、どちらにせよあんな雄々しくない性格なのだから期待はできないだろう。
身の回りの世話を任せる位しか今の所活用法が思い浮かばないけれども、魔法が使えるのならそれはそれで良いと思えた。
「そ奴は何処に?」
「今は教師に使い魔としての検査を受けさせてるところ。けど、ただの人から本来の使い魔としての検査なんて通用し無さそうだけど」
「──そうか。ではミラノ、もし良ければ我がそ奴を部屋にまで送り届けてやろう。なに、昔からの付き合いもある、よしみという奴だ」
そう言われて、少しだけ考えた。
否定する理由が見当たらず、むしろ拒否すると彼の言葉にした「家の付き合い」と言う物を否定しかねない。
ただ──後でこの事を幾らか後悔することになるけれども、私はその時は全くそんな事を考えたりはしなかった。
二章
上下関係と言うのは、結構大事な要素だと思っている。
懐かしの自衛官候補生時代からそういったものは散々に叩き込まれてきて、部隊配属して除隊するその日まで上下関係を常に意識してきたともいえる。
彼女を良い主人だといったのは、出来ない事を出来るように教え、最初から数多くの可能性を先回りするように与えてくれたからだ。
自衛隊でも同じで、特に銃の取り扱いや射撃、入隊当初に出来ない事はいきなり罵倒される事は無い。
出来ないのは仕方が無いので、出来るようにする。
叩き込んだ上でその知識や技術、体力などを維持向上するのは自己責任と言うものだ。
ミラノは召喚して目覚めた先日と、今日も可能な限り自分に知識を詰め込もうとしてくれた。
メモ帳にペンを走らせて、彼女に「なにこののたくった文字」と言われたけれども、なんだか──充実している。
明日から月曜日……いや、聖の日だから付き従って一日を過ごす事になる。
主な役割は部屋での整理整頓と、何かあった時に盾になれと言われた事位だろうか?
一応「それって、相手を”排除”してもいいって事?」と訊ねたが、そこまではしなくていいとか。
専守防衛とか辛い。
けれども、周囲が同じように貴族だらけなのだから下手に怪我もさせられないと理解する。
使い魔として──と言うよりも、人としての検査を受けてとりあえず問題が無いと言われて医務室らしき場所を出ると彼女は居ない。
……おかしいな、待っていると言っていたのだけど。
そう思って周囲を見回すと一人の男子生徒、と思しき人物しか居ない。
仕方が無いと廊下の壁に背を預けて、携帯電話を弄ることにした。
「おい、そこの庶民」
しかし、アプリを起動しようとした所で声をかけられる。
何だろうかとそちらを見れば、先ほどの男子生徒が此方を見て居る。
庶民と言われてピンと来なかったけれども、この場には自分しか居ないのだから自分のことだろう。
「あぁ、えっと……なんでしょうか?」
ヒエラルキー最下層として、相手に足労させないように自分が近寄る。
そして何用であろうかを訊ねるが、相手は此方をまるで見定めるように見て居る。
「後ろを向け」
「は──はっ」
言われたとおり、直ぐに回れ右。
基本教練は何とかまだ身に染み付いていて、脳内で響く三拍子に沿ってしっかりと決められた。
暫く背中を向けていたが、「此方を向け」と言われて回れ右。
何だろうかと思っていたけれども、相手は引き締めた表情を厭らしく歪めた。
「貴様がミラノの使い魔か」
「──はい。先日召喚された、ヤクモと申します。数多くの事が分からず、無知蒙昧な輩では有りますが、慈悲と寛容をして様々な事柄を教えていただけると幸いです」
スラスラと、まるで部隊前での挨拶のように言葉が出てくる。
嘘吐きである事、顔色を窺うと言う技能が噛み合わさって良い具合に無難な対応は出来たと思っている。
相手は鼻を鳴らして幾らか不満そうであったが、直ぐにその表情を引き締めて指で胸を突いてきた。
「良いか、庶民。貴様は何らかの事故、もしくは過ちでミラノに呼び出された。もし色目を使うような事があれば、我が直々に貴様を処刑してくれる」
「──承知しました。で、もし宜しければ名を窺っても宜しいでしょうか。主人と縁のある方であれば、尚更礼を失する訳には行きませんから」
「アルバートだ。アルバート・デューク・フォン・ヴァレリオ。国を支える公爵家の一つであり、槍の一族として誉れ高い、誇り高いその名をしかと覚えておくがいい」
表情は出来るだけ変えず、聞いた情報を出来る限り脳内で照会したりしながら新たに留め置く。
ミラノと縁のある人物であることや、多分「デューク」か「フォン」あたりが公爵の意味を持つのかもしれない。
こういう時は、幾らか自衛隊の時の自分を引用すれば揺らがないで済むから楽だと思う。
何なら下っ端なのに幹部だのと偉い人の相手をする事だってままあるのだから。
「以後気をつけます、アルバート様。それで、申し訳有りませんが主人を見ませんでしたか? 終わる頃には顔を出すと聞いたもので」
「ミラノは部屋だ。我が貴様を部屋にまで届けると告げ、奴はそれを承諾した。貴様が出てくるのを今か今かと待ちわびたぞ」
「はあ、その……」
言葉にし辛かったが、使い魔としての検査を受けて一時間半ほど経過している。
ミラノが出て行ってからその話をしたとして、一時間半も待っていた?
ちょっと……アホなんじゃないだろうか。
「──恐縮です」
「良い、気にするな。下々に気をかけるのは当然だ。それが務めであり、それが在り方と言うものだ。さあ、来るが良い。我にここまでしてもらえる事に感謝し、貴様がそうするに値する人物であれば気にかけてやる」
……下卑た笑みを浮かべたかと思えば、口にしている言葉が真っ当だったり、一時間半も待ちぼうけを食っていたりと中々に掴み所が分からない相手だ。
その背中を追いかけながら、出来る限りの事を知ろうとした。
「アルバート様は、主人と親しいのですか?」
「我が学園に来る前から、家の付き合いで昔から幾度と無く会って来た。この学園に来てからの四年間も嫌でも顔を合わせる。ただ、親しいかどうかは貴様には関係ない」
これは、アレか。
俺に釘を刺した理由って、ミラノに何かしらの感情を抱いているからだと考えて良いだろう。
様々なゲーム、ラノベ、漫画を見てくると、こういった手合いがどういうものか理解出来てしまうのは助かる話だ。
態々敵を作る必要は無いのだから。
「四年も学園に……」
「正確には今年で四年目だ。あと二年もすればこの学園とは晴れて去る事になる、だと言うに素性の分からぬ輩にミラノの邪魔をされるのは不愉快極まりない」
「邪魔、とは」
「──奴は学園に来たその年から常に首位を獲得し続けてきた天才だ。それをつまらぬ男によって学績のみならず変な噂でも立てられれば不愉快極まりないと思うのは至極当然だ。故に我が貴様に教育を施そうと思ったが……言葉通り、中々に従順な男だ」
それは彼にとって良い事なのか、悪い事なのかは分からない。
ただ、何と無くだが──言葉に滲むものは様々だが、ミラノに対して好意的なのは理解できた。
「──ご主人様を、大事に思われているのですね」
「一々問うな、煩わしい。貴様が蹴り出されるか、怒りに触れて殺しでもされない限りは傍に居る事が多くなる、そんな輩に……奴の歩みを妨げられるのが我慢ならぬだけだ」
「──……、」
「ミラノの邪魔をするな、ミラノの足を引っ張るな、そして奴に色目を使う事も穢す事も我が許さん。兄には劣るが、それでも我も武芸者だ。貴様のような庶民を叩きのめす事は造作も無い事を肝に銘じておけ」
「りょ──承知しました」
……やっぱ、下っ端って面倒臭い。
そういや魔法を教えてもらったときに一通り試してみて、使えることにミラノが驚いていたけれども庶民は使えないようだ。
今更「あぁ、父親の絡みで自分もそういった特別な階級の人と思われたかな」と思わないでも無かったが、どうでも良いかなと斬り捨てた。
女子寮にまで普通に踏み入り、ミラノの部屋にまで言葉通り送り届けられることになった。
そして部屋に入ろうとして、彼が肩を掴んで止める。
「聞いていなかったが、貴様は普段何処で寝泊りしているのだ?」
「同じ部屋の床に転がってますが」
「──……、」
先ほどまでの若干人受けの良さそうな顔がその瞬間消え去り、憤怒と言って良いほどの表情へと歪められた。
何か言葉が口を突いて出るかと思ったが、此方の声が聞こえたのか部屋の中から彼女の声が聞こえてくる。
「あぁ、お帰りなさい。入って良いわよ」
そう言われてしまっては、此方も扉の前で立ち尽くすだなんて事は出来ない。
言い訳や逃げのように思えたが、相手が言葉を飲み込んだのなら仕方が無いのだ。
扉を閉ざして恐怖から逃れると、部屋の中では彼女がお茶を飲んでいた。
「アルバートに送ってもらったんでしょ? お疲れ様」
「いえ、大丈夫です。じゃなかった。大丈夫、だったかな」
一瞬、自衛隊気分が抜けきっていなかったので、それを直ぐに消す。
彼女が不思議そうにこちらを見たが、特には気にしなかったようだ。
「それで、どうだった?」
「それが、教師の方も戸惑ってて……。出払っていた人間相手の人に見てもらって、特に異常は無いって。目も遠くまで見えるし、歯も綺麗に生え揃ってるって褒められたよ」
以前であれば眼鏡かコンタクトレンズを使わなければいけないほどだったが、裸眼でも大丈夫になった。
数年の付き合いではあったけれども、すっかり身体の一部のように思えていたから寂しさもある。
歯並びに関しては矯正を子供の頃からしていたからで、それに関しては母親の愛情に感謝するしかない。
「身体能力も調べられたけど──」
「けど、なに?」
「いや、なんというか……」
女神に「楽がしたいので数倍の身体能力にして下さい」といった影響で、驚かせてしまう羽目になった。
肥満じゃなくなった上に最盛期だから身体は身軽だというのに、その上身体能力底上げしているので「あ、重いの? これ」と言う風になってしまう。
重力がン分の一と言われても驚かないくらい、負荷を感じないのだ。
それに、魔力の保有量を検査した時に手渡された水晶がひび割れて壊れてしまった。
その結果「測定不能なほどに莫大」という評価をされてしまった、珍獣扱いである。
素直に教師の報告だけを伝えると、当然だが疑いの目を向けられる。
「その話、本当? 嘘を吐いても後で主人である私に報告は来るし、つまらない事をして自分を苦しめても意味無いんだからね」
「確認してくれれば良いよ。そんな嘘を吐いても確認を取られたらバレるって分かってるし、そんな嘘で自分を立派に見せても馬脚を現した時が一番酷い事になるのは分かってるし」
嘘を吐くにしても、それは個人的に吐いていいものと駄目なものくらいは別けている。
不利な情報は言わないという嘘、拡大解釈や縮小化による意図的な誤魔化し、相手を想って伝えないという偽善、自分を守るためにそもそも語らないという引き篭もり。
これらは悪質だと思われるだろうが、情報その物をまったく違うものにはしたりはしない。
テストで九十五点を取って「百点だ!」とは言わないし、十Kmを走るのに四十二分かかったのを「四十分で走った」とも言えない。
出来ない事を出来るとは言わない、それは自分の為でもあり、他人の為でもある。
有事の際に実際に命を共にするのは同じ部隊の仲間達だ。
だというのに、つまらない嘘で「出来るって言ったじゃねぇかよ!」と自分を──仲間を、部隊を死なせる事は出来ないのだ。
彼女は少しばかり報告を聞いてから考え込み、問うてくる。
「……訓練とか、してたの?」
「一応、兵士の真似事なら──六年くらい」
「地位は?」
「──昇進試験までは行って、それを終えたら最大五人までなら預けてもらえる階級にはなれたよ」
「なれた? なれなかったの?」
「ちょっと、事故で足を壊して試験そのものを続けられなくなったんだ」
陸教……、様々な試験や信認などの上でいく事が出来る教育課程だ。
そこでの数ヶ月の教育を経れば晴れて三曹となり、一個組くらいであれば任される立場になるはずだった。
その為に……その為に、頑張った。
けれども、頑張れなくなった。全ては自分が……俺が悪いのだ。
「今は大丈夫だけどね」
「あ~、えっと。ちょっと待って、六年兵士をしていたとして、今何歳?」
「──多分、二十……くらい? ちょっと曖昧だけど」
「二十だと、奥さんとかは?」
「居ないけど?」
そう答えると、彼女は信じられないと言った風にこちらを見てきた。
何故だろうかと思っていると彼女が口を開く。
「貴方、もしかして男が──」
「ないないないない、ぜっっったい、ありえない!」
「何もそんなに強く否定しなくても……」
「おっ、おお……男に言い寄られた事があるんだよ!」
当時は若く、純粋でした。
しかし、世の中には結構身近に男色趣味な方は居られるもので、一つ上の先輩のイチモツを頬に押し付けられたという恐怖体験を思い出してしまった。
自由主義万歳にしても、そりゃねーよアメリカンスクール。
「うぉえっ……」
「あぁ、えっと。まあ、私と同じ部屋で寝るのに危機感は無いのかって聞いてきたくらいだものね、ごめん」
それから数分ほど、胃が痙攣してマトモに会話が出来なくなってしまった。
彼女が何か哀れむようにお茶を出してくれて、それを受け取ると気分を一新させようと努める。
「そういや、年齢は?」
「私は……十四だけど」
「──さっきの、アルバートもそれくらいなの?」
「アルバートは十五……もう少ししたら十六になるけど」
「あれ、けど同学年じゃ……」
「この学園は条件さえ満たしていれば早く入ろうが、遅く入ろうが構わないの。それに、過去に私よりも若く入って主席のまま卒業していった人も居るから驚いても仕方が無いわ」
……アルバートの言葉が、若干重く思えてきた。
自分より若いのに同学年で入学してからずっと主席とか、そりゃ半ば崇拝の念が混じっても仕方が無い、か。
足を引っ張るな、邪魔をするな、名を穢すな……か。
「ねえ、経験が有るのなら武術の訓練をして見るつもりはある?」
「それは……出来れば、して、みたい……かな? けど、何で?」
「授業の中には男女で別の科目があって、男子が武芸や武術を嗜む時間があるの。もし貴方が本当に幾らか経験してると言うのなら、ただの盾じゃなくて護衛くらいは出来るようになるでしょ?」
「盾と護衛じゃ、どう違うのかな」
「盾は何があっても防ぐだけでしょ? けど、護衛だとそれくらい戦い方に心得があるって事だから、相手を排除するんじゃなくて制圧や追い払う事も出来そうだと思わない?」
「思う」
むしろ、そこらへんなら専守防衛の観念からして幾らか向いていると思う。
徒手格闘なら大分やってきたし、一部の上官方から色々教わった。
上の人に気に入られると色々な事が教えてもらえるし、その結果評価も上がるし良い事尽くめだ。
「それじゃあ、お願いしておくから頑張ってくるように」
「ん、了解」
部屋の中、あるいは世界を狭く留めておくと言うのは自己防衛の為でもある。
今の自分にはこの部屋の外など多くを知る由も無かった。
けれども──主人が良い人で、アルバートが思惑を有しながらも親切にしてくれた事で少しだけ希望を持っていた。
……そう、思って居たんだ。
しかし、とある作品で述べられたように「俺は鼻から人類なんて信じちゃいない」という言葉が頭から離れないように、俺は「人間と言うのはバカで面倒くさい」と言う事を経験する事になる。
例えば授業が行われた場合、ミラノは俺を放置したりはしなかった。
常に傍らに置いておき、授業で教わる事柄の前提知識や理解できているかを気にかけてくれる。
「基礎の四系統を複合させる事で新たに特性を持たせたり、属性を付与することが出来るの。水と風の系統で氷を作り出したり、それを逆にする事で雷撃を発生させたり」
「うんうん」
「その時に用いる詠唱の言葉選びを間違えると、どちらかに偏りすぎて失敗する事もある。火と水で霧を作り出すことも出来るけど、火が強すぎれば霧は作り出せないし、逆に水が強すぎても同じ」
良い主人だと、やはり思う。
自分に自信が無く、その上自身がが無い自分には指標が必要だった。
守るべきものを失った護衛や、守護する国を失った自衛官のようなものだ。
少なくとも……彼女の意向に沿っていれば生活は保護されるし、この世界の事を学ぶことは出来る。
女神からの連絡も無いので、見切りをつけて頑張らなければならないと現実に向き合う事にした。
しかし、そういった自分の頑張りを気に入らない人物が居て、ソイツは此方を暇さえあれば睨んでいた。
誰かと言えば、先日部屋にまで案内してくれたアルバート本人である。
どうやら人気があるのか人望があるのか、彼の周りには様々な学生が居る。
俺の主人は……孤立、と言うか誰も近くに居ないのが目立つ。
若いからなのか、それとも真面目腐っていると反感を買っているのかも知れない。
優秀な人に一目置く人も居れば、それだけで気に入らないという連中も居るとは困ったものである。
「ミラノさん、使い魔くんの面倒を見るのは良いけど、今していたお話は聞いていた?」
「はい、メイフェン先生」
「じゃあ、質問。アイスストームに必要な系統と、その際に用いる語句、注意点を述べてくれるかな」
片手落ちにする事無く、彼女は教師にいきなりそう言われても立派に答えて見せた。
「水と風の二つを複合させますが、それに改めて風を重ねる事で氷の刃が吹き荒れる風を作り出すことが出来ます。その際に用いる語句に氷の刃が単体ではなく、複数である事を指定しないといけず、改めて重ねる風の系統の制御が強すぎれば氷刃は飛んで行ってしまい、弱いと舞わせる事ができない点に注意しなければいけません。そして最大の注意点は三つの系統を取り扱う事による詠唱の長さにより、自身が無防備になりやすい点だと思います」
「ん、正解かな。優秀なのは良いけど、授業もちゃんと聞いてね? 使い魔の面倒見なきゃいけないのは分かるけど」
「大丈夫です、先生。もしこれで成績が落ちるようであれば、私は天才でも何でもない証明になりますから、かえってその方が良いかもしれません」
よくも、まあ……。
そこまでスラスラと、その上強気で居られるものだと思った。
自分の知っている教官が相手だったら「ナマ言ってんじゃねえ、その場に腕立て伏せの姿勢を取れぇ!」と叫んで居たに違いない。
そしてミラノが着席した所で、アルバートが腕を組んで満足そうに頷いているのが見えた。
流石だとか、立派だとか、凄いと思っているに違いない。
だが、俺が見て居るのに気付くと一気に喜色に満ちていた表情が苛立ちに溢れた。
先日の態度は何処に消えたのかと、流石に理解が出来なかった。
魔法の授業を終えても、そういった監視の目は緩むことは無い。
むしろ時間が経過すると共に、徐々に自分の境遇が悪化しているのを察知することが出来る。
歩いていると突き飛ばされたり、或いは足を引っ掛けられたりする。
一つの授業が終わり、お茶の時間が来ると「まさか、使い魔が一緒に飲むだなんて事は無いよな?」とか何処からか声が飛んで来る始末だ。
お茶が飲めない事自体に問題は無いし、同じように席につく事が出来ないのも構わない。
ただ──日差しが有って徐々に気温が上がってるとは言え、秋の最中だから温かいものを口にしたいとは思った。
この世界に来た当初着ていたコートは見苦しいから脱ぐようにと言われ、今ではパーカーを着ているだけだ。
半袖パーカーなんて腕が露出している分保温性が悪く、通気性が良すぎる。
寒いなら寒いで徹底して欲しいし、寒くないのなら寒くない位であって欲しい。
中途半端に、寒さを意識してしまう気温だから辛いのだ。
お茶の時間はそれはそれで良いとして、あらかじめ伝えられていたように昼食は残飯を食べることになる。
どうやら食堂の利用に関してもヒエラルキーがあるらしく、家柄が良かったり学年が上位だとテラスやバルコニーで食事を楽しめるようである。
ただ、自分の知っている食堂はすでに決まったメニューであったのに対し、此方では多少の選択肢はあるらしい。
曜日ごとに決められたメニューがある程度決まっているが自由に注文できるらしく、しかも席につけばメイドさんの方から注文を聞きに来て、料理が運ばれてくるのを待ち、食事を終えたらそのまま立ち去れば良いだけ。
そうやって注文された中で提供しなかった食事の余り物が残飯として俺の物となり、それに関しては選択権は一切無い。
白磁のような綺麗な器に盛られた貴族連中の食事に比べ、木の器に見栄えなどを気にする事無く「エサやで」といった風に盛られている事や、温かさだの美味しい部分が既に無いと言うのも悲しい。
しかし──しかしだ。自分にとってはこれですら”ご馳走”なのだ。
雪の振る中震える手で缶詰めをこじ開け、箸が折れるくらいに硬い缶メシに比べたら素晴らしいに決まっている。
満足な食事にありつけず、連続作戦行動で気がつけば八キロも体重を落としていたくらいにひもじい事も無い。
床に座り込んで「頂きます」と言ったら、なんだか主人であるミラノに若干気の毒そうに見られた。なんでさ?
しかし、その食事を口にする事は叶わなかった。
渇いた音を立て、先ほどまで目の前に有った食事の盛り付けられた皿が消えている。
音のした方をみれば、少し離れた場所でひっくり返って床にぶちまけられているのを見てしまった。
一瞬思考が停止してしまい、直ぐに手にしていた固いパンだけが残されているのを確認する。
「──……、」
そして、皿のあった位置に誰かの足があって、その足を負うように見上げるとアルバートがそこに居た。
見上げた瞬間、してやったりと言う顔をしていたが、直ぐにその顔から喜色を消した。
「ミラノ! 貴様の使い魔がこのような場所に座り込んでいるから、我の靴と服が汚れたではないか!」
それは流石に言い掛かりにもほどがあるだろと思った。
食堂の建物内部であればまだ理解できる、しかしミラノが座っているのは二階部分のバルコニーの隅である。
態々狙いでもしなければ──あるいは、ミラノに用でもあって慌てて駆け込みでもしなければ皿を蹴るようなことは無いのだ。
そもそも自分は壁際に座っていて、ミラノからも一定距離を離れているからそもそも視認できないと言う事も無いのだ。
しかし、そんなアルバートの愚考をミラノが見抜けぬ筈も無かった。
「ねえ、アルバート。もしかしてアンタ、私に喧嘩売ってる?」
「何故そうなる?」
「確かに床に座らせて食事をさせている以上、その事故は考慮できる。けどね、その事故が起こらないように私達はこんな隅っこに居るし、ソイツは壁を背にして何かの影に隠れたりしないようにしてるの。忙しそうにしている給仕でも無いのにアンタが私の使い魔の食事を蹴り上げたなら、狙ってやったとしか考えられないのよ」
と、自分の思いついた指摘点をすべて追求してくれた。
アルバートはそれに対してぐうの音も出なかったようだが、そんな二人の間に一人の生徒が割って入る。
「──ん、ミラノ。ゴメンなさい。私が、アルの邪魔をした」
そう言って、相手はミラノに対して深々と頭を下げる。
その際にひょこりと、束ねられた尻尾のような髪が靡き、顔を上げると──本当に申し訳ないと思っているのかすら分からない、眠そうな顔が見える。
「グリム。あのね──」
ミラノが何か言いかけたようだが、眉間を抑えて息を吐いた。
何か言おうとはしたらしいが、それを阻む要因が有ったのだろう。
「はあ、もう良い。次は気をつけて、グリム」
「──恩寵、感謝。アル、いこ」
「ま、待てグリム。我はまだそこの駄犬に用が──」
アルバートの言葉が不意に途切れ、グラリと焦点を失った目と共に頭が揺れた。
その場に倒れこんだアルバートの襟首を掴んだグリムは、俺たちにペコリと頭を下げるとそのまま彼を引きずって離れた席に向かっていく。
「グリムって?」
「──グリムは、あのアルバートの従者。ヴァレリオ家に代々仕えてる一族で、侯爵家よ。心無い連中からは犬とか言われてるけど、本人たちはそれすらも受け入れるくらいに忠実なの」
「へぇ……」
話を聞きながら、無事だった固いパンを噛み千切る。
それを見たミラノが眉を顰めていた。
「アンタ……じゃなくて、貴方──怒らないの?」
「ん、なんで?」
「食事、無くなっちゃったじゃない」
「我慢できないほどじゃないし、一度餓えた事もあるから耐えられるよ」
そう言いながら、魔法を使って水球を出した。
宙に浮いている水を口に放り込み、パンを胃袋に収めるが──主人は呆れているようだ。
メイドが騒ぎと惨状を見て、直ぐに片付けてしまい先ほどまで床に散らばっていた食事だったものは綺麗に無くなってしまった。
「言っておくけど、分けたりしないからね。夕食まで我慢する事」
「ん、了解」
いざとなれば出立準備で貰った非常食や携行食二種等と言ったものも有る。
ただ……何故従順さを示しているはずなのに、彼女は不機嫌になるのだろうか?
それを理解できないままに午後の二つの授業も終わりを迎えた。
今日だけでも魔法の講義、詠唱文の講義、実験の講義、総合実習と一通り見ることが出来た。
どうやら週初めにいきなり武術などは行わないようで、それは少しばかり残念だった。
夕食時は食堂に行くのが些か遅れてしまい、たどり着いて注文をした時に残飯は無いと言われてしまう。
「──ごめんなさい、もう一度聞くけど出せる残り物は無いと、そう言うこと?」
「は、はい。その……申し訳ありません!」
メイドさんが直角になるまで頭を下げた。
その向こう側で、俺はアルバートが厭らしい笑みを浮かべているのを見てしまう。
想像でしかないが、もしかすると圧力か何かをかけたのかも知れない。
この食堂で働いている人たちは魔法が使えない、貴族ですらない人々だ。
自分自身や家族を持ち出されて脅されたらそれに従うしかないだろう。
「ごめんなさい。私達と同じ食事を貴方にあげる事は出来ない」
そうはっきりと告げられてしまうと、事情や理由などを理解している自分としては頷くほか無い。
一瞬「自分でご飯温めてもいいかな?」と、ヒートパックで温食でも食べようかしらと考えてしまう。
しかし、そんな事をこんな公の場でやれば余計に首を絞めるだけだし、そもそも「アイテム欄から物を出し入れする」と言う事に説明が出来ないのだ。
ただ……空腹で血糖値や体温が下がってくると、匂いを嗅いでいるだけでもかなり辛いものがある。
まるでレンジャー課程のようで、不眠不休で作戦行動をしてるのに食事を作らせた上で「状況付与ぉ!」と食べさせてもらえないような物だ。
……ただし、レンジャー課程には行ってない、その支援で実態を見せ付けられて「うわぁ」となっていただけであるが。
食堂を出ると、彼女と別れる事になる。
浴場に行く事は出来ず、食堂の裏にある井戸で水をくみ上げてそれで身体を洗うしかない。
面倒だとか寒いからとか理由を付けて部屋に逃げ帰った所で、ちゃんと身体を清めてきたかを命令で問い質されたらバレてしまう。
ここ二日で井戸水のくみ上げ方には慣れているので、直ぐに終わらせてしまおうと考える。
下着姿になり、物陰で水を張った桶の水に手ぬぐいを浸して身体を擦る。
野ざらしで風除けも無いので鼻水が出そうなくらいに寒いが、身体さえ洗い終われば──魔法で身体を温められる。
「寒くない、寒くない。こんなの富士に比べれば楽勝だ。あぁ、冬の演習場に比べりゃ屁でもない。大丈夫、だいじょ~ぶ……」
「誰か居るのかな~?」
身体を擦る勢いからも熱を得ようとして、挫けそうな気力を独り言で奮い立たせようとした。
しかし、それがいけなかった。
声が聞こえて、振り返るとそこにはゴミを両手と頭に乗っけたメイドさんが一人居る。
戸惑ってしまうが、冷静に状況を判断する。
俺、下着姿で独り言をぶつくさ言っている変態。
相手、女性だしメイドだし、なんだか食堂で見かけた連中より一回り若く見える。
脳裏でMPと書かれた文字を身に纏った人にワッパを嵌められて連行される自分が思い浮かんだ。
すみません、悪意は無いんです。
ただ、浴場は使えないし井戸水使えって言われたし、メイドさんに裸体を見せて喜ぶ露出狂でも何でもないんです。
「あ、あ、ぁ……」
これが彼女の声だったら完全にアウトなのだが、残念ながら最悪な状況を考えた自分の情けない声である。
そもそもここ数日でも女神と主人のミラノ以外とは、まともに対異性経験を積んでいないのだ。
通報される、悲鳴を上げられる、人を呼ばれる、憲兵や衛兵が来る……。
頭の中で「お前はスカイリムとその民に対して罪を犯した、何か釈明はあるか?」と問い質される時のような恐怖が蘇る。
しかし、相手は──最悪の予想を良い意味で裏切ってくれた。
「あ、君がそっか。ちょ~っと待ってね?」
そう言って、相手はゴミを置くとさっさと厨房へと引っ込んでいってしまう。
それから何が起こるだろうかと思っていたら、彼女は桶を持って戻ってきた。
「水じゃ寒くな~い? ほら、お湯使いなよ」
「あ、えっと……」
「だいじょぶだいじょぶ、ウチの人から話を聞いてるんだ~。デルブルグ家のお姉ちゃんに召喚された人って、君でしょ? 噂とか~、今日の夕食の時に君に食事を持っていかないように脅された~って話を聞いてるんだよね~。お腹すいてな~い?」
「そりゃ、その……空いてます、けど──」
「じゃあさ、賄い物が出せるかどうかおやっさんに聞いてみるから、その間に湯浴みを済ませなよ~」
そう言って、彼女は厨房内へと戻っていく。
感謝の念を抱きながらさっさと身体を洗おうと急ぐと、厨房内から野獣の咆哮の様な怒鳴り声が聞こえてきて、直ぐに先ほどの少女の悲鳴が響き渡る。
……これ、絶対に良い兆候じゃない。
そう思いながら俺は逃げようか迷っていたら、厨房からノソリと──その戸がまるで小さいと言わんばかりの巨体が抜け出てくる。
ゴリラ? そう言いたくなる位の体つきや椀毛、髭を蓄えたオッサンが出てきたのだ。
「Nonononono、待って、悪い事してない、暴力反対だって!」
ジーンズに足を突っ込んで、飛び跳ねながら距離をとろうとする。
しかし、相手の動きの方が早く、石畳の上にこけた俺の足を掴んでそのまま片腕で引き上げた。
上下反対の世界で、相手の獰猛な眼差しが俺の顔を見据える。
……これでも抵抗したらダメなんでしょうか、ミラノさん?
このままじゃ今日の就寝時間には、数倍の体積になるくらいボコられて帰る事になりそうです……。
「──そうか、オメェがここ数日貴族連中の噂になってる野郎か」
「あの、その。ちゃんとヤクモって名前があるんですけどね? というか、噂? 英霊がどうとかわけの分からない事と繋がりがあります? そもそも、自分は何で足を掴まれてるんです?」
「そりゃオメェが逃げるからだろうが。――服を着たらさっさと厨房にまで来い。逃げるなよ」
棒回しかと言いたくなるような感じでぐるりと回されて、両足から地面に下ろされた。
そして相手は来た時のようにノソノソと再び厨房へと戻っていく。
余り待たせないほうが良いなと、先ほどの悲鳴や相手への恐怖で震えながら厨房へと入っていく。
すると、入って直ぐに目にしたのは壁際で床にへたり込んで居る先ほどのメイドさんが居た。
項垂れ、時折ピクリと痙攣しているように見えるが……。
「おい、坊主。そこは邪魔だ、こっちに来い」
「えぇ……」
「ソイツは女連中の面倒を見る立場で、クソ野郎が脅した事を今の今まで黙ってたんだよ。だから殴った」
「いや、その……殴るのは良くないんじゃないですかね?」
「テメェの下の面倒見れねぇで、それを知って報告をしねぇ時点で大問題だ。それに、アイツはそんなにヤワじゃねぇ。そら、座れや」
そう言われ、気を失っているであろう先ほどのメイドさんに心の中で謝罪しながらその通りにした。
何が始まるのだろうかと思っていたが、目の前に料理──なんと残飯では無い!――の乗った皿が出てきた。
「これは──」
「ふん。クソ連中の思い通りになるのは気に入らねぇからな。それに、そんな性根の腐った事をする野郎が居ると知っていたら、直ぐにでも叩き出してた。これは迷惑をかけた事への侘びだ」
「叩き出すって……」
「やは、は──。おやっさん、本当に相手が貴族でも蹴り飛ばすから、ね──っと」
痙攣していたはずのメイドさんが意識を取り戻したらしく、よっこらしょと掛け声と共に立ち上がった。
……嘘だ、あんな丸太のような腕から繰り出された殴りから復帰できるとか、全く信じられない。
「痛いよおやっさん! バカになったらどうするのさ~!」
「てめぇはこれ以上バカにゃならねぇよ、トウカ。懲りたら今度からさっさと言うんだな」
「ちぇ~……。けど、良かったね~、君」
そう言ってトウカ……と呼ばれた少女は、満面の笑みを浮かべながらこちらに来た。
……給仕たちの管理を任されている、つまりは現場トップ? この子が?
全く理解が出来ずに居たが、とりあえず出されたものを頂く事にした。
「──わ、美味っ」
「そりゃそうだよ。おやっさん、旅してる所に態々声をかけてもらってここで厨房を任されてるんだもん。何ヶ国も旅をしてさ、色々な料理を覚えてるんだもん、すごいよ~?」
そう言って彼女は笑みを浮かべていたが、直ぐに何かを思い出したように手を叩いた。
「あ、そだ。私はトウカって言うんだ、君は?」
「自分は、ヤクモ……です」
「わ、名前の響きが一緒だ。もしかして北部の人? あっちの国の人なら同じ感じの発音をするんだけど──」
北部? あっちの国?
どういう意味だろうかと問おうとしたが、直ぐに先ほどの料理長の怒号が響く。
「トウカぁ! テメェのやる事済ませてから坊主の相手をしろ! それと、ウチのモンを脅したバカの事を聞きだして来い!」
「わ~、待って待って! 直ぐにやるから、もう拳骨は勘弁!」
彼女は「ゴメンね?」と言って直ぐに駆け出すように去っていく、後にはクマのようなおっさんが残されるのみとなった。
「──オレはアレンだ坊主。あのバカが言ったとおり、この厨房を学園側から任されてる。そのオレの城で問題を起すって事は、誰であろうとケツを蹴り飛ばして構わないことになってるんでな。もしこれからもバカどもが何かやらかしたら、オレに言え」
「はは、その……有難う御座います」
「礼はいい。貴族連中が我が物顔で好き勝手出来ると思ってるのが、どうにも気にいらねえだけなんでな。もしまたメシを蹴り上げられたとかで何も喰えなけりゃこっちに来い、その文オレは奴らをぶちのめす事が出来る」
そう言って、おやっさんはその大きな手の平に物凄い力で拳を打ちつけた。
バチン! と、聞いているだけでどれだけの威力があるのかを考えて震えてしまい、余り深くは考えないようにした。
「坊主も井戸水で身体を洗ってたくらいだ、あんまり良い扱いは受けてねぇんだろ?」
「まあ、床で寝たり食事は残飯だったりはしますけど……幾らか慣れてるんで」
「──そうか」
自衛隊でそういった経験を豊富にしてきていると言う意味だったが、おやっさんが全く違う意味に捉えたようだ。
昔も今も虐げられていたと言う風に取ったらしく、その大きな手を肩に優しく置いてきた。
「……ま、こうやってお互い会えたんだ。出来るだけの事はしてやるから、坊主も上手くやりな。その代わり、貴族連中に何かやらかしたら、全部話せ」
「話して、どうするんです?」
「決まってるだろうが。オメェが貴族連中に迷惑をかけた話を聞いて、それを肴に酒を飲むんだよ」
……学園側も、よくこんな反骨精神を抱いた人物を料理長にしたものだ。
貴族を毛嫌いしていて、蹴り出す理由を探していたり、迷惑をかけたらそれを肴に酒を飲むとか──。
まあ、人にはそれぞれ色々な過去が有るのだから、もしかすると文字通り嫌な事でもあったのだろう。
「あまりやりすぎて、目を付けられたら大変じゃない、ですか?」
「ふん、オレに挑む度量があるものかよ。それに、オレは独り身だから脅しにゃならねぇしな」
「──……、」
それ以上深くは聞かず、さっさと食事を済ませることにした。
余り長居すると湯浴みを終えたミラノが部屋に戻ってしまう。
遅いと「何してたの」とか言われてしまいかねないし、そう言う意味でも下っ端根性は健在だった。
「湯なら幾らでも出してやるから、今度から好きにそこの扉から来い」
「すみません、有難う御座います」
「良いって事よ。庶民は庶民同士で助け合って生きていかなきゃな」
そう言っておやっさんと別れ、小走りで女子寮の部屋まで戻りながら考える。
……そっか、メイドたちも料理人たちも全員庶民なのか。
この学園と言う、外の世界と隔絶された場所では結束し、団結しなければやっていけないのかもしれない。
学園の周囲は高い壁で覆われており、駐屯地よりも堅牢な上に不透明な場所だ。
外に出入りするには南北の跳ね橋の存在する門を通らなければならず、学生であるミラノ達ですら基本的に週末以外は外に出ないようだ。
学園専門の兵士が居て、彼らによって簡単な検査を受けなければ出ることも入ることも叶わない。
であれば、自分なんか余計に出る事も出来なければ逃げる事すら出来ないと言う訳だ。
少なくとも、身投げして自殺できるくらいの高さの壁から飛び降りようとは思わなかった。
女子寮にやってくると、いつもだけれども肩身が狭い思いをする。
申請を出し許可が下りているとは言え、自分だけが男子なのだ。
出入りなどは自由らしいが、それでも基本的に女子生徒しか居ない建物に同道と入って行きそこで寝起きし生活しているとか……マトモな人なら恐怖や危機感を抱くだろう。
「あっ……」
そして今も、階段を登って廊下を通っている最中に一人の女子生徒と目があって逃げられてしまった。
どうしようもないくらいに傷つくが、それが当たり前なのだと──どこか主人は危機感が抜けているのではとさえ思ってしまった。
ノックをした所まだ戻っていないようで、安堵して部屋に入る。
腕時計を見て彼女が戻るまでに時間があることを確認すると、風呂上りの一杯の準備をすると共に部屋の整理整頓をする。
掃除などは毎日学業の時間にメイドさんがやって来てやってくれるようで、衣類の洗濯などもそういった人々の仕事なようだ。
だが、洗濯した物を部屋まで届けはしても片付ける事まではしないので、それは俺の役割になる。
「えっと、『ウォーター』。それと、『ファイア』」
魔法を使って水を出してそれをビーカーに注ぎ、直ぐに三脚台の下に火を出す。
詠唱とかしなくてもイメージをしながら魔法名を言えば出るのだけれども、それはどうやら『ずるい』らしい。
けれども、そんな事を言われても仕方が無い。
試してみたら出来たのだし、これに関してもきっと恩恵なのだろう。
茶葉やコップなども出して、とりあえず主人が帰って来ても大丈夫なようにする。
念の為に短時間でも換気をしておこうかと窓を見た時に、なんだか見たことの有る顔が逆さになってそこに有るのに気付いてしまう。
「――む」
目があったのを相手も理解したらしく、直ぐに消えた。
急いで窓を開けて周囲を見るが、相手の姿は一切見当たらない。
「グリムだったよな……」
アルバートの従者である彼女が何故窓から部屋の中を見ていたのだろうか?
理解が出来なかったが、追求する事も出来ないのでほうっておく事にする。
此方は何ら疚しい事はしていないのだし、堂々としている方が相手もやりにくい事だろう。
窓際で壁を背にしながら、胸ポケットからメモ帳を取り出して今日一日で学んだ事や教わった事、理解した事や名称だの事象だのを書き留めた事を再確認する。
予習は出来ないけれども、復習そのものは幾らでもできる。
授業中に耳にした範囲での他人の声でも、バックログシステムで幾らでも追確認出来るのは特権だと思う。
授業内容の音声を全て抜粋してつなぎ合わせる事で、音声のみで再び受ける事も出来る。
音声を聞きながら、メモ帳を眺めていると――自衛官候補生時代を思い出してきた。
――良いか。基本教練の目的はこのように有る――
――二段ベッドで下の段の奴は講義内容をベッドに挟み込んで寝るまでずっと眺めてろ――
――難しい事言ってねえんだよ。身体しか使ってないんだから空っぽの頭に詰め込め!――
班長達の罵声や怒号が懐かしいと思えてきたが、今はそれ無しに自主的にやらねばならない。
自衛官は除隊しようが自衛官であることを覚えておけ。
周囲は無職になっても『元自衛官』として公表するのだから、その事を忘れるな。
使命の自覚、個人の充実、責任の遂行、規律の厳守、団結の強化――。
そう叫んだ同期たちとの日常も、遠い昔の出来事だ。
懐かしんでいると、扉が急に開かれて驚いてしまう。
直ぐに音声の再生を止めるが、驚いた俺よりも部屋に入ってきた主人の方が驚いていた。
「――どうか、したの?」
「どうか、とは?」
「何か、顔付きが違うから驚いちゃって」
「顔付き……あぁ」
ここ数日、仮初にでも自衛官だった頃の自分を幾らか持ち出して生活していた。
それに加えて先ほど――自衛隊時代の事を思い出していたから、その時の自分になっていたのかもしれない。
眉に力が入り、目にも幾らか力が入っているのを認識すると、それらを直ぐに和らげた。
「――ゴメン。その、今日学んだ事を復習してたんだけど、そしたら昔のことを思い出しちゃって」
「昔、ね。どんな事?」
「駆け出し兵士として訓練を受けていた時の事と、その時に一緒だった同期の事とか……。世話になった上官や、その時の日々をね」
「兵士なのにお勉強するの?」
「使っていた武器が特殊でさ、その仕組みや性能を知らないといけなかったんだ。それに、何故自分らは訓練するのか、何故そのようにするのかといった細かい所まで全てしっかり描かれていて、それらを覚えるのは大変だったよ。今じゃ、大部分を忘れてるけどさ」
そう言って、メモ帳と窓を閉ざした。
帰来するまで水を緩く温めていたが、帰ってきたので火力をあげて直ぐにお茶を出せるように準備する。
どれくらいの茶葉を使い、どれくらいの温度が好ましいか。
砂糖をどれくらい必要とするか等もメモし、覚えている。
そして彼女はお茶の準備をするこちらを見て「自分の分を忘れてる」ともう一人分のコップを出した。
お茶の準備を終えると、彼女は差し出したお茶を口にして美味しそうにしている。
どうやら口にあったようだと、幾らか安心する。
「貴方のこういう気配りとかも、その時の経験」
「まあ、そうかな。兵舎のような場所で寝起きするんだけど、下っ端だととにかく先輩の言う事を聞かなきゃいけなくてさ。好きな珈琲だとか、飲み物は覚えってなきゃいけなかったし、部屋の掃除や管理も全部やらされてたよ。ただ、長く居ると先輩たちも辞めたり偉くなったりして部屋から居なくなって、自分が今度は偉くなるんだけどね。当然やらせることはやらせるんだけど、自分がされて嫌だった変な風習は駆逐したりとかね。まあ、楽しかったよ」
営内に戻ってきたら、部屋長のロッカーに貼られているアイドルのポスターに挨拶しろ。
夕方の飯風呂が終わったら部屋長にマッサージをする事。
朝の点呼が終わったら目覚めの珈琲を美味しく淹れる事。
週末外出の際に部屋長が欲しい特典のある雑誌をエロだろうが買って来い。
色々あったが、自分が部屋長になったらんなもん全て止めた。
下は自分がやるべき事をこなし、部屋のものは目に余る事があれば指導する事。
出来ない事は怒るのではなく教え、教わった物は不出来であっても出来るように覚える事。
五人で生活した部屋は、プライバシーなんか無かったけれども、楽しかった六年間だった。
そう……温情で二任期のところ、三任期まで居させてくれたのだ、感謝してもしきれない。
「――良かった。てっきり、怒ってるのかと思ったから」
「怒る?」
「アルバートの奴、嫌がらせをしてたでしょ? そのせいでお腹も空いてるだろうし、私も上手く庇えているか分からないし……」
「怒ってはいないよ。ただ、面倒臭いなあって思ってる」
「面倒?」
「まあ、ね」
人間ってのは、何処にいっても下劣で低俗な連中が多い。
自分含めて、バカが多すぎて――ネットと言うフィルター越しの世界でもそれは変わらない。
群れれば強いと、正しいと錯覚して少数を虐める。
社会的な身分や地位が高ければ正しいと思い込み、自分の主張を絶対正義のように他者を見下す。
他人と繋がっているような錯覚すら覚えるツイッターですら、ただただ自分の考えを肯定するための同意見の相手を見つけてセルフハウリングし、矮小な正義感を満たす為に態々非論理的で非生産的な喧嘩を吹っ掛けては「はい、勝ち~」と勝利に酔いしれる。
異世界にきてもそれは同じで、全く変わりはしなかった。
上官に気に入られていれば、長く在隊していれば偉いと錯覚し問題しか起さなかった先輩が居た。
どれだけ問題を起しても、長く隊に居て上官に気に入られていれば許されてしまうのだ。
そのせいで後輩が除隊して行こうが、そのストレスで問題を起しても叱責される事が無いように。
「下らない事に、わざわざ気を煩わせるくらいなら、今日見知った事を勉強しているほうがマシだ」
そう、吐き捨ててしまった。
その時、自分は”俺”になっていた。
過去を思い出し、過去を懐かしみ、それよりも大事な事があると理解しているような口ぶりをしてしまった。
彼女がそれをどう受け止めたのか、カップをゆっくりと下ろす。
「――勉強、好きなの?」
その言葉に現実に――俺から”自分”へと戻り、思考のズレで少しばかり戸惑う。
「ああ、うん。好きだけど……なんで?」
「文字も読めるみたいだし、部屋に有る本を読んでも構わないから。私が使うから授業に使う教本はダメだけど、今度暇があったら図書館に連れて行ってあげる」
「図書館? あるの?」
「古今東西、十万以上もの書物が収められている宝庫とも呼べるんだけど」
十万、じゅうまん!
なにそれ、ヤバイ。ツタヤの図書館か何か?
ミラノが服を引っ張り、首から提げていた鍵らしきものを取り出す。
そして部屋の隅にあった本棚を開放すると、また戻ってくる。
「私が居る時だけだけど、好きにしていいから。ただし、絶対に汚さない事。折り目をつけたり、居眠りして涎を垂らしたりしたら絶対に許さないから」
「ゆ、るさないってのは?」
「事故や仕方が無いと言う訳じゃなくて、主人命令で食事を抜いたりするから」
それは、最早最悪の事態では?
主人から食事抜きを言い渡されてしまったら、同じ部屋で寝起きしている以上、厨房で賄い物を貰ったらばれてしまう。
そう言うことにならないようにしようと、肯定するように頷いた。
彼女の許しが得られたので、早速本棚を見てみる。
「んと、なになに……。十二英雄の歴史、魔法の基礎と必要とされる語彙、詠唱と杖の動かし方による効果的な魔法の発動方、茶葉の種類と流通、病を治すとされる魔法や秘薬について……」
「ちょっとゴメン」
本棚を見ていると、彼女がやって来て本棚から本を一冊抜き出した。
それが「病を治すとされる魔法や秘薬に着いて」と言うもので、彼女はそれを手にしてベッドにうつ伏せに転がった。
短いスカートだと言うのに、パタパタと足を動かしていて非情に危うい。
ローブを纏っていればまだ良いのだが、部屋に戻ってきた以上邪魔だと脱ぎ捨てている。
「あ~、その。質問、いいかな?」
「ん~、あに?」
「何か病気とか……そう言うのに興味が?」
「無い訳じゃないけど、貴方は貴金属を掘り出すモグラでも無ければ、精霊の集う場所を見つけ出す精霊でも無いでしょ。それとも、何かそういった技能でもあるわけ?」
「いや、ない……けど」
「それに、魔力があって魔法の扱いに関して多少特殊だけど、魔法その物を知らないから関係の無い話」
そう言われては仕方が無い。
十二英雄に纏わる話が気になったのでそれを手にして、暖炉の近くに陣取る。
薪が切れないように見ておかなければならず、彼女が飲み終えたお茶の片付けなどもしなければならないからだ。
もう飲まないのだろうかと問おうとして、純白の履物が完全に見えてしまって聞くことが出来なくなってしまった。
片づけを済ませると、爆ぜる音と火の音だけが静かに部屋に木霊した。
「――身内に、二人居るのよ」
彼女が静かにそう漏らし、若干戸惑いながらも考えを整理して問い返そうとする。
「病気の人が?」
「妹と母さまがね。私が学園に入るよりもずっと前から身体が弱かったり、心神喪失してて。もしかしたらそれを治す方法や手がかりが得られないかなと思って」
「――妹が居るんだ」
「学園に居るんだけど、季節の変わり目になると授業にも出られないくらいに弱っちゃうから。会った事もないだろうし、会わせるにしても大分先になるから期待しないように」
大丈夫だよと言い返して、再び部屋は静かになる。
時折ポフリポフリと彼女の足がベッドの上で動いている音が聞こえる以外は、全く気になる音が無くなった。
頭の中で色々考えて、彼女が優秀なのはそういった『家族の為に』と言う物があるからかもしれない。
それを踏まえると、アルバートが釘を刺してきた理由も見えてきて、納得できた。
同じ公爵家の者であり、内部の事情を知っている。
家族の為に頑張っているミラノの邪魔をするなと、その足を引っ張るなと――そう言いたかったのかも知れない。
「――家族が心配なのは、理解できるよ」
「そう言えば、貴方も弟と妹が居るんだったわね」
「父親の仕事の都合でさ、まだ十にもならない内から弟や妹の面倒を見てたから。身内が大事になってるのに、それを気にし無いだなんて嘘だ」
「まるで経験が有るみたいに言うのね」
「まあ、長く生きてりゃ色々あるよ。水場に落ちて息をしていない妹だとか、頭に深い傷を負って危うく血が足りなくなって死に掛けた弟だとか……ね」
「血……」
とある作品の言葉の引用になるが「長男とは、後から生まれてくる弟や妹を守るための存在だ」という言葉が大好きだ。
実際、そう有りたいと、そう有れたらなと思ってきたし、願ってきた。
しかし、最終的に自分は……二人によって生かされた。
長男なのに、一番上の兄貴なのに。
「自分に出来る事があれば、出来る範囲であれば何でもやるよ」
「何でもやるとか、そんな軽々しく言わないで!」
慰めとも、助けともいえる言葉を投げかけただけだった。
悪意も無く、押し付けの善意でもない言葉のはずだったのに……返ってきたのは怒鳴り声だった。
ズキリと、胸が痛む。対人的な恐怖が、胸を支配しようとした。
「何でもは、やらなくていい。出来る事だけ、やって」
荒げた声を無理矢理落ち着かせたような声が返って来て、それを受け入れるしかない。
きっと、彼女もまた追い詰められているのだろう。
長女として、或いは――学園に来て四年目なのに何ら成果が導き出せない事に対して。
ミラノに声をかけるのは止めようと、手元の書物に目を落とした。
そこに描かれているのは、遥か遠い昔のこの世界のお話だ。
魔王が人類を滅ぼそうとし、人類は文字通り滅びかけた。
その時に神が人々に力を与え、魔物に抗う力を与えたそうだ。
魔法を得た人々はそれにより何と滅びを免れ、中でも大きな活躍をした十二名が英雄……英霊と呼ばれるモノになったのだとか。
魔王を打ち倒した英雄達は、方々に散って人々を纏め復興へと導いた。
その内の一人、大賢者であるマクスウェルがこの学園を創立したとも書かれている。
そして学園の周囲に四つの国が出来たとも書かれていた。
学園の北にツアル皇国、学園の南にヴィスコンティ国、学園の西に神聖フランツ帝国を、学園の東にユニオン国を。
その時代を生き延びた人々は、再び同じような事が起こらないようにと誓いを立て、学園で魔法の扱い方や戦い方を学ぶようにした。
十二英雄のうち戦いを生き延びた九名は、再び人類が滅びるような事態が起こった時の為にと自身の魂を神に捧げ、時が来れば召喚されて再び人類の為に戦うのだと言う。
「人類の為、か……」
自分は日本と言う国の為、日本国民の為に誓いを立てた――その筈だった。
しかし、実際に守りたかったのは日本にある実家……家族が再び集う場所だったのだ。
だから両親を失い、意義や目的を失い、心が折れた。
その結果が、今の自分だ。
その後、消灯時間が来て灯りが自然に消えるまでお互いに会話は無いままだった。
ジャケットを自分にかけて冷たい床に転がり、目蓋を閉ざす。
ガタガタと窓を揺らす風の音がやけにうるさく聞こえて、目を開けたら富士の演習場に居るのではないかと――そんな錯覚すら覚えた。
■ 主人の憂鬱
使い魔を召喚して暫く経過したけれども、一日が過ぎるたびに私は苦しくなる。
一つはアルバートがやけに私の使い魔を攻撃したがるからだ。
奴は相応しくないとか、奴は貴様の歩みを妨げるとか色々な『ご高説』を貰ったけれども、取り合ったりはしなかった。
取り巻きである下らない連中も、言われるがままに――或いは、言われずともアルバートに加担した。
私は……自分がこの学園において、好意的に思われていると考えた事は無い。
居るとしても、それが今私の頭痛の種となっているアルバート本人だと言うのが情けない話だ。
「ちょっと、泥だらけじゃない!?」
ここ数日で、彼が被った被害は看過出来なくなっていた。
頻度も高くなり、私が目を離したり一緒に居られない時に行われる事が多い。
初めての武術の訓練で、私は心配しながらも――流石に教師などの目が有る場では無理をしないだろうと思った。
しかし、戻ってきた彼は幾らか泥だらけになっていた。
みすぼらしくなった姿を見て、”誰か”と面影を重ねてしまい頭に血が上るのを感じた。
私にとって初めての使い魔であり、直接の下の人物だ。
上手く面倒を見られているか、教育が出来ているかは分からない。
それでも、従順さを示し立派であろうとしてくれる者を傷つけられて平気でいられるほど大人でもなかった。
「いやぁ、ちょっと……色々あって」
「平気なの? 怪我は……どこか、痛むとかは――」
「あぁ、えっと。大丈夫。上手くかわして来たから」
……もう一つの頭痛の種は、使い魔である彼だった。
その性格が、その外見が、その性格が、その言葉遣いが、その声が……全てが”誰か”を思い出させてしまうから。
彼は床で寝るのも、冷たい食事を床で食べることも、この時期に井戸水で身体を洗う事に意見したりしなかった。
食事を蹴り飛ばされ、服を汚され、物を壊され、直接暴力に訴えられても何でもないような顔をしていた。
それが、余計に”兄”を思い出させた。
「大丈夫、怪我はさせなかったし、抵抗しないで逃げてきたからさ。迷惑はかけないようにしたよ」
なんて、彼は自分を何処までも無視し、その考え方に苛立たされる。
家族が大事で、何でもすると言った兄は――本当にその通りにしたし、してくれた。
私の目の前で兄は死んだ、本当に……家族の為に、何でもしたのだ。
だから彼が同じ姿で、同じ声で、同じような事を言うと私の過去を抉られたような気がして、平常ではいられなくなる。
兄は常に自信が無さそうで、戸惑ったような喋り方や覇気を感じさせない人だった。
目の前の人物も同じように、自信が無さそうで、戸惑ったような受け答えや覇気を感じさせない表情をしている。
けれども――先日部屋に戻った時に見せたあの顔は、数少ない凛々しい表情そのものだった。
そこまで似なくてもと辛くなる、苦しくなる。
「迷惑とか、そう言う問題じゃ――」
きっと、本当にそうしたのだろう。
アルバートやその取り巻き達が訓練用の武器を手に、本人たちは面白半分に追い掛け回しただろう事は、直ぐに想像がつく。
それでも抵抗すれば――反撃などをすれば、余計に状況が悪くなると思い、主人である私に迷惑がかかるだろうと、逃げ回ったりしたのだろう。
それでも額から血が滲んでいたり、呼吸がおかしい事は分かった。
「先生は、何も言わなかったの?」
「まあ、相手が相手だし……。と言うか、見てみたら、多分失望するんじゃないかな」
「……どういう意味?」
「あんなの授業じゃない、ただのお遊戯だ。教師も居るだけで、何もしてはくれなかったよ」
そう言って、彼は自分の身体の状況を確認するように動かしていた。
けれども、そこまで教師と生徒の力関係が逆転しているとは思わなかった。
生徒の中には親が送り込んだ専属の教師が居たり、或いは国が違うのでやり方が統一できないと言う話は聞いていた。
それでも私は女性であるが為に真実がどうかを確認する事はできなかったし、男子たちのする事に口を挟むこともできなかった。
公爵家の長女とは言っても、所詮女なのだからと――諦めて。
「直ぐ部屋に戻りましょう」
「あれ、もう一つの授業は……?」
「そんなの、どうでも良い! ほら、来るの!」
私は昼食後にある、もう一つの授業を投げ、彼をつれて部屋に戻った。
女子寮に入る前に靴が汚いからとかつまらない事を口にしていた、服が汚れているからと部屋に入ることを躊躇した彼を叱咤しながら部屋に戻る。
「上の服を脱いで」
「いや、大丈夫――」
「脱ぐ!」
その時、命令していられたならどんなに良かっただろうか。
けれども、下らないと言われても仕方が無いくらいに……兄と彼を重ねてしまっていた。
彼が大人しく上の服を脱ぎ、まだら模様で緑色と茶色の入り混じった服だけになると、腕などが赤く腫れ、所によっては青い痣になっているのが分かる。
その怪我に触れると、彼は何も言いはしなかったが身じろぎした。痛いんだと思う。
「いや、こんなの怪我の内に入らないって。骨が折れたりした時の方が、もっと酷かったし」
それは父さまとの訓練の事だろうかと考えてしまい、直ぐに違うと振り払う。
私は杖を取り出すと、普段使う事の無かった魔法を使う。
「『神よ、生命の神秘を司る水霊よ。この哀れな子羊に安らぎを、忠実たる犬に哀れみを与えたまえ――』」
言葉を紡ぎ、最後に『ヒール』と付け足す。
当然だけれども、直ぐには効果が現れない。それでも少しずつ、目の前で赤く腫れた怪我が引いていくのが見えた。
それでも青い痣だけはどうしても消すことが出来ず、それが私の未熟さを証明している。
「今のは、何系統?」
「聖、上級の系統の一つ。治癒や援護、援助に使う魔法はだいたいそれ」
「闇と反目する属性、だっけ」
「ええ、そう。……とりあえず怪我は治したから、後は冷やしておきなさい」
■憤怒の焔
ミラノが教室に来ず、寮に使い魔をつれて戻ったと聞いて我も寮へと戻った。
従者であるグリムに様子を見て来いと言った所、聞きたくも無かった話を聞かされる。
「――えっと。ミラノ、あの人の手当してた。魔法で治して、濡れた布で冷やしてあげてた」
「なっ!?」
「ミラノ、怒ってたけど、悲しそうだった」
「あの、駄犬がぁ!」
怒りに任せて机を引き倒す。
それでは怒りが収まらず、椅子も蹴り飛ばした。
グリムの脇をかすめて椅子が飛んでいくが、それを気にするほど冷静ではいられなかった。
「なぜだ、なぜ分からぬミラノぉ……! 貴様を理解しているのは我だ、一番気にかけているのは我なのだ! にも拘らず、何故あんな男に固執する……ッ!」
吐き気を催しそうなくらいな怒りが身体を支配する。
明確な敵だった、なんとしても排除したいくらいに憎々しい相手だった。
先日の一件で、厨房に居る料理長が怒りを撒き散らしながら我らを蹴散らした。
あの時にかかされた恥は決して忘れる事などできない。
それだけではない。
事前に忠告したにも拘らず、奴はミラノの学業の邪魔をし――さらには、そのミラノから教えを受けているのだ。
なんと羨ましい、なんともあるまじき行為!
我は――我は四年、四年も一緒に居ながら未だに近寄ることすら難しいと言うに!
「――ね、アル。やめよ?」
「何を言うのだ、グリム! 今更……今更止められるものか!」
そう叫び、部屋の中で保管されていた葡萄酒を取り出すとその栓を開けた。
「――まだ、授業中」
そんな従者の諌める声を無視し、そのまま口をつけて半ばほど飲むと――様々な思いが胸を締める。
「四年、四年だ。学園に来る前を含めると、もう五年か……六年程の付き合いになる。あの頃からミラノは可憐であった、叶うのであれば傍にいたいと願うほどに。だが、それだけではダメなのだ。我は優秀でなければならぬ、ミラノだけではなく……兄らに劣らぬほどに立派でなければ傍に居られないのだ」
「――ん、分かる」
「だのに! あの素性の知れぬ男は、焦がれるほどの相手の傍に常に居て、気にかけてもらい、果てには羨むほどの才を浴びるように受け取っている。否、日々の成長を妨げているのだ! それがどれほどの苦痛か、分からぬわけではあるまい!」
グリムとて、我が従者として優秀だと自負している。
ミラノが持ちえぬ才を有し、ミラノが敵わないと思しき技術も有している。
だが、そうではない。そうでは、ないのだ……。
「家の事で、苦心しているのは痛いほど理解している。だからこそ、母君やあの妹の為に日々勉学に勤しんでいるのも分かっている。そのような立派な志を邪魔されるのは、たとえ他人であったとしても……気に喰わぬのだ、グリム」
怒りが収まり、虚が胸を占めた。
ミラノは、我と同じなのだと――そう思っている。
優秀であろうと努力を幾ら重ねても、もうこの学園に我に努力する余地は無い。
かつては学年上位の者が沢山居たが、その多くが既にひれ伏した。
ある者は公爵家と言う家に恐れをなして武器を捨てた。
ある者は媚びる事で利益を得ようと擦り寄ってきた。
ある者は表向き何も言わぬ事で、裏で侮蔑するような矮小な輩に成り下がった。
ある者は我との手合わせで堂々と破れ、以後歯向かったりはしなかった。
寝床へと座り込み、項垂れるほどに――虚無を感じた。
「あと二年……あと二年しかないのだ、グリム。兄らは凄まじい、立派だ。今でも休暇の度に幾度と無く兄らを見てきたが、その足元にも及ぶ気がしない。上に行けぬのであれば、足を引っ張る連中を排除していくしか、最早無いのだ……」
ヴァレリオ家、槍の一族、英霊アイアスの直系子孫。
そのような響きは、三男である我には何ら意味を持たなかった。
長兄が家を継ぎ、次兄が補佐しながら何かしらあれば長兄の後を継ぐ。
だが、我には――最早家に居られるような道は無い。
「学園に来れば、我も兄らに追いつけると思った。家を継げずとも、親父殿に馬鹿にされぬ男になれると思ったのだ」
「――ん」
「済まぬな、グリム。我は不甲斐無く、貴様には苦労ばかりかける。だが……なればこそ――ミラノには、母君と妹を救って欲しいのだ」
葡萄酒に口をつけ、その中身が空だと理解すると床に放り投げた。
床を転がった空き瓶がグリムの足にぶつかり、グリムはそれを拾う。
「――アル。一つ、考えがある」
「何だ?」
「――けっと~、申し込む」
「あの駄犬にか? 無駄だ。奴は逃げ回る事しかできなかった、たとえ決闘と言う形を取ったとしても、得るものは無い」
そう言ったが、グリムは頭を横へと振った。
何だというのか? コイツまでもが……アイツの肩を持つのか?
「――アル、確かに強い。けど、見抜く力は……私の方が上」
「あぁ、それに関して疑う事は無い。グリム、貴様は優秀だ。我には勿体無いほどにな」
「――あの人、確かに凄いボロボロだった。けど、怪我……凄い軽かった」
「……なに?」
グリムの報告を聞いて、それはありえないと言いたくなる。
「無様に逃げ惑い、幾度と無く得物で穿たれた筈だ。それが、軽微?」
「――多分、防御とか、請け流しとか……そ~いうのが得意。あと、ミラノから聞いた。昔、兵士だった、って」
「兵士には見えぬがな。だが――」
半刻以上の間、奴は間断無く逃げ惑っていた。
何度か追い詰め、得物で叩かれては再び逃げる事を繰り返していた。
あの時は無様であり、惨めになっていく様に愉悦を感じていたが――。
「そう言えば、呼吸を余り乱しては居なかったな。それに、防御や受け流しの時に素手でも上手くいなしていた様な……」
「――なら、多分無意味じゃない。逃げられないなら……勝つか負けるだけ」
「考えを聞かせよ、グリム」
グリムは何だかんだ、周囲に誰も寄せ付けぬミラノと話をする事が出来る数少ない生徒だ。
であれば、それを利用してミラノを騙す事も誤魔化す事も容易なはずだ。
そう考えながら、グリムの語る”作戦”とやらを聞く。
話をしていくうちに、あの駄犬にも何かしらの利用価値があるのではと思えてきた。
「流石だ、グリムよ。褒美を取らす」
「――ん、刃物が良い。もしくは……弓?」
「グリムよ、この間そのどちらも与えたはずだが……」
「――どっちも、ナマクラだった。使い物にならない。それとアル、一つ忘れてる」
「忘れてるとは何だ?」
「――アルがサボった今日の授業、試験あった。苦手な詠唱の語句……忘れてない、よね?」
グリムの言葉を聞いて、血の気と共に酔いが醒めて行くのを感じる。
必死に教科の担任教師を思い出そうとする。
「あ~、グリム? 教師は……誰だ?」
「――メイフェン、先生?」
叫ぶしかない、叫ぶほか無い。
メイフェンとやらは、その魔法の実力と才能、実績と研究において若くにして教師をしている人物だ。
つい先日も、授業中に眠ってしまい、窓から放り出された事を思い出した。
故に、その恐ろしさはこの四年で嫌と言うほどに理解している。
「――アル。勉強……する?」
「頼む!」
武術だけでは世の中を生きていけぬと言うのは次兄の言葉だが、それを嫌と言うほどに理解している。
だが、それでも――勉学だけは、どうにも好きにはなれぬ!
二章・決闘とか古臭い
初めての武芸の授業でアルバート達に追い回され、負傷してから何故か嫌がらせは大人しくなった。
足を引っ掛けられたり、或いは隙を見て階段で突き落とされそうになるかもと警戒はしていたけれども、何も起こらない。
「なんか、何も起こらないって嫌な予感がするんだよなぁ……」
「普通何も起こらなければ安心するものなんじゃないの?」
ミラノは出来る限り目の届く範囲に俺を置くようにしたが、そうでなくても平和だったのは彼女にとっても意外なようであった。
ただ、先日授業をサボった事で教師に呼び出され、二人して事情を説明し簡単なお叱りを受けることに。
簡単なお叱り程度で済んだのは、きっと彼女が普段から教師に好かれているからだろう。
ただ、その若い女性教師は自分を呼び止めて「彼女の事、お願いね?」なんて言って来た。
やはりと言うかなんと言うか、孤立気味なのを教師として心配していたようである。
普通の学校であれば家柄とかを気にしないのだろうけど、残念ながら公爵家の娘だしなあ……。
「ん~、なんと言えばいいのかな。勘、に近いんだけどね? 人生って言うのは波みたいなものだと思っててさ、良い事や悪いことって言うのは上限と下限のどちらかに傾いた状態を言うんだよ」
「けど、それって悪かった状態から今から良い方向に向かってるって事じゃない?」
「ん~、あんまりこういういい方はしたくないんだけど。今のこの状態が”良い状態”だと思うんだ。だから、これ以上良くはならなくて、これから後は下がるだけだと思う」
「縁起でもない事言わないで。今度何かあったらアルバートに文句言ってやるんだから。アイツ、昔から妹にも悪い事言ってたし」
「悪い事?」
「私の陰に隠れているとか、私にとっての負担だとかなんとか。流石に怒ったし、アルバートも二度と言わなくなったけど」
……因みに、怒ったって文字通り「ぷんすか」と言うものじゃないんだろうな。
「因みに、怒ったって、どんな感じに?」
「魔法叩きつけて、窓から吹き飛ばして、地面に這い蹲っててもまだ動いてたから謝るまで電撃をぶつけたの。電気系統の魔法って生物に対してよく利くって書いてあったし」
「……やりすぎると死んじゃうから気をつけてね?」
「大丈夫よ。この服、対魔法効果を付呪で織り込んである特注品なんだから。全生徒がこれを着てるんだし、アルバートも同じ」
「へぇ。けど、付呪かぁ……」
エンチャントする事で特殊効果が得られるのか、知らなかった。
システム画面を表示してみて調べてみると、アイテム……服などを指定して対価さえ支払えばできる事が分かる。
今はまだこの世界について学ぶ事が多すぎて、自分が変に注文しまくって受け取る事ができた恩恵を調べる事が出来ていない。
魔導書を貰ったけど読んでいないので魔法はスッカスカ。
様々な装備を貰ったけれども、どれもまだ未使用の綺麗な官品状態。
宝の持ち腐れと言うものであった。
「――ミラノ」
「グリム、どうしたの?」
教師の叱責後、廊下を歩いているとグリムがミラノに声をかけた。
傍にアルバートが居るんじゃないかと、ついに自分の「平穏が終わる」と身構えてしまったが、どうも居ないようだ。
「……あのバカは?」
「――アル、先生に怒られてる。試験……ダメダメだったから」
「この前も試験で怒られてなかった? というかグリム、貴女も少しやり方を考えたら良いんじゃない?」
「――なら、ミラノが見る。多分、アルもそのほうが良い」
「グリム? 私はアイツの従者じゃないし、そこまで親しい訳でも何でもないの。それに、私がそうする事で貴女の仕事を奪う事になるし、それを安易にやるような愚か者でもないから」
「――残念」
などと、全く残念そうには聞こえない声の抑揚で言った。
しかし、こうやってミラノとグリムが並ぶと似た者同士のようで些か違う。
ミラノは真面目だから余り表情を変えないが、グリムは常にやる気を感じないと言うか……なんと言うか。
いや、やる気が無いと言うよりは気質の問題なのかも知れない。
前に明らかにアルバートが皿を蹴り上げた時も、シレッと擁護できる位置に立っていた。
掴みどころが無い、存在が曖昧で気取られにくい、そんな感じがする。
もしかするとこの前窓の外に居て中を覗いていたのも見間違いでは無いのかもしれないが、そうすると今度は「三階のミラノの部屋を覗く為に何らかの方法でぶら下がったり張り付いたりしていた」と言う事を考えなければいけなくなる。
カラビナに縄を通したり括り付けたりしてどこかに引っ掛けて、ラペリングでもしていたと考えるのが一番シックリ来るが、それはそれで「どんな従者だ」となってしまうのだ。
「それで、何の用事?」
「――ん。メイフェン、先生が次の授業終わったら、来てって……言ってた」
「先生が……? ちょっと待ってて」
ミラノが再び教員の部屋へと入っていく。
アメリカンスクールみたいに、教師が受け持つ授業と一緒に固定された部屋に居る。
それを授業毎に生徒たちが移動すると言う、日本の教師が入れ替わり立ち代りやってくるシステムとは違うようだ。
もしかしたら大学はそうなのかもしれないけれども、残念ながら自分は大学に行かないでそのまま自衛隊に入った口なのでそこらへんは分からない。
ミラノの後を追おうかと思っていたら、肩をそっと掴まれた。
見ればグリムがゆっくりと首を横へと振っている。
「――行かない方がいい」
その言葉の意味を理解しようとはした、なんでそんな事を行ったのかを読み取ろうとした。
しかし、ミラノの姿が教室内に消えてから、グリムの声に続くように廊下の向こう側から一人の人物が周囲の光景に馴染まない様相で歩いてくる。
……アルバートだ。
周囲の生徒たちがその姿を見て道を開け、彼は何の障害もないままに此方までやってくる。
その姿を見た瞬間、絶対に関わったらいけないと感じた。
直感でも何でもなく、ただの経験談から導き出した選択である。
しかし、グリムに肩を掴まれている以上、それを変に振り払えばミラノに迷惑がかかってしまいかねない。
だから、アルバートが来るまで座して待つしかないのだが――。
「なんで、ボロボロなんだ?」
「――メイフェン先生、凄い怒ってた。罰……受けてた」
「余計な事は言わんで良い、グリム! くそ、あの教師は罰と死刑の区別がついていないのでは無いか? 魔法をバカスカ放ちおって……」
どうやらメイフェン先生にやられたようであるが、大分ボロボロで見ていて気の毒になる。
髪も顔も煤けているし、ミラノが「魔法防御が組み込まれてるから」と言った制服も、所々ズタズタにされている。
確か特注で高いとか言っていたはずだけれども、そこらへんは良いのだろうか?
「ミラノは中か?」
「──ん、中」
「あの、一体何が……」
何が始まるのか。
そう問おうとした先に、アルバートは待てと言わんばかりに手の平をかざしてくる。
一瞬魔法や攻撃の類なのでは無いかと構えてしまったが、もう片方の腕を忙しなく動かしている事からその心配は無さそうだ。
「……む、グリム。手袋が無いぞ。おかしい、先日用意したのだが」
「──アル、先生におこられる……かもって、預けた」
「あぁ、済まぬな。せいっ!」
そして今度はグリムが差し出した手袋を受け取ると、こちらの顔面に目掛けて投げてくる。
しかし、避けるまでも無く頭一つ分隣を通り抜けていった。
……何がしたいのだろうかと怪訝に思っていると、アルバートは腕を組み可能な限り反って此方を精一杯見下ろしてくる。
「貴様、我と決闘せよ」
決闘、その言葉の意味を俺は理解しかねた。
だが、先ほど投げた手袋の意味が確かそのような意味を持っていたなと考えていると、先ほどまで生徒のざわめきで騒がしかった周囲が静まり返る。
「我の警告を無視し、その上幾度と無く我の顔に泥を塗った。その罪は個人としてではなく、もうはや末子だとしても看過出来ぬに至った。故に互いに対等に約定を交わし、神と英霊に誓って戦いを申し込む」
「──こ~む」
「あぁ、えっと……」
「拒否した場合、それは即ち降参、或いは不服従としてどちらにせよ貴様に利は無いと知れ。受諾した場合、敗北した場合は決闘前に互いに示した約定を誓って果たし、勝てば貴様の望む物が与えられる」
コイツは、何故こんなに自分を敵視してくるのだろうか?
しかし考えれば考えるほどに、避ける事は出来ないのだろうと理解する。
なぜならこの学園において俺は最下層の人間であり、拒絶すれば相手の言い分を飲むか反逆罪で処断されてもおかしくないと言う考え方が出来る。
仕掛けられた時点で不可避、飲むしかないゲームを仕掛けられたと言う事だ。
たとえこの場を上手く切り抜けたとしても、これだけ生徒が周囲が居る中でこんな事をされたら、ミラノが自分の使い魔に対してちゃんと教育をしてないのでは無いかと言う話にまでなる。
それは、良くない。
学年の中で一番若い上に、今でさえ半ば孤立気味なのだ。
それでも彼女が立派だと言われるのは、成績が優秀だからだ。
なのに、自分が公爵家の──末子?――子息である相手を軽んじたとなれば、それはミラノの不徳と言う事になる。
溜息を吐きながら、背後に飛んでいった手袋を手にした。
「──手袋を投げるって事は、正式に”断交”。つまり、敵対関係であることを認めたってことで、宣戦布告したと……そう認識して良いんだな?」
「む、うむ。そうだが?」
「なら、この戦争状態が解消されるまでは無礼も糞もないわけだ。だって、敵だもんな?」
「う、む」
敵、てき、テキ……。
そう認識すると、自分のドロドロした醜い箇所が歓声を上げながら喜んでいるのが分かる。
自分が善人だと思った事は無い、たとえ自衛官だとしても──今となっては自衛官であることで自分を偽りたかったのだとさえ思っている。
グリムが庇うようにアルバートの前に立つが、大きく息を吐いて醜い自分への自虐をしながら手袋を差し出す。
「とりあえず、了解。それで、日時、場所は?」
手の平を返すように再び元に戻った自分にアルバートが浮き足立っていたようであったが、手袋をひったくるように奪うと威圧し返すように言い返した。
「明日、武芸の訓練時間だ」
「そっか」
「ミラノに告げ口などと、つまらぬ真似はするなよ?」
「つまらぬ真似って、何?」
アルバートの言葉を聞いて、何時の間にか教室から出てきていたミラノがあきれ返った表情をしている。
俺へと思い切り人差し指を伸ばしていたアルバートが、ミラノが不意に現れた事で硬直していた。
どうしたものかと考えていたが、グリムがその場を収めようとする。
「──ミラノ、早とちり」
「早とちり、私が?」
「──メイフェン先生、呼んでるって言った。けど……それはアルのこと」
「……なぬ?」
突然自分へと話を振られたアルバートが理解でき無いと言わんばかりに眉を顰める。
当然、騙されたミラノも、それを聞いている俺も合点がいかない。
そんな三者に囲まれながら、グリムはあくまでも淡々と話を進めた。
「──アル、追試。赤点……先生が怒ってた」
「なにぃ!?」
……コイツ、赤点を取るようなバカだったのか。
六年間ずっと通い続ける学園に居ながら赤点って、どういうことだろうかと呆れてしまう。
だがアルバート本人はそれ所じゃないらしく、ワナワナと震えている。
「──だから、ミラノに聞かせたくないって言った」
「こっ、こうしては居れん! グリム、手を貸せ! 我一人では如何ともし難い!」
「──あ~……」
アルバートがグリムを脇に抱え、来た時よりも素早く廊下をかけて去っていってしまった。
土嚢運びよりも辛いであろう人体運搬をシレッとこなしたあたり侮れないのかも知れない。
連れ去られるグリムが両手を振って消えていく、それを見送った自分らは呆気に取られるしかない。
「ミラノは昨日の試験は?」
「試験用紙を見て口頭で全部答えたけど」
「……口頭で答えられるものなの?」
「問題の幾らかは選択式だし、既に示されている語句を空欄に当て嵌めて正式に動作する詠唱文を完成させよとか、そう言うものだから簡単だし」
「そう……」
その”簡単”といわれる問題で赤点を取ったアルバートは、やはり何者なんだろうか?
そればかりが気になってしまい、直後に廊下の向こうで盛大な爆発音とアルバートのつんざくような悲鳴が響く。
ただ、どうやら生徒たちにとってはそう珍しい事では無いらしい。
爆発音や衝撃、悲鳴に驚いたりはしたものの──直ぐに日常へと帰っていった。
なれというものは怖いものだ。
■とある自衛官の夢
「以下の者は、射撃検定で優秀な成績を収めたため、これを賞する」
懐かしい、遠い日の夢だ。
「以下、三名の者は。曹候補生に指名されました!」
栄誉、栄光、或いは……自分が無価値では無いと思えた日々の事。
「この度の災害派遣において活動に従事した者は、終礼終了後其々の班長から略章を受領するように」
そう、自信を──喪失する前の、立派な自分。
「おい、○○! お前、射撃で全部一位かよ!」
「MINIMIは自信あったんだけどな」
「くそ、お前の奢りで珈琲でも飲もうぜ!」
同期たちに恵まれた候補生時代──。
「先輩、先輩! これ見てくださいよ!」
可愛くも優秀な後輩たちに囲まれた日々。
……様々な思い出が、夢の中に浮かんでは消えていく。
ここ数年間、一度も思い出す事は無かったのに──何故今になって思い出したのか。
早朝の四時に、二時間も早く目が覚めてしまった。
再び目蓋を閉ざして眠りに突こうとするが、中々に寝付けなかった。
仕方が無く、ジャケットに包まりながらシステムウィンドウから自分が授かったアイテムを閲覧する。
そして幾度と無く触れてきた九mm拳銃を出すと、管理されていない個人のものとして冷たい──安易に命を刈り取る道具を弄る。
カシャカシャと、無機質な音が聞こえて、弄っているうちに寝転がっているのが面倒になった。
「──ア、よし。弾倉、よし。薬室、よし」
今日の昼以降、武芸の授業においてアルバートと決闘する事になっている。
それを考えるととてつもなく面倒だなと思えた。
異世界なんて、嘘っぱちだ。
そう思ったのは、異世界という世界に現実逃避しているからだと思って居たけれども──それは断片の一つでしかない。
異世界に行こうとも、人は何も変われないのだ。
無職は無職である原因が自分に有る限り無職で、ニートはニートである原因が自分に有る限りニートである。
それと同じように、他人に恐怖を抱く自分がどこに行こうとも他人に恐怖を抱き続けるのだ。
チートで身体能力を得ても、他人がそれを尊敬・尊重してくれるとは限らない。
魔力に優れ、魔法の扱いに秀でていたとしても魔法そのものに無知である。
そして──自分は、ミラノと言う年若い少女に庇護される事で自ら全てを得る努力を放棄した。
そう、他人に依存すると言う性質は……異世界に来ても変わらないのだ。
理由はなんであれ親に依存していたから、亡くした時に心が折れたように。
決して、自分の足で道を開拓する事は無い。
Never, and Ever.
常に、決して。
今の自分は自衛隊に属していない。
三本線の階級章も無ければ、桜花紋も無い。
あるのは自衛隊と言う組織に属していたと言う事にしがみついている証拠である、首から提げたドッグタグくらいだ。
「G……」
個人番号、認識番号は今でも諳んじる事が出来る。
血液型も当然だが分かるし、そこに刻み込まれたかつての名前だって──捨てる事なんかできない。
ヤクモという名前を付け替えても、何にも変わっちゃいないんだ。
「ばぁん……」
弾の入っていない拳銃をこめかみにあて、激発音を口にした。
当然、安全装置はかかっているし、弾倉ははずされているし、スライドは下がっている上に薬室に弾が入っていない銃から実際に弾が吐き出されることは無い。
そして、結局の所──女神に沢山注文してしまったから、引っ込みがつかなくなった自分がバカだったのだと嘲笑った。
どうせ出来ないだろう、こんなの夢だろうと様々な否定で自分を守って、その全てが突破された。
その結果「ここまでされたら、引き返す事は出来ない」という、若干の強迫観念を抱き──それでも、隙があれば転生をしないで済むように口にしたかった。
けれども、彼女が自分を召喚した事で、それも叶わなくなり……今、ここに居る。
「……眠れなかったな」
二時間、壁に背を預けたままに色々な事を考え、考えている思考が空転し、何も考えずにボーっとしていた。
自然点灯した部屋の灯りを見て、覚悟を決めるしかないと思った。
勝負を挑まれた時点で負けだとかそう言う話ではなく、そもそも生きるという事に向き合えていない俺は負け犬なのであった。
4章・生きるって、何だろうね
頭の中で今まで自分が体験してきた事や経験を想起していると、あっという間に時間が過ぎ去ってしまった。
昼食ですら無難に終わってしまい、午後一の授業が始まる前にミラノが心配そうに裾を引いた。
「ねえ、もし心配なら行かなくても良いから。そもそも正式な生徒じゃないんだし──」
……あぁ、良い主人だと思う。
彼女はこんな俺に対しても健気に心配をしてくれている。
そんな彼女の頭に手を置いて、自分の妹にそうしたように撫でてやる。
「──大丈夫。心配なんて要らないさ」
「……そう」
しかし、どうやら俺の言葉は響いてはくれなかったようだ。
それでも時間はドンドン授業の開始時刻へと迫っていく。
だから、ここは自ら去るのが正解だと思う。
「それじゃ、また後で」
「あ……」
彼女の、何とも言えない表情が心に突き刺さったが、それを無理矢理に見なかった事にする。
そして闘技場のような場所へと踏み込んで、既にアルバートやその取り巻きによって整えられている場へと踏み込んだ。
「よく来たな、それだけで賞賛に値する」
「そっか」
アルバートは、何故だか来ただけで褒めてくれた。
だが、そんな事に何の意味も価値も無いと気の無い返事を返してしまう。
刺激しただろうかと盗み見たが、気にも留めていないようであった。
「身なりを整え、必要だと思う装具を付けたなら舞台へ上がれ。得物は好きな物を選ぶといい。ではな」
アルバートはそう言って、槍を手にすると手に馴染んだ物の様に振り回しながら去っていく。
扉を潜る時も、曲がり角で曲がる時もずっと弄び続けており、槍の一族と言うのは本当なのだと思う。
少なくとも、かなり真剣なのだろうという雰囲気だけはヒシヒシと感じ取っていた。
ミラノがそうであるように、アルバートの表情から変な感情は一切消えうせていたのだ。
「装具、か」
首にかけていたヘッドホンとウォークマンを外し、携帯電話もアイテムとしてしまう。
逆に何があれば良いだろうか考えてみたけれども、考えた所で思いつかなかったので身なりのみを整える。
長剣の模造品があったのでそれを手にし、ジーンズの裾だのなんだのと変なものが出ていないかを確認する。
まるで格闘検定や格等の試合に出る前のような、そんな感じである。
アルバートの後を負うように、模擬剣をぶら下げながら出て行くと多くの生徒たちが歓声のようなもので出迎えてくれた。
歓声? いや、これから始まる処刑ショーをただ楽しみたいだけかも知れない。
俺は何処に立つべきだろうかを見回し、場の比率や相手の立ち位置から大よそここらへんだろうとアタリをつけてアルバートと対峙する。
それを見届けたアルバートは既に準備万端といった様子であった。
「皆の者! よく聞け!」
そして、彼は大きく声を張り上げる。
それに呼応して、生徒達のざわめきも徐々に──そして完璧に消えていく。
「彼の者、ヤクモは我の決闘に対し、怖じ入る事無くここまでやってきた。まずは、その事を
直々に褒めたい。少なくとも! 貴様は! 相対することの無かった誰よりも勇ましく、立派である!」
いきなり何を言うのだろうかと思ったが、何故だかこれに関して声が上がる事はなかった。
恥ずかしいだろうなと思ったが、アルバートにとってはどうでも良い事らしく、そのまま話を進めた。
「そして喩えいかなる結果に終わろうとも、それが讃えられるもので有るのならば──讃えられて然るべきものであれば! 本日以降、蔑む事も無為に弄ぶ事も止める! 我は、対峙するヤクモが勝とうが負けようが誓って──誓ってそのようにする! 神の名の下に、遠い祖先アイアスの名の下に、槍の一族の名の下に誓う!」
静まり返った場は、何とも不気味な事だろうか。
あるいは、この誓いとは野次を飛ばすことすら憚られるようなものなのだろうか?
俺には、分からない。
「我の要求は単純だ。不愉快だ、失せろ。これのみである! 彼の者が我に与えた苦痛、恥辱などは数え切れず、それらは本来であれば処罰するに値するが──我はこの試合を終えたなら、それら全てを忘れ、以後罪には問わぬ! 貴様の要求は何だ!」
「──ようきゅっ。要求とは、なにか!」
久々に出す大声に声が喉に引っかかってしまった。
それでも、かつて出来ていただろと奮い立たせて何とか声を張り上げられた。
アルバートは、俺の問いに対して声量で上回るように返す。
「貴様の望みだ! この戦、この勝負──貴様に利が無い事は明白だ! そのようなものを強いるのは、公平とは言わぬ!」
「なら簡単だ! 誓って、誓って自分の口にした事を守れ! 何が苦痛だったのかなんて知らない、なにが恥辱だったのかなんて知りもしない。だが、それらが今回の原因だというのなら、忘れるといったのなら忘れろ! ただし、此方もそんな阿呆な自分でいるのは御免被る。何が悪かったのか、どうすれば今後──二度とこのような事が怒らないで済むかを教えろ、以上!!!」
さっきまでの静聴はどうしたんだよと言わんばかりに、俺に対してブーイングが降り注いだ。
当たり前だ、言うなればここはアルバートのホームであり、俺にとってはアウェイなのだから。
しかし、直ぐに「俺に味方なんて居ないのだから、何処にいてもアウェイだろ?」と思いなおす。
そしてアルバートはそれらのブーイングを黙らせるように槍で地面を思い切り突いた。
渇いた、甲高い音が響き──再び場が静まる。
「貴様の望み、承知した。今の言葉、この場に居る全ての者が証人であり、どのような結果に終わろうともそれらを歪め、偽り、騙す事は何人たりとも──ヴァレリオ家のアルバートの名において許さん! 良いか──良いか!」
どうやら前口上らしいものはこれで終わりらしく、どう考えてもアルバートの前口上勝ちである。
しかし、そもそも家名だの神だの祖先だのを持ち出している相手に俺が敵う訳も無かった。
それから再び喧騒を取り戻した場において、アルバートが槍で一人の生徒を指し示す。
「貴様、合図を寄越せ」
「俺ぇ? まあ、良いけどさ──」
なんだか、場の空気にそぐわない男子生徒であったが、指名されたとあって断りはしなかった。
観客席から飛び降りて舞台脇に立つと、双方を見る。
「さて、そっちの使い魔さん。準備は良いかい?」
「俺は、いつでも」
「アルバートも良いかな?」
「我はいつでも構わん」
双方の確認を取り、男子生徒は一つ呼吸を置いた。
それから静かに片手を上げ、思い切り振り下ろす。
それが試合の合図であり──貴族……否、魔法使いと戦うという事がどのようなものかを思い知る羽目になる。
「ぷ、ふっ……!?」
ドン! と、まるで人間を床に叩きつけた時のような音が響き、気がつけばアルバートが数mの距離を詰め……胸部を思い切り突かれていた。
ボキリと、一撃目にして骨がイくのを感覚で感じ取る。
少しばかり水平に吹き飛ばされ、背中が地面に着いたのを感じ取ると身体を丸めて後方回転受身で何とか姿勢を持ち直した。
「……なんだ、今の──ぇほ」
痛みと言うレベルを飛び越え、鈍痛が突かれた場所を中心に広がっていく。
それでも何とか──何とか、意識や平常を保てたのは、恩恵で強化してもらっていたからだろう。
それでも骨が折れたのだ、俺は──驕っていたのかも知れない。
アルバートは追撃をする事無く、俺が何とか立ち上がるのを構えを崩して見据えていた。
「──ほう、グリムの言ったとおりだ。貴様……只者ではない、か」
「あ~、なあ。一つ、講義してくれ。早くね? 強くね?」
「当然だ。魔法使いは己を強化し戦う事が出来る。魔法とは放つだけに非ず、その身体その物を強化し戦う事が出来る事でもあるのだ」
「そう、か。いや、後学の為に、なったなあ……」
これ、若返らせてもらった上で強化してもらっていなければ、今のでゲームオーバーだったわけだ。
ミラノが使った『ヒール』とやらを使ってみようかなと思ったが、骨が変にくっ付いてしまったらと考えたら、恐ろしくて出来なかった。
アルバートの一撃で少しばかりふらふらしている俺、それを見て居る観客たちはどうやら楽しいようである。
お前ら、後で全員同じ目にあってみるか?
他人の不幸で喜ぶのは趣味が悪いって教わらなかったのか……?
「構えろ、ヤクモとやら。それとも、今ので意気も挫けたか?」
「いんやぁ? むしろ……俺ってば、天邪鬼でさ。強者ぶってる奴を見ると、色んなてを使って引き摺り下ろしたくなるんだよね──」
「──抜かせ」
そう言って、アルバートが再び突っ込んでくる。
それでも、辛うじて振るった剣が槍に当り、俺を捉える事は無かった。
だが、そんな物は予想できて当然だと言わんばかりに、地面を踏みしめると弾かれた方向へと体を回し、蹴りを放ってくる。
その蹴りを両腕で挟み込もうと試みたが、力を込めていた両腕所か腹筋にまでめり込んでミシミシと悲鳴を上げている。
「げほっ」
それでも、先ほどと違う事があるとすれば後ずさったくらいで済んだ事かも知れない。
ただ、腹部に加えられた圧力が強すぎたせいで体内の酸素が出口を求めて暴れ回り、その影響でダメージを余計に被ってしまった。
そして俺が二撃目を捌き、三撃目で倒れなかった事で──幾らか周囲の反応が変わった。
そりゃそうか。
なんで料理長が貴族を敵視し、庶民は組むべきだと言っていたのか理解できる。
貴族はイコールで魔法使いであり、魔法使いはイコールで自信の身体能力を強化できる猛者なのだ。
それが素人の振るう剣であっても、数倍の勢いであれば脅威になるのと同じだ。
ただ──。
「はぁ、ドンドン来ぉい」
俺は、とりあえずそう煽る事しかできない。
自分から踏み込まず、踏み込めず──相手に攻撃させる。
幸いな事に恵まれている事があるとすれば、それは──精神論と苦痛を経験した数くらいだ。
苦痛を経験した数が多いから、痛みで戸惑う事は無い。
痛みで怯む事もなければ、それで怯える事も無い。
アルバートはさらに攻撃を仕掛けてきて、その度に身体の無事な箇所は減っていく。
肩を突かれて痺れが腕を支配し、その腕は槍を受け流そうとしてタイミングを誤り皹が入ったようだ。
再び腹を攻撃されて食べ物が逆流したが、それを閉ざした口の中で何とか押さえ込んで再び飲み込む。
顎を叩かれて視界が回る、腿を蹴られて動くと引きつる、何度も使っていた模擬剣が途中で折れてしまった、仕方が無く剣を捨て──槍を掴んだ。
「諦めが悪いな、その根性──他に活かせば良いものを!」
「他? 他って何だよ、俺には──何処も無ぇよ!」
「喧しい! 貴様が居ると、ミラノの為に、ならぬのだ!」
「なんでだ、何故そうだと言い切る!」
「そんなもの……我が、そう思うからだ!」
アルバートの頭突きが当り、もんどりうって仰向けに倒れた。
だから、異世界なんて嘘っぱちなんだ。
異世界でハーレム築けるのなら、異世界行かなくてもハーレム作れるわ。
異世界で誰とでも仲良くなれるのなら、異世界に行かなくても誰とでも仲良くなれるわ。
なんで異世界に行けば……現実から逃れる事が出来れば上手くいくとか、思ってんの?
馬鹿じゃ無ぇの、馬鹿──じゃ。
「──中々、持ちこたえたのは褒めてやる。貴様が……使い魔などでなければ、出会い方が、立場が違えば……こうはならなかっただろうにな」
「……馬鹿、じゃねえの? もしもの話を、過程を……幾ら、積み重ねたって。そうは、ならないんだよ。誰かが手を差し伸べれば死ななかった命が有るかもしれない、けれどもそうはならなかったという現実は覆らない。だから、俺が、使い魔じゃなかったらとか、そんな過程を幾ら積み重ねても……使い魔なんだよ、タコ」
ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がった。
言っていて情けなかった、自分と言う存在がどこまでも嫌いだった。
両親が死ななければ、足を壊す事は無かったかも知れない。
足を壊さなければ、自衛隊を続けられたかも知れない。
自衛隊を続けていたのなら、三曹になって──今でも自衛隊だったかも知れない。
そうやって、俺も──同じように”もし”を積み重ねてきた。
けれども、そうはならなかった……ならなかった。
だから肥え太り、アルコール依存症になり、心臓発作で死んだのだ。
全ては──俺の責任だ。
けど、けど──。
「けど、それなら……。俺は使い魔で有る事は事実で、そして……残念ながら、生きてるんだよね。じゃあ──抵抗しないと、嘘だろ」
「──……、」
「生きる事は戦いなんだよ、だから……これはただの生存競争だ。俺と言う存在がこれからもやっていけるのか、それとも排除されるのか──ちょっと、もうちょっと付き合ってくれよ」
「──そうか」
アルバートは再び感情を消し、構えた。
ただ、こうやって長話をしていた事が無意味だと思っていない。
なぜなら、俺はアルバートにまだ一撃も入れていないにも拘らず──何故だか辛そうにしている。
考えられる可能性は、強化をすると言う事は負担も数倍にすると言うこと。
あるいは……杖を解さずに行使する魔法は何倍もの魔力を消費をすると言う事から、魔力の消費が半端なくでかいと言う事だ。
持久戦とは、褒められた事じゃないけれども……そもそも、蛸壺掘って、糞重い背嚢を背負って何十キロと歩き、敵の頭を抑えるという名目で数時間も雪の降りしきる中窓際に銃口を向けたりする事は、気が短けりゃ続けられねえんだわ。
「『ヒール』」
「な、貴様!?」
俺はここで、魔法と言う今まで明かしていなかった手札を切った。
当然、何箇所の骨が折れて、この回復魔法でどのようになるかなんて分かった物じゃない。
ただ、勝ち目が無いのに回復魔法を態々かける理由なんて無く、これはこれで勝ちを取りに行く為の行動だ。
アルバートも焦ったようで、突撃してくる。
そして長い時間をかけて目を慣らし、行動や癖を見出し、アルバートと言う相手の戦い方を見抜く。
――情けないけど、俺は自分の足で何かを開拓する事が出来ないヒトだ。
だから、相手に手を出させて、それを研究し、相手の行動を見抜いて勝ちをつかみに行く。
それが……自衛隊を辞めた、俺に出来る、精々の戦い方だった。
──腰入れろ、腰ぃ! そんなパンチじゃ敵を倒せ無ぇぞぉ!──
分かってます、大塚二曹。
──相手を崩せ、○○。崩した相手は熟練してなければ立て直すしかない、好きに料理しろ──
はい、酒井三曹。
──相手が武器を持っているという事は、決定的な不利じゃない。武器があるという事はそれに依存している事がある、俺達は武器が有ろうと無かろうと戦えるようにしないと──
了解です、川越三曹。
様々な教えが聞こえてきて、剣を手放し徒手格闘を選ぶと──負ける気が失せた。
違う、負けることで、俺に対して様々な教えを説いてくれた人々に泥を塗りたくないと……そう思っただけの話だった。
アルバートの槍を腕で払い、さらに踏み込んだ。
先の足を踏み、相手が何かを喚くよりも先に槍と手を掴んで逃げられないようにし──頭突きを当てる。
相手の得物保持能力が失われたのを好機として、槍を強奪しそのまま飛びのいて距離を離す。
槍を放り捨て、今度は俺の番だと……前に進む。
フニャフニャなパンチをいなして、その手をねじり肘を掴んで手首返しを無理矢理に作り出す。
本来曲がるはずの無い方向へと極め、アルバートの体が楽な方へと逃れ──地面へと転がる。
それを追うようにして拘束を解き、両腕を首へと回した。
あ~、何だっけ、なんて技?
分からない、判るわけが無い。
ただ、なんだか少しばかり充実した気分だった。
負け犬だった俺が、勝者になれるような……そんな幻想さえ抱けたのだから。
首に腕を絡めるようにして気道を締め上げ、頭を固定する事で占め落とす──そうだ、裸締めだ。
「降参だ、降参しろ! 降参なら二度──」
タップしろ。
そう言おうとした、それが格闘訓練での約束事だったからだ。
しかし、その言葉を全て吐き出す事は出来ず、俺は側頭部にぶつけられた何かによって意識が遠のいていくのを感じた。
終章・全ての終わりは就寝点呼
「アンタ、馬鹿?」
「ひどっ」
医務室で手当てを受けていた俺へ向けられたのは、主人であるミラノからの容赦の無い罵倒の言葉だった。
あの決闘は、すぐさま一部の生徒によってミラノに報告がいく事となった。
当然だが家柄を盾にやらかした事なのだが、そもそも応じてしまった俺も悪いという『喧嘩両成敗』で話しが終わってしまったのだ。
授業を乗っ取られた事に関して教師が責任を追及されるかと思ったが、そもそもあの授業時間は既に無法地帯として長いらしく、数年であのようになった訳では無いのだとか。
結果として、アルバートは学園長に呼び出しを喰らって怒られる事になったようだが、その罰は無いらしい。
「私に相談していたらそれで終わった事じゃない」
「ん~、どうだろ。ミラノに相談してもさ、結局吐き出さなかった感情は残ったままになっただろ? 結局時間を置いて噴出したと思う」
俺がそう言うと、治療をしてくれていた教師が包帯を巻いたり腕を吊ったりとする事をし終えたようだ。
残念ながら、俺はヒールをかけるタイミングが遅かった。
そのせいで折れた骨が変にくっ付いたりしたらしく、俺が気絶している間に再び乖離させてくっ付けなおしたのだとか。
それとは別に、回復魔法は外傷等には効果が有るが、打撲だの打ち身には効果が無いらしく、暫くはミイラ生活を余儀なくされた。
「──いま、なんて?」
「あ、えっと。吐き出さなかった感情は──」
「じゃなくて、私を──なんて呼んだ?」
「あ……」
勢いで、彼女の名を呼んでしまった。
やらかした、失敗した、罪を重ねてしまった。
脳裏で外出禁止ならぬ食事抜きを言い渡される光景が浮かんだが、想像したような罵声が飛んでこなくて不思議に思う。
見れば、何か納得しているような感じで彼女は頷いていて──何なのだろうかと思ってしまう。
「いや、御免。呼び捨てにするつもりは無かったんだ、ただ──」
「──良いわ。『あのさ』とか『えっと』で呼びかけられるのもいい加減しっくり来なかったし。特別に呼び捨てさせてあげる」
「ふぅ……」
「ただし! 今回の件とこれは別問題だから、暫く武芸の授業は禁止」
「えぇ……」
「命令の方が良い?」
俺は首を横へと振った。
別に思いいれがある訳じゃないしどうでも良いのだけれど、ここで残念そうにしておけばとりあえずこれ以上の罰は無いだろうと考えての事だ。
彼女も……ミラノもそれで良いらしく、とりあえず落ち着いたようだ。
「で、アンタにお客さん」
「……来てくれる様な知り合いに心当たりが無いんだけど、誰?」
「会えば分かるわ」
そう言ってミラノは席を立ち、医務室の外へと向かう。
直ぐに彼女が戻って来て、入ってきたのは二人の人物だった。
アルバートと、グリムだ。
「──あぁ、そっか。負けたもんな。すみませんアルバート様、完敗ですわ。逆らいませんのでどうか温情を――」
「そんな感情も恐れも篭らぬ言葉があるか、戯け。――あの戦いは、引き分けだ」
「おいおい、冗談だろ。俺はもう首を締め上げてお前は気絶するか降参するかの二択しかなかったのに、引き分け?」
「だぁ! いきなり強気になりおって! グリム! まず貴様が話せ」
「――ん」
アルバートが逃げるようにグリムを俺の前に出す。
彼女は少しばかり頭を揺らして目線を泳がせていたが、俺の目の前で深く頭を下げた。
「――ごめんなさい。私……ぼーがいした」
「ん?」
「貴様が勝利するであろうあの時、グリムが矢を放ち貴様を昏倒させたのだ。本来であれば身内がした事だ、当然我は対等に戦うと誓ったが故に二の句も次げぬほどまでに負けもいいところだ。だが――ミラノ、頼む」
「――私が知らせを聞いてアンタの所に向かった時には、もうグリムがアンタを射た後だったんだけど、当然生徒達は納得してなかったの。で、私が何を言いたいか分かる?」
少しばかり考え込み、溜息を吐くしかなかった。
つまり、引き分けとはそう言う事か。
俺が勝てば貴族に庶民が勝った事として全員が認めない、かといってアルバートが勝ったとするにはケチがついてしまう。
だから双方が引き、分けとする事で出来る限り穏便に事を済ませようと言う事だ。
「マジかよ、冗談だろ。それじゃあ俺は、大怪我しただけの大間抜けって事になるじゃないか」
「実際、私に相談無しに勝手に決闘を受けた大間抜けでしょ」
「くそ……」
そもそも、俺に勝利が無い試合だったと言う訳だ。
この野郎、卑怯だぞと歯軋りしながらアルバートを睨みつけるとグリムがスススと割って入る。
「――だから、仲直り、した事にする。ヤクモ……二つの家に、守られる」
「……あぁ、なるほど。まあ、そりゃ、確かに美味しいけど……」
「我はそれでも構わぬ。少なくとも――いや、問題ない」
何かを言いかけて、アルバートはそれを引っ込めた。
問題が無いと言うのならそれでも良いけれども、なんだかスッキリしない話だ。
そう思っていると、グリムがさらに何かを出してくる。
俺に「――しんてー」と言って差し出したものは、なんだか……ワインのようなものだった。
「……なにこれ」
「――アルの実家の、お酒。凄い……美味しい」
「お酒!?」
なにそれ、飲まなきゃ。
そう思ったが、コルク抜きがそもそも無かった。
グリムが何かを察したようにコルク抜きを取り出し、目の前で栓を抜いてくれる。
当然のようにそのまま口をつけて飲むが、葡萄酒の甘い味わいと鼻を突く香り、久々のアルコールに感動すらしてしまう。
「美味い!」
「ちょっと、部屋で飲ませないからね」
「であれば、我の部屋で飲ませよう。話もあるしな」
「……また変な事を言うんじゃないでしょうね?」
「な、ばっ!? 違う! 決闘前にヤクモと我は、勝負が決した時に求めるものと言う物を言い合った。認める、我は負けた。故に語らねばならぬ事がある」
そう言えば、そんな事も言ったな。
ただ――なんだ。決闘前と後でこんなにも雰囲気の違う奴だったか?
まるで武装乙女に出てくる熊のようだ、なんかのフィルターでもかかってるのかもしれない。
「兎に角、今後我やグリムと話をすることを許可する。特別に名も呼ばせてやろう」
「なにか裏がありそうで嫌なんだけど……」
「――アル、また時々手合わせしたい……って」
「え、ヤダ……」
「――お酒、もらえる」
「やります!」
人生二十八年、お酒とアルコールがお友達で、沢山の悩み事や頭痛の種を忘れさせてくれる。
それが、もらえる? しかも手合わせするだけで? ボロいわ。
「ねえ、アンタ……性格が変わってない?」
「え? アドレナリンが出てるだけだから」
「”あどれなりん”ってなによ……」
「まだ決闘の余韻が引いてないの!」
見てますかね、未だ連絡をくれないファッキン女神様。
俺は……どうやらちょっとだけ知り合いが増えたみたいです。
どうせ何も無い人生だろうと思ったけれども、ほんの少しだけ――本当にほんの少しだけ頑張ってみようかなって、そう思いました。
元自衛官、異世界に赴任する を応募用に書き直したもの 旗本蔵屋敷 @HatamotoK
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