第7話 毎日満員御礼 夜の試食会

 アニーマーケットの通常営業は午前10時から午後9時まで。

この営業時間を過ぎた後、アニーマーケットの中で一二を争うイベントが行われる。


 「夜の試食会」と題されたこのイベント。

連日開催され、営業時間内に売り切れなかった商品がそのままの形で試食会場に並べられる。

昼間とは違い容器にカットされて入れられている所ではない。

商品が売り場で売られていたままの状態でそのまま出されている太っ腹なイベントだ。

試食会なのでもちろん無料である。


 試食会に参加した人は買い物かごを渡されて、その中に試食したい商品を入れて試食会用のレジに持っていく。

試食会で食べられる量は1つの買い物かごで運べる量となっているが、普通の人であれば買い物かご一杯に入った商品を食べれば腹を壊してしまう。

客にとってはほぼ無制限といっていいだろう。


 試食会は閉店一時間前から始まるアニーマーケット中央の広場で受付を行う。

試食会に参加する客は「和食」・「洋食」・「中華・エスニック料理」の三種から好きなジャンルを選択する。

通常営業時間終了十分前。

当選者はアニーカードから当選を知らせる音声が再生される。

当選した人は受付を行っていた中央広場に戻り、試食会の会場となるバーチャルスペースの前に立っている店員にアニーカードを提示する。

本人確認の後いよいよ客は試食会の会場に通される。


 精算上無料の商品という扱いのため客は通常の買い物と同じように欲しいものをかごに入れてレジで精算を行う。

一度レジを通った後は試食用の部屋に案内されるため、再度試食品を選ぶことはできない。

1つのかごで持ち運べる量であれば好きなだけとっていい。

お金もかからないので興味のあるものは遠慮なくとっていこう。


 試食会に並んでいる商品は受付で選んだジャンルのものを中心に並べられている。

選んだジャンルとは違う商品も置いてあるが数と種類は当然少ないので好きなジャンルを事前に検討しておくことが重要だ。

和食コーナーではおにぎり、お寿司、みそ汁、肉じゃが、ほうれんそうのお浸し、天ぷら、焼き魚や煮魚、つけもの等、日本の食卓で並びそうな商品が多く置かれている。

おはぎや大福などの和菓子も置いてあるので年配の日本人はこちらの試食に来ることが多い。

洋食コーナーにはパン、パスタ、コーンフレーク、ポテトサラダやトマトとレタスのサラダ、エビフライやコロッケ、もっといえば揚げ物の盛り合わせ、ハンバーグ、等、欧米の食卓のイメージの食材がならんでいる。

ケーキやシュークリーム、プリン等の洋菓子も置いてあり、若い日本人や欧米人がこちらのジャンルを選択することが多い。

中華・エスニック料理のコーナーには、ぎょうざ、シュウマイ、チャーハン、カレー、肉まん、カレー、珍しいものでアジアンフォーやパクチー春巻きなども置いてあることがある。

杏仁豆腐、マンゴープリン、タピオカミルクティー等のアジアンスイーツも多く、全体を見て個性的な料理が多いので他の試食に飽きた人が食べにくることが多い。


 各ジャンルごとに100人が選ばれ、合計300人がこの試食会に参加する。

選考は試食会の参加回数が少ない者、受付を先に済ませた者が優先的に当選する。

試食会の参加回数は各ジャンルごとに別々に計算されている。

試食会場をジャンルごとに分けている理由として、客にいろいろな食材を試食してもらいたいというアニーの提案があったため。

試食会は1時間で終了する。

食べきれなかったものは廃棄ボックスに捨てるか持ち帰る決まりになっている。


「私たちの夕食になることもあるわね。」


「無料だからな。

 参加するときはいつもバスケット一杯まで積んでるぜ。」


「日によって惣菜とか違うから飽きないのよね。」


 アニーや陸のようにアニーマーケットで働いている従業員や専門店にはこの100人の枠とは別に参加枠がある。

これはただのアニーマーケットの従業員向けのサービスではなく、日々食品がこれだけ捨てられているという現実を従業員が自分の目で確認するためのものだ。

多くの客が無料の商品を喜んで手にする中、無料で出品せざる負えないという現実を見て会場で涙をこぼす従業員もいる。


 この試食会のレジで精算されたものはアニーマーケットのデータベースに溜められていき今後の商品の販売の重要なデータとなる。

無料でも客にかごに入れられ精算されるということは、その商品に少なからず魅力を感じたという証拠であり、量や価格を見直せば売り上げが上がる可能性がある。

商品の品質とは別に単に作りすぎの可能性もある。

いくらいい商品でも作りすぎれば商品を管理する金がかかる。

しかも食品の場合は期限が過ぎれば売り物にならない。

せっかくの売れる商品を大量廃棄することになれば非常にもったいない。

そのような商品はすぐに販売数を絞ることを指示する。

特に売り場である程度買われて売れ残るが試食会で客にすべて持って帰ってもらえる商品。

その商品の在庫管理にこそ一番力を入れなければならないのだ。


 一方この試食会でも大量に残ってしまった商品は即刻販売の中止が必要である。

無料でも食べられないということは、いくら努力してもまずお金を出して買われることはない。

魅力のない商品を売り場に出し続けることは客の購買意欲を損ねることにつながる。

すぐにでもそれらの商品を売り場から外して他の商品を並べる必要があるのだ。


 以前カクヨムフーズ関連の卸売店から仕入れた商品が全く売れず、大量廃棄せざる負えない事態になったことがあった。

その際にカクヨムフーズ本社と卸売店に商品の仕入れを断ることをアニー達は会議で申し入れたが、カクヨムフーズ連合は聞く耳を持たなかった。

商品を大量廃棄する事態になったのにも関わらず、商品が売れない問題は我々商品を作る側ではなく、現場の売り方の問題だろうという言葉にアニーは耳を疑った。

その言葉にはカクヨムフーズグループの傲慢ともいえる食品ブランド特有のプライドがにじみ出ていた。


 よくある仕入れ先と仕入れ元の問題である。

この場合世の中の大半の企業は権力の強い側に折れることが大半である。

アニーマーケットもカクヨムフーズグループの傘下であり、下手にカクヨムフーズの機嫌を損ねることは避けなければならない。

しかしアニーはこの問題に納得できなかった。

そこでアニーは第一回となる夜の試食会を急きょ開催することにした。


 現在のイベントとは異なり、ジャンル別ではなく一箇所に150人ほどを集めて行われた。

そこには多くの売れ残った商品と共に、あの問題の商品も所狭しと並べられた。

結果、多くの商品が客に無料で持ち帰られる中、問題の商品はやはり大量に会場のテーブルに残されていた。


 アニーはこの様子を撮影して動画として編集して再度行われたカクヨムフーズ連合の会議で証拠として他の売り上げデータと共に叩きつけた。

問題の商品が無料でも食べられなかったゴミの山と化した無残な光景を見せつけられたカクヨムフーズ側はその商品に問題があることを認めざる負えなかった。

ようやく問題の商品の仕入れを中止することができ、大量廃棄による大きなマイナスもなくなったのだ。


 このように人の心を動かすためには大変な労力がいる。

その時に必要になるのは聞いている人を納得させる正確な証拠である。

証拠を集めるには時間と労力がかかる。

従業員の時間を証拠収集に割くということはその分の給料も必要になる。

しかしアニーマーケットでは客から常時行動履歴を細かく取得しているシステムがあったため、このようなイベントをすぐに実行できたのだ。


 客が買ってくれない商品を売ることをやめて客が買ってくれる商品に力を入れて積極的に売り込む。

商売の基本的なことではあるがそれを安定的にやることは商売を長年手掛けてきた人でも至難の業である。

アニーマーケットでそれができるのは客の行動履歴という最も実用的で強力な証拠をアニーカードを通じて常時取得しているおかげなのだ。

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