第4話 商品そのまま体験コーナー 音楽ショップ「ブルーメ」
アニーマーケットにやってきた客にはもれなく六畳間のマイルームが貸し出されるが、専門店にも貸し与えられている空間がある。
マイルームよりも広い魔法の空間、バーチャルスペースだ。
マイルームの拡張版ともいえる。最大で元となった貸し出し店舗と同じサイズまで広げられる。
このバーチャルスペースはアニーマーケット内の専門店にとって最大のセールスポイントとなりうる場所だ。
このバーチャルスペースを利用した例をアニーマーケット内の音楽ショップ「ブルーメ」を使って説明しよう。
ブルーメの店内にはバイオリン、ピアノ、フルート、トロンボーンといった楽器が所狭しと並んでいるコーナーと、ヘッドホンがショーケースに並んでいるコーナー、オーケストラ、ジャズ、ロックなどのあらゆるジャンルの音楽が収録されたCDが陳列されているコーナーとレジがある。
では、店の中央にある体験コーナーと書かれたドアの中に入ってみよう。
ドアの先には先ほどの店内と全く同じ内装が広がっているが置かれているものが違う。
ヘッドホンが置かれた台と小さな端末が置かれたコーナー。
少し離れたところに大きな端末が置かれたコーナーがある。
先客がいるので何をしているのか観察してみよう。
客はヘッドホンを頭に装着して曲を楽しんでいる。
目を閉じて曲に聞き入っているようである。
机に置かれた小さな端末には客が聴いているであろう曲名が表示されている。
このヘッドホンは先ほどショーケースに飾られていたものの一つだ。
いや、このヘッドホンだけではない。
他のヘッドホンもすべてショーケースの中に入っていたものである。
実はこのヘッドホンはリアル店舗側に置かれたヘッドホンと同じ機能を持つ、
魔法で作られたトークン(代用物)である。
マイルームに置かれている家具もみな、この魔法で作られた元の家具と同じ形と性能を持つ模造品なのだ。
しかし、模造品といっても機能は元の物体と変わらない。
違いはこの部屋の中でしか存在することができず、この部屋から持ち出すことができないという点である。
この部屋の中だけであればその模造品は商品のものとまったく同じものとして使用できるのである。
つまり、この部屋で聞いたクオリティを持つ商品であるヘッドホンをリアル側で買うことができる。
さらにうれしいことに試聴できる曲のほとんどは曲の途中で打ち切られるものであるが、この端末に登録されている曲は1日1回のみ最後まで試聴することができる。
曲を変えればそれも1日1回のみ最後まで試聴することができるのだ。
このサービスを目当てに連日試聴を繰り返す客も多い。
途中で試聴をやめても1回とカウントされてしまうので注意が必要だ。
おっと、女性の客が大きな端末を操作してアニーカードを端末にタッチした。
すると横にフルートが表れ、女性はそれを口にくわえて演奏を始める。
普通の音楽ショップではこんなことはできないだろう。
普通は買ってもいない商品のフルートを口にくわえて演奏するなど言語道断。
お店の人に確実に怒られてしまう。
しかしここではトークンを使って自由に演奏が楽しめる。
楽器を買う前に同じ音質をそのまま確かめられるというのは、客にとって非常に安心なシステムだろう。
ただし、楽器のトークンは10分後に消えてしまうようにできている。
1日たてばもう一度同じ楽器を試用できるので無料で楽しみたい人はそのときまでお預けだ。
このトークン機能により、元となった商品が盗難にあったり破損したり劣化したりすることを防ぐことができる。
前の人に試用された形跡も気にする必要がない。
試用した物をそのまま商品として提供できる買い手にも売り手にも魅力的な魔法のシステムなのだ。
試聴された曲、ヘッドホンの種類、聞いた人の年齢、性別、試用した楽器などは
端末を通じてアニーマーケット内のPCに転送され、曲を作ったアーティストの所属する会社にデータとして届けられて今後の商品開発の材料になる。
通常店で曲を再生する場合、曲を配信する会社に使用料を払わなければならない。
しかし、ブルーメでは使用料の代わりにこの情報提供をを行うことで、使用料の支払いを免除されている。
この手数料の代わりに情報を提供する企業間のやり取りはアニーマーケットに所属する店ならではの方法である。
「私たちも毎日通いたくなるわよね。」
「俺は休みの日に音楽番組で紹介された新曲を試聴してるぜ。」
「私はバーチャルスペースでピアノを演奏してるわ。
家だと置く場所がなくって。
少し弾きたいぐらいなら10分でも十分だし。」
アニーや陸も常連客の用だ。
食べ物だけでは人間満足できない。
こういった娯楽が食べ物では満たせない欲望を満たすことができる。
無料サービスにつられてアニーマーケットの会員になる客は多い。
アニーマーケットの会費の一部はこのような素敵なサービスに使われているのだ。
そしてそのサービスの源となっているバーチャルスペースを狙って、
アニーマーケットに出店したいという専門店は数知れず。
しかし、アニーマーケットの店舗数は最大120に限られており、
幸運に店を構えることができたとしても、安心はできない。
なぜなら業績の悪い店は強制的に退去しなければならないルールがあるからだ。
機会があれば別のところで話をしよう。
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