第45話・男達の挽歌
一見何でもない普通の矢が飛んでいく。先ほどまでガーゴイルに対して何の痛痒も感じさせなかった矢が。
しかしこれらは普通の矢ではない。セリエが魔術を付与した矢。付与されたのは爆発の魔術。炎を伴う衝撃の嵐だ。
ガーゴイルに張り付いていた者達は皆離れた。そして二体のガーゴイルは大きく体勢を崩している。決めるには今を置いて他に無かった。
一本の矢がガーゴイルに当たった。そしてその瞬間轟音が響き、大きな爆発が上がった。
そして、誰も予想だにしない事が起こった。
当てる事が出来れば矢は爆発する。それは誰もが理解していた。しかし中には外す者もいるだろう。だからこそ横並び一列になって一斉に矢を放ったのだ。
皆が皆短弓であったが、矢そのものの威力はこの際どうでもいい。飛ばして当たればいいのだから。実際、わずかに逸れていた矢もあった。
一本の矢の命中、そしてそこから巻き起こる大爆発。矢は全てがガーゴイル付近で爆発を起こしたのだ。
ジョンやセリエはそこまで考えがいたっていなかったが、よく考えれば当たり前なのだ。矢が一本命中すれば、その矢は爆発する。そしてその矢の爆発による衝撃を受けて、近くを飛んでいた矢の全てが付与された魔術を吐き出したのだ。
とんでもない爆発だった。
「うおあぁぁぁぁー!」
煽りを受けて吹き飛ばされたのはジェラールだった。全身鎧に身を包んだ彼は遅い。巻き込まれこそはしなかったが、背中から爆発の衝撃を受けたのだ。
「大丈夫ですか、ジェラール?」
すかさずマリオンが駆け寄る。大事は無いようだが、あの爆発の煽りを受ければ心配にもなるだろう。
「やったか!?」
ジョンがガーゴイルの方を見やる。爆発の衝撃で粉塵が舞い、にわかに確認が出来ない。しかしガーゴイル達がこちらに向かってくる様子も無い。無傷と言う訳では無い筈だ。
「矢にエクスプロージョンを付与したのか。凄い事を考えたな。」
いつでも動けるように身構えながらアルベールが言う。そして改めて付与の魔術の利便性に驚かされた。同時に恐ろしさも。
本人が付与したい魔術を使える事と言う前提条件はあるものの、それさえクリアすれば付与の魔術は恐ろしく自由度の高い魔術だ。例えばそこらの石ころに先ほどのエクスプロージョンを仕込んでそっと置いておけば、踏んだ者の足元で大爆発が起きるだろう。
途轍も無く恐ろしい魔術の罠が作れる。それだけが用途では勿論ないが。
「煙が晴れるぞ。」
ヴォルフガングが言う。彼は身構えもしていない。薄くなった煙の中に影も無し。ガーゴイルはバラバラに砕け、もう二度と動かない。
ジョンの作戦勝ちだった。
「一体どういう仕組みで動いていたんだろうか?」
一同はガーゴイルだった物に近づき最初は剣で突いて確かめ、もう動かない事を確認すると破片を手に持ってみた。最早ただの石である。
「こんなのがウジャウジャいたら私達もう勝ち目ないよね。」
ミリアムがうんざりした顔で言う。
「どうやって動いているかはともかく、もう出てはこないだろう。まだいるなら最初から出すはずだ。」
腕を組んでヴォルフガングが言う。こちらを殺すつもりなら、戦力を小出しにする必要は無い。あるだけのガーゴイルを出して一気に叩き潰せばいい。それをしてこないという事は、少なくともガーゴイルはこれで打ち止めという事だ。
「やっと城の中、ですな。」
「あぁ、だがその前に。」
門を向くジェラール、しかしアルベールは皆に向き直った。先のガーゴイル戦でもそうだが、やはり冒険者達は戦力的に厳しい。このまま連れて行く訳には行かなかった。
通常であれば数がいると言うのはそれだけで十分脅威となる。しかしそれで二百の兵が動く骸となったのは記憶に新しい。魔術に乏しく、二百の兵を上回る戦力を持つわけでも無い冒険者集団はいい様にやられてしまってよしだろう。
なので彼等には先だってガーゴイルに倒された仲間の遺体と、砕かれたガーゴイルの破片を持って行ってもらう事にした。
勿論ヴォルフガングを始め冒険者の幾人かは納得しない。
現にガーゴイルは倒した。冒険者達の攻撃で。だがガーゴイル戦では皆の攻撃が効かなかったので錯覚してしまうだろうが、アルベールのパーティと今いる他の冒険者達では実力に格段の差がある。
Bランク筆頭と言って良いヴォルフガングでさえ、今だったらジョンに勝つことは無理だろう。
ジョン達がアルベールに教わったのは魔術だけではない。剣術だけではない。魔術と剣術を併せて戦う手法を学んでいるのだ。これは現状他の者には出来ない芸当だ。
「悪い言い方をするが、足手まといだ。ここから先に待ち構えるのは確実にガーゴイル以上の強敵。君たちを守りながら戦うことは出来ない。」
アルベールはそう言って腕を前に払う。するとその瞬間、アルベールの足元が風と共にざっくりと割れた。
無詠唱のウインドカッター。ただのウインドカッターである。魔術を強く放とうとすれば、その規模も大きくなる。規模を小さくして強く放つのならば、それなりに集中しなくてはならない。
だからガーゴイル戦では使えなかった。そして使える状況にはならなかった。これだけの人数がいたにも拘らずである。
状況を打開する一手を考え付いたのはジョン。その一手を持っていたのはセリエ。全てのカギがアルベール達にあったのだ。彼らにではなく。
「う、ぬうぅ。」
歯噛みするヴォルフガング、しかし彼はアルベールの魔術を見て悟る。自らの力不足を。そしてアルベールの顔を見る。アルベールの顔は、歯噛みする自分と同じ悔しそうな顔だ。
なんという顔をするのだ、とヴォルフガングは思った。是非もない。立っている舞台が違う事を痛感させられた。自分達を足手まといだと言う男が、悔しがる自分達と同じ顔をしているのだ。これでは立つ瀬がない、何より残酷な意思表示だった。
ふぅー、っと一回深呼吸をしてヴォルフガングはアルベールを見る。
アルベールも、ヴォルフガングを見ていた。
「ふっ、小僧。帰ってきたら、話を聞かせろよ。」
ヴォルフガングは何も聞かない。一言言って振り返った。
「ガーゴイルの残骸と仲間の遺体を回収して軍に報告するぞ。兵の遺体は小僧たちが帰って来てから軍がやるだろうから、放置しておいていい。」
冒険者達にヴォルフガングは言う。アルベールの言であったら冒険者達もなかなか受け入れなかっただろう。Aランクとは言え年若いパーティだ。ベテランがそうそういう事を聞くとも思えない。
しかしヴォルフガングの言ならば違う。元々我の強い冒険者達だ。黙ってと言う訳には行かないが、それでもヴォルフガングがそういうならと渋々ながら聞き入れる。
「すまない、ヴォルフガング。」
往々の仕事を済ませ、アルベール達は先に行く用意を整えた。冒険者達は帰り支度、アルベール達をお見送りである。
「いや、いい。俺たちでは、実際足手まといにしかならんだろう。」
腕を組んでヴォルフガングは言う。アルベールの言い方は確かに悪かったが、どれだけ言葉を選んだとしても結果はさほど変わらなかっただろう。むしろウダウダとしたやり取りにならなかった分潔く言い切った方が良かったとさえ思った。
空には星が瞬き始めている。あまり話し込むのも悪いだろう。
「もう行った方がいいな。あまり遅くなって寝られてしまっても困る。」
口の端を持ち上げてヴォルフガングが言う。
「あぁ、そうだな。」
同じく口の端を持ち上げアルベールが言う。
そしてアルベール達は門に向き直り歩き出す。少し休んで体力的にも余裕が出来た。何が待ち受けているかは分からないが、一方的にやられるようなことは無いだろう。
門の手前に差し掛かった時、後ろから声がした。
「アルベール、死ぬなよ!」
野太い声だった、気合が入る。
「あぁ!」
アルベールは大声で返した。顔は笑っている。ジョンやミリアム、セリエも笑っている。ジルベルタやジェラール、マリオンには彼らが何故笑っているのか分からない。
しかし彼等には分かるのだ。今までアルベールの事を認めてはいても小僧としか呼ばなかった「貴族嫌い」のヴォルフガングが、アルベールと呼んだのだから。
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