第24話それは死の先を行く者
森の奥、その間にあるぽっかりと開けた場所にアルベール達は陣取る。
何分その腕前は分からないが魔術師が相手とあれば集団で密集する訳には行かない。そんな事をすれば範囲を攻撃できる魔術を使われた時に取り返しのつかない事になる。この中で魔術師と戦った事のある者など皆無だが、皆魔術師の恐ろしさは知っている。
何せ魔術というものはいかな矢よりも速く届き、どんな剣よりも切れ味鋭く、そして城塞の壁より尚堅牢なのだ。そこまでの魔術師かどうかはともかく、この内のどれか一つでも満たすような者であれば十分に脅威だと言える。
アルベールは木立の間に魔術で土の壁を張っていく。初手に使う魔術は骸骨の魔術師を狙わない、とは言え動く死体は一掃しておきたい。そうすれば数だけなら優位に持ち込むことが出来る。いっそ魔術師ごと巻き込んで仕留めてしまいたいのだが、いくらか話を聞いておきたいというのがあった。話をしてくれるかどうかは分からないが。
とりあえず動く死体だ、とは言え彼らが自発的に動いている訳は無い。アルベールの予想では魔術師が操っていると踏んでいた。数にして三十にも及ぶ死体を魔術を使ってとは言え一度に操るとは尋常ではない。しかし動かされているのであれば動けないようにすればいい。焼くのが一番いいのだろうが森の中で火を使うのは流石に躊躇われた。
アルベールは魔術の範囲を目視でよく確認しておいた。使う魔術はフロストストーム。広範囲に凍える嵐を吹き荒ばせる魔術だ。仲間を巻き込むと目も当てられない大惨事となるので予め壁を張っておいたのだ。そしてこの魔術であれば死体は凍ってしまい、たとえ動かせたとしても骨だろう。
仲間は周囲を取り囲むように隠れる。魔術師の視界に入る範囲にはジョンとジェラールが伏せている。そうして一斉に襲い掛かれば、取り合えずは盾を持っているアルベールを含めた三人に魔術が行くだろう。即死さえ防ぐことが出来ればヒーリングで治すことは可能だ。
成り行き次第でどうなるか分からない、だが現状初手以外に決められる事も無かった。一応一斉に襲い掛かる予定にはしたものの、結局は臨機応変な立ち回りを要求されるだろうからだ。相手は魔術師、ともすれば狩られる側がこちらになりかねない。
「そろそろだ、皆隠れろ。」
アルベールが合図を出す。木立と壁の間にしゃがみこんで遠視の魔術で様子を伺っている。そしてその遠視の魔術も必要ない位の距離に来た時、一同は息を呑んだ。
正に死体、死体の群れだ。ゆっくりとふらつく様に歩いている。中には呻くような声を上げている者もいる。操られているのではなく自発的に動いているのか、だとすれば尚おぞましい。
物言わぬ骸を操っているのならばそれは物体を操る魔術で事は済む。しかし彼らが死して尚行動しているのであるならば、恐ろしい事にそれは死者に行動の自由を与える魔術をあの魔術師が開発したという事なのだから。
アルベールは問答無用で魔術師ごとこの奇襲の一撃で葬り去っても良い様な気がしてきた。こんなおぞましい魔術を操る輩、まともな神経をしているはずは無い。
しかしアルベールは思いとどまってフロストストームを放つ。
凄まじい凍てつく嵐は死体の群れをみるみる内に凍り付かせた。骸骨の魔術師は不意の魔術に驚いたようだが、元々骨である身は凍り付いてもさして意味を為さない。
ともあれ、魔術師の後ろをついて歩いていた死体の群れはどうにかした。後はこの骸骨と少しばかり世間話をするだけである。
「むぅ、魔術か。しかし一体・・・」
後ろを振り返って不思議がる魔術師、どうやらこの魔術師は遠視の魔術については知らないようだった。ともすれば遠視の魔術や移動の魔術はエンゾのオリジナルなのかもしれない。
「こちらだ、骸の魔術師殿。」
骸の魔術師と言われて振り返った先にはアルベール。左右の森にはジョンとジェラールが控えている。
「ほう、先の魔術はお前の仕業か。大層見事な魔術であったが、昨今の魔術師は剣士の様ななりをしているのだな?」
魔術師は顎に手を当てて言う。アルベールは特殊な方なのだが、言わないで置いた。言う必要も無いからだ。
「そちらは大層実力のある魔術師殿とお見受けするが、それが何故この様な事をなさるのか。」
アルベールの言葉に言葉で返した。という事はこの骸骨一応会話は出来るようだ。何処から声を出しているのかは皆目見当がつかなかったが、それも恐らくは魔術によるものなのだろう。分からない事は全て魔術の所為にしてしまっているが、それも仕方ないだろう。魔術師からはくぐもったような声がしていた。
「この様な、とは私の従者たちの事かね?」
従者とは、また言いも言ったりといったところだった。アルベールは思わず顔をしかめそうになったが堪える。ジョンは見えていないからとあからさまに苦い顔をする。兜のバイザーに隠れているがジェラールもそうだろう。
「南に行った所にある村では以前より行方不明者が出ていた。私はその原因を調査していたのだが、その折に貴方を発見したのだ。貴方は従者とおっしゃったが、その従者達との馴れ初めを聞いても?」
アルベールは丁寧に聞く。別にへりくだっている訳では無い。辺鄙な所に居ついて何かしら魔術の研究に勤しんでいる魔術師などというものは大抵が変人で、更に気位ばかり高くて始末に負えない。とはエンゾの言だった。おそらくは宮仕えの魔術師の勧誘で散々な目に遭ったのだろう。
「あぁ、彼らは私の魔術の研究の協力者なのだよ。そうだな、確かに連絡の齟齬などで不幸な行き違いがありはしたが。彼らは間違いなく自分の意思で私の元へ来たのだよ?」
魔術師の眼窩の奥の赤い光が一瞬揺らめいたような気がした。そして同時にアルベールは魔術師から目を逸らした。意識があるから術はかけられていないが、おそらくこの魔術師は人の意識をどうにかする魔術を使えるはずだとアルベールは考えたのだ。
「彼らが死して尚貴方の従者になっている理由を聞いても?」
アルベールの声が低くなっていくのを皆は感じる。新しく仲間になった者達もそうだが、アルベールは平素至極温和であり怒った所を皆は見たことが無い。
「あぁ、そんな事かね。いやなに、簡単な事だ。私の研究している魔術の実験に少しばかり付き合って貰ったんだが、如何せん研究中の魔術なものでね。何回やってもすぐに死んでしまうのだよ。だがそれじゃぁ彼らも心残りだろうから、死して尚私の役に立てるように私が新たに開発した魔術をかけてあげたのだよ。」
悪びれもせず魔術師は言った。実験で魔術をかけて殺し、実験で魔術をかけて動く死体にしたのだと。
「そうか、ならば貴方は従者たちを連れて何処へ行こうとしていたのだ。魔術の研究ならばそこの従者たちとしていれば良いのではないか?」
アルベールは既に憤懣やるかたないと言った顔を隠そうともしていない。いよいよ堪忍袋の緒も切れると言った所だった。
魔術師は言った。さも当然と言った風に。
「私の研究は生きた人間が対象でな。故に私の従者では手伝いくらいにしかならんのだ。まぁ何、死んだら従者にすれば良いのだから何も構う事はあるまい?」
「やはり狂人であったか。最早語る口も持てない。これ以上の被害が出る前に、貴方を倒す!」
剣の柄に手をやりアルベールは叫ぶ。これ以上語るのは無意味だった。すこしは何か事情らしきものも伺えたかも知れないと思ったが全くの無駄だった。元は人間であったろうし会話も成立したものだから、まともな話をするかもしれないと期待したのがそもそも馬鹿だったのだ。
「ふん、私の偉大な研究に凡夫の命がどれだけ費やされようと、むしろ栄誉な事では無いか。何を怒る事がある?無意味な命に少しでも意味を持たせてやっているというのに。」
骸の姿で平然と行動している様な者にまともな頭を期待する方がおかしかったのだ。
「私の姿を見よ、この姿こそは私が死を超越している証。私こそは死の先を行く者なのだ!」
魔術師もまた叫ぶ。アルベールと魔術師は互いに魔術を放った。
「フロストアロー」
「ウィンドカッター」
互いの魔術がぶつかり互いに干渉して消滅する。この魔術師がどれだけ魔術の引き出しを持っているか分からない。しかし自分のそれよりは多いはずだとアルベールは思った。骨になってからは分からないが少なくともこの魔術師は骨になるほどまで魔術の研究をしてきたはずなのだから。
だから魔術のバリエーションで勝負はかけられない、かけるとしたらコンビネーションだ。それも物理攻撃と魔術攻撃の。撹乱しながら攻撃するのだ。
アルベールが魔術を放つのを見て仲間たちが出てくる。各々どう攻めようか考えているようだ。いや、セリエとマリオンは出てきていない。魔術による攻撃を視野に入れて奥から魔術師を窺っている。
狂った骸の魔術師は無邪気な邪悪さを振りまいてそこに立っていた。彼は別に生きている者が憎いと言う訳では無い。ただ魔術の実験に生きた人間が必要だったから調達していただけだ。そして死んだからと言って捨ててしまったのでは勿体ないと、彼なりのリサイクル精神でわざわざその為に開発した魔術をかけて動く死体に仕立て上げたのだ。
彼には彼なりの理由があったし、それは彼にとっては正当だった。たとえ彼以外の全ての者にとって許容されざる事であっても。
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