第23話前略、北の村から
一旦はラファールの街へと戻って来たアルベール一行だが、一泊の後すぐに北の村へと行く事になった。原因はジェラールである。
「おぉ、アルベール殿は王子殿下であったのか!」
「ジェラール殿、こ、声が大きい。」
ラファールの街の酒場でお互いの話をしている内にアルベールは、というよりミリアムがうっかりアルベールの身分を漏らしてしまったのだ。
とは言えここラファールも一応王国の中の街、王子が冒険者になっているという噂はとっくに出回っていたし、何なら先のマルティコラスの件にしたって既に知られている。では何が問題だったのかと言えば、眼前にいたのがジェラールだったという事だ。
嘘か真かジェラールは騎士として鍛錬の日々を送っており、それは全て少しでも円卓に近づくため。しかし王は既に亡く、かつて円卓を取り囲んだ素晴らしい騎士たちも、それどころかブリトンも最早当時の面影を残していないとジルベルタに聞いたのだ。
剣の腕を磨き、王に剣を捧げ、自分の正義と持てる力の全てを尽くしていこうと固く心に誓っていたジェラールは、正に人生の道標を失っていたに等しい。そこにこれである。
初対面でどこか高貴さを匂わせるあどけなさの残る少年。彼は自らの身分を隠して冒険者というものをしており、その実はこの国の王子であるという。しかも冒険者とは有償ではあるが困った人の頼みを聞いて問題事を解決するのだと。
ジェラールは思った。これこそ正に遍歴、騎士の本懐ではないかと。
その上この国、もっと言えばこの世界に騎士というものは無く、つまりは騎士道というものも存在していないのだ。
もしこの世界でジェラールが騎士として叙勲されれば、彼はこの世界で初の騎士となるのだ。
この事にジェラールの胸は大いに高鳴った。目の前の少年は遍歴の旅をしていると言う。であれば自分もこれについていくべきであろう。聞けば今、アルベール殿は異界よりの脅威を調べる為の旅をしているという。弱き者の為に自らの力を示して正義を為す、正にこれが騎士の誉れであると。
結局、アルベール達は同道するというジェラールの頼みを断る事が出来なかった。マリオンはというとジェラールの行きたい所に付いて行くと言った風だったし、何よりジェラール本人の熱意が凄まじかった。
放っておいたらその熱量のまま何処かへ行ってしまいそうだったのもあって、アルベール達は彼をなだめて一日宿泊し北の村へと出向いたのだ。
「ふむ、何やら元気の無い村ですな。」
北の村へと到着した一行、感想を漏らしたのはジェラールである。元気が無いのも当然で、この村はちょくちょく行方不明者がでるのだ。原因は不明。これで活気があったらそれはそれで恐ろしいものがあるだろう。
「これからその原因を探りに行くんだっつの。」
ジョンは少し大仰なジェラールに呆れつつ言う。実直な態度に正直な物言い、悪い者でない事は皆が皆承知していたが、この男は少し疲れる。
ジェラールとしては騎士としての使命に心が震えているのだが、今はその情熱が悲しいかな少しばかり空回りしていた。
「まぁとにかく、森を見てみようじゃないか。何かしら手がかりでも見つかれば、原因も分かるかも知れないし。」
アルベールに促され一行は森に立ち入る。そしていくらか進んだ所で、アルベールが遠視の魔術を使う。
先の野盗の砦を見つけた時の様に周囲を魔術で見まわすのだ。そうすればもし何かを見つけても一先ずこちらが気づかれることは無い。
近い所から始めて、アルベールは段々と遠くに視界を移していく。そして森の終わりに差し掛かって視界が開けた時、アルベールはおぞましいものを見た。
「これ、は・・・」
それは動く死体の集団だった。どうやって動いているのかは定かでは無かったが、動いているのが死体だという事はハッキリと認識出来た。何故なら腐っていたからだ。少しばかり具体的に言うならば、見えていた。医学的にぼかして言うなれば、皮下組織や筋組織がである。
アルベールは彼らを正面に捉えていた。つまり彼らは向かって来ているという事になる。真っ直ぐこちらに。人数の多さを鑑みるに村の行方不明者ばかりとは思えなかった。おそらく先の野盗のねぐらからも拝借されているに違いない。
中央の奥にいるのは魔術師らしい格好をした者で、こちらは何と顔を見ると骨だった。眼窩の奥の赤い光が禍々しさを助長している。
「何をどうしたらあんな化け物が生まれるというのだ。」
アルベールは吐き気を催したが、何とか堪えた。と同時に怒りが沸いてくる。あのローブの骸骨は魔術師の様だった。であるならばどんな魔術かは分からないがしかし魔術で以て人の死体を操っているのだ。そして自分を死体になってまで生き永らえさせているのだろう。妙な表現ではあるのだろうが。
アルベールの言葉を聞いて皆ざわついた。当然である。そしてアルベールの説明を受けて驚愕した。真っ直ぐこちらに向かっているという事は狙いは間違いなく村だ。更に言えば周囲の動く死体はともかくそれを操る骸骨は間違いなく魔術師であるという。
「死体を操る骸骨の魔術師ってか?ったく、悪い夢でもここまで酷いのはないぞ?」
「ほんとだよ!大体倒そうにももう死んでるじゃん。どうしたらいいのさ。」
骸骨の方はともかく、死体の方はある程度密集して行動していた。魔術によって操られているのは間違いないとアルベールは思ったが、思い違いも或いはあるかも知れない。
「調査が目的なのは言うまでもないが、だからと言ってみすみす村に行かせる訳には行かない。幸い私達が奴等に気付いている事を奴等は知らない。ならば最初の一発目だけは確実に私たちが取れる。」
「いくらか行った所に開けた場所があるから、そこで待ち伏せよう。包囲するように待ち構えて、私とセリエの魔術で動く死体を先ずは一掃する。」
骸骨の魔術師もまとめて葬ってしまいたい所なのだが、一体いかなる者なのか話を聞いてみる必要もあるとアルベールは思った。異界からの化け物なのか、それともまさかこの世界の魔術師の成れの果てなのか。ジルベルタは気味悪そうにして口を開かない。彼女が知らないだけなのかも知れないが。
因みにジルベルタは攻撃手段が素手なので、戦うとなると動く死体を殴りつける事になる。それは嫌だとジルベルタは思っていた。
ともあれ七人は移動を開始した。あの死体達が善良なものである可能性は端から否定していた。これを酷いと思うものはいるだろうか?例え目的が何であれ、例え手段が如何にあれ、骸骨の魔術師は死体を操っていた。死体が生者を死体に変え、死体の仲間を増やしているのである。
ジェラールも静かに拳を握りしめている。どうやら静かに闘志を燃やすタイプの様だった。
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