第22話無名の騎士と妖精の魔術師
北の森に到着した一行は早速行動を開始する。
アルベールを中心にして警戒態勢を敷き、その中でアルベールは遠視の魔術を使う。近場から少しづつ遠くに視界を移していき、村人や野盗の行方不明の原因となったものを発見しようと言うのだ。
しかし、当然ながら遠視の魔術を使っている間アルベールは動けない。周囲に何かあった時一番無防備となり危険なのがアルベールだ。なので仲間がこれを守る様に取り囲む。
東の方を見まわしていたアルベールだったが、やがてあるものを見つけた。
「砦がある。おそらく野盗の作ったものだろうが、人がいる様子が無い。」
その言葉に一行は取り合えずその砦を捜索してみる事にした。
現地に着いてみると確かに砦だった、周囲から静かに伺ってみたが見張りが立っている様子も無い。無人であるとしたらそこにいた野盗達は引っ越したのだろうか。たとえ人食いの化け物に襲われたのだとしても、全員いなくなるとは考えにくい。砦には壊された後もなかったのだ。
「取り合えず警戒はするとして、化け物はいないようだから砦の中を探索してみるか。」
ジョンの発言に皆賛成し、砦の中へと入っていく。砦はそれなりに大きく、一帯の野盗のねぐらと言った所だった。来てみて初めて分かった事だが、どうやら野盗は散発的に存在するのではなく大きなグループを持っているらしかった。しかし、今はその影も無い。
「やはり妙だ、これだけの規模の砦をそうそう遺棄するとも考えにくい。それにこの規模で人がいたのなら化け物が出たとして、殺すことが適わずとも撃退する事位は出来そうなものだが。」
アルベールの発言に先ずジョンが頷く。
「確かにな。もしこの規模でもてんで敵わない様な群れで来たってんなら、村の行方不明者が少なすぎる。というより、村が壊滅してる筈だ。それに砦も壊れたような跡が全然ない。気にかかる所しかないぜ。」
「ちょっとー、奥に洞窟あったよー。」
ミリアムが大声で皆を呼んだ。誰か他の者がいればミリアムのこの大声で気づくだろうが、そんな様子も無い。一行はミリアムの元へと集まった。
「洞窟ねぇ、宝物なんかは流石に持ち出してるんでしょうけど。」
ミリアムの横にある扉、その奥が洞窟に繋がっているらしかった。野盗共が戦利品の収集場所にでも使っていたのだろうか。とはいえ、この状態では何も残ってはいやしないだろうが。
「まぁまぁ、何かあるかも知れないし。みてみよーよ。」
ミリアムは扉を勢いよく開けた。するとそこには全身鎧の男と魔術師風の女性が立っていたのだ。
「私はジェラール・ド・リドフォールと申します。こちらの女性はマリオン。」
外に出て取り合えずは自己紹介の流れとなった。洞窟の中には当然何も無かった。
「私はアルベール、冒険者だ。」
アルベール達は口々に自己紹介をしていく。ジェラールは冒険者という職業に疑問をもった、なのでアルベール達は異界の者かと理解した。
「ジェラールが下らない挑発に乗ってしまったのを追いかけるうちに、いつの間にかあんな洞窟に入ってしまったようで。」
「しかしマリオン、あの黒い男は我らが王が死んだだなどと抜かしたのだ。あの侮辱を許しておくわけにはいかないだろう。」
このジェラールという男、どこかの王国に使える者であるらしかった。それが恐らくは件の黒い男にそそのかされて上手い事連れて来られたのだろう。
とりあえず事情を説明する必要があるようだった。おそらくこの二人は自分達が違う世界に来てしまっていることを理解していないだろうから。
「な、なんとそのような事が。しかも帰る方法も分からないとすれば、我らが王の元に如何にして集えばいいやら。」
ジェラールは王の元に帰る事を第一に考えているようだ、まぁそれも当然だろう。どの時代の者であるかはともかく立派な鎧を身に着けていることを考えるとそれなりの身分ではありそうだ。
「あのよ、ジェラールさんよぉ、あんたがたの王様ってのは誰なのさ?あんたの格好からすると騎士様だろ?馬は持ってこなかったようだけど、フランスかい?」
ジルベルタの問いかけにジェラールは不思議な顔をする。
「何を言っているのだジルベルタ?我らが王と言えばアーサー王を除いて他はあるまい?私はかの円卓に少しでも近づくために、マリオンの加護を受けて修業に明け暮れていたのだ。それをあの男、いや、安い挑発に乗ってしまった私がまだ未熟であったという事か。」
ジルベルタは唖然とした。アーサー王伝説といえば有名なおとぎ話だ。大の大人が本気で言っているなどとは考えられなかった。しかもそのおとぎ話でもジェラールなどという名前の騎士はついぞ聞かない。風車の騎士じゃあるまいに、じゃぁ隣の女は妖精なのだろうか?それとも、そういう設定のサンチョなのだろうか?
「おいおい、ジェラールの兄ちゃん。それ本気で行ってるのか?俺もそのおとぎ話はしってるけどよぉ、それにしたってもうアーサー王はとっくにアヴァロンに旅立っちゃってるぜ?」
この言葉にジェラールは愕然とした、文字通り愕然としたのである。そしてその様子を見てジルベルタも流石に「悪い事を言ったかな」とばつが悪いような顔をした。
当人にとっては余程の事であったのだろう、ジェラールは暫く放心していた。眼前の少女が嘘を吐く理由は無く、先の黒い男と違って誠実かどうかはさておきふざけた様子も無かったからだ。
「ごめんなさい、ジェラール。王が身罷られた事は知っていたのだけれど、私には貴方にそれを告げる勇気がなかったの。」
しばらくしてからマリオンがジェラールに言った。マリオンに言われるという事はジェラールには受け入れがたくともそれが真実であることを裏付けるものだ。ジェラールはうつむくが、しかし直ぐに顔を上げて言う。
「いや、いいのだマリオン。それよりも君にこうまで気を遣わせてしまったのは、私の未熟が故だろう。王の最期にすら間に合わなかった、いやその事をすら知らなかった私は愚かだが。しかし私達の騎士道が終わりを告げた訳では無い。」
不安気な顔をしていたマリオンだったが、ジェラールが持ち直したようなのを見てほっとした。マリオンがジェラールに不幸な真実をずっと告げられずにいたのは、ジェラールの事を心配したが故の事だったのだから。
いや、ともすればジェラールのこの気丈な態度も、マリオンを気遣うが故のものなのかもしれない。
「いや、あのよ、そちらさんが大分立て込んでるのは承知してるんだがな?」
ジョンは少しばつが悪そうに話しかけた。
「今俺たちは仕事の依頼でここいら辺の調査に来てたんだが、そろそろ引き上げかとも思ってたんだ。だからよ?」
「貴方方さえ良ければ、私達と共に行かないか?こちらに来たばかりで当ても無いだろう?幸い私たちはこれから街に戻ろうかと思っていたし、貴方の様な方を保護するようにも仰せつかっている。」
アルベールがジェラール達に提案した。ジェラール達としても何処をどう行ったらいいのか当ても何もない。アルベールの提案を快く受け入れるほかなかった。
そしてジェラールはアルベールに何か高貴なものを感じた。同じく騎士か、或いはそれ以上の何かを。
「すまない、アルベール殿。それでは世話になる。」
ジェラールは深く頭を下げた。アルベールは良いのだと、すぐに頭を上げさせた。それは王族の礼の一つでもあったのだが、ジェラールの礼が余りに自然だったのでついアルベールもそうしてしまった。
こうして新たに異世界からの旅人を見つけたアルベール達は、一先ずラファールの街へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます