第21話一路、ラファールの街へ

 七日、いや十日が過ぎた。アルベールも含め四人の顔色は明るい。




「いやぁ、これだけ魔術覚えたらさぁ、もうあんな化け物が出ても怖くないよね。」




 ミリアムは余裕綽々と言った所だ。実際この世界の基準的にもAランクの水準は満たしていると言える。


 CランクとBランクには実際明確な差は殆ど無い。どれだけ場慣れしているか、そして年季が入っているかくらいの差だ。しかもBランクと言ったら隊商の護衛等が仕事の大半を占めるので、危険度もどっこいどっこいなのだ。


 隊商の護衛は当然人数が集められる。となれば野盗の類もそうおいそれとは手が出せないのだ。




「旅も格段に楽になったしなぁ。水には困らない、火は簡単に起こせる。それに暑い時には氷まで用意できるとなりゃぁ、何処にだって行けるわな。」




 ジョンの軽口もここ最近は調子が良い。何と言っても魔術を覚えたのだ。それも簡単ながら攻撃魔術もいくつか教えてもらっている。


 ジョンとミリアムが教えて貰ったのは以下の魔術だ。




・ファイアスターター


・ウォーターボール


・アイスロック


・ライティングボール


・ウィンドカッター


・ヒーリング




 セリエはこれらに加えてライトニングボルトとサンダーボルトを覚えている。とりわけサンダーボルトは高威力で撃ち出すと周囲の物質を巻き込んで衝撃波を発生させるので大変危険な魔術だ。




「なぁ、北の森って俺たちが会った場所か?」




 ジルベルタが問いかける。ジルベルタは魔術こそ扱えないが、その純粋な力と胆力は間違いなくこのメンバーの中では随一だ。




「あぁ、いや。あそこも北の森っていやそうなんだけどな。北の森は東西に広いんだ。今回はもっと西寄りの方を調べるのさ。」




 北の森は王都から三日ほどの位置で広く東西に伸びている。さらにその北は山岳地帯で人の手が入っていない。近隣で昔戦争をしていたという事から、この国の国土は南と西方面に広いのだ。




「先ずは西にあるラファールの街を目指すぞ。ひとまずあそこを拠点にしておけば北の森も西の森も行きやすいからな。」




 ラファールの街は西にある街の中では最も大きい街だ。当然そこへ至るまでの街道もしっかり整備されているし、旅籠町などもそれなりにある。旅をするにはいいルートだ。勿論安全性も極めて高い。




「流石に王都程は広くないけど、良い街よ。まぁ、あまり滞在しないでしょうけど。」




 街について観光と言う訳にはいかない。すぐさま北の森に出向くのだから。多少残念ではあるが、致し方のない事だろう。




 ラファールの街までは七日程かかる。しかしそこまで急ぎもしなければ危険と言う訳でも無い。五人は気楽な足取りでラファールの街へと向かった。








「想像以上に大きな街だな。」




 ラファールの街に入った一向。アルベールは感嘆の声を上げる。




「先ずは宿をとって、それから少し回ってみるか。王都とは違う雰囲気ってのも味わってみたいだろうし、珍しいものの一つでもあるかも知れないしな。」




 ジョンが先導して一同宿屋へと向かう。大きな街なので宿が取れないという事は無いだろうが、取っておいてしまうのに越したことは無い。




「どうするどうする?良いとこ泊まっちゃう?せっかく大きい街に来たんだからさぁ。」




 ミリアムは目をキラキラさせて言う。調査が目的の今回の旅では大きな危険もそうないだろうと思い、ミリアムは半分観光気分だ。




「そうねぇ、悪くないんじゃないかしら。明日はどうせ北の森に行ってしまう訳だし、ともすれば野営じゃない?英気を養うという意味でも、少しいい宿をとるのはありだと思うわ。」




 セリエもニコリとして言う。流石に彼女は観光気分でも無いだろうが、確かに翌日から野営する可能性があるとなれば少し良い宿に泊まっておきたいというのは理解できる。


 そしてこれにはジョンも同意した。どうせ長居する訳では無いし、行きと返りで長く見積もっても三泊が良い所。だったら泊まってしまってもさして問題は無い。




 通常だったら話題にもならない宿の話だが、これには懐の余裕が関係していた。




 マルティコラスの死体は買い取りという事になった。しかも王宮で。そしてこれがかなり高かったのだ。


 買い取り手が王宮なのだから払いが良いのは当然だろうが、それにしたって金貨が10枚。山分けしても一人頭金貨二枚の大金だ。金貨は銀貨百枚相当の価値であり、銀貨は銅貨百枚相当の価値がある。そして銅貨一枚は我々からすれば大体百円程の価値である。


 因みに昔は銅貨の下に鉄銭があったのだが、鉄の需要の高騰でその姿を見ることは無くなってしまった。




 冒険者は意外と夢が無い。というのも体が資本のこの仕事では何かしらが原因で体を壊した場合、それは全て自分持ちになるからだ。怪我ならば金を払って癒しの術でもかけて貰えばそれでいいが、病気となると難しい。病気に効く魔法薬は高いからだ。


 当然、風邪程度であれば寝て直すのが定石なのだが、寝込んでいる間の収入は無いし費用は自分持ち。




 なので冒険者は懐の管理には基本的にはシビアなのだ。




 しかし暫くはそんな心配も無い。いや、それどころかマルティコラス程の強さではないにしろ未知の魔物を仕留めて持って帰れば良い金になる可能性が出て来たのだ。ジョン達はこの事をよく理解していた。




 冒険者と言う仕事に、俄然夢や希望が生まれて来たのだ。




「俺は飯が美味きゃどこでもいいけどな。」




 ジルベルタは言う。しかし彼らの泊まる様な宿は通常翌朝の朝食しかでず昼夜は各自だ。多少良い所と言ってもそれは変わらない。




「なら市場の方にでも行ってみるか?私としてはどんなものが売っているのか見てみたい。」




 アルベールは市場に食指を動かした。この王子様、王宮を抜け出していた頃は食べ歩きをしていたが、すっかり趣味になってしまっているのだろうか。




 結局アルベール達はそこそこ良い宿を取り、市場を見て回る事にした。武具は王都での魔術の訓練の間に修繕に出しておいたので問題は無いし、他に見て回る様な所も特に思いつかなかったからだ。


 程々に食べ歩き、何だかんだで皆で見て回り一通り楽しんだ頃には良い時間になっていた。




「そろそろ酒場で飯にしようか。」




 夕暮れ時に差し掛かったころジョンが言った。この頃になると店も閉まり出す。そうなると殆ど見るところも無くなるので酒場に移動して食事兼情報の収集だ。




「北の森に何かあれば、噂が何かしら出回るだろう。そういう情報は酒場に集まりがちだし、酒の一杯でも奢れば街の冒険者達が快く教えてくれるんだ。」




 そう言ってジョンは周りのテーブルの冒険者と思しき者たちに声をかけていく。手慣れたものだ、と言うより他所に来た時の冒険者なりの挨拶なのかもしれない。




「お、久しぶりだなお前ら。一人風変わりなのがいるが、大事無いようだな。」




 アルベール達の座るテーブルに一人の男が声をかけて来た。誰かと思って見上げると、王都でアルベールとやりあったヴォルフガングであった。




「おぉ、ヴォルフか、久しぶりだな。隊商の護衛でこの街まで来たのか?」




 ヴォルフガングが手招きをすると三人程の冒険者が移動してくる。ヴォルフガングの仲間であるらしかった。各々酒の入った盃を持っている。




「はは、こんな所で小僧に会うとはな。初めての仕事の話は聞いたぞ、方々で噂になっている。」




 酒を煽りながらヴォルフガングは言う。マルティコラスを倒した冒険者の話は王国中の冒険者の間では既に噂になっている。そしてその冒険者達がAランクに上がったという事も。




「この人たちですか、ヴォルフ?あの化け物を倒したっていう冒険者は。あ、私はヤナって言います。」




 ヤナと名乗った女性はいかにも魔術を使いそうな風体だった。ヤナを皮切りに他の二人も自己紹介をしていく。二人の男性はヴィートにゾルタンと言うらしかった。




「北の森の手前にある村では、最近不穏な噂があがっているな。」




 各々の自己紹介を終えた所でアルベールが聞いてみると、ヴォルフガングは何かしら知っている風だった。




「いや何、俺もそう詳しく知っていると言う訳では無いが。北の村ではちょくちょく行方不明者が出るようでな。触れが出る前からだそうだから、魔狼か何かが近隣に住み着いているだけかも知れんがな。そういう噂はある。」




 触れが出る前であるからと言って原因が異界よりの化け物では無いとは言い切れない。アルベール達はその事を理解している。だからこそ、そういった噂が出ているという事の方を危惧した。


 今でさえ村の人がちょくちょくいなくなっている。いなくなっているという事は、最悪死んでいるという事なのだから。何時矛先が村そのものに向いてもおかしくは無い。村人に何かしているのが一体何者なのかを突き止めなければ。




「それにここ最近隊商の護衛でも、ここいらの野盗に動きが無いんです。まるでいなくなってしまったかのように。別に野盗が居なくなるのは結構な事なんですけど、不自然なんですよね。」




 ヤナの言うには、隊商の護衛時にいつもならばこちらの様子を伺って襲うかどうかを判断する野盗の斥候の姿も見えないという。どれだけ上手く隠れても隠れきれるものでは無いし、若干怪しい人数の時にも野盗が襲ってくることが無かった。


 野盗が居なくなる事自体は喜ぶべきことだが、王国の軍隊が動いた訳でも無いのに根こそぎいなくなるというのはかえって不穏だった。野盗たちが全滅するような何かが北の森にいるという可能性も出てくる。




「何れにせよ要注意か、何事も無くと言う訳にはいかなくなってしまったな。」




 元々探さなければならなかったのだ。それが目的が少し絞れたのは大きい。そう考えるしかなかった。


 それに村人の行方不明と野盗の消滅、この二つは繋がっているとみて間違いないのだろう。この周辺で野盗がねぐらにするならば、まず北の森で間違いないだろうから。




「そうだね、被害がもう出てるっぽいし、原因調べなきゃ。」




「どんな化け物かは分からないけど、先ずは調査してみなきゃね。」




 被害が出ていると聞いてミリアムとセリエの目が鋭くなる。金の稼げる化け物退治、しかし出来るなら人死には無い方が良いに決まっているのだから。




「なら今日は早めに休んで、明日は早くに出るとしよう。」




 ジルベルタはひたすら食べ続けていたが、どうやら満腹になったようだ。それを見てアルベール達は席を立つ。そして情報収集で酒場にいる女性の冒険者に声をかけていたジョンを回収すると、宿屋へと引き上げて行った。

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