第25話死者の見た夢

「ヒートウェイブ」




 魔術師は熱波の魔術を放った、通常こういった魔術は自分の前方に放射状に放つ。しかし彼は自分を中心に全方位に放ったのだ。




「くっ。」




 アルベール達は飛び退いて距離を置く。狙いは明白、アルベール達への牽制を行い同時に凍った死体を解かし動けるようにしたいのだろう。実際範囲はそこまで広くなかった上に温度も高くない。あまり高くし過ぎるて周囲の植物の発火点を超えさせたくは無かったろうし、ともすればアルベール達も実験の材料にしたいのかもしれない。




「まだ凍っている内に死体の首を落とすんだ!」




 アルベールは叫んだ。これら凍った死体達は元野盗がその殆どだろうが、その中には行方不明だった村人がいる。死んでしまっているとはいえ彼らをみだりに傷つけるようなことはしたくなかったが、今やそんな事を言っていられる場合ではない。


 彼らが解けて動けるようになってしまった場合、動きの遅さなどを加味したとしても不利だ。三十に及ぶ数で押し切られてしまう。どこまで彼らを大切に扱うかは分からないが、いざとなればあの魔術師は死体を盾にして高威力の魔術を使う事だって出来るのだから。




 本当なら手足を落として絶対に動けないようにしたい所だが、数が多い。首を落として一先ずの処置としたのだ。




「くっ、許せ。」




 ジェラールが回り込み次々と首を切り落としていく。謝罪の言葉を言いつつも流れる様な動きだ。




「ライトニングボルト」




 アルベールは仲間たちに攻撃が行かないように魔術での攻撃を試みる。しかし体が骨だからなのか、それとも既に死んでいるからなのか魔術師には殆ど効いていないようだ。ローブの一部が焦げてはいるが、それ以上の事は起こっていない。




「フハハ、我が身に稲妻が効くものかね。私はリッチ。死を超越した者だぞ?」




「自らを死体と名乗るとは、ますます以ておぞましい。」




 嫌悪感もここに極まれりと言った所だった。この魔術師リッチは大層この骨の体がお気に入りなのか、度々自慢気に話してくる。しかも自分の事を死体呼ばわりしておいて死を超越したと嘯くのだ。




「我が魂は死の内にあって死と共にあらず。分かるかね若者よ、我が魔術は未だ研究の途中にあるがそれでも私は永遠に近い命をこの身に宿すことに成功しているのだよ。」




 あれに命があるなどとはアルベールには到底思えなかった。そしてアルベールはリッチの言った魂という言葉に引っかかりを感じた。




(魔術を使うには魂の存在が不可欠だ。しかし死ねばその魂は体から離れて第一質量に還元されるという。ならばこの魔術師は魂を保っているという事になる。どんな手段を用いているかは分からないが。)




 魔術を散発的に放ちつつアルベールは考える。リッチが魂を保持している手段を。魔術の使用でそれが可能なのだろうか。それとも、他の手段を使っているのか。




「うーわ、動き出した。」




 ミリアムの声がした。どうやらある程度の死体は首を落とすのが間に合わ無かったようだ。しかし首を落とされた死体は解けても動かず、そのまま倒れこんでしまった。一先ずの対応としては正解だったようだ。




「首を落としゃぁ動きは止まるみたいだ。だったらもうこのまま首を狙っていくしかねぇ。」




 ジョンとジェラールはそのまま死体達の相手に乗り出した。短剣を使うミリアムは勿論、素手のジルベルタでは死体の首を切り落とすことは難しい。




「じゃぁ俺はコッチにいくぜぇ!」




 ジルベルタは一気に駆け出してリッチの後ろにつけた。そしてそのまま拳を突き出すと、リッチの背骨にクリーンヒットする。




 しかし




「おやおや、お転婆な小娘だな。しかしそれも無駄な事。」




 ゆっくり振り向くとリッチは衝撃の魔術でジルベルタを吹き飛ばした。ジルベルタの膂力でもって打ち出した拳があろうことか全く効いていない。




「いってぇ~。おいアルベール、アイツなんか変だぞ。殴ったはずなのに当たった感触がしなかった。」




 ジルベルタは勢いよく吹き飛ばされたがどうやら無事の様だった。それは良かったのだが、魔術による攻撃も物理的な攻撃もリッチには効果が無いという事が分かってしまった。頭の痛い所である。




「ジルベルタの拳で無傷とは・・・」




 感触が無かったという事を鑑みるに恐らく当たっていないのだろう。骨の体を守る魔術でも使っているのだろうか?しかしそうするとリッチは常にいくつかの魔術を行使していることになる。同時に二つならばともかく、如何に研鑽を積んだ魔術師であろうと三つ以上の魔術を同時に行使しようとすれば魔力が暴発しかねない。




「何か種があるはずなのだが・・・」




 ローブに身を包んだリッチは不敵な様子でアルベールに向き直っている。おそらく皆の中でアルベールを最も警戒しているのだろう。




「私を倒すと息巻いていたが、それが如何に不可能な事であるか理解できたのではないかね?魂はここにあり、魔力を纏ったこの身は不滅。大人しく諦めて、私の研究に協力したまえよ。」




(魔力を纏う?魔力そのものを全身にみなぎらせているのか。)




 リッチは結構うかつな性格なのか、それとも自分以外を下に見過ぎているのか重要な事をさらっと言ってのける節があった。




「特に若者よ、お前は中々筋の良い魔術師だ。お前は研究の実験に使うのではなく、私の新しい肉体として我が研究の栄誉をその身に受ける栄光を与えてやっても良い。」




 アルベールは一気に青ざめた。とんでもない事を言われたのだ。体を奪うというのも結構な事だが、リッチはそうする為の手段を何かしら持ち合わせているのだ。




 しかし、その手段に見当がある人物がいた。




「魔法の道具、ですね。セリエ、少し良いですか?」




 姿を見せずにずっと木立の影から窺っていたマリオンが近くで同じく伏せっていたセリエに耳打ちする。そしてセリエは結構な魔力を込めてウォーターボールを打ち出したのである。




「む、ただの水。悪戯が過ぎるな。」




 飽くまで余裕を見せるリッチ。不意にあらぬ方向から水をぶっかけられるとは思わなかったが、所詮は水。この体に何の影響もあろうはずがない。もっとも、命のやり取りの真っ最中にただのいたずらであろうはずも無いのだが。




「アルベール様、フロストストームを。」




 マリオンはアルベールに向けて言う。アルベールが王族なのを知ってからマリオンはアルベールを様付けなので戻れたらどうにかしないといけないとアルベールは一瞬思った。




「あ、あぁ。フロストストーム」




 アルベールは範囲を絞ってリッチだけを捉えるようにフロストストームを放った。しかしリッチは相殺するような魔術も使わずただ立ち尽くしている。


 稲妻が効かなかったように、凍える嵐も自分には効かないと分かっているからだ。よしんば体にかかった水が凍ったとしてもそこまで影響はない。成程動く死体を留め置くには効果は絶大であったかもしれないが、それは死体の肉が凍るが故の事。骨の体である自分は凍ったとしても動けなくなるわけではない。




「せやっ!」




 凍える嵐が収まるのと同時に、ジェラールが駆け出して剣の腹でリッチを引っ叩いた。リッチ自体には何のダメージも入っていないが、リッチの着ていたローブは粉々に打ち砕かれた。




「むっ、私のローブが。一張羅であったのに。」




 尚も軽口を叩くリッチであったが、ローブの下から出て来たのは引きこもりの魔術師が持っているにしては多少豪華な首飾りであった。




「アルベール様、おそらくその首飾りは魔法の道具です。それを壊せばリッチに何かしらの打撃を与える事が出来るはず。」




 マリオンは言う。離れていたので仕方ない事ではあるのだが、アルベールにその声が聞こえたという事はリッチにも当然聞こえたという事だ。


 マリオンも首飾りの効果については分からなかったが、扱う魔術の数を鑑みればもう何かしらの道具を使っているとしか思えなかった。本当はその道具がローブであれば良かったのだが、ローブが簡単に破壊されその下から首飾りがこれ見よがしに出て来たとあってはもうこの首飾りを狙うしかない。




「魔法、魔術の事か?あの首飾りに予め魔術がかけられているのか。」




 アルベールはそう思い至ったが実は少し違う。正確にはあの道具自体が魔術を発動するのである。具体的に言えばそれは典礼魔術の一つと言えた。道具に魔術を発動させる陣を彫り込んでおけば、あとは魔力を流すだけで魔術が発動するのだ。




 それはマリオンだから気が付けた事だ。彼女のフルネームはマリオン・ル・フェイ。騎士を見守る妖精の魔術師。フェイは時として愛する騎士に魔法の道具を与える事がある。つまりマリオンは、魔法の道具という存在に明るいのである。


 そしてフェイに愛された騎士は、どれだけそれが困難な試練であろうとも立ち向かう事が出来るのだ。




「ふん、今更なにか分かった所でお前たちに出来る事などないわ!」




 リッチが魔術を行使する。先ほども放ったヒートウェイブだ。今度は手加減などしていない、森が焼けようとお構いなしといった所だ。


 対してアルベールはリッチを中心に再度フロストストームを放つ。どちらの魔術もリッチを中心に放射状に放たれており、ある一定の所で均衡を保った。




「取り合えず状況は五分五分だが、このままでは。」




 勿論ミリアムやジョン、セリエも放てる魔術をリッチに向かって撃ち出している。しかし中央のヒートウェイブの威力は凄まじくリッチに届く前にかき消されてしまう。


 そう、今は五分五分のこの状況だが、時間がリッチに味方するのは明白だった。リッチは疲れないが、アルベールは疲れるのである。




「セリエ殿、ミリアム殿、少し宜しいか?」




 ジェラールが二人に向かって何やら言う。すると二人はジェラールに向けてウォーターボールを放った。ジェラールはビッシャビシャである。




「ジルベルタ、君の膂力を借りたいが構わないかな?」




 そしてジルベルタに言うと二人してアルベールの横につき、ジェラールは少し跳んだ。その瞬間。




「どっせぇぇぇぇい!」




 ジルベルタは一瞬宙に浮いたジェラールの尻を持ち、力任せにリッチの方へとぶん投げた。




 ジェラールは剣を前に構え最初は水浸しの状態で、そしてフロストストームの中で凍り付いた。それからヒートウェイブの中に突っ込むとそのまま凍った体を解かしつつリッチの首飾りを叩き割ったのである。


 リッチからしてみれば何が起こったのかにわかには分からなかった。何せ外側はフロストストームが吹き荒び、内側は自分の放ったヒートウェイブが渦巻き視界などあったものではない。そんな所に外から変な掛け声とともに凍った鉄の塊が飛んできたのだ。


 魔術はすぐには止まらない。リッチはヒートウェイブを止めて何かしらの防御を行う暇もなく、首飾りを砕かれて倒れた。




「そんな、私の・・・偉大な、魔術が・・・」




 砕かれた首飾りと共に、リッチの体は地に倒れた。結局リッチは死を超越していた訳ではなく、ただ魔法の道具の力で以て死の淵にしがみついていただけだったのだ。人の夢とは儚いもの、夢から覚めたリッチは文字通りただの死体であったのだ。

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