第18話幻想の流入
「何たる事か・・・」
国王フィリップは愕然とした。同席しているベルナールもである。
ここはアルベールの屋敷の居間。先日の化け物と、それに関する異界からの来訪者と件の黒い男について二人は報告を受けていた。
因みに上座も下座も無く皆一緒くたにラウンドテーブルに座っているので、ベルナールもだがジョンやセリエは多少居心地が悪そうにしている。
「王都に運び込まれてきた化け物を私も見ましたが、あんなものが跋扈しているとなると森や山にほど近い村は常に危機に晒されているのと同じですな。」
ベルナールは低いトーンで話す。戦った時の話も聞いたが、あの様な化け物が通常の冒険者に太刀打ち出来るとは考えにくかった。Cランクはおろか、Bランクの冒険者でさえ歯が立たないかもしれない。Aランクの冒険者ならば或いは倒せるかもしれない、しかしAランクともなると殆どいないのが現状だ。これでは化け物たちの跳梁を許すことになってしまうだろう。
「ここまでの化け物はそういないと踏んでも良さそうではあるが、しかし存在が確認された以上放置も出来ん。巨体では身動きの取りにくい森の中であったから良かったようなものの、これが動きに制限のない平野であったならば・・・」
アルベール達もそこで死んでいたかもしれない。
多くの村や町の存在する平原に目撃情報が未だに無いのは幸いだった。いや、あるいはそれこそが災いであったのか。いずれにせよ王国の主要な部分に異界からの化け物は現れていないのだ。少なくとも今は。
「あれ一匹とっても一大事ではあります。更にその異界の門とやらを使用して送り込む者がいる以上、多くの化け物が既に潜んでいるものかと。ですが。」
そう言ってベルナールはジルベルタを見やる。
「彼女の様に元の世界で行くあてを無くしこちらに来たものも少なからず存在するかと。であればそのような者達を出来るだけ保護して、協力してもらうというのも悪い考えでは無いように思います。」
王国の兵を動員するにせよ、個々の強さはCランクからBランクの冒険者止まりだった。彼らは集団戦で力を発揮しそれは確かに心強いのであるが、彼らは土木作業のエキスパートという側面を持つ。
大工も存在はするが、大規模な工事は王国の兵たちが行うのだ。それは道路や水道の敷設、新しく街や村を起こす時の町割り等がそうで、さらに言えば国の金で彼らの全てを賄っている。
悪い言い方をすれば彼らは国の備品で、あまり傷つけたくないのだ。勿論有事の際は存分に戦って貰う事になるのだが。
だからと言って冒険者に死んでもらえばいいという話でもない。冒険者の存在は国にとってなくてはならない。冒険者は言うなれば便利な傭兵ともとれる。少ない人数で小回りの利く動きで以て仕事をしてくれるというのは何ともありがたい話なのだ。
勿論巡回や警戒などで兵は出す、しかしあまり損害は出したくない。さりとて冒険者もその大半が現状当てにならない。勿論敵にもよるだろうが、敵の強さの上限が跳ね上がってしまいしかもそれが何処にいるのか分からない今は手放しで頼りには出来なかった。
「でもよお、俺は勿論強いけど、他の奴らが俺くらい強いとは限らねぇぜ?」
ジルベルタが手を頭の後ろに回して言う。確かに剣の通らない皮膚を持つような化け物を、拳の一撃で以て怯ませられる様なものがそうそういるとは思えなかった。しかしそれは化け物の方も同じ事だと思えた。
「確かにそれはそうだが、現状頼りに出来る見込みのある者は多ければ多い程良い。」
結局、フィリップは触れを出し国中に恐るべき化け物が出る可能性がある事を知らしめた。そしてそれと同時に森や山にほど近い町や村に警護や巡回の兵を多く出したのだ。兵は確かに大事だが、民もまた大事なのだから。
そしてそれと同時に多くの兵を動員して王都からほど近い場所に新たに街を作る事にした。今はジルベルタしか見つかっていないが、異界から訪れた者を受け入れる為だ。又この街には別の役割も付与される。
「冒険者達を育てる場所が欲しいのですよ。」
ベルナールは言った。現在冒険者というものは登録して少しの説明でなれてしまう。だからこそ下積みの意味でEやFのランクがあり、雑用の仕事をするのだ。
今まではそれで良かった、しかしこれからはそうはいかない。
例えばミリアムやジョンがそうだった。彼らも決して腕の悪い冒険者ではない。しかし剣や矢を弾くような化け物が相手になれば途端に置物だ。囮か陽動くらいしか出来る事が無くなってしまう。それはあまりにも不味い。そしてそんな時に頼りになる魔術を使える冒険者は総数が圧倒的に少ないのだ。
多少水や火の魔術を使える者に限れば多い、しかしそれは飽くまで焚火の為飲み水の為の魔術だ。戦闘で頼りになる様な魔術を覚えている者は少ない。そしてそれは魔術の、魔術師の在り方に起因していた。
魔術師として生きている者の多くは学者肌で、冒険者にはなりたがらない。なので生活費を稼ぐという意味で、彼らにとっては簡単な魔術を高い金で教えるのだ。なにせ魔術というものが希少で便利だというのは皆が知っている。だから相応の値段も止む無しと言った所なのだ。
なのでセリエは余程人のいい魔術師に出会ったか、高い金を積んで頼み込んだかのどちらかという事になる。もっとも、魔術師の多くは自分の持つ魔術を秘匿する。おそらくはよっぽど人のいい魔術師に出会えたのだろう。あるいは、弟子であったのかもしれない。
ベルナールはこの問題を考慮し、チャンドスを通じて国王に打診を打っていた。しかし冒険者を育てる為だけに国庫を開けさせるのはいかにも無理だ。そこで。
「軍人、魔術師、冒険者からなる学び所を作るのです。冒険者になるのは大抵は15か16の年の頃、なのであるいはもう少し若い時から志願した者を宿舎に入れて育てればいいのです。そこで冒険者や軍人、魔術師の勉強をしてある程度の年数が経ったら好きな職に進めばいいのです。」
「無料で入れるとなると殺到するでしょうから、その辺りは何かしら考えなくてはなりませんがね。しかしそうすればどの道に進む者が出ても国の息がかかりますから、決して損な提案では無いかと。」
軍に入る者は似たようなプロセスを踏む。平和であったこの国は志願制だからだ。そしてその仕組みを魔術師と冒険者にも組み込み、一つ所で育成してしまおうというのだ。
冒険者はともかく、魔術師に関してはこれは国にも大分旨味があった。何せ魔術師はその総数が少ない上に自身が研究している魔術については秘匿し、更に表に出るのを嫌がるケースが殆どだ。王宮にも魔術師がいるにはいるが、魔術師に限っては宮仕えを選ぶ方が変わり者だ。
なので何処にどれくらい魔術師がいるのかなどという事は国でも分からない。ともすれば人里離れた山野に居を構えているかも知れない。
しかしベルナールの言った方法を採れば宮仕えの魔術師をもっと増やせるかも知れないのだ。魔術師は喉から手が出るほど欲しいというのが本音だ。便利な魔術は戦いのみならず様々な所で活躍の機会がある。
一例を挙げるならばそれは鉱物の採掘だ。
地表を掘る露天掘りならばいざ知らず、坑道を掘って行う地下掘りはガスや落盤、地下水脈等危険が盛沢山だ。当然そこでも魔術師の出番はあるが、手が足りないのが現状なのだ。そしてそれは王国の鉱物資源の不足が原因なのである。
この数十年に渡り平和だったこの国では、人口がそれまでとは違い爆発的に増加している。それ故に建築や武具などに使う鉄もそうだが、貨幣に使う貴金属の需要が圧倒的に高まっているのだ。
この需要はともすれば数十年単位で続くと思われた、だからこそ魔術師は欲しい。
「うむ、それらは街の建設に合わせて話を進めていこう。何分新しい試みだ、王宮や貴族の識者にも話を聞かねばなるまい。」
大規模な街の建設は当然対規模な雇用を生む。そしてそこで作った貨幣を大量に投入することで全体的に行き渡らせるというのがフィリップの目論見の一つでもあった。
「そうなると父上、現在活動している冒険者はどうなるのでしょうか?」
これについては現状のままというのがフィリップとベルナールの統一見解だった。破格に強い魔物が出るとは言っても、マルティコラス一匹しか確認されていない以上どうしようない。また現状で冒険者を教育する機関も出来てはいないのだから。
依頼で出張った先で強い魔物に出会ったならば、何とか生きて帰って貰って情報を共有していく他ないだろう。
「だが、アルベール。お前たちには改めて任務を言い渡す、これは依頼では無く勅命と思って貰っていい。」
どの程度の冒険者が太刀打ちできるかはさておき、アルベール達はマルティコラスを撃破したという実績を持つ。であれば当然、それに関わる任務である。先の話を鑑みると内容は薄々見えていた。
「周辺の山野を調査して強大な魔物がいるかの調査と、もし出会ったならば異界からの来訪者の保護をして貰いたいのだ。ジルベルタ殿もそうだが、異界よりの門は人里離れた地に現れる傾向があるのかも知れぬ。故に先ずは北と西の森方面を見てきて貰いたい。」
そう言うとベルナールはアルベール達に認識票を渡す。Aの文字の入った。
「一応と言う訳でもありませんが、あの化け物を倒したというのはもう殆どの冒険者の耳に入ってます。そんな君たちがCランクと言う訳にも行かないので、Aランクに昇格させて貰いましたよ。あ、ジルベルタ殿の分もありますからね。」
「お、俺も冒険者になれるのか?へっへー、こっちの世界に来た途端運が向いてきたぜ。俺は強いからな、どんな魔物でも任せておけよな!」
ジルベルタが胸を張って言う。先日まで細々と暮らしてきたのがいきなり王様に頼りにされて、居候とはいえアルベールの屋敷住まいでは嬉しくもなるだろう。マルティコラスの向こう正面に立って一歩も怯まなかった事と言い、ジルベルタは見た目は小柄な少女だがその実凄まじい胆力である。
しかし、喜色満面のジルベルタと違い居たたまれない面構えなのがジョン、ミリアム、セリエの三人だった。彼らはマルティコラス戦で確かに必死に戦った、しかし彼の化け物に対して決定打を放ったのはアルベールとジルベルタの二人だった。セリエの付与魔術がなければどうなっていたか怪しいものであったし、気楽なCランクからBをすっ飛ばしてAランクへ昇格というのは重荷そのものだった。
「まぁ気持ちは分かりますけどね、しかし倒した敵のお金も名誉もパーティで山分けというのが冒険者の流儀ですからねぇ。」
確かにそれもあるのだろうが、もっと言えば彼らを抜けばAランクに上がったのがアルベールとジルベルタのみという事になる。アルベールは先日冒険者として登録を済ませたばかりで、ジルベルタに至ってはそも冒険者ですらない。帳尻合わせの為にも彼等にはAランクになって貰わねばならなかったのだ。
「まぁ、今回の任務は飽くまで調査であるからして、危険な敵がいそうであったら逃げてきて構わない。ランクについては分不相応だと思っておるのかも知れぬが、授かってしまったのだから後は中身を合わせるしかあるまい。」
にやりと笑うとフィリップはベルナールと共に王宮に戻っていった。二人は更に王宮で話し合う事があるのだろう。
「強くなるしかねぇ、か。」
ジョンは遠い目をして言った。ミリアムとセリエも遠い目をしている。ジルベルタは「強くなりゃいいじゃなぇか。」という目で彼らを見ている。アルベールはフォローしようにもどうすればいいのか分からず、取り合えず三人に魔術を教える事を約束した。稲妻の魔術も教えると聞いて漸く彼らの瞳に光が戻って来たのだ。
「調査か、まぁそれは後日いけば良いだろう。先ずは・・・」
自分もそうだったが一朝一夕で強くなることなど出来ない。自分とて幼少の頃から稽古に稽古を重ねている。先ずは小さいながらも積み重ねなければならないのだ。
アルベールはとにもかくにもこの三人に簡単な魔術を教えようと思った。一つでも攻撃魔術を覚えればきっと自信が出るはずだと信じて。
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