第19話共に強く

 王都のアルベールの屋敷で、ジョン、ミリアム、セリエへの魔術の訓練が開始されていた。


 セリエはともかく、ジョンとミリアムに関しては先ず魔術を使える体にならなければならない。別に秘密にするような事でも無いのだが、周りに人がいると気が散るのも事実。なのでアルベールは自分の屋敷でこれを行う事にした。




 魔術には魔力を使うのは当然である。ではどうすれば魔力を使う事が出来るようになるのか、そして魔力を生み出すことが出来るようになるのか。




 世界には自分自身が存在している物質世界と、目には見えないが確かにある精神世界とがある。人間は物質世界しか目に見る事が出来ないが、この二つの世界は相互に影響を及ぼしている。そしてその繋がりを認識する事が魔術では肝要となる。




 ではどこでそれを認識するのだろうか。目には見えず耳にも聞こえない精神世界を感じるには、自分の魂を用いるのである。


 魂は肉体の内にあり心とはまた違う。しかしその作りは精神世界のものに近く、というより魂は精神世界側の要素なのだ。それが自分の肉体の内側にあるに過ぎない。




 この自分の魂を含む自らの構成要素を魔術師たちは「ミクロ・コスモス」と呼び、外なる精神世界を含む構成要素を「マクロ・コスモス」と呼んだのだ。この二つは魂を接続点として繋がっている。


 しかしそれを普通の人間は認識していない。だからこそこれを認識することを「扉を開く」と呼称している。あくまで魔術師の間でだが。




 物質世界と精神世界は互いに影響を及ぼしあっている。その中でも精神世界にあって影響著しいのが「プリマ・マテリア」、別の呼び名では「第一質量」と呼ばれるものだ。


 これは全ての物質の根源と言われ、この第一質量を自由にできればおよそ作れない物質は無いと言われている。実際は不可能に近いのだろうが。




 二つの世界を認識している存在としては、ピクシーやゴブリン等に代表される妖精種がいる。ただ妖精種は認識は出来てもそれを活かすことが出来ないが。


 更に言えば妖精種は構成要素としては精神世界に近い存在だ。なので彼らはその存在が保てなくなると精神世界の方に溶け込んで第一質量に還元されてしまう。だからゴブリンは死体が残らない。そこはピクシーも同じなのだが、愛らしい見た目が幸いして人がピクシーを攻撃する事は無いだろう。




 ともあれ、魂が精神世界に繋がれば魔術を行使できるようになる。それは精神世界側にある第一質量を魔力に変換することによってだ。そして魔術師はその魂を精神世界に接続するという知識を秘匿しているのだ。これは別に魔術師としての矜持だとかそういうものではない。ただ単に飯のタネだからだ。


 例え魔術が使えるようになっても、この接続の知識が無ければ魔術は広まらない。目的地にいたとしても、そこへ至る道筋が分からなければ他人をそこへ導くことなど出来ないからだ。






 アルベールは屋敷の庭で二人の魂を接続できるようにした。別段難しい儀式が必要な事でも無いのだ。後は呪文を使った典礼魔術から始め、慣れてきたら詠唱無しで使えばいい。魔術では使えて当然という意識が大事なのだ。




「おぉ、何だか分からんが不思議な感覚だ。」




「ね?まだ魔術が使える訳でも無いのに何か出来そうな気がしてくるよね?」




 二人の感覚は上々と言えた。気持ちが上向きになるのは悪い事ではない。




「二人には簡単な水と火の魔術の呪文を用意してある。初めは読みながら、慣れてきたら呪文を読まずに魔術を使えるようになるだろう。」




 そう言ってアルベールは二人に呪文を記した紙を渡した。二人に渡した呪文は発火の術と水球の術だ。焚火の火付けに使ったり飲み水に使ったりする魔術で、大したものではない。しかし覚えておけば便利な術なのも間違いない。




「セリエはどうだろうか。」




 既に魔術を扱えるセリエには新しくいくつか魔術を覚えて貰う事にした。簡単な魔術は扱えるので少し扱いの難しいものを教えたのだ。この場合の難しいとは、使う用途を選ぶという事である。もっとも、攻撃用という事だが。




「悪くないわねぇ。ライトニングボルトはおいおい教えて貰うとしても、このアイスロックもいい感じの魔術じゃない。」




 セリエの足元には小さな氷の塊が転がっている。手慣れた魔術師はその練習では魔力を絞り、なるべく小さな範囲で魔術を使うのだ。そうすれば周囲への影響も小さく済む。後はイメージの問題だ。




「暑い時には重宝しそうだな、その魔術。おいおい俺も教えてもらうとするかな。」




「あ、私も私も。暑い時に氷があると便利だよねぇ~。」




 小さな火花を空気中に放ちながら二人は言う。エンゾが言うには、大昔の魔術とはもっと人々の身近にあったという。それは多くの場合生活の助けになっていたというのだ。であれば、何故今の人々は多くが魔術を使えず、そして魔術師はその知識を秘匿するようになったのだろうか。


 疑問に思うアルベールだが、ここでそれを考えても仕方ない。エンゾに聞いてみたこともあったが、彼でさえ明確な答えを言わなかったのだから。




「あぁ、魔術は便利だろう?だが先ずは簡単な魔術を使って魔力を使いこなせるようにならなければな。そうすればもう少し大仰な魔法でも使えるようになる。」




 ジョンもミリアムも顔が明るい。そしてアルベールは思った。今自分がしていることを父上もしようとしているのだろうと。仕える魔術師がもっと欲しいのも確かではあろうが。


 魔術が身近なものになれば、人々の生活もぐっと楽になる。それは国全体の利益になるはずだからだ。




「七日程練習を重ねよう、その間に私もセリエから教わった魔術を練習しておかなくては。」




 アルベールはセリエから付与の魔術を教えてもらっていた。エンゾから習った魔術は純粋なこれぞ魔術というものが多く、セリエの使った付与魔術の様な複合的な魔術は習っていないのだ。




「私も王子様に教える事が出来て嬉しいわ。是非覚えて頂戴ね。」




 セリエはアルベールにウィンクをする。セリエは魔術師に魔術を教えてもらう事の大変さを知っている。主に金銭的な意味で。だから一方的に教えてもらう事に多少罪悪感があったのだ。


 アルベールに魔術を教えたとしても、量と質ともにアルベールの圧勝だ。しかしただで教えてもらった訳では無いという事にはなる。一応ではあるが。


 しかしそんな事を言っていられないというのも事実。練習期間が終われば、自分達は探索にでなければならない。不意に遭遇してまうよりかは大分ましだが、それでもわざわざ探しに行かなければならないのだ。当然逃げ切れずに戦闘となる場合もあるだろう。




 だからこそ、アルベールの言葉に甘える他無い。魔術が使えるようになって浮かれるばかりのジョンやミリアムだが、その後は結構な冒険が待ち構えているからだ。




 因みにジルベルタだが、今は昼寝をしている。一応彼女にも魂の接続を行った。戦力が増えて悪い事は無いからだ。しかしそれは失敗に終わった。どうにも上手く行かなかったのだ。一応呪文を唱えて貰ったが、魔術は発動しなかった。


 どう言う訳かアルベールには分からなかったが、ジルベルタは別段気にしてはいなかったし魔術が使えなくても彼女は強い。なので別段問題にはならなかった。原因は気になったが、この世界の者では無いからなのだろうか。




 ともあれ、これで三人とも更に力をつけたことになる。実際にはもう少し練習を重ねなければならないが、それでも魔術が使えるというだけで格段の差がある。何より、三人の顔が明るくなったことが大きいだろう。




 魔術をいくつか使えるのであるならば、Aランク冒険者として及第点だと自分でも思ったのかもしれない。そしてアルベールとしてはそう思ってくれたのならば幸いだ。


 実は次の冒険も、アルベールとしては楽しみだったのだ。冒険者の仕事ではなく、純粋に冒険者が冒険に行くという事が楽しみだった。どうせなら皆で楽しみたい、勿論楽では無いだろうが、それでもだ。




 世界が広がっていく感覚をアルベールは覚えた。それは王宮の中では感じられないだろう感覚だろうとアルベールは思った。

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