第17話異界の門
夜が明けて、アルベール達は村長に事情等を話し割符を受け取って村を後にした。倒したマルティコラスは村人達に頼み、協力して村の近くまで引っ張って来た。
その間にアルベールは村から村へと移動の術を使って王宮に連絡を入れて来た。しばらくすれば王国の兵隊がマルティコラスの死体を運びに来るだろう。
何せ王国では見たこと聞いた事も無い様な化け物だ。持ち帰って何かしら調べなければならないし、何よりそんな化け物がいたのだという証拠は必要なのだから。もっとも、死んでいるとはいえ巨大な化け物が近くにあるのでは村人も気が気ではないだろうが。
何せ突然に過ぎた、全ての事があまりにも。
突如現れた化け物もそうだが、それを知っているらしいジルベルタについても身柄は確保しておかなくてはならない。別にふんじばって捕まえておこうというのではない。単純に話を聞かせて貰う為に王都に逗留して貰いたいというだけだ。
アルベールの屋敷に行くという事を、ジルベルタは了解してくれた。あそこならあまり目立たないし、秘密裏に国王を呼ぶことも出来る。彼女の話がどのようなものであれ、国王も知っておいた方が良いだろうというのがアルベールの考えだった。
移動の術で五人は王都の屋敷に到着する。使用人がかなり怪訝な目でジルベルタを見ていたが、怪しい者ではないとアルベールは念を押しておいた。使用人は「わ、分かりました。」と言いながらアルベールの上下に目線を動かし行ってしまった。
ジルベルタ、不思議な少女だ。
彼女は自身の事をライカンスロープだと言っていたが、まずライカンスロープなるものがアルベールを始め皆には分からなかった。ジルベルタ本人の言うにはそれは人狼と言う意味であるらしく、通常であれば狼の毛皮を着た人を指すのだそうだが、ジルベルタは人狼であるらしい。
だが人狼と言われてもピンと来ないのだ。この説明ではアルベール達は遥か遠方に住むワーキャットやバニーピープル等を思い浮かべてしまう。であれば、ライカンスロープは亜人という事で落ち着いてしまう。
ジルベルタとしてはその様な種族がいる事に驚いていたが、所謂人狼の特徴として普段は普通の人の姿であるが、特定の条件下で人と狼が融合したような姿になるのだと説明した。
「俺は狼の力を全開にすると瞳が赤くなるんだ。だから赤い瞳のジルベルタと呼ばれていた。」
彼女が言うには、ライカンスロープも昔は大勢いたが今はもう殆どいないとの事だった。しかし妙な話でもある。遥か遠方の獣人族の事でさえ話に聞いた事位はある。なのにライカンスロープの話は聞いた事も無い。
更に言えばマルティコラスだ。あの様に危険な化け物が存在していれば知られない訳が無い。今までそんな化け物に食われた物がいたという話は噂でも聞いた事が無い。
そしてその事について、ジルベルタはとんでもない事を言ったのだ。
「俺もあの化け物も、出身が違うからな。俺たちは違う世界から来たんだ。」
しかし、アルベール達はやはり今一つピンと来なかったのだ。そしてこの説明にジルベルタはえらく苦労したが、何とか分かって貰えた。
「てことは何よ?こことは違う世界から来たってのはいいとしてよ。何で来たのさ?」
一通りの説明を何とかかみ砕いて理解して、ジョンは言う。マルティコラスの様な化け物はともかく、ジルベルタは何故、そしてどうやってこの世界に来たというのだろうか。
「俺たちは、元の世界では忘れ去られた存在なんだ。ライカンスロープっていえば民話や伝承にはある。でも、ライカンスロープとして実際に存在してる俺たちはもうあの世界じゃいないのと同じなのさ。」
「俺の親父もお袋も、いつの間にかいなくなってたよ。いなくなった瞬間を俺すら覚えてない。他にもいた仲間たちの顔も名前も、もう殆ど覚えてないんだ。」
世界から消えてしまう。そんな気持ちはアルベール達には全く分からなかったが、しかしそれが途轍もなく悲しいだろうという事はジルベルタを見て十分に理解できた。
「俺自身何時消えてなくなるか分からなかった、そんである時、男が訪ねて来たんだ。」
その男は真っ黒で、人間とは思えなかったという。口調は紳士的で柔和だが、決して信用してはならないタイプだとジルベルタは直感的に思ったそうだ。
「でも、俺にはもう後が無かったから。どんなに怪しい話でも飛び込むしかなかったんだ。」
男は自分の様な存在が消えかかっている者達を助けているのだと言った。その為にこうして声をかけているのだとも。そして男は言った、君の様な境遇の者はもう既に多くが世界を渡っている、その中には君の仲間もいるかもしれないと。
座して待っていても、消えゆくしかないのが現状だった。ならばとジルベルタは男の誘いに乗った。連れられて行った先には大きな門があり、一緒にくぐると森の中。男の姿は消えていて、振り返れば門まで無くなっていたのだ。
「あのマルティコラスは俺と一緒に門を通った訳じゃない。だけどどこかであの男の仲間に会ったんだと思う。そんで門に入れられたんだろう。あの化け物も境遇としては俺とそう変わらない存在のはずだ。」
ジルベルタの世界では、世界に忘れられるとその存在が消滅してしまうのだという。恐ろしい世界ではあるが、問題はそういった存在を救うという名目で世界を繋げる門を使ってそういった者達を次々と送り出しているのであろう「男」の存在だった。
門そのものにも疑念はあるが、それよりも男の目的だ。
「その男とやらは何がしたいんでしょうね。あんな人食いと言われる化け物に出会ってしまった手前、あまり友好的には見れないわ。」
セリエがこぼすのも当然だ。ジルベルタの様な行くあての無くなった者だけならばともかく、人食いの化け物であろうと関係なくのべつ幕なしにこちらの世界に送っている様な者を友好的に見ろというのが無理だろう。
「それもそうなんだけどさぁ、あんなのまで来てるって事は他にもいるって事だよねぇ。マルティコラスもあれ一匹だけじゃないかも知れないし、ひょっとしたらもっと危ない奴までこっちの世界に来てるかも知れないし・・・」
頭の痛い問題だった。しかももう既にかなりの数がこの世界に入って来ているとなると、早急に対処しなければならない。国王もそうだが、ベルナールにも報告の必要があるだろう。マルティコラスが一際危険だった可能性もあるが、それにしたってジルベルタの様に人間に友好的な者ばかりが渡って来たという訳ではないのだから。
「取り合えず報告だけは急いでしないといけないな。」
アルベールは勿論、他の三人もこれには頷いた。
「なぁ、俺は取り合えずここに住めばいいのか?」
ジルベルタがアルベールに問う。ジルベルタは行くあても無いし、国王へ報告の際には一緒に来てもらう事にもなるだろう。ならばすぐに連絡が付くこの屋敷にいて貰った方が良い。
「あぁ、ジルベルタには暫くここに滞在してもらいたい。が、その前に。」
アルベールはハっとして皆の姿を見た。自分もそうだが汚れている。勿論装備の泥や埃はある程度払ってあるものの、十分ではない。
ひょっとして使用人が怪訝な顔をして見たのはジルベルタだけでなく自分達全員だったのかもしれない。
「まずは汚れを落とそう。父上への報告にこれでは流石に不味いしな。」
まずは汚れと疲れとを落とすことにした。風呂は既に沸いていた。やはり怪訝な目で見られていたのは全員だったのだとアルベールは思った。
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