異変は急に

第13話始まりはゆっくりと

「それで、私は結局誰と行くことになるのだろうか?詳しい話を聞いた訳では無いが、どうも私と仕事をする人を決めていたとかなんとか。」




 冒険者ギルドでアルベールがジョンに問いかけた。首から下がっているタグにはCの文字が打ち込んである。ジョンはにやりと笑い、少し得意げに話した。




「いやいや、やっぱり気心の知れた奴が最初は教えてやるべきだろうって事でな。仕事にもよるが俺とセリエ、ミリアムが決定だ。後はもう少し必要そうなら適宜誰か暇な奴を誘うって所だろうな。」




 彼らは全員Cランクであり、アルベールと行動を共にする分にはなにも問題が無い。Bランク以上の冒険者でも下位の者を手伝うくらいはするが、Bランクともなれば固定のメンバーがいたりする。そしてBランクの冒険者は街から街へ品物を送る隊商の護衛などが主な仕事になる。隊商の護衛となれば今度は山賊や野盗等の所謂人間の敵が相手になるので、実力者が優先的に雇われるのだ。




 とは言え、決してCランク以下で請け負える仕事が安全な訳では無い。




 EランクやDランクではともすれば雑用に毛の生えた程度の依頼だが、Cランクからはゴブリンや魔狼、トロールなどの魔物が主な相手になる。これらの魔物は村落の周辺の山林に潜み、家畜や農作物、果ては人の命まで奪っていく。


 命まで奪われるというのは滅多にないが、しかし村落に住まう者にとって日々の糧や貯えを奪われるのは死活問題だ。




 余談ではあるが、冒険者ギルドに来る依頼の成功報酬。これは半分を国が出している。




「ま、坊主も冒険者の仕事は初めてな訳だし、旅慣れしてもらうってのを合わせて少し遠いがこの依頼にしようか。旅に必要なモンは、後で皆で見に行こうぜ。」




 そう言ってジョンが受けて来たのはゴブリン討伐の依頼だった。




 小さい子供ほどの大きさしかないこの魔物は小鬼ともいわれるが、実際には妖精の一種だ。通常は大した悪さも出来ず精々が質の悪いイタズラ程度のものだが、群れると危険度が一気に増す。


 家屋への破壊行為もさることながら、家畜を殺したり奪ったりするのだ。そればかりかレッドキャップと呼ばれるものは闇夜に紛れて人を襲う。


 ポピュラーな魔物で、手慣れた冒険者ならば退治する事自体は難しくない。しかし戦い慣れしていない普通の村民等では手に余る上に、レッドキャップがもしいたら殺されてしまうだろう。




 妖精種は倒しても倒してもキリがない。何故ならば妖精種は自然的に発生するので、数を減らしてもまたどこかにひょっこりと現れるのだ。基本的には対症療法しかないのがゴブリンに対する悩みの種である。




「規模は小さいらしいし、四人でもいけそうね。アルは剣でも戦えるのだから、普段は前衛にいて貰おうかしら?」




 セリエは火と風の魔術を使うが、その他に短弓やナイフを使う。器用なもので、彼女は番えた矢に風の魔術を乗せてその速度や飛距離を増したり、ナイフに火の魔術を乗せて薄く切った肉をそのまま焼肉にしたりといったことをする。




「初めての依頼だけど、アルなら楽勝だよ。あんだけ魔術が使えるんだったら、ゴブリンなんて一瞬だって。初めての旅の方が大変なんじゃないかな?」




 ミリアムがひょっこり顔を出す。彼女は短剣や短弓を主に使う。というと、魔術の分だけセリエに劣っているのではないかと思うかもしれないがそれは違う。




 ミリアムにはセリエには無い素早さと思い切りの良さがあるのだ。




「仕事の方も初めてだが、旅も初めてだ。色々教えてもらえると嬉しい。」




 アルベールははにかみながら言う。三人も笑って返す。アルベールとしてもこの三人と共に旅をするのが楽しみで仕方がない。




 因みにジョンだが、彼はオーソドックスに剣と盾を使う。技量はまぁまぁ良いと言えるだろう。そして、この三人の中でジョンは人一倍旅慣れている。


 もともと彼はこの国の人間ではなく、南西に位置するウェルカ王国の人間だ。どうしてリッシュモン王国まで流れて来たのかは分からないが、長旅をこなしているという意味では一日の長がある。




「心配はいらねぇよ、坊主。俺ちゃん達がちゃんとエスコートしてやるからよ?まぁ実際大した仕事内容でも無いしな。これなら初めての坊主にも丁度いいし、ちゃちゃっと終わらせて帰ってこれるだろうよ。」




 そう言って四人は連れだって外に出る。そして旅の道具や食料等を買い込むと、夕方にはギルドに戻って来た。出立は明日だ。






「そう言えばアル。貴方宿は何処に取っているの?冒険者になったからと言って王宮から出ていくとは限らないけど、貴方の事だから王宮からは出ているわよね?」




 セリエに聞かれてアルベールは少しドキリとした。アルベールの宿と言えばフィリップに建てられた屋敷である。貴族の邸宅が並ぶ通称「貴族街」の本当に外れに建っているため目立つことはないが、それでも誰かに見つかりやしないだろうかとアルベールは内心ヒヤヒヤしながら屋敷から出てきている。




「隠していても仕方のない事だから言うが、実は・・・」




 アルベールは屋敷の件を話した。三人からはとりたててどうだという事もなく、まぁ順当かという感想を貰った。冒険者になろうと王子は王子、いきなり王宮を出て街宿という訳にもいかないだろうことくらいは容易に想像がついていた。




「まぁでも、冒険者だって所帯持ちは少なくねぇし、家位はまぁいいんじゃねぇか?規模はともかくとしてよ。それにともすれば坊主の屋敷に泊めて貰う事もできるわな。」




 にやりとしながらジョンは言う。別に本気で泊めて貰おうと言う訳ではない。しかしパーティを組んで出るとなると同じところに泊まった方が翌朝合流に手間取らなくて済むというのは確かだった。




「客間も十分にあるからそれは大丈夫だ。あまり遅くになると使用人も寝てしまうが、夕飯を摂った後位なら時間的にも余裕はあると思う。」




 基本的にアルベールは王族の感覚が身についている。なので訪れた者を持て成すという事についてはそれが当然だと思っているし、また実際そうするだろう。つまり打算的な考え方だが、アルベールとパーティを組むと翌朝の行動に齟齬を生じさせないという理由で貴族クラスの御屋敷に無料で泊まれるという特典まで出来てしまった。




「え、いいの?私アルの御屋敷見てみたい!」




 ミリアムが無邪気に喜ぶ。当然よく通る声で喋っているので周りには筒抜けだ。今後アルベール争奪戦はより激化していくかもしれない。




「ああ、是非来てくれ。あの屋敷は私一人が暮らすには大きすぎるし、誰か泊ってくれるのならその方が良い。屋敷には風呂もあるし、ゆっくりしていって欲しい。」




「お風呂まであるのね。やっぱり王子様って感じねぇ。」




 セリエは風呂に惹かれる。




 銭湯は王都には点在している。リッシュモン王国には風呂文化があるのだ。だからと言う訳ではないが風呂好きは多い。それは男女の別無くしてだ。基本的に体を動かして汚れる冒険者だからという訳でも無い。




「じゃぁ決まりだな。今日はこの後坊主の御屋敷訪問って事で。」




 ジョンは内心ホッとしていた。勿論アルベールの屋敷に泊まれるかどうかを気にしてではない。彼としてはほんの軽いジョークであったのだ。わざとらしく言ったのもその為で、何なら軽く流されるだろうと思っていた。


 だから本格的にこの話が進むとは思っていなかった。しかし言ってしまった手前どうしようもない。ミリアム等興味津々の様子で、今更止めるのも少し気の毒なくらいだった。




 アルベールがこの話に意外に乗り気だった事にホッとしたのだ。




 そうしてジョンの心をよそに三人は和気あいあいと話を弾ませ、やがて連れ立ってアルベールの屋敷へと向かう。何せ屋敷に訪れるばかりか泊まる事が出来るなど、思ってもみなかった事だからだ。しかも思いもかけず風呂にも入れるという。


 女性陣ばかりかジョンもこれには少し期待してしまった。当然ジョンも風呂が好きだからだ。




 一方のアルベールはというと、初めての仲間が自分の屋敷を訪れるという事で少しワクワクしていた。初めは屋敷などあってどうなる事かとも思ったが、中々どうして悪くなかった。


 もしかしたら父上も、こういう様な事を想定していたのだろうかと考えながら。




 王都の夜は更けていく、皆の明日に備えて。

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