第12話王子様、冒険者になる
「冒険者の登録を、お願いしたいのだが。」
冒険者ギルドのカウンターでアルベールは言う。午前中なので冒険者の姿もそれなりにある。アルベールの周りに集まった冒険者達からはざわめきが起こった。
「はい、冒険者登録ですね。少々お待ちください。」
カウンターで受付をしていたアネットが朗らかに言う。そして用紙を取り出すとアルベールに渡し、筆記事項についての説明をする。読み書きのできない者の場合受付が冒険者志望の者から話を聞いて書き込むが、アネットもアルベールの事は知っている。そのままペンを渡した。
「いよいよか坊主。いやぁしかし、よかったなぁ。」
ジョンが隣でアルベールに話す。ジョンはいつもいるが、仕事はいいのだろうか?
「今夜はお祝いね、今日はお仕事行くのやめておこうかしら。」
セリエも隣にきている。今日はミリアムは来ていないのだろうか。
そうこうしている間にも、アルベールは用紙に書き込んでいく。用紙といっても内容は名前や出身、使える魔術があればそれを書き込むだけだ。魔術はある程度覚えている者も多く、それによっては最初のランクが少し上がったりする。その査定の為でもある。
そしてその魔術の欄で、すこしばかり異変が起こった。
「おいおい、坊主。マジかよ・・・」
「アルに魔術を教えるとなると、宮廷魔術師のエンゾですものね。それにしてもこれは・・・」
「これから新米ってレベルじゃねぇな、こりゃ・・・」
口々に言葉を放つ。それも当然だった。剣術はある程度体が出来ていなければ先ず練習も出来ない。しかし魔術はそうではない。ある程度文字が読め、言葉を話すことが出来れば習得することが出来るのだ。
チャンドスに剣術を習い始めたのは八か九の年の頃、しかしエンゾに魔術を習い始めたのは五つの頃からだったのだ。アルベールは王国でもトップクラスの魔術師に十年以上も師事していたことになる。
書き出された魔術の数も相当なものだが、その質も言わずもがな相当なものであった。比較的使う者が多い水や火の魔術はともかくとして、アルベールは癒しの術や補助の術、果ては雷の魔術まで習得していたのだ。
魔術が使えるという事はそれだけで大きなアドバンテージを得る事だが、とりわけ冒険者達が注目するのは癒しの術や補助の術が使えるという事だった。
攻撃の魔術は使えるに越したことは無いものの、相手を倒すのであればその手段は魔術に限らない。腕がたてばそれは剣でも弓でも同じ結果を生むことが出来るからだ。
しかし癒しの術や補助の術はそうではない。魔法以外でこれらの効果を得ようとすれば、それは魔法薬に頼らざるを得ないのだ。勿論お金がかかる。物にもよるがそれなりに。
腕っぷしはそれなりにあるが世間知らずの王子様が念願の冒険者になれた、よかったね。という雰囲気はこの瞬間に消え去った。通常の新米冒険者ならば最低ランクのEから始まる。通例だ。しかしアルベールならばそれはあり得ないと皆がそう踏んだ。
Cはかたい。実力ならばBまでいけるだろう、しかしこれから冒険者になる新米がいきなりBはまぁあるまい。だからCだと皆が踏んだ。Cランクならば本格的な戦闘関連の依頼を受ける事が出来る。勿論報酬もいい、だが危険度も跳ね上がってくる。しかし新米とは言えアルベールが入ったならばどうだろうか。
通常では手を焼くかもしれない依頼でも、アルベールが仲間として参加してくれたならば、そして魔法で援護してくれたならばどうだろうか。答えは言わずもがなだ。
絶対に仲間になりたい、あわよくばPTメンバーに。皆の心が一つになった瞬間だった。
「こんなものだな、では頼む。」
受付のアネットは丸くしていた目を戻し、用紙を受け取る。通常ならば二階にいるベルナールにそのまま用紙を渡し、Eランクの階級章を新米冒険者に渡して軽く説明をしてそれで終了。晴れて一人の新米冒険者が生まれるといった風だ。
しかしアネットはそれをしても良いのかと思った。
二階のベルナールが困惑するのもさることながら、問題は用紙の内容を見てしまっている冒険者達だ。
皆目の色が違う。それはジョンやセリエでさえそうだ。依頼と状況と時の運によっては頭に輪っかがいつ生えてもおかしくない冒険者稼業。頼りになる仲間はどれだけいてもいいし困る事は無い。しかも右も左も分からない新米冒険者がまさかの魔術師で生え抜きのエリートだ。
このままではここが戦場になりかねない。
アネットは確信した。だからこそ一手を打った。
「はい、用紙はこちらで受理しました。審査するのでまた後日ギルドまでお越し下さい。その頃にはランクとそれに応じた階級章をお渡しできると思いますので。所用などあるといけませんので、本日の所はお帰りを。」
「む、そうか。確かに今すぐと言う訳にはいかないか。私も相当気が急いていた。父上達に報告もしないといけないし、本日はこれで失礼しよう。では皆もまた後日。」
本当は引き留めて仲間に誘いたい冒険者一同だったが、国王陛下への報告と聞けばそうもいかない。皆一様に道を開け、アルベールは揚々と冒険者ギルドを後にした。
勿論皆アネットを見はしたものの、アネットが何を危惧したのか皆想像に難くなかったので何も言えなかった。皆その後日に鉢合わせますようにと願うばかりだった。
「受理はされたのですが階級章等は後日の受け取りになり、その時に冒険者として登録されるようです。」
アルベールは心持穏やかにそう言った。場所はアルベールの屋敷の居間だ。
「ふむ、今はそうなっているのか。昔はその場でくれたものだが。」
フィリップやエンゾは少し不思議そうな顔をしていたが、チャンドスは納得といった顔だった。
「いや、今もそう変わりますまい。おそらく用紙に書く魔術の項目でしょうな。おそらく内容を他の冒険者に見られていたのでしょう。何せアルベール様の魔術はエンゾ直伝ですから、冒険者がこれを見てどう思うかは想像に難くありません。後日の受け渡しとしたのは、おそらく受付の機転でしょう。」
そう言いつつチャンドスは少しニヤつく。今日はこの後冒険者ギルドに、というよりベルナールの所に顔を出すのも面白いかもしれないと思ったのだ。
「そうか、まぁそういう事ならば致し方あるまい。ともあれアルベール、これで念願の冒険者だな。私たちは見守る他ないが、今後の活躍を祈っておるぞ。」
フィリップは笑顔でベルナールに言う。まるで自分の事のように嬉しそうな笑顔だ。
「たまには顔を見せに来て頂戴ね、アルベール。冒険の話なんか聞かせてくれると嬉しいわ。」
ロクサーヌも笑顔で言う。本当は少し心配なのだが、顔には出さない。
「ええ、ロクサーヌ姉、無事な姿を見せに行きます。」
アルベールは無事を強調した。ロクサーヌが実は心配性なのを知っているからだ。
「アルベールはガエル兄やマクシム兄と違ってしっかりしてるから心配ないと思うけど、冒険者は危険な仕事だと聞くから決して無理をしては駄目よ。」
イヴェットが言う。こちらは心配だと隠そうとしない。
「大丈夫、とは言い切れないかもしれませんが、誓って無理はしません。だからイヴェット姉、あまり心配しないで下さい。」
アルベールは優しく言う。年の近いこの姉はことさら心配してくれているだろうからだ。
「たまには王宮にも帰ってきてくださいね、アルベール兄さま。」
エメリーヌが言う。アルベールとしても可愛い妹に心配をかけるのは心苦しい。
「大丈夫だよエメリーヌ。帰って来た時には何かお土産を持っていくからね。」
努めて優しくアルベールは言う。とはいえ、お土産になる様なものが何かあるのだろうかと思いながら。
「では、私達は戻るとしよう。アルベールは今日からここに住むといいだろう。後日というのは方便という事らしいから、明日かそのあたりで構わないだろうしな。」
そういってフィリップ達はエンゾの魔術で王宮へと帰って行った。その日一日が暇になってしまったアルベールは、周囲を散策してその日を過ごした。夜自分の部屋に行くと武器と防具が置いてあった。フィリップ達からの贈り物の様だった。アルベールは嬉しくて、その日は寝られるかどうか分からなかった。
その日、ベルナールは悩みに悩んだ。Eは流石に無理だった。ならばDでは?これも駄目だろう。冒険者としてみるならばBを付けてもおかしくないのだ。しかしいきなりBは以ての外だった。
「これだけの魔術を使えるというのは聞いていなかったぞチャンドス。」
「いやぁ、アルベール様は覚えがよくていらっしゃってな。それにエンゾもエンゾで、覚えられるなら覚えられるだけ覚えさせてしまおうといった風でな。言ってなかったのは悪かったが。」
幼少の頃から冒険者、それも凄腕だった二人の英才教育を受けて来たのだ。ならばもう、心配もそうあるまいとベルナールは吹っ切れた。近衛隊長チャンドス仕込みの剣術に、宮廷魔術師エンゾ直伝の魔術を使うのだ、Cランクから始めてしまっても構わないだろう。
それに周りの冒険者が放っておくまい。アネットの話では多くの冒険者が既にもうアルベールの魔術について知ってしまっていると言う。ならば次に巻き起こるのは争奪戦だ。いや、それはもう起こっていた。アルベールが帰った後で、話し合いが行われていた。
「アネットが優秀だった事をただ褒めたいな、これは。」
ベルナールは結論を出した。アルベールに渡される階級章には、Cの文字が打ち込んであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます