第9話願いよ、届け
「最近、稽古が明らかに厳しくなっている・・・」
アルベールはこぼした。
「エンゾは新しい魔術の習得に力を入れているし、チャンドスの稽古は軽装ではあるが鎧を着けてのものになったのだ。」
言いながらアルベールは注文した食事をとり続けている。ここは冒険者ギルド。周りには暇な冒険者達が集まっている。
「それでお腹空かせてるって訳ね。ま、育ち盛りって言うのもあるんだろうけど。」
テーブルの右側に座っているのはセリエと言う冒険者。背丈は165程、女性としてはやや長身といえるだろうか。大人びた感じの女性だ。
「王宮のエラい人が寄ってたかって王子様をイジメてるって訳でも無いでしょうけど、そこまで王子様を強くしてどうしたいっていうのかしら?たしなみ程度にしては度が過ぎるという感じなのよね?まぁ、王族の方々がどの位をたしなみと言うのかは知らないけれど。」
そう言ってカップを傾けるセリア。片目が隠れる金の長髪がどことなく妖艶だ。
「たまに二人の兄上がチャンドスに稽古をつけて貰っているのを見るが、明らかに私の稽古の内容の方が厳しい。稽古が嫌と言う訳ではないのだが、何故私だけ・・・。」
心底不思議といった顔でアルベールが言う。国王を含めたあの三人の思惑を知らないアルベールからすれば当然の疑問だろう。
「まぁいいんじゃねぇの?強くて困る事はねぇし。それによ坊主、初めて来た時冒険者が面白そうだって言ってたじゃねぇか。願ったり叶ったりなんじゃねぇの?いざ冒険者になったとして、すぐ死んじまっちゃぁ詰まらないしな。」
テーブルの左側でジョンが言う。彼は既に一杯ひっかけている。今日はこれから冒険者の仕事という訳でもなさそうで、完全に休日の体だ。
「そりゃ王子様くらい強いんだったらすぐ死んじゃうような事はないだろうけど、問題はなれるかどうかよねぇ。本人の希望も勿論大事だと思うけど。」
「ふん、なりたいと思うのならなってしまえばいいだろう。小僧、お前には十分冒険者としてやっていくだけの力がある。なれるだけの力があり、なりたいと思っている。ならば、後はなるだけだろう。」
テーブルの向かいではヴォルフガングが腕を組んで座っている。隊商の護衛で暫く王都から離れていたが、先日帰ってきたのだ。酒は飲んでいない。
「うむ、ヴォルフガングのいう事は至極もっともなのだが、駄目だと言われてしまったらと思うと少し怖くてな。」
そう言うとアルベールは少し視線を落とす。
「勿論賛同を得られればそれが一番良いのだが、駄目と言われれば引き下がらざるを得なくなってしまう。王宮を飛び出したりして、みだりに父上を心配させたりするのも嫌だしな。」
そういってアルベールはうーん、と唸りこんでしまう。往々にして人はそうだが、失敗の方を恐れて飛び込むのをためらってしまう。
唸りこんでいるアルベールの肩を優しく叩いてセリエが言った。
「なりたいって思っているのなら、やっぱり言ってみるべきだと思うわ。それでダメだったら、どうしたら許してもらえるか一緒に考えてあげるから。言ってみなさいな。」
セリエは微笑んで言う。物腰も柔らかく優しかった。
「あ、あぁ。そうだな。」
セリエの顔を真正面に見据えて聞いたアルベールの顔は少し赤かった。
その様子を見てジョンとヴォルフガングは少しニヤつく。
「そうだな、確かに話してみねば何も始まらない。帰ってすぐにでも父上に言ってみよう。ありがとうセリエ、感謝する。」
アルベールは席を立ち、セリエに礼を言うとギルドから去って行った。足取りはしっかりしている。
「やっぱり美人の優しいお言葉は、たとえ王子様でも効いちゃうねぇ。えー、セリエさん?やはりセリエさん的にも坊主が冒険者になった方が良いと思っているのでしょうか?」
お道化た調子でジョンが聞く。セリエはフっと口元を綻ばせて言う。
「面白そうだしね。それにやっぱり、なりたいものになった方が良いと思うわ。少なくとも私はね。」
それについてはジョンも、勿論ヴォルグガングも同意する所だった。一生話す機会などともすれば無いだろう王族のアルベール。しかしいざ会って話してみると、彼は意外にも自分達とそんなに変わらなかった。
たまに冒険者ギルドに来て悪態をつくような貴族とも違う、あの王子様は年相応に悩む、人間だった。
アルベールが冒険者達に心惹かれた様に、冒険者達もまた、アルベールに惹かれたのだ。
アルベールの父親、つまり国王陛下がアルベールの願いを聞き入れてくれますようにと、話を聞いていた冒険者達は願っていた。
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