第10話王子様、冒険者になれる
王宮に帰ったアルベールは、その足でフィリップの元へと向かった。
案内された先はフィリップの部屋。既に心は決まっていた
「父上、よろしいでしょうか?」
部屋の外から声をかけ、許されて入室する。すると中には何故かフィリップのほかに、エンゾとチャンドスがいた。御三方そろい踏みの状態である。
アルベールとしては一気にプレッシャーが何倍にもなったような気がした。決心したのは確かだが、だからと言って言い難さを増さなくてもいいだろうにと思った。
「何だ?アルベール。」
フィリップとしては努めて平静を装っているが、遂に来たのかと内心ワクワクしていた。親友二人の稽古を受け、実力的には申し分ないはずだ。冒険者になりたいと思っているのなら、言ってくれれば二つ返事で快諾するだろう。もっとも、実際には少し勿体つけて言うだろうが。
何せ自分がなりたくてなれなかった冒険者に息子がなるかも知れない。自分は国王にならねばならぬ責任があった。身分を偽って冒険者の仕事はしていたが、それは飽くまで一時の事、生涯の仕事ではない。
エンゾやチャンドスとしても思いは同じだった。二人の息子も王宮に入り、それぞれ専属の魔術師や近衛兵として働いている。勿論実力あっての事で、息子が冒険者にならなかった事が残念という訳でも無い。
しかし、三人にとってやはり冒険者というのは特別だった。それは三人の輝かしい思い出であり、絆を紡いだ物語の一節であったのだ。美化された所も多分にあるだろうが、それを差し引いても十分だった。
つまり三人は、アルベールを通して若い日の夢を見ているかのような気分だったのだ。
「突然こんな事を言うのは、大変申し訳なく思うのですが・・・」
アルベールは若干言い淀む。しかしそれは逆に三人にとっては、もう殆ど期待する言葉がアルベールの口から出かかっているのだという事を示唆していた。
もう早く言え、言ってくれと三人は思っている。アルベールにとっては待ち受ける審判の時だが、三人にとっては待ち望んだ一瞬だ。チャンドスなどは口の端が持ち上がらないよう奥歯を噛み締めている。
「私は、冒険者を志そうと思っているのです。」
言った、遂に言ったと四人は思った。大人三人は飛び跳ねたい衝動を抑えている。しかし、アルベールにとっては緊張の一瞬だ。
フィリップは静かに、そうか、と言う。そして一瞬間を溜めてから口を開いた。
「うむ、良い。許すぞ。」
簡潔に伝える。もう少し引っ張ってもいいだろうかとも思ったが、アルベールからすれば緊張の一瞬の筈だ。あまり勿体付けるのも可哀想だとフィリップは思った。
「よろしいの、ですか?」
簡潔に伝え過ぎたのか、アルベールはぎこちない表情で問いかけてきた。しかし、もう言ってしまったし今更考え込む振りでもない。
「うむ、実を言うとなアルベール。お前が冒険者になりたいのだろうなというのは、薄々感じていたのだ。そしてな・・・」
フィリップはエンゾとチャンドスに目配せして、語り出した。かつて一時ではあったが自分も冒険者をしていたという事。エンゾやチャンドスも元冒険者で、彼等とは冒険者ギルドで出会った仲間である事。そしてもしアルベールの口から冒険者になりたいという言葉がでれば、それを認める心づもりでった事を。
「とは言え、今すぐにと言う訳にはいかん。二か月ほど待ってもらう。手続きというわけでも無いのだが、色々やっておかねばならんこともあるしな。」
自分の時は身分を偽って冒険者の登録をしてしまった。だからエンゾやチャンドスといういつも行動を共にしていた仲間にしか素性を明かせなかったが、アルベールは違う。冒険者ギルドに入り浸っていたであろうし、ならば周囲の冒険者も彼の事をよく知っているはずだ。
だから冒険者云々という事ではない。登録するのであれば今から冒険者ギルドに行っても可能だろう
色々とは主に王宮関連だった。催事やパーティー等への出席、政務に関わっている訳ではないので多くは無いが、それでも少しは調整などが必要だった。
まぁ、実の所それらも後で出来る。本当の所は別なのだが。
ともあれ、アルベールの顔は喜びと安堵、そして父親達が昔冒険者をしていたという驚きに満ちていた。
アルベールの他の兄妹にはこの事は言っていない。これから冒険者になるというアルベールにだからこそ伝えたのだ。
そしてエンゾとチャンドスも喜びの声をあげ、アルベールに語りかける。二人とも心底嬉しそうだ、いや二人だけではない。フィリップだってそうだし、夢に向かって進むことを許されたアルベールだって嬉しいはずだ。
しかし。
「まだ冒険者になったわけではない。アルベール、私は二か月待てと言った。その間に更なる鍛錬を積んでもらうぞ。いざ冒険者になったとてすぐに死んでしまっては、冒険者の楽しさもそして厳しさも分からぬ。それに、やはり我が子に早々死んで欲しくもないしな。」
フィリップはアルベールが冒険者になるのを心から祝福はする。しかしだからと言って早死にされたくは無いのだ。これは、親ならば当然の気持ちだろう。
「フフ、二か月で取り合えず出来るだけの鍛錬は積んでもらいますぞ、アルベール様。剣は冒険者にとっては命を共にする親友です。この親友との付き合い方をさらに学んでいただかなくては。」
チャンドスが朗らかに言う。
「いやいやアルベール様、剣術も確かに大事。しかし冒険をする上では魔術こそが本当にその真価を発揮するのです。自分を助け、仲間を助け、何をするにも手が届く。魔術師の腕は長いのですよ。その腕を更に長くするため、今後は更に学んでいただきますよ。」
エンゾも笑いながら言う。
そして、アルベールは笑顔ともはにかみともつかない顔で、しかし嬉しそうな声で言う。
「あぁ、二人の稽古に学ぶことが出来て私も嬉しい。しかし、一つだけ疑問を口にしてもいいだろうか?」
アルベールの言にエンゾとチャンドスは少しばかり居住まいを正す。
「最近稽古のが厳しくなったのは、やはりそういう事だったのだろうか?」
エンゾとチャンドスは顔を見合わす。皆まで語る事は無い、二人は笑顔でこれに答えた。
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