第7話王子様と呼ばないで

 数日の後、アルベールは街へ繰り出した。今度は正門から堂々とだ。


 正門の番兵は快く送り出してくれた、あまり遅くならないようにと言葉を添えて。




 市場へと足を運ぶと、少しばかり違和感があった。街行く人々がどことなくソワソワしているというか、皆が皆辺りをキョロキョロと見まわしたりしている。変な浮遊感があった。そんなに頻繁に来ていた訳では無いが、いつもの街とは違う感じだ。


 少しお腹に入れて満足したアルベールは、その足で冒険者ギルドへと向かう。




「よう、坊主。また出てきて大丈夫なのか?」




 道すがらジョンに出会った。どうもそれなりに心配してくれていたようで、アルベールを見るや駆け寄って来てくれた。




「あぁ、心配させてしまったようですまない。だが、父上からはもう正門から自由に出るようにお許しを貰えたから、今後はある程度自由に来られると思う。」




 この言葉を聞いてジョンは朗らかに笑う。




「ところでジョン殿、今日は街が何かそわそわしているというか、少し妙な感じだ。催し物があると言う訳でもないようだし、一体何が・・・」




 街の違和感についてジョンに問う。ジョンならばという訳では無いが、街にいる者ならば何か知っているかもしれない。




「あぁ、それな。まぁ、入ってから話すよ。」




 少し濁しながらジョンは言う。そして二人連れだって冒険者ギルドに入ると、カウンターを過ぎバーのテーブルに腰掛ける。


 飲み物を適当に頼み持ってきて、テーブルに置くとジョンが話し出す。




「いやぁ、こないだの一件が噂になって方々に流れちまってさ。ひょっとしたら王子様がお忍びで来てるかもってんで、皆気もそぞろな訳よ。」




 街のそわそわした感じの正体はお忍びで街に来た王子様を見られるかもしれないという期待感であり、その原因はアルベール本人だった。




「わ、私が原因だったのか。それは、何と言うか。」




 それでどうだという事も無いのだが、アルベールは複雑な気持ちではあった。元々王宮を抜け出していたのは退屈から抜け出すためで、むしろ誰にも見つからないからこそ街に出ていたのだ。それが今や街中の人達が自分を見つけたいと思っているとは。




「王子様が来てるってなりゃぁ、見たいって思うのが人の情って所かね。まぁ心配せんでも顔まで分かってるのはあの時この場にいた冒険者位のもんだし、街の人間がこんな所まで入ってくるとも思えねぇ。心配な所があるとしたら・・・」




 ジョンがアルベールの後ろを見やる。




「あーっ、王子様!また会えたねぇ、今日はここ来て大丈夫なの?」




 アルベールが後ろを振り向くとミリアムがそこにいた。小柄なのだが声はかなり大きい上に通る。これでは少々騒がしい位では聞こえてしまうだろう。




「外でコイツに出会ったら最後だな、一瞬でばれちまう。」




「ミ、ミリアム殿か。その、王子様というのは勘弁願えないだろうか?街でそう呼ばれたら私はどうなるか分からない。」




 少し青ざめた顔でアルベールが言う。ミリアムに悪気はないのだろうが、もし外の衆人環視の中でそう呼ばれた日にはどうなってしまうのかアルベールには想像もつかない。




「えー、じゃぁ何て呼んだらいいのさ?」




 少しむくれた顔でミリアムが言う。ミリアムとしては王子様を王子様と呼びたいのだ。そこに悪意や何だかがある訳では無く、ただそう呼びたいというだけだ。


 アルベールとしても、別に自分の事をどう呼んでくれようが構わない。しかし今は事情が事情、あけすけに外で王子様と大声で呼ばれれば皆に自分がそうだと知られてしまう。そうなればお忍びで外に出ている意味は全くなくなってしまうだろう。




「アルベール、でも危ないかもしれないな。ならば、アル。アルというのはどうだろうか?」




 アルベールと呼ばれるのも危ないかもしれないと思われた。おそらくここ数日のアルベールではないアルベールは相当気を揉んだかも知れない。しかし略したアルならば幾分かマシかもしれないとアルベールは考えた。




「アル、アルかぁ~。じゃぁ今度からそう呼ぶね。そんで、私の事はミリアムって呼んで。」




「ミリアム殿と、呼んでいると思うが。」




 これにはミリアムも頬を膨らませた。




「殿はいらないの!ミ・リ・ア・ム!私が王子様の事アルって呼ぶのに、王子様が私の事ミリアム殿って呼んでたらおかしくない?だから、ミリアム。」




 ずいっと顔を近づけてミリアムは言う。説得力がどうとかでなく、アルベールは声の圧に押された。




「た、確かにそうかも知れないな。では、今後はミリアムと呼ばせてもらうよ、ミリアム。」




 ミリアムと呼ばれるや、ミリアムは喜色満面となった。そして一瞬向こうを見やると、薬草摘みの仕事があるのでこれで、とそそくさと行ってしまった。




「行ってしまった。まるで嵐の様だったが、いたく気に入られたと思えば良いのだろうか?ところで。」




 アルベールがジョンに向かって言う。




「ジョン殿も、殿はいらないと思っているのだろうか?」




 ジョンはフフッと笑う。




「いやぁ、俺は好きに呼べばいいと思うぜぇ?まぁ俺ちゃんは坊主の事をずっと坊主って呼んでるし?俺の事だって分かれば、俺は何だって構わねぇよ?」




 ジョンはお道化て言う。口元は完全に笑っていた。




「分かった、ではこれからもよろしく頼むよ、ジョン。」




 アルベールも笑って言う。言葉も朗らかに。




「ははっ、坊主は分かりが早くていいねぇ。やっぱり冒険者、向いてると思うぜ?」




 二人は改めて乾杯をする。しかしその刹那、ジョンは気付いてしまった。そして分かってしまった。なぜミリアムがあんなにもそそくさと行ってしまったのかを。


 そしてカップの飲み物を飲み干すと、伸びをして席を立つ。




「さて、じゃぁ俺も今日は薬草摘みの仕事があるのでこれで・・・」




 仕事の内容がミリアムと一緒だ。と、同時にアルベールは若干怪訝なものを感じた。さっきのミリアムと同じ気配を感じたからだ。




「薬草摘みは、冒険者の中では一般的な仕事なのか?」




 この問いに対しジョンは頭を掻きながら答える。




「いや、そう言う訳じゃねぇが、独り占めは良くないって言うかな?」




 そういうが早いか、ジョンもそそくさと出て行ってしまった。




「忙しい中、わざわざ私に時間を割いてくれていたのだろうか?」




 ドアから急ぎ足で出ていくジョンを見やった後、アルベールはテーブルに視線を戻す。するといつの間に来たのか、数人がアルベールと同じテーブルに座っていた。




「王子様、いえ、アルで良かったんでしたよね?よければ私達ともお話してくれると嬉しいのだけれど?」




 向こうを見やるとまだ数グループの冒険者がこちらを見ていた。確かにここにきてからジョンやミリアムとしか話していない。皆機会を伺っていたのだろう。それに気づいたからミリアムもジョンも譲るという意味でそそくさと行ってしまったのだ。




「あぁ、私も貴方達と是非話がしてみたい。」




 アルベールは新たに飲み物を注文する。今日も少しばかり遅くなるかもしれないな、等と思いながら。

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