第6話連れ戻されて

 帰りの道で、アルベールとチャンドスの間に言葉は無かった。気まずいというのが理由で、話しづらいものがあった。


 しかしチャンドスは怒っているという様な雰囲気でもなく、厳しい雰囲気でもない。どことなく上機嫌である様な、そんな感じであったのだ。


 アルベールには奇妙でならなかった。




 更に、王宮内はどことなく優しい雰囲気に包まれていた。


 アルベール本人にとっては痛恨のミスであろうが、周囲の人達。この場合は大人たちにとっては、真面目な王子が楽しさからつい羽目を外し過ぎて遊びすぎ、時間を忘れた結果抜け出した事がばれてしまったという非常に微笑ましいエピソードという扱いだった。




「ベルナールから使いが来たのです、貴方が冒険者ギルドにいると。」




 王宮に入るとチャンドスは口を開いた。ベルナールは乾杯の後、人を遣ってチャンドスに連絡を入れたのだ。アルベールが冒険者ギルドにいる事、ヴォルフガングという冒険者と一試合してこれに勝った事、そして、頃合いを見て迎えに来てやってほしいと。


 成程チャンドスが真っ直ぐこちらに来たのはベルナール殿が連絡をしたからかと、アルベールは納得した。


 そうでなければ王宮の兵士が血眼になって街中を探し回ったのだろうか。そう思うとアルベールは申し訳なく思った。




「お入りください。」




 チャンドスはある部屋へとアルベールを入室させる。国王、つまりアルベールの父フィリップの部屋だ。




「ただ今戻りました、父上。」




 部屋に入り、父にそう報告する。父親のフィリップも、やはり怒っているような感じはしない。むしろ優しく微笑んでいる。




「街は楽しかったか?アルベール。」




 優しい声でそう問われた。アルベールは少しぎこちなくフィリップに街でのことを話し出す。これまでにした買い食いやら今日の冒険者ギルドでの事など、様々な事を話した。


 ひとしきり話すと、フィリップが口を開いた。




「冒険者ギルドか、いたく気に入ったようだな、アルベール。」




 アルベールは静かに頷く。




「ギルドだけかね?」




 にやりと笑ってフィリップが問う。確信を得ている笑みだ。アルベールははにかみながら答える。




「実は、冒険者というものに興味が沸いております。今日会った冒険者達、彼らの姿がどうにも私には眩しく映りました。」




 そうか、とフィリップは言って頷いた。




「今後は正門から出なさい。お前は王子なのだから、王宮を出入りするのに誰憚る事もあるまい。」


「え、それだけ、ですか?父上。」




 驚きを隠せずアルベールはフィリップに問う。




「ああ、それだけだアルベール。そもそもあの抜け道を作ったのは私だ。それにお前の兄のガエルもマクシミリアンも、お前くらいの頃にあの抜け道を使って王宮を抜け出しておる。」




「なっ!?」




「正直いつあの抜け道を使って街に出るのか待っておった位だ。考えてもみよ、あんな古い抜け道、知られずにそのまま放っておかれる訳も無かろう?」




「うぅっ・・・。」




 考えてもみれば当然と言えばあまりにも当然だった。あの抜け道を見つけた時は天にも上る様な気分だったが、見回りの兵や王宮内の点検であそこが漏れる訳も無し。少しばかり分かりにくい所にあったが、あれも全て作られたが故の偽装だった。




「明日はチャンドスの稽古が有ろう?今日の所は早めに休んでおくのだな。行っていいぞ。」




 部屋を出てアルベールは自室へと向かう。お叱りが無かったことよりもショックが大きかった。だまされたというべきなのか何なのか。混乱していた。




「お、放蕩息子の帰還だ。」




 部屋に戻るとアルベールの兄姉達が待ち構えていた。




「兄上、姉上まで!」




 アルベールが抜け出して連れ戻されたとの話を聞いて、皆アルベールの部屋で待っていたのだ。皆一様にニヤついた顔を隠そうともしていない。


 しかし、別にアルベールをからかったりしてやろうという訳では無い。アルベールを囲んで街での話を聞こうとしていただけなのだ。




「ところで、兄上が抜け出したときはどちらで捕まったのですか?」




 話もあらかた終えた所で、アルベールが兄二人に聞いた。フィリップの話ではこの兄二人も自分と同じくらいの年で抜け出しているとの事だ。抜け出したのがばれているという事は、捕まったとみて間違いない。




「あぁ、俺たち二人は夜の蝶の誘いに乗ろうとしたところで肩を叩かれた。」




 二人の兄は歓楽街に行き、いざ店に入ろうとしたところを見つかり連れて行かれたそうだ。




「アハハハ、馬鹿よねガエルもマクシムも。当時は心配したけれど、話を聞いて意味が分かると笑い話以外の何物でもないわ。」




 位置的には長兄ガエルと次男マクシミリアンの間にあるアルベールの姉ロクサーヌが笑いながら言う。




「そういう意味ではアルベールは上等だよ。私もマクシムもあの後しばらく父上に顔を合わせづらかったからな。チャンドスのニヤつき顔を見たことがあるかアルベール?」




「いやガエル兄、そこはやはり宮廷魔術師のエンゾだろう。あの大笑いは忘れられない。それにロクサーヌ姉に意味を説明された時のイヴェットの顔もだよ。」




 兄妹達で話も盛り上がり、次第にお開きの流れになる。アルベールには稽古が待っているし、兄二人は執務があるからだ。ロクサーヌはまぁ明日も気ままに過ごすのだろうが。




「ではな、アルベール。おそらくお前も父上から今後は正門から出るように言われただろうから、夜の蝶の御誘いに乗るのならこれよりしばらく後がいいぞ?」




 ガエルとマクシミリアンがアルベールの肩を叩いて部屋を出ていく。




「アルベールだけましな捕まり方をしたものだからどうしてもお仲間にしたいのね、ガエルもマクシムも。たまの息抜きぐらい好きにすればいいとは思うけれど、多分捕まっちゃうから夜の蝶には会いに行かない方がいいわね。少なくともしばらくは。」




 ロクサーヌがアルベールの腰に手を回して言う。そして手を離すとひらりと部屋から出て行ってしまった。夜の蝶のように。




「夜の蝶、か。いや、それよりも。」




 忘れられないのは冒険者ギルドでのひとときだった。今までになかったあの楽しさは、またいっても味わえるのだろうか。そして何よりその一時の最後にでた言葉、「冒険者になる」という選択肢。


 もし叶うのならば、冒険者になってみたい。アルベールは強くそう思った。

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